たくろふのつぶやき

オリンピック生中継で夜明けと洒落込む

2005年12月

とある中学校にて

96386ca4.jpg



全員参加のコンドーム実習



コンドームを実際に使うということで、やはり「ちょっと早いのではないか」という保護者の意見もある。しかし学校としては「必要なことを教えておくのは大人の責任」という姿勢で、教師が協力しあって取り組んでいる。


クイズを通じてエイズの知識を学ぶ「クイズでエイズ」、ロールプレイによって性交渉に対する気持ちのもち方を考える「そのときあなたは」、模型を使ってコンドーム装着の練習をする「コンドームの達人」などなど。



大阪府立松原高校の総合学科が、中学校で行った公開講座とのこと。



こーゆー知識が中学生に必要かというその一点に尽きると思われますが
続きを読む

脱オタ服装術

万人に馬鹿にされない服装マニュアル
(「純粋なココロ2.0」さま)


ミッション1

1.マルイや駅ビル等の、ファッションビルに行く。

2.マネキンが立っている、適当な「ブランドの店」に入る。ユニクロやジーンズメイトは不可(理由は後で書きます)。シンプルなコーディネイトのマネキンが立っているブランドがオススメ。20代までであれば「ジュンメン」「メンズビギ」「メンズメルローズ」「タケオキクチ」辺りがよい。

3.店員を呼び、「あのマネキンが着てるやつ、僕に合うサイズで全部ください」と言う。靴や小物もすべてセットで。

4.試着し、サイズを確認したうえで買う。



彼女にコーディネートしてもらえばいいんじゃね?



お金かかるだろうに

牽強付会

韓国ES疑惑 「対岸の火事」ではない
(2005年12月24日 朝日新聞社説)


捏造問題は韓国だけの話ではない。それも政府の研究費が多くつぎ込まれているバイオの分野で目立つ。論文の取り下げが続き、日本の研究への信用が落ちたとさえいわれる



日本の価値を貶めるためなら手段を選ばない朝日新聞の社説。


この事件のどこをどう掘ったら「日本の研究の信用失墜」が出てくるのだろう。
「日本の研究への信用が落ちたとさえいわれる」というが、言っているのは誰か。そう言える根拠となる客観的な事実はあるのか。

あまりにも日本を貶める姿勢が露骨で強引すぎる。この事件から日本も我が身を顧みて研究の偽造を許さない環境を整えるべきなのは当然だ。社説がそれを訴えるのは当然として、なぜ日本の研究の信用がすでに失墜したことにしなければならないのだろう。

記事の妥当性を検証しようがないような曖昧な書き方で、読み手に特定の先入観を与える記事の書き方を「煽動」という。この記事の書き方、言葉の使い方は、煽動そのものだ。日本の研究活動を低く評価しているのが問題なのではない。何の根拠も提示せずに、いかにもそれが事実であるかのような書き方をしているのが問題なのだ。少なくとも、書かれていることが本当か嘘か検証できるような、明白な根拠に基づいてはっきりと断言して書くべきだろう。

新聞社としての基本姿勢なり社是なり、社説を書くには様々な制約があろうが、韓国のこの一件をネタにして日本の研究の信用失墜に話をつなげるのは、どんなにがんばっても無理だと思う。

「捏造」に関して、朝日新聞は偉そうなことを言える立場ではない。朝日新聞こそ捏造や論点のすり替えを常套手段にしている。数々の捏造事件をすでに過去のことと開き直って知らん顔してはいまいか。



サンゴ礁

ところが近年、サンゴから褐虫藻が抜けて白っぽくなる「白化現象」が目立つ。高い海水温などが原因で、世界各地でサンゴの大量死を招いた。沖縄本島沿岸のサンゴも大打撃を受けた。赤土の流出や水質汚染など、人為的な影響で弱っていたところに、白化が追い打ちをかけたらしい。

 長谷川均・国士舘大教授は「サンゴの天敵はオニヒトデが有名。でも、本当の敵は人間かもしれない」と話す。



まるで他人事。


韓国での一件は確かに「対岸の火事」ではない。朝日新聞こそよく自分たちの立場を考えた方がよろしくないか。



またすごいウルトラC技を
続きを読む

スパゲティにどうぞ

03b719e9.jpg




いらん。

失敗に対する評価

研究の失敗に寛容な風土はできるか
(Nikkei Net 2005年12月21日)


政府の科学技術政策はいま、成果主義の考え方が鮮明になってきている。目標を明確にし、達成できれば研究費も継続的に注ぎ込み、達成できなければ厳しく査定するという考え方である。

研究者は成果を出さなければ研究費が確保できないから、目標設定に神経を使うようになってきているが、問題は失敗を恐れて挑戦的な課題を避ける傾向が強まるということだ。高い目標を掲げても失敗したりすれば、研究資金を継続的に得られないと、研究者の志が低くなっていると嘆く関係者は増えている。


不正は大抵の場合、政府が重点として入れ込んでいる分野で起きていて、資金を集中し過ぎると研究者が成果を焦るあまり不正に走ったりするという点は留意すべきだろう。不正を研究者倫理で片づけるのは簡単だが、行き過ぎた成果主義が招く弊害と見ることもでき、失敗に対する評価に問題の本質があると言えなくもない。



うーん。


研究や開発に巨額の金額がかかる分野はお金を投入する必要があるかもしれない。数年では明確な成果が出ず、失敗や試行錯誤が必要な未開の分野だってあるだろう。そういう分野には失敗によってすぐに切り捨てるのではなく、長期的な視野で資金投入をする必要がある、というのは一応頷ける。

問題は、そういう厚遇が引き起こすモラルハザードとの兼ね合いだろう。お金を出す政府としては、研究の価値をちゃんと見抜くだけでなく、甘すぎず厳しすぎず、バランスを保った資金投入の方法を考える必要がある。

個人的には、人間はプレッシャーがないといい仕事などできないと思う。僕が怠け者だからかもしれないが、連日連夜考え抜き、ひとつの研究を貫徹する根性は、単純な研究意欲だけでは保ちにくい。プラスへの欲求とマイナスへの危機感が揃って、人は本気以上の力を出せるもんだと思う。

ノーミスしか許されない研究というのは、いかにも研究の本質から外れている気がする。 研究に失敗はつきものだ。問題は、失敗をどうやって次の成功に活かすか、だろう。あたりまえのことだが、お金が絡むとそれがあたりまえではなくなる。政府の資金投入の方法は、資金を与えたあとの研究評価の方法がむしろ重要だろう。



まぁ僕の分野は紙と鉛筆で済むわけですが
ペンギン命

takutsubu

ここでもつぶやき
バックナンバー長いよ。
リンク用
かんたんアクセス
QRコード
記事検索
  • ライブドアブログ