たくろふのつぶやき

オリンピック生中継で夜明けと洒落込む

2004年08月

おみやげは飛行石

ジブリ美術館、おもしろそうですね。
完全予約制とのこと。

ここのカフェでは、こういうものが出てくるんだそうです。すげぇー 笑い

カオあり

アメリカで犯罪者が逮捕されたときに、身長を示す線の前に立って、日付と検挙番号を示したボードを持って撮られる写真をMugshotと言うそうな。Mugっていうのは「顔」っていう意味。っていうかむしろ「ツラ」くらいのニュアンスだけど。

「私のパスポートの写真は犯罪者みたいだ」
My passport picture looks like a mug shot.


たくろふのパスポート写真は微妙に満面の笑みですが。


で、たとえ著名人の方々でもタイホされちゃうとこんなことになるわけです。まぁJeffrey Dahmerなど生粋の犯罪者もいらっしゃいますが、みなさんカメラ馴れしてるプロでいらっしゃる。人相が悪いなりにそれなりに写ってると思われるのは僕の気のせいですかそうですか。

ちなみにKeanu Reevesの容疑、DUIというのは、driving under the influenceの略。よーするに「飲酒および麻薬の影響下[服用時]の運転」というコトですね。打ったら飲んだら乗るな。

書き表せれない

iPod-miniの機動性はヒジョーによろしいですね。
わたしゃ英語の勉強をしなけりゃならんのでどこでもすぐにカンタンに聞けるiPod-miniはヒジョーに重宝します。
iPodを使った英語学習の仕方についてはコチラなどどうぞ。


で、たくろふはクルマに乗る時もiPod-miniをカーステレオにつないで聞いてるわけです。
持ち運びの機動性もさることながら、MDやカセットテープをクルマに積んでおかなくてもいいのでヒジョーにクルマがすっきりします。いいねぇ。

で、クルマで聞く音楽はだいたい元気のいい跳ねるよーな曲が多いんですね。
で、最近聞いてるのは大塚愛の「さくらんぼ」だったりするわけですよ。
ええそれが何か。

まぁその筋の方々にいわせると、この「さくらんぼ」という曲、こんなふーに聞こえるらしいんですが、僕にゃわからん。
かなりマニアックな耳をしている方限定の現象と思われ。まぁ確かにクリックして聞いてみるとそう聞こえんでもない。

そんなことよりも聞くたびに気になるのはですね。


♪ 泣き泣きの1日や 自転車の旅や 書きあらわせれない
だって 多いんだもん!!



書きあらわせれない」?


僕は「ら抜き言葉」についてはかなり許容範囲がユルいが、これは変だぞ!?

どうして変に感じるんだろう。

んーと、「書き表す」。
複合動詞だけど、一応、

かきあらわさない
かきあらわします
かきあらわす
かきあらわすとき
かきあらわせば
かきあらわせ
かきあらわそう

と活用する、サ行5段活用。

一般的に、五段活用の動詞(「書く」など)は可能動詞(「書ける」)を作ることができる。
一方、学校文法では上一段活用動詞(「見る」など)と下一段活用動詞(「食べる」など)は、「ら抜き言葉」にしてはいけないとされている(×「見れる」○「見られる」、×「食べれる」○「食べられる」)。

ということは、「さくらんぼ」の歌詞「♪書きあらわせれない」は、そもそも「書き表す」という五段活用動詞が、「書き表せる」という可能動詞に変化したものなのだろう。「書き表せる」という可能動詞にした段階で、すでに「・・・できる」という可能の意味が入ってしまっている。すると当然、それにさらに上乗せして可能の助動詞「られる」をくっつける必要はなくなってしまう。

まとめると、

「書き表す」(5段活用動詞)
 ↓(可能動詞化)
「書き表せる」
 ↓(未然形に可能の助動詞「られる」をドッキング)
「書き表せられる」←ダウト!!
 ↓(「ら」抜き)
「書き表せれる」
 ↓(否定の助動詞「ない」をドッキング)
「♪書き表せれない」

となる。2つめの変形操作「可能動詞に可能の助動詞をくっつける」という操作がムダなので、この時点ですでにダメなのだろう。「書き表せれる」という「ら抜き動詞」がおかしいのではなく、「ら」を抜く前の「書き表せられる」の段階で、すでに可能の意味がかぶっているのでおかしいのだろう。同じ意味を言うのなら「書きあらわせない」で十分のはずだ。


ま、この歌はかなりゴキゲンでイイ感じの曲なので、「書き表せれない」でも何でもいいんですけどね。しかも声がかわいいから余計許す。

オレの勝ち

a6518750.GIF
アメリカの住宅街の道には、ところどころにBumpという盛り上がりがあります。
まぁ、スピードを出しすぎないようにわざと地面に段差をつけてあるんですな。

で、ブロロロローと自動車クルマ自動車を走らせていたたくろふ。
ちょっとBumpを乗り越えるときにスピードの落とし方が足りなかったみたい。


ガリッ


ん?

なんだこの音?

と、いきなり排気音に異変が。




ブボボボボボボボ





族か。



どうやらクルマの底をBumpに擦っちゃって、マフラーに異変が生じたようです。
あーれー。修理に出さなきゃ。穴あいちゃたかなぁ。マフラー交換かなぁ。

ネットでマフラー交換の相場を調べてみる。
だいたい300ドルから400ドルくらいだそうな。


はあああああああ・・・落ち込み


というわけで近所のガレージにクルマを預けにいってきました。朝8時からやってるというので朝イチで。
けっこう繁盛してるっぽい修理屋さんなので、どれくらい時間がかかるかわからんとのこと。
直ったら電話してもらって引き取りにいくことにしました。

んーどうしよう。今日は夕方から学科で新学期のオリエンテーションなんだよなぁ。
あんまり夕方になるようだったら途中で抜けて引き取りにいかなきゃならんかなぁ。今日中に引き取らないと週末にはいっちゃうし。

と、10:30に早くもTELあり。


「あーい、ガレージです。修理終わったよー」

おお早いっすねぇ。どんなんなってました?

「ああ、ありゃもともとマフラーの継ぎ目がゆるんでたね。それがはずれちゃったんだよ。フツーにつないで、締めといたよ」

え?マフラーに破損なし?

「底をぶつけちゃったみたいねだねぇ。ちょいとへこんで変形してたけど、叩いて直せたよ」

おおじゃあマフラーの交換はしなくて済んだんだ。おいくらかかるの?

「んーと、40ドルだね」






こういう所で日頃の行いの差が出るのだよ!!力こぶ

批判的な読み方

男の子を1人育てると母親の寿命は34週間縮まる
(Bio Today)


赤ちゃん赤ちゃん ちょい待ち 赤ちゃん赤ちゃん


「寿命が34習慣縮まる」というのは、「男の子を産んだ場合」と「産まなかった場合」を、当該の母親一人を対象に比較しないと意味がないはずだ。当然、そんなパラレルワールドにまたがる比較はムリだ。

男の子を産んだ母親とそうでない母親を単純に比べただけでは、寿命の長短に関してその原因を「男の子を産んだから」と決めつけるわけにはいかない。もしかしたら他の要因が絡んでるのかもしれない、という懸念が断ち切れない。

この記事を読んで「うさんくさいな」と思うのは、

「母親の寿命は男子を1人産むごとに34週間短くなっていた」という結果が、フィンランドのトルク大学の研究者等によって2002年5月10日のScience誌に発表されました。

という書き方。

経験科学であればデータを蓄積して観察し、そこから仮説を提案する。その仮説は様々な事実による反証を受け、修正ないしはさらなる反証にさらされ続ける。

どんなデータを調べたか知らないが、しょせん「母親の寿命は男子を1人育てるごとに34週間短くなっていた」というのはデータをもとにした仮説でしかない。「結果」という言葉には、なんか「すでにこれは事実として認識可能な真理ですよ」という煽動の意図が見えてならない。記事にインパクトをもたせるための語彙的な方便なのだろうが、よく記事を読まない読者にとってはあたかも事実のように錯誤してしまう危険な書き方だと思う。

しかも、仮説のもとになるデータがいかなる種類の情報なのかを提示していない。これでは、事実から仮説を導く段階で錯誤が起きている可能性を検証できない。「フィンランドのトルク大学の研究者等」だか何だか知らないが、こうやって大学名を出して「研究」というミノをかぶせれば、あたかもホントのことであるような気がする読者もいるだろう。実際のところ、大学の研究のうち大半は事実誤認や失敗の蓄積だ。ほんのひとにぎりの知見だけが、まぁ事実として認識し得る程度だと思う。

こと健康や寿命に関する記事だと敏感に反応する向きもあろう。「男の子を産むと23週間も寿命が縮むのか、じゃあ産むのやめよう」とまではいかないだろうが、他人の妊娠に関して「あら男の子が産まれるの。それって23週間も寿命が縮むんだそうよ」なんて訳知り顔で他人に吹聴する手合いがいないとも限らん。身近な例だからこそ、こういう記事は批判的に読みたい。


ええっと。


母親の寿命を縮めるという罪を生まれながらに負ってしまった男子。今日はとびっきりの愛情で母親をリラックスさせて上げましょうね。



電話でもしますかね 携帯
ペンギン命

takutsubu

ここでもつぶやき
バックナンバー長いよ。
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