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ラグビーワールドカップ 開幕戦 プールA
日本 30-10 ロシア


10年前に招致が決まったラグビーW杯日本大会が、いよいよ始まった。
前回大会で躍進したラグビー日本代表の位置づけが試される大会だろう。また運営上では来年に迫った東京オリンピックの実質的な「予行演習」の意味付けがあり、日本にとっていろいろな面で重要な大会だ。

その開幕戦。相手は格下のロシア。ほとんどの予想が「勝って当然」という雰囲気だった。しかし実際に蓋を開けてみたら、ロシアは強かった。まぁ、ラグビーにおいて楽勝という試合はほとんどない。それは、前回大会の開幕戦で南アフリカにまさかの勝利を挙げた日本代表が一番よく分かっていることだろう。

ロシアは明らかに日本代表の弱点を分析していた。すなわち、キック処理。
前半開始のキックオフから20分はひどかった。技術の無さというより、開催国というプレッシャーで選手が固くなっていたように見える。国歌斉唱のときの選手の高ぶりを見ると、気持ちを上げ過ぎて自分をコントロールできなくなった選手が多かったようだ。
特にBK陣にそれが顕著で、SO田村優などは判断が悪く、キックが入らず、ゲームコントロールを全く失っている状態だった。キャプテンのリーチ・マイケルでさえ、試合の出だしにキック処理をミスしてしまい、混乱に陥った。

こういう時にものを言うのが、経験豊富な選手の落ち着きだ。今回の試合では、PR稲垣啓太、HO堀江翔太、WTB松島幸太朗の3人が日本代表を落ち着けた。確実にボールを確保し、フェイズを重ね、陣地を少しずつ挽回していく。PRやHOはスクラムが本職のため、展開ラグビーにおいては体力を温存するよう、ポイントの「片側」だけに控えているのが普通だ。しかし稲垣と堀江は体力を出し惜しみせず、フロントローとしては異質なほど走り回った。彼らの勤勉な動きが、他のFW陣を落ち着けるために果たした役割は大きいだろう。

また、今回の試合でWTB松島が3トライを取ったのは、決して偶然ではないと思う。WTBは試合中に廻ってくるボールの数が圧倒的に少ない。だから試合終盤まで維持しなければならない集中力の種類が、他のポジションとは違う。
松島は序盤で日本代表が混乱していた時間帯、「のんき」に構えて他の選手への声掛けを行なっていた。特に混乱に陥ったSO田村には頻繁に声をかけ、BK陣を落ち着かせようとしていた。前回大会ではまだ売り出し中の若手だったのが、今回大会ではBKリーダーともいえる役割を果たしている。その気持ちの持ち方の変化が、3トライという結果につながっているように見えた。

試合の序盤はロシアのゲームプランに嵌り、主導権を取られたが、前半のおわり辺りから日本が主導権を取り返す。ロシアの弱点は、意外なことだが、フィジカルにある。力は強いが、体力が保たない。ロシアは日本の弱点がキック処理にあるとみて、頻繁にハイパント攻撃を仕掛けてきた。しかしそれは裏を返せば、ロシアがその攻撃にしか活路を見いだせなかったということでもある。ロシアは徹底して接近戦を嫌い、日本がモールやラックでフェイズを重ねる展開を切ろう切ろうとしていた。フェイズを重ねる接近戦になれば、体力を消耗し、集中力が落ちるからだ。過酷なまでの強化合宿でフィジカルとスタミナを上げていた日本代表との差が、徐々に見えてくる。

次第に日本代表がゲームプランを実行しはじめるようになり、モールやラック中心の展開が増え、ロシアのディフェンスが中に中に寄るようになる。すると外が空くので、WTB松島がフリーになりやすい。今回の試合で松島がハットトリックを決めたのは、そういう経緯があったからだ。最初こそロシアに主導権を握られたが、途中でそれを取り返したのは日本代表にとって大きな自信になるだろう。


試合のことはともかく、今回の試合を見ていて気になったことがいくつかあった。

(1) 選手移動の先導車両
今回の日本大会は、移動が長い。全国の試合会場を移動しながらプール4試合をこなす。その際、会場入りするためのチームバスに、警察の先導車両が無い。海外の大会だったら、チームバスには警察の先導が付き、信号もなにもぶっち切って最短時間で移動する。HOの堀江翔太も、開幕戦のためのバス移動の時間が長く、体が硬くなってしまったことを指摘している。

僕の住んでる横浜でも試合が行なわれるため、大きな道には「ラグビーW杯期間中、試合当日は、不要不急な車の移動はご遠慮ください。」という看板があちこちに見られる。しかし、日本の交通事情でそんな呼びかけをすること自体、実効性が疑わしい。どんな状態であってもスムースに運営しなければならないのが開催国の務めだ。ちょっと、これでいいのかな、という気がする。

(2) 明る過ぎる照明
開幕戦の会場となった東京スタジアム、照明が明るすぎたような気がする。普段、Jリーグなどで使用しているときよりも明るかった。試合序盤の日本のキック処理のミスは、ひとつには明る過ぎる照明で、ボールが「溶けて見えなくなった」のではあるまいか。

前日の報道によると、日本代表の前日練習は昼間に行なわれていた。一方、ロシアは前日練習を敢えて試合時間と同じ夜に行なった。ロシア代表はその時スタジアムの照明を確認し、キック攻撃を「いける」と判断したのではないか。試合状況の確認は、試合と同じ環境で行なうのが鉄則だ。日本代表の準備は、その点でやや甘いところがなかったか。

(3) 温度と湿度
残念ながら今回の日本大会は、天候があまり良くないようだ。台風も接近してきているし、秋雨前線がずっと日本列島に停滞している。夏の猛暑はなんとか脱したものの、ラグビーにとって最適な環境と言えるほど涼しくなってはいない。

ラグビーの試合は消耗戦なので、天気や温度によってゲームプランを変えなくてはならない。単発の試合とは違い、先が長いので、選手の消耗を抑えることも必要になる。それができて、戦術の引き出しが多いチームと、チームプランがひとつしかなく、どんな環境でもひとつの戦術を貫かなければならないチームで、大きな差が出てくるような気がする。

(4) 右展開に寄ったゲームプラン
戦術的な面では、日本代表の展開が右展開に偏っていたのが気になる。右WTB松島は3トライを上げたが、左WTBのラヴァには、ほとんどボールが回っていない。
スクラムの時には、攻撃側の左サイドは相手SHの分だけ1枚ディフェンスが厚いので、サイド攻撃は右から仕掛けるのが定石だ。しかし今回の日本は、スクラムのようなセットプレーだけでなく、フェイズを重ねた展開の途中でも、決め打ちは右から攻めた。ひとつには押された展開にあっても右WTB松島が落ち着いていた、ということを見たSH流の判断だろうが、このままではいずれ相手国に分析される。特に次戦のアイルランドは相手国の分析に長けている国で、日本の展開パターンを確実に読んでくる。日本代表の躍進には、BK展開のバリエーションを増やしていくことが必要ではないか。


まぁ、とにかく、日本代表が緒戦を取ったのは大きい。こういうスポーツの国際大会では、やはり開催国が躍進することが大会全体の盛り上がりに大きく影響する。前回大会では開催国のイングランドがまさかの予選敗退の憂き目に遭った。サッカーのW杯では、前回大会で開催国のロシアがまさかの躍進を見せて大会全体が盛り上がった。前回大会で大きく躍進した日本代表が、この4年間でどれだけ進化したのか楽しみだ。日本でこんな大きな大会が行なわれるのは、少なくとも僕が生きている間はもうないだろう。一生に一度の楽しい機会を満喫したい。



経験の力ってのはやっぱり侮れないんだなと実感。