たくろふのつぶやき

オリンピック生中継で夜明けと洒落込む

2012年03月

温泉宿に逗留しております

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部屋付き露天風呂キタ♪───o(^▽^)o────♪

春休みであります

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那須高原に行ってビーフジャーキー食べてきます。

間違える余裕

ある技術者が、取引先の製薬会社の人が漏らした「つくった薬の分子量が測れなくて困っている」というつぶやきを聞いた。


当時の科学的常識では、タンパク質のような大きな分子を壊さずに取り出すことは不可能とされていた。当然、そのような大きな分子は直接計量できない。それが製薬業界では大きな障害になっていた。

その技術者は、勤め先の企業でレーザー光線を使った分子量測定器の開発に取りかかる。
物質に高エネルギーのレーザー光線を充てると、熱されて超高温となり、イオン化する。このイオンを真空中で検出器まで飛ばすと、その飛行時間によって質量が分かる。軽い物質ほど検出器まで速く達し、重い物質ほど時間がかかる。「質量を、飛ばした時間で測る」というアイデアだ。

ところがひとつ問題があった。物質に直接レーザーを当てると、分子が壊れてしまう。そこで、レーザー光線をあてても分子構造が壊れないような技術の開発が必要となった。金属微粉末だけではうまく物質とは混ざらないので、何らかの溶剤に混ぜ合わせる必要がある。実験では、気化しやすいアセトンを溶剤として使うことになった。

あるとき、ビタミンB12のイオン化の実験中、その技術者はアセトンと間違えて、別の実験で使うはずだったグリセリンを混ぜてしまった。グリセリンはベトベトしているので、混ぜたときにすぐ分かる。
しかしその技術者は「もったいない」「せっかくだから」と、グリセリン溶液に溶かした物質をレーザー照射で実験してみた。

すると何と、見事に分子測定器がビタミンB12のイオン化信号を検出した。偶然ではあるが、実験は大成功。
その技術者は、その方法を「ソフトレーザー脱離イオン化法」としてまとめ、発表した。

2002年、その技術が評価され、ノーベル化学賞を受賞。






田中耕一


田中耕一(1959-)



島津製作所の技術者。大学院に行っておらず、当時博士号も取得していなかった。
「企業のいちサラリーマンがノーベル賞を受賞した」というニュースは世界を駆け巡り、莫大な研究費をつぎ込んでノーベル賞獲得に血道を上げている諸各国に衝撃を与えた。

田中はもともと大学で電子工学を専攻しており、化学は専門外だった。仕事をしている時も「専門外だから失敗しても許されるだろう」と気楽に考えていたそうだ。化学の常識を知らなかったことで、先入観に振り回されないことが多かった。

たとえば、実験対象の触媒を間違えても「まぁ、とりあえずやってみよう」という考え方は、化学屋の発想ではない。レーザー照射の実験は、設備使用を含めてかなりの費用がかかる。溶液を間違えたら、最初の計画通りの素材を作り直すのが普通だ。机上の計画通りに緻密にデータを取っていくのではなく、とりあえずいじってみる、とりあえず実験してみる、というのは、ものづくりに携わる工学系の発想だ。

そういう姿勢が、失敗を「ムダ」と切り捨てず、その中から意外な成果を挙げることにつながったのではないか。実験でも研究でも、基本的に事実そのものに無駄はない。それを切り捨てるか、有効活用するかは、判断する人間の側の問題だ。
ちなみに「もったいない」は田中の祖母の口癖で、幼少期からその言葉を聞きながら育ったそうだ。

人は追いつめられると、余裕がなくなる。まわりが見えなくなり、目的への最短距離に拘泥するようになる。そうなると、正道に入り込むちょっとしたノイズを嫌うようになり、ちょっと外れたところに求めるものが待ち構えていても、それが見えなくなってしまう。

ノーベル賞受賞時、その職人気質や、物欲・出世欲・金銭欲が無い謙虚な人柄が評判となり、報道が加熱した。当時の日本には明るいニュースが少なく、珍しく肯定的に報じられる出来事として注目度が高かった。
しかし田中はそういう世間の騒動とは関係なく、自分のスタイルで仕事を続けている。田中は現場を好み、それまでもたびたび昇進を断ってきた。総合職に就くには営業など様々な現場を踏まねばならず、それよりも研究一本でいくことを好んだらしい。ノーベル賞受賞後、特例として役員待遇にしようとする島津製作所の打診も断っている。島津製作所はその意を汲むため、研究現場に留まれる「フェロー」という職位を新たに創設した。フェローでありながら取締役待遇に持ち上げられようとしたときも、「急に待遇が変わるのは好ましくない」と拒んでいる。

「自分は何のために研究をしているのか」をしっかりつかんでいる人は、環境の急変にも狼狽えない。仕事や研究を、自分の生活の中で堅実に位置づけている。
そういう余裕のある姿勢が、間違いから大発見をする快挙につながっているのだろう。視野狭窄に陥らず、発想の転換や価値観の逆転を厭わない。

田中は当時電車出勤をしており、いちばん前の車両に乗り、運転席から見える車窓を眺めることが日課だった。ノーベル賞受賞の記者会見の最中にかかってきた携帯電話に出て普通に会話したあと、記者団に「妻です」と照れたような笑いを浮かべた。
日頃から、自分の研究生活を支える心のゆとりを、常につくりあげていたことがよく分かる。



現在は内閣府の総合科学技術会議の一員。日本の科学政策に多大な影響を与える存在。

研修に行ってきました

たくつぶ読者のみなさまこんにちは。たくろふでございます。
久しぶりの更新になりましたね。


実は仕事で出張に行っておりまして。初春のどけき軽井沢で集中研修を受けておりました。
いや別になにか仕事でミスをしたからその懲罰としてJR西日本並みの日勤教育を受けてきた、という訳ではありませんで。
基本的にはすべての教員が受けるべき研修です。大学ってそういうこともするんですよ。


今回の研修のテーマは、学生相談。
学問上、生活上、進路上、さまざまな悩みを抱えた学生さんが相談に来た時に、その対処と心構えについて訓練を受けた。

僕が学生の頃は、大学にそんなサービスはなかった。大学の保健室や相談センターは、一応あるにはあったが、「運動部が練習や試合でケガをしたときの応急処置係」という観が強かった。ラグビー部だった僕も何度もお世話になった覚えがある。

ところが最近の大学では「学生の心のケア」が急務になっている。
とにかく最近の学生さんは簡単に心が折れる。生活態度の変化や不登校などはまだましな方で、ひどくなると犯罪や自殺に走る可能性もある。そうなる前に、学生が相談に来やすい環境をつくり、悩みをもつ学生さんにどのような言葉をかければいいのか、を訓練しておく必要がある。

それを「まったく最近の学生は軟弱で困る」と切って捨てるのは、何の問題解決にもつながらないだろう。僕が学生だった頃と現在では、大学のおかれている環境が全く異なる。
確かに高校三年生の数が全国の大学の入学定数の合計を下回り、えり好みさえしなければどこかの大学に必ず入れる全入時代になった、という影響はあるだろう。受験に対する緊張感が弱まり、自分の将来と人生に対して苦悶する経験を経ないまま大学生になってしまった、という学生が多いことは確かだ。

だからといって最近の学生はストレスがないか、というと、そんなことはないと思う。特に就職活動の状況は、僕が学生の頃とは比較にならないほど過酷だろう。
僕が学生の頃は、4年生の夏休み前になって「さて、就職活動はどうしようか」という感じだった。経団連の申し合わせで企業説明会の解禁日が7月1日、というルールがあり、少なくともそれ以前には学生は勉強に集中できた。
ところが現在は就職活動は事実上、3年生の夏から始まる。ということは情報収集やガイダンス等は3年生になってからすぐに始めなければならない。つまり、大学4年間のうち実に半分の2年間を、就職活動に費やすことになる。この環境では「勉強しろ」と言うのが酷だろう。それなのに企業側は「最近の学生はろくに勉強しておらず即戦力にならない」などと嘯くから、大学関係者としては頭に血が上る。

それに加え、発達障害や統合失調症など、プロの精神科医でないと対処が難しい例もある。鬱になった学生にかける言葉の種類を間違えると、かえって学生を追いつめる危険性がある。
そういう、学生相談全般にわたって必要な知識とスキルを身につけるための研修だった。そういう機会を設けて教員を強制的に参加させるあたり、僕の勤務している大学は比較的まともに学生相談に取り組んでいると言えるだろう。


研修の要点を端的に言うと、「具体的な問題解決をめざすのではなく、まず学生の気持ちをきちんと理解し受け止めること」。


研究室や学生相談室に窮状を訴えにくる学生というのは、その時点ですでに精神力が弱っている。エネルギーのバロメーターが空っぽ状態にある。
まずは、「学生がどんなつらい思いをしているか」を理解し、その気持ちをきちんと受け止めてあげること、が第一らしい。具体策を提示するのは、学生の精神力が満タンになり、気力が充実してから、なのだそうだ。

それは、僕が普段学生に接する時に気をつけていることと基本的には同じだ。僕はいつも学生から個人的な相談を受けるときには、目的、生活環境、バイト、部活、友人関係など、相談内容とは直接関係ないことまで聞く。ストレスの原因はひとつであることはむしろ少なく、様々な要因が絡まって学生の気力を挫く場合が多い。

幸い、僕の研究室は気力が充実している元気な学生が多いので、精神的なサポートが急務である学生はそれほど多くない。むしろ「気合は漲っているが努力の具体的な方法が分からない」という学生のほうが多いので、ズバズバと具体的な話をすることが多い。
ところがそんな研究室でも、たまに人間関係の歪みや学業上の悩みなど、「弱った学生」が相談に来る。そういう時には、ひたすら聞き役に徹し、学生を否定しない。「エネルギーのバロメーターを見切る」というのは、学生相談の基本だと思う。
今回の研修では、そういう基本原理を知った上で、カウンセリングの反復練習に多くの時間を割いた。頭では分かっていても、いざ実際に臨床的な立場になると、つい叱責が口をついて出てくることがある。

現場の大学教員の中には、どんなときでも「ズバズバ正論を吐く」ことを基本姿勢としている人がいる。「正しい事であれば、どんな時でもそれを言って良い」と、本気で信じている人がいる。
そういう教員の眼には、学生が無能に見える。学業不振は「本人の努力不足」、生活上の悩みは「自分の人生に真摯に向き合ってない」として、簡単に切って捨てる。どんな相談事でも「要するにあなたが悪いんでしょ」に帰着する。そういう教員に当たってしまったら学生は不幸だろう。

僕が大学で教えるようになって驚いたことのひとつに「学生は自分が思っているよりも教員を怖れている」ということがある。僕は自分では「学生にとって話しやすい先生」のつもりでいるのだが、学生の声を聞いてみると「いや最初の頃はたくろふ先生の研究室に入るのが怖くて怖くて」ということがよくある。
「最近の学生は教員を目上として見ていない」「友達感覚で接してくる」など、大嘘だ。学生が教員のことを潜在的に怖れる気持ちは、今も昔もたいして変わらない。
だから教員のほうは「自分の存在はそれ自体がプレッシャーである」ということをよく認識する必要がある。最初の立ち位置が対等ではないのだから、学生の気持ちを理解するときはこちらが目の位置を下げてあげる必要がある。

「正義がすべて」タイプの教員の共通点は「客観性の欠如」だと思う。世の中を自分の目線でしか見ることができず、相手の立場になって考える能力が欠けている。自分の世界を、どんな学生にでも強要する。自分にできることは学生もできるようになって当たり前。それができない学生は怠惰な努力不足。自分の価値観と能力を絶対視し、それを敷衍できない学生を叱責によって無理矢理ひっぱり上げることしか頭にない。おそらく学生を褒めることも滅多にあるまい。

大学で講義をしている時には、自分の内面世界を外側に向って表出する姿勢が習い性になる。基本的にアグレッシブになる。一種の「攻撃的な姿勢」と言ってもよい。それが、学生から相談を受けたときにはスイッチを切り替え、学生の気持ちを受け止めてあげる方向に姿勢を180度転換しなくてはならない。そのスイッチの切り替えがなかなか難しい。どんな時でも学生のことを見ていられるように、日頃から意識的に訓練していなければ、なかなか身につかない資質だろう。

ひとつ方法論を身につけたら、どんな時でもそれをやっておけばいい、という簡単な話ではない。学生の種類や悩みの質は、年々変わっていくだろう。僕も今年、いままでのやり方で通用しなくなった苦い経験をした。その度ごとに、どうすればいいかの方法論をきちんと自分で作っていけるようにする必要があるのだろう。新学期を直前に控えて、なかなか有意義な研修だった。



僕のコツは「お茶」と「おやつ」と「お酒」。

さむいのでありまつ

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軽井沢に来ております。




仕事ですが。
ペンギン命

takutsubu

ここでもつぶやき
バックナンバー長いよ。
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