たくろふのつぶやき

オリンピック生中継で夜明けと洒落込む

2005年12月

愛知博・韓国パビリオン

愛知万国博覧会・韓国パビリオンの紹介アニメ


人間胚芽幹細胞複製技術を通じる難病治療など、将来、韓国産業を主導する生命工学の成果と未来を、アニメーションの映像に盛り込み、未來価値産業の中心国家としての韓国を広報します。



これが185日間晒されていたわけです



早く立ち直ってほしいですね
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反社会的ゲーム

ゲームソフト:反社会的な内容に製造販売の自粛要請 奈良県PTA協など
(毎日新聞 2005年12月21日)


青少年による事件や子どもを狙う事件の発生と、反社会的内容のゲームで遊ぶこととの関連性は実証されていないが、何らかの対応が必要との声が高まっていることなどを受けた。



なんでしょうこのいかにも「突っ込んで下さい」感漂う記事は。



ひとは正義の味方になったときが一番危険ですよ
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れい。  ←日本語


なぜみなさんカウントダウンのときには、「さん、にー、いち、ゼロ」と、0だけ英語で言うんでしょうね?事件数を「ゼロ件」というんだったら「スリー件」「ナイン件」などと言ってもいいでしょうに。ところが気温や時間だと「零度」「零時」ですよね。なんで「ゼロ度」「ゼロ時」じゃいけないんでしょう。

意味的な理由というよりも音韻的な理由だと思います。「零」というのは1モーラの長音ですから、「度」「時」などの有声の単音で締めるのがぴったりくるのでしょう。カウントダウンのときにも最後は「れー」よりも「ゼロ」のほうが音韻的にぴしっと締りそうな気がします。



そんなことはどうでもいいんですが



クラッカー たくつぶは今日で2周年ですよ。 クラッカー



730日更新、記事数は2315件。
何をやっておるんでしょうね。


2006年も相変わらずのんびりと更新していきます。
みなさまの日常のひとときに「たくつぶ」をどうぞよろしく。


今日は偶然にクリスマスイブでもありますので、たくつぶ2周年のお祝いを兼ねて、さっそくKFCに行ってチキンでも食べようかと思います。
寂しいクリスマスイブに見えるのは気のせいです。




ではトナカイでも捕まえてきます ノシ

少年の凶悪犯罪件数

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キレやすいのは誰だ



・少年犯罪が近年急増したというのは、マスコミが捏造した世論です。
・戦後最もキレやすかったのは、昭和35年の17歳です。
・50代後半の人間の増加は、社会に重大な影響を及ぼします。



昔はネットなんてなかったから、新聞、テレビ、ラジオで報道されない事件は人の目に触れなかっただけなのかなぁ。女の子の生徒に悪さする学校教師も、昔からいたと思うよ。知られてなかっただけで。



安易にゲームとかネットとかのせいにするんじゃなくて

フェイズ

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コネチカット州ニューヘブン、イェール大学(Yale University)の大学図書館と物理学研究室を訪れた。
19世紀末にここで研究をしていた物理学者、ギブスの業績を閲覧するためだ。


ニューヘブンは、ちょうどニューヨーク・マンハッタンとボストンとの中間あたりに位置する大学街。僕の住む街からクルマで1時間ほど。海を臨む港町で、時間がゆっくり流れる街っぽい。研究にはいい環境だろう。海が近いためか、シーフードレストランが多い。お昼に寄ったシーフード屋さんで食べたカキのシチューがおいしかった。



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ギブス(Josia Willard Gibbs, 1839-1903)の名は、日本ではあまり知られていない。科学に縁のない人でも、ニュートンやアインシュタインの名は知っているだろうが、ギブスの名は「知らんなぁ」というのが一般の反応ではあるまいか。

19ー20世紀に「科学の時代」が本格的になると、様々な分野で、その基礎を築く学問のパイオニア達が目覚ましい業績を挙げた。そういう科学の先達は、ほとんどがヨーロッパ人だ。アボガドロ、ブラウン、ファラデー、マイヤー、キューリー、アインシュタイン、マクスウェル、ラザフォード、フェルミ、みんなヨーロッパ人だ。高校の教科書に載ってるレベルの「アメリカ生まれの著名な科学者を挙げてみろ」と言われたら、ちょっと出てこないのではないか。

アメリカの科学は、そうしたヨーロッパの業績に追随する形で発展してきた。20世紀になって2度の世界大戦がおきると、平穏な研究環境を求めてヨーロッパからアメリカに多くの科学者が亡命した。いわばそうした「輸入」した人材によってその後のアメリカの科学の基盤が作られた。

そういう時代にあって、アメリカ、コネチカット州出身のギブスの業績は異彩を放っている。これほどの業績を挙げた科学者がなぜ一般に知られていないのか、不思議な気がする。


たとえば水は温度によってその形状を固体、液体、気体と変化させる。氷が解けて水になり、水を沸騰させると水蒸気になる。こういう、成分、温度、圧力などによる物理的特徴が同じであるグループ(系)を、「その系はひとつの相(phase)を成す」という。つまり「氷」というフェイズから温度を挙げると「水」というフェイズになり、さらに加熱すると「水蒸気」というフェイズになる。

直感的には簡単なグループ分けだが、この状態変化を物理的に厳密に記述するのは難しい。温度というのは切れ目のない連続的なものであり、特定の融点と沸点で区切られるそれぞれのフェイズを、どのように「おなじもの」と捉えるのか、明確な方法がなかった。

ギブスは、こうしたフェイズ間の関係を厳密に規定した。ある系は全く厳密に性質が同一なのではなく、ある程度の幅をもって自由に状態を変化させる。ギブスはこの視点に基づいて自由度(f)という概念を導入した。自由度fは、「系としての特徴を成すために必要な変数の総和」から、「独立に認めなければならない変数の和」を引いたものになる。氷の表面が多少溶けていても氷は氷であり、その状態は自由度の範囲内にある。

ギブスは自由度を f = c - p + 2 と示した。ここでcは系に含まれる成分の数、pはとりうるフェイズの数を表す。この関係を「相律 (phase rule)」という。

ギブスの研究を読んでみると、最初は水蒸気と水というふたつの相が共存する「相平衡」についての一般理論を構築しようとしていたらしい。その研究の最中、温度と圧力が一定である条件下で「自由エネルギー」という物理量を仮定すると、フェイズ間の関係がうまく明示できるというアイデアを得たようだ。

ギブスはマイペースで研究を続け、単なる物理現象の説明であった熱力学の基本法則を、分子運動の統計理論と融合させた。これにより、それまでバラバラの条件と考えられていた、温度、圧力、体積、エネルギー、エントロピーなどの条件を統一的に扱える方法が提示された。ギブスの研究により、熱力学の諸原理が統一され、それまで謎だった”不均一系の化学平衡”に対する明確なアプローチ法が明らかになった。現在ではこのアプローチは「統計熱力学」として定着している。


僕がギブスの業績に興味をもったきっかけは、「フェイズ」という曖昧な区分に、厳密な関係式を規定できるのだろうかという疑問だった。現在では、フェイズの概念は熱力学のみならず、統計学、社会学、経済学、はては言語学の統語理論にまで応用されている。ちなみにテレビゲームの「1面、2面」という単位は、英語でphaseという。

その研究を調べてみると、どうもアメリカ人らしくない。熱力学におけるフェイズの研究など、科学に縁無き衆生には何の役にも立たない。言ってみれば抽象理論であり、当時正当な評価が得られなかったもの仕方がない気がする。

ギブスの時代はアメリカ産業革命の時代で、科学の研究は即、技術面に反映されることが求められていた。19世紀のアメリカといえば「西へ進め」のフロンティア時代、「とりあえず作れ」の産業革命時代だ。当時の発明といえばモールスの電信機、ベルの電話機、エジソンの電球、マルコーニの無線、すべて産業に直結するものばかりだ。

こうした時代にあって、「相律」などという抽象論を展開するギブスは、アメリカ科学界にあってかなりキワモノだったのではあるまいか。実際、母校のイェール大学もギブスの博士論文提出後、15年間もギブスに正式なポストを与えず、給料も払っていなかった。他大学がギブスの業績を評価し引き抜きにかかって初めて、破格の待遇で引き止めた有様だ。

科学は実用化されることもあるが、はじめから実用化を目指すものではない。産業の役に立つ・立たないで科学の業績を評価する姿勢は危険だ。現在の日本にもそういう風潮は根強くあり、2000年にノーベル化学賞を受賞した白川英樹博士も、基礎研究を軽んじる日本の傾向に警鐘を鳴らしている。

ましてやアメリカ、ましてや産業革命の時代に、相律という難解な抽象概念を追求したギブスは、どうも「アメリカの科学者」のステレオタイプから大きくはずれている気がする。相互にバラバラの現象を抽象的思考能力でまとめあげ、そこから論理的に推察し一般法則を帰納する、というギブスの卓越した思考能力は、エジソンのようなモーレツ産業一直線よりも、むしろニュートンの『プリンキピア』の美しさに非常に近い。

ギブスは抽象的思考に優れているだけでなく、その思考を表現する方法にも優れていた。それまで考えられていなかった概念を表すには、既存の表現系は役に立たない。そのためギブスは自分の研究内容を示すために「グラフ法」という手法をあみだした。従来の、圧力と体積のふたつを座標軸にとる表現系に比べて、ギブスのグラフ法は熱力学の諸現象をより直感的に、ビジュアルに表現できる。

なかなか世に認められなかったギブスの業績は、次第にその価値が認められるようになる。1897年にはイギリス王室協会のフェローに選ばれ、1901年には王立協会のコプリ・メダルを受賞している。この双方の賞は、ギブスの業績がノーベル賞受賞と同等の評価を得たことを意味する。


イェール大学に残るギブスの資料を見ると、ギブスは小難しい抽象論を展開していた研究者の割には、学生にかなり親身に接する親切な教授だったらしい。道ばたで呼び止められ質問された学生にも気さくに応じる穏やかな人柄だったようだ。

ギブスの業績は死後ますます評価が高まり、生前理解されなかった理論も次々に受け入れられるようになった。現在では、ギブスは「ガリレオやニュートンに匹敵する業績を成し遂げた唯一のアメリカ人科学者」という評価を得ている。


大学を出ると、分厚い物理学の教科書を抱えた女の子とすれ違った。彼女は、世の中の科学概念を大きく変えた先輩から連綿と続いている物理学教室で自分が勉強していることを、知っているんだろうか。



クラムチャウダーも(゚Д゚ )ウマー
ペンギン命

takutsubu

ここでもつぶやき
バックナンバー長いよ。
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