ラグビーワールドカップ プールA
日本 19-12 アイルランド日本代表が、優勝候補の一角アイルランドを倒した。
前回大会の南アフリカに続き、再びジャイアントキリングを達成。プールAは大混戦にもつれこんだ。
開催国の躍進は、大会全体の盛り上がりにつながる。この一勝が意味するものは大きい。
僕は開幕戦のロシア戦を見て、正直「今回のW杯、日本代表は厳しいだろうな」と思っていた。理由はリーチ・マイケルだ。
想像を越える絶不調。キック処理を誤り、ハンドリングエラーを犯し、オフサイドに引っかかり、タックル回数も少ない。開幕戦ということで日本代表選手のほとんどが固くなっていたが、その中でリーチの緊張の度合いは尋常ではなかった。
今大会前の沖縄合宿で、リーチ・マイケルは恥骨炎を発症している。一時はW杯出場も危ぶまれるほどの故障だったが、なんとか本大会には間に合わせた。しかし初戦の不調はその怪我の影響ではなく、「開催国のキャプテン」として、背負っているものがあまりにも大きすぎたことにあるように見えた。
そもそも、キャプテンというのはそういう仕事なのだ。重圧を背負い、不調が許されず、自分のパフォーマンスが悪いときでも味方を鼓舞しなければならない。誰だってすき好んでやりたい仕事ではない。特に、リーチほど長く代表キャプテンを務めている者には、いつか歪みが現れる。NZのキアラン・リード、オーストラリアのマイケル・フーパーなどは「例外中の例外」という化物なのだ。
だから僕は、日本がグループリーグを突破するためのポイントは、いかにしてジェミー・ジョセフ監督がリーチを蘇えさせるか、その監督手腕にかかっていると読んでいた。
それが表れる第2戦、グループリーグ大一番のアイルランド戦で、ジョセフ監督は「リーチをスタメンから外す」という、まさかの対処に打って出た。
おそらく、一種の荒療治だろう。リーチの不調は身体的なものではなく、精神的なものだ。一旦、キャプテンという責務の重圧からリーチを開放し、いちプレーヤーとしてラグビーをプレーさせる原点に回帰させる。ハードタックラーとしての自分の価値を取り戻させる。
なかなかの賭けだったと思う。リーチは代表選出以来、過去2度のW杯ですべてスタメン出場を果たしている。それがスタメン落ちするのはかなりの屈辱だっただろう。
ジョセフ監督は私情を挟むことなく、ロシア戦の個人データをリーチに見せて「パフォーマンスが足りないから、先発から外す」とシンプルに告げた。コミュニケーションの取り方にはかなり気を使ったようだ。リーチは取り乱すことなく現状を受け入れ、リザーブとして途中交代の戦力となるべく適切に準備を重ねた。このジョセフ監督の冷静な判断と、それをきちんと自分の中で消化できたリーチの成熟さが、今回の大きな勝因のひとつだと思う。
ジョセフ監督がそのような思い切った手を打てたひとつの理由は、FWにリーダーが多数育っていたことだろう。前回大会ではリーチひとりに頼り切っていた精神面が、飛躍的に向上している。PR稲垣啓太、HO堀江翔太はいまやFWリーダーが立派に務まる経験者だ。ゲームキャプテンを務めたピーター・ラブスカフニは、大会直前の合宿の時点では日本代表資格が得られるかどうか微妙な立場で、不安定な状態のまま過酷な合宿を乗り切った。この試合の先発LOを任されたトンプソン・ルークは日本代表として4回目のW杯で、リーチ不在のFW陣を鼓舞する精神的支柱としては十分な存在だ。前半はFL、後半からNO.8として出場した姫野和樹は、アイルランドの肉弾戦に怯むことなく正面から戦いを挑み、何度もアイルランドFW陣に競り勝った。
こうしたFW陣の成長が、リーチ主将の復活を大きく後押しした。途中交代で出場したリーチ・マイケルは、ロシア戦の絶不調が嘘のような活躍を見せる。足首を刈るような低いタックルでアイルランド攻撃陣の出足をくじき、ターンオーバーを狙って密集戦で奮闘した。
アイルランドのジョー・シュミット監督は、警戒する選手としてかねてからリーチ・マイケルを挙げていた。結果としてそれは正しかったが、事前の警戒とは違う意味での活躍ぶりだっただろう。
ゲームの展開を見ると、アイルランドの直接的な敗因は「体力」だろう。日本人にとっては涼しくなって過ごしやすい気候だが、アイルランドの選手にとっては暑く、湿度が高く、体力が削られる気候だったようだ。特にFW陣のかいてる汗の量は半端ではなかった。
日本代表はW杯本番が暑さとの戦いになることを見越して、直前合宿をわざわざ暑い沖縄で行なっている。暑さ対策と、スタミナのコントロールが十分に行き渡っていた。試合後半になると、アイルランドの消耗は激しく、ほとんど足が動いていなかった。日本代表の完全な走り勝ちだ。
そういう気候的条件で不利に立たされたアイルランドは、正面からあたるFW戦を、ことごとく日本に受け止められてしまう。アイルランドの攻撃の基本は「縦、縦、横」だ。一次攻撃、二次攻撃はFWで突っ込み、モールやラックで相手ディフェンスの数を減らす。ディフェンスラインが手薄になったところを見計らって、BKに展開してトライを取る。
そのゲームプランは、初戦のスコットランド戦では完璧に機能した。スコットランドのディフェンスはアイルランドの縦攻撃を防ぎきれず、ずるずると後退を続け、防戦一方の戦いを強いられた。
ところが日本代表は、アイルランドFW陣の縦攻撃を、気迫のタックルで正面から受けて立った。何度フェイズを重ねても前進できない。時にはBKまでがサイド攻撃に備え密集戦に参加した。それでも防御が薄くならない。前半のはじめの時点で、アイルランドの攻撃陣は「なんか予定と違うぞ」という違和感を抱いたと思う。
前半にとったアイルランドのトライは、日本の防御を組織的に崩したものではない。縦攻撃がことごとく封じられ、ラインディフェンスを突破できず、苦し紛れに出したキックパスで、中盤を飛ばしたものだ。あれはあれで相当に高度な技術ではあるが、再現性は低い。同じ手が何度も使える策ではない。結局、日本のディフェンスはアイルランドの突破に最後まで耐えきり、一度もラインブレイクからのトライを許さなかった。
戦術的交代も要素のひとつだろう。アイルランドの弱点は、スタメンとリザーブの戦力差に開きがあることだ。できればスタメンを長い時間引っ張りたい。特にSOセクストンを負傷で欠いたことで、BK陣の展開力が半減した感がある。
しかし、日本代表の途中交代は、すべて戦術的に行なわれていた。前回大会で南アフリカに勝ったときも、勝敗を分けたポイントは選手交代だった。今回も、FLリーチ・マイケル、SH田中史朗を決め打ちで途中から投入することで、ゲームのリズムを一変させた。
つまり、今回のアイルランド戦の勝ち方は、前回大会の南アフリカ戦の勝ち方と同じなのだ。ディフェンスを徹底して肉弾戦に負けない。途中後退を効果的に利用して戦力をフレッシュに保つ。唯一のネックはリーチ主将の不調だったが、それも荒療治で克服した。監督手腕と選手ひとりひとりの仕上がり、両方が噛み合っての勝利だった。決してまぐれでも奇跡でもない。
日本がアイルランドに勝利したことによって、スコットランドに決勝トーナメント進出の可能性が復活し、逆にアイルランドは追いつめられる結果となった。前回大会と同じ三つ巴の構図だ。ここから先は、「4トライ以上の勝利」「7点差以内の負け」というボーナスポイントが重要になってくる。ボーナスポイントは、前回大会で日本代表が「3勝していながら予選落ち」という初のケースに陥った、最大の原因だ。アイルランドもその重要性をよく分かっており、試合終了直前には自陣に釘付けにされたため、7点差を確保するためにあっさり「降参」し、タッチキックで自ら試合を終わらせている。
これから各チームともひとつも落とせない戦いが続き、消化試合がなくなる。前回は越えられなかった壁を越えることができるか。これからの試合がますます面白くなった。
SO田村が集中力を取り戻したのも大きい。