毎日新聞が日本経済新聞の社説の主張をパクった模様です。
少なくとも、そう言われてもしょうがないと思います。
えー、東京地検特捜部のライブドア家宅捜索の時点での両紙の社説を比べてみると
今こそ本物の「日本版SEC」を作れ
(2006年1月22日 日本経済新聞社説)
→「ライブドアのワガママ放題を許したシステムが問題だ。監視機構の強化が必要」
ライブドア 不正な市場操縦は論外だ
(2006年1月18日 毎日新聞社説)
→「ライブドアって胡散臭い企業ですよねぇ」
家宅捜査の段階では、毎日新聞の社説はライブドアの傍若無人な振る舞いに眉をひそめる程度の内容だった。毎日新聞に限らずどの全国紙も似たような内容で、この時点でことの本質を的確に捉えているのは日経の社説だけだった。
日経は日本版SEC(証券取引委員会)のような強力な市場監視機構の充実をかねがね必要と感じていたらしい。今回、たまたまライブドアのような監視の眼をすり抜けるようなずる賢い企業が登場したので、持論を前面に出す機会だと思ったのだろう。日経はこの提言にかなりの重要性を感じているらしく、24日の社説、25日の社説でも同様の主張をそれぞれ違った角度から展開している。
さて今までライブドア叩きに終止していた有象無象のひとつにすぎなかった毎日新聞が、いきなり1月26日の社説で証券取引の監視機構の充実を訴えはじめた。その内容が日経のこれまでの社説の切り貼りじゃないかと思われるくらい酷似している。
ライブドア事件 監視委のレベルアップが必要
(2006年1月26日 毎日新聞社説)

何を今さら。
はっきり言って、一般の読者が「面白い」と飛びつく記事の書き方は、ライブドアの企業体質を赤裸々に暴き立て、ホリエモンがいままでいかに株式市場を荒らしていたかを書き散らすことだろう。「あんなズルいことばっかりやってたのか、そりゃ金持ちにもなるわ」というセンセーショナルな面を書きたてれば、確かに新聞は売れるだろう。
しかし、今回のライブドアの一件をもとに国策として考えなければならないことは別にある。証券取引の監視機構の整備が十分でなかったことや、現在の金融庁のシステムに重大な欠陥があったことこそを指摘するべきだ。
産経、朝日、読売、毎日などの社説は、雁首並べてライブドアの企業体質を暴くことだけに終止した。日経だけが冷静に監視機構の充実を提言している。「売れるセンセーショナルな記事」を書くか、「物事の本質を問う記事」を書くか、きれいに分かれた。
遅まきながら毎日新聞は「ことはライブドアに限った問題ではない」ということに気づいたらしい。しかし、遅い。日経がこの観点から社説を発表してからすでに4日も経っている。「日経の記事にインスパイアされ独自のオリジナルを発表しますた」などと謳っても白々しい。読者の眼から見れば日経の論点をパクったようにしか見えない。
毎日新聞の現場記者の機動力には定評があり、自然災害のときなどの速報の早さは群を抜いている。しかし、新聞に求められる「速さ」というのは、別に取材の機動力に限ったことではない。むしろ、物事の本質に再短時間で辿り着き、これからの方針に関わる効果的な提言をすばやく世に問う速さのほうが重要ではないか。先に書いたもの勝ちだ。
新聞が本当に書くべきことは何か、それを早く見抜くのが記者の腕の見せ所だと思う。
どうせ報道の速さはテレビやネットには敵わないんだから
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少なくとも、そう言われてもしょうがないと思います。
えー、東京地検特捜部のライブドア家宅捜索の時点での両紙の社説を比べてみると
今こそ本物の「日本版SEC」を作れ
(2006年1月22日 日本経済新聞社説)
→「ライブドアのワガママ放題を許したシステムが問題だ。監視機構の強化が必要」
ライブドア 不正な市場操縦は論外だ
(2006年1月18日 毎日新聞社説)
→「ライブドアって胡散臭い企業ですよねぇ」
家宅捜査の段階では、毎日新聞の社説はライブドアの傍若無人な振る舞いに眉をひそめる程度の内容だった。毎日新聞に限らずどの全国紙も似たような内容で、この時点でことの本質を的確に捉えているのは日経の社説だけだった。
日経は日本版SEC(証券取引委員会)のような強力な市場監視機構の充実をかねがね必要と感じていたらしい。今回、たまたまライブドアのような監視の眼をすり抜けるようなずる賢い企業が登場したので、持論を前面に出す機会だと思ったのだろう。日経はこの提言にかなりの重要性を感じているらしく、24日の社説、25日の社説でも同様の主張をそれぞれ違った角度から展開している。
私たちはかねて政府からの独立性が高い米証券取引委員会(SEC)のような組織をつくるよう主張してきた。今回の事件では堀江容疑者と自民党との密接な関係も問題になっている。政治との距離を保つためにも、独立性のある資本市場の番人が必要であり、今国会での実現に向け、早急に検討作業に入るよう政府に求めたい。
(2006年1月25日 日本経済新聞社説)
さて今までライブドア叩きに終止していた有象無象のひとつにすぎなかった毎日新聞が、いきなり1月26日の社説で証券取引の監視機構の充実を訴えはじめた。その内容が日経のこれまでの社説の切り貼りじゃないかと思われるくらい酷似している。
ライブドア事件 監視委のレベルアップが必要
(2006年1月26日 毎日新聞社説)
ライブドアの証券取引法違反事件は、証券市場の監視・監督機能が十分に働いていなかったことも明らかにした。金融庁が証券取引等監視委員会を傘下に置き、不正行為の監視と取り締まりを行う体制になっているが、実際に捜査を主導し、事件を摘発したのは東京地検特捜部だった。
証取法違反に対する制裁と監視体制を抜本的に強化する必要がある。監視委は金融庁の傘下にあるが、人員増だけでなく独立性が高い米証券取引委員会(SEC)のような組織にすべきだろう。

何を今さら。
はっきり言って、一般の読者が「面白い」と飛びつく記事の書き方は、ライブドアの企業体質を赤裸々に暴き立て、ホリエモンがいままでいかに株式市場を荒らしていたかを書き散らすことだろう。「あんなズルいことばっかりやってたのか、そりゃ金持ちにもなるわ」というセンセーショナルな面を書きたてれば、確かに新聞は売れるだろう。
しかし、今回のライブドアの一件をもとに国策として考えなければならないことは別にある。証券取引の監視機構の整備が十分でなかったことや、現在の金融庁のシステムに重大な欠陥があったことこそを指摘するべきだ。
産経、朝日、読売、毎日などの社説は、雁首並べてライブドアの企業体質を暴くことだけに終止した。日経だけが冷静に監視機構の充実を提言している。「売れるセンセーショナルな記事」を書くか、「物事の本質を問う記事」を書くか、きれいに分かれた。
遅まきながら毎日新聞は「ことはライブドアに限った問題ではない」ということに気づいたらしい。しかし、遅い。日経がこの観点から社説を発表してからすでに4日も経っている。「日経の記事にインスパイアされ独自のオリジナルを発表しますた」などと謳っても白々しい。読者の眼から見れば日経の論点をパクったようにしか見えない。
毎日新聞の現場記者の機動力には定評があり、自然災害のときなどの速報の早さは群を抜いている。しかし、新聞に求められる「速さ」というのは、別に取材の機動力に限ったことではない。むしろ、物事の本質に再短時間で辿り着き、これからの方針に関わる効果的な提言をすばやく世に問う速さのほうが重要ではないか。先に書いたもの勝ちだ。
新聞が本当に書くべきことは何か、それを早く見抜くのが記者の腕の見せ所だと思う。


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