タレントの小倉優子(39)が大学受験に挑戦し、白百合女子大学に合格、学習院女子大学に補欠合格した。
巷ではわりと話題になっているらしく、この挑戦というか企画というか、試みに賛否両論らしい。
僕個人の感想としては、誰がどの大学を受験しようと勝手なので、「批判」する人の意図がよく分からない。主に「この程度の学力で早稲田志望なんて、受験を舐めてんのか」という批判が多いらしい。
「早大挑戦の小倉優子は「受験を舐めてる」...批判にSNS猛反論 育児・仕事しながら勉強2000時間「尊敬に値する」」
小倉さんの受験企画をめぐり、SNSでは否定的な反応も一部で上がった。
「受験を舐めてるとしか言いようがない。芸能人がこうやって冷やかし半分で受験するのマジでやめてほしい」「これで早稲田とか本気なのかな」とするツイートなどだ。なかには、30万回以上表示されるなど拡散した投稿もあった。
こういう批判を見るたびに疑問に思うことなのだが、こういう人たちは小倉優子が大学入試に挑戦することで、なにか実害を被っているのだろうか。小倉優子は誰かになにか迷惑でもかけているのだろうか。
「他人のやってることによって自分が貶められる」という感覚自体、他人と比べることで自分の人生を作り上げようとしていることに他ならない。ひとりの存在として自立しておらず、他との比較によってしか自意識をつくることができない。どうせろくに大学教育を受けてない手合いだろう。
また、こういう挑戦に対しては必ず「舐めるな」という批判をする人がいるが、ろくに挑戦をしないまま安穏たる人生を送ってきた臆病者だろう。現状の自分よりもはるか高みを目指すときには、ある程度対象を「舐めてかかる」ことも必要なのだ。ビビって何もしないよりは遥かに前進できる。
大学側の立場からすると、芸能人のこういう大学入試受験は「どうぞどうぞ、どんどんやってください」という感じだろう。決して「大学を舐めるな」的な批判はしない。なにせ、受験料というのは入学金・学費と並んで大学の数少ない貴重な収入源なのだ。
現在、私立大学の受験料は3万5千円くらい。大学入試共通テストの受験料が1万8千円。だから小倉優子は今回の受験で、受験料だけで22万8千円を使っていることになるのだ。シングルマザーで子供3人を育てている身には安くない出費だろう。大学入試を舐めた態度で払える金額ではない。
ことの適否はさておき、日本というのは高等教育が手に届きやすい国なのだな、と感じる。日本以外の国で、こうやって芸能人が大学に戻って勉強しようという挑戦が可能な国がそれほどたくさんあるとは思えない。しかも今回、小倉優子が行った受験は、芸能人だからといって特別枠で優遇される自己推薦入試やAO入試ではない。純粋に学力だけで勝負する一般入試だ。早稲田、津田塾、学習院、成蹊の4大学はそれを公平に採点し、不合格を出した。名前が知られている芸能人が一般人として実力だけで勝負し、大学側も公平にそれを査定する。こういうことが普通にできる国は、学業文化のレベルが高いと言ってよいと思う。
僕は大学で教えているので、また春から新学期が始まったらどういう学生が入ってくるのか、受験生の動向にはそりゃ興味がある。そういう目線で今回の小倉優子の受験を見たので、ちょっと普通の視聴者とは見方も感じ方も違うと思う。そんな僕が今回の小倉優子の受験挑戦を見てて思うのは、「そりゃ受からんだろう」と、「大学に入ってからえらい苦労するだろうな」ということだ。
番組で小倉優子の勉強方法についてはあまり詳細に説明されていなかったが、使っている参考書や問題集の跡を見る限り、基本的な勉強方法は「暗記」だったようだ。知識量ゼロから受験をするとなると、知識の絶対量がなくては話にならないので、監修した指導陣もとりあえず情報を覚え込むところから勉強させたのだと思う。
受験校を見てみると、小倉優子が受験したのはすべて私立大学で、国公立大学は受験していない。国公立の1次試験である大学入試共通テストの点数(日本史31点(100点満点)、英語89点(200点満点)、国語97点(200点満点))を勘案すると、たぶん受けても受からないと思うが、それでも勉強の方法が受験校を狭めた印象は否めない。
センター試験の世代の方々はあまり想像できないかもしれないが、いまの大学入試共通テストの問題は難しい。少なくともセンター試験に比べると格段に難しい。数学なんて難度が一気に激化した。その難しさは、「教科書に載っていない細かい知識まで問われる」という難しさではない。「身につけた知識をどのように使うか」という調整能力がないと解けない類いの難しさだ。
丸暗記一辺倒の問題に対する批判を受けて、文部科学省は威信をかけて国公立大学1次試験の改革を行った。実際のところ僕はセンター試験への批判は、問題そのものに対するものというよりも、試験の利用方法に起因するものだったと思う。要するに、私立大学が参加し過ぎたのだ。センター試験は国公立大学の1次試験だったのに、受験者の拡大と受験料収入を狙った私立大学が悪用し過ぎた。そりゃ、東大・京大のような難関校を受験する一次試験と、定員割れするような就職支援校が同じ試験問題を使うのだから、歪みも出る。
むかしの国公立受験は、1次用のセンター試験対策と、2次試験対策は違う種類の努力が必要だった。しかし公平に見て、現在の大学入試共通テストは、国公立大学の2次試験に必要な資質がある程度問われる問題になっている。覚えるだけではなく、知識を使いこなせないと正答を出せない。だから全般的に問題の場面設定が複雑になり、問題文が長くなっている。国語力が弱い受験生などは、問題文の状況を理解するだけでかなり頭に負荷がかかるだろう。数学の難問化は、問われる問題そのものが難しくなったわけではない。答える問題の質が変わり、「どの知識を使わなければならないのか」から見定める必要が生じたためだ。
つまり、今の大学入試共通テストの傾向は、小倉優子の勉強方法には合わない。ひたすら知識量を積み上げるだけの暗記勉強では、大学入試共通テストは手も足も出ないだろう。小倉優子は津田塾大学の受験を大学入試共通テストの利用方式で受験しているが、これだったら一般受験のほうがまだ勝負になったのではあるまいか。
私立大学の入試問題が暗記問題中心に作られているのは、別に大学に入ってからその知識が重要だからではない。単純に、採点が面倒くさいためだ。1次試験で人数を絞ってから少人数に2次試験をする国立大学と違って、私立大学は一発勝負なので何千人の答案を短期間で採点しなければならない。だから当然、記述式の問題など出せず、マークシートで選ぶ客観問題しか出せない。
僕個人の考えだが、高校三年間の勉強を真っ当にやっていれば、間違いなく国公立大学のほうが受験しやすい。どう勉強すればそんな知識が身に付くのかわけ分からないような私立大学の問題とは異なり、国公立大学の問題は文部省の指導要領から一歩も外に出ない。東大や京大のようないわゆる難関校だって、問題は必ず高校の教科書から出る。ただし、機械的に情報を暗記するような手抜きの勉強方法では解けない。国公立大学の入試問題では、知識は手段であって目的ではない。既存の知識を組合せ、必要かつ十分な情報を取捨選択し、問われたことに最適解を出さなければならない。
国公立大学がそのような「考える問題」を問うのは、大学に入ってからの学問ではその能力が必須だからだ。真面目な高校生ほど勘違いしている人が多いが、大学というのは研究機関であって、教育機関ではない。教科書の情報を逐一暗記することを「勉強」だと思い込んでいる生徒が大学に入っても、ろくな研究はできまい。中等教育の間は「既存の知識体系を敷衍する」のが目的だが、高等教育の目的は「新たな知を創造する」ことが目的なのだ。
だから小倉優子のように、情報を暗記することを勉強としているようなやり方だと、大学に入ってからどんな能力が求められているのかすら分からないだろう。そんなのは大学1年生ではなく、高校4年生に過ぎない。よく真面目で高校時代よい成績をとっていた優等生が、大学に入ってから勉強の仕方が分からなくなり落ちこぼれていくことがあるが、大学という場でやるべきことを勘違いするとそういう羽目に陥りかねない。
大学教育で身につけるべきものは、静的で不変的な知識体系ではない。未知の問題に対して知恵を絞り最適解を生み出す動的な方法論だ。世の中では、問いのほうが変化するので、固定した答えだけを「暗記」していても役に立たない。自分自身の力で、自分をアップデートしていく能力が求められる。
今回の小倉優子の受験は番組の企画なので、受験をよく知ってる講師陣が手取り足取り勉強の仕方を教えてくれただろう。しかし、もし来年、第一志望の大学を再受験するべくもう一年勉強することになったら、果たして自分の力で最適な勉強の仕方を自分で編み出すことができるだろうか。「人から教えてもらったやり方で、情報をただひたすら暗記する」というやり方では、大学に入ってから身につけるべき能力が全然鍛えられない。大学に入ってから「自分は何をしなければならないのだろう」という自我崩壊に陥りかねない。 大学で必要な能力が身に付いていなければ、当然大学受験にも受からない。それだけの話だ。
小倉優子が1年間、あれだけ努力を続けられたのは、芸能界において「出身大学」という箔が収入に直結するからだろう。いい大学を出ることが金になるのであれば、そりゃ誰だって必死に勉強する。学生を受け入れる大学側としては、別に学生がどういうつもりで大学に入ってこようがそりゃ構わないが、一般的に大学という場は何をする所なのかが大きく勘違いされているような気がする。報道番組の「キャスター」「コメンテーター」、クイズ番組の「高学歴芸人」のようなポストを目指して大学に入るのであれば、きっとつまらない大学生活になるだろうな、という気がする。
ほとんどの学生はそんなことにも気付かないまま卒業するけどね。