小数と分数は、どちらが便利なのか。


直感的には、「分数」と考える人が多いのではあるまいか。「1枚のピザを8人で分けます。1人分はどれくらいになるでしょう」という問題を考えるとき、「1÷8=0.125」と考えるよりも、「8分の1」と考えるほうがビジュアル的に理解しやすい。
また欧米では、いわゆる「÷」という計算記号が無い。割り算はすべて分数の形で記述する。これも、分数を基本と考え、そこから計算によって小数を導く、という「主従関係」が見える。

確かに日常生活では分数というのは直感に近い理解が可能だが、ことを数の概念全般に拡張して考えれば、小数のほうが広い概念を考えられる。それは「有理数」と「無理数」の違いを考えてみれば明かだろう。
有理数というのは、整数比で表される数のことを言う。要するに既約分数のことだ。例えば1/3というのは有理数だが、円周率πは既約分数で表せないので無理数である。有理数は有限小数か循環小数となるため、小数は有理数も無理数も表せる。しかし整数による既約分数では無理数を表すことはできない。

ヨーロッパの数学は分数に基づいて発展し、アジアの数学は小数を駆使して発展してきた。その違いは、代数方程式に対する「姿勢」の違いに反映されているように思えてならない。
2次、3次、4次の方程式には解の公式が存在するが、5次以上の方程式には解の公式が存在しないことが、アーベルによって証明されている。ここまでは数学上の事実として、まぁいいとしよう。問題は、ヨーロッパとアジアでは、「解の公式がないと、どうなのか」という、そこから先の話が違っていることだ。

ヨーロッパの数学では、5次以上の方程式を解く公式が無い、ということが証明されれば、そこで話が止まる。「求まらないんじゃ、しょうがない」とでも言おうか、その事実を前提とした上で、代数学の発展がもたらされた。

ところが、小数を使う中国の数学や、それを取り入れた日本の和算では、5次以上の方程式に解の公式があろうがなかろうが、関係なく腕力で事実に肉薄しようとする馬力を感じる。なんというか、高次方程式の問題を「正確な数値が求められるかどうか」よりも、「どこまで正解に近づけるか」という問題として捉えていたように見える。

算木や天元術(和算で「代数学」に相当する分野)で計算すれば、無限に「近似解」を求めることができる。例え整数解でなくても、小数点以下100桁でも1万桁でも、時間さえかければどこまでも計算できる。また5次方程式どころか、10次方程式でも100次方程式でも、どんなに次数が上がろうとも関係ない。腕力で計算が可能だ。和算の文献を読むと、1000次を越える方程式を解いたという剛の者も登場する。

たとえば、ある高次方程式の解のひとつが 123456.78910233456789… と求められたとしよう。小数点以下を四捨五入すれば、だいたい123457だ。
これはヨーロッパの数学では「解」として認められない。「だいたいこのくらい」では数学としての解の条件を満たさない。有理数であれ無理数であれ、正確な数値でないと解とはならない。

ところが和算では、数学が目指す方向性が違う。その高次方程式の解を「小数点以下いくつまで計算したか」という競争になっている。それが正確に定まるか否かでばっさり分け、定まらない式については切り捨てるヨーロッパ数学とは、はじめから方程式に向かう姿勢が異なる。

5次以上の方程式が「解けない」というのは、あくまでも「解の公式による冪根では解けない」という意味であって、「その値が求められない」という意味ではない。和算が指向したように、小数点以下を延々と求めるチャレンジとして捉えれば、望む範囲での値は手に入る。

例に挙げた高次方程式だって、そもそも「何のための解を求める方程式なのか」を考えてみれば、たとえば小数点以下100桁までの正確性が求められる状況など、そうそうあるものではない。解が 123456.78910233456789… と求まれば、「だいたい123457」としておけば問題ない状況がほとんどだろう。

つまり「全か無か」という分数に比べ、小数は「近似値」というマージンの存在を許す。「だいたいこのくらい」という概算をする必要がある分野では、小数のほうがむしろ直感に近い理解が可能となる。
たとえば1.8769… という数字を見たら、「1と2の間の数で、だいぶ2のほうに寄ってる数」と分かるが、それを同じことを 595/317 という分数の表記で感じ取るのは困難だ。

また、小数というのはすべての実数を表せるが、分数は有理数しか表せない。
「概算」という日常的な必要性を考えても、表記が記述できる数体系を考えても、小数のほうが優れた記述法と言える。
ただし、便利であるがゆえに、和算では代数学の発展が阻害された観は否めない。なにせ、必要なだけ近似値が求まるのだから、代数方程式を形式的に解く必要性を一切感じなかったのだろう。明治期に西洋の数学を輸入するとき、和算に慣れた日本の数学家は、まず代数学の目指すところが理解できずに苦心したのではあるまいか。

有理数と無理数という区分にしても、その対立概念の根底にある「整数による分数表記の可否」という議論の必要性を、そもそも感じていたようには見えない。江戸時代の和算家にとって、無理数と有理数の違いというのは、「小数計算の終わりがあるか・ないか」程度の違いではなかったか。


tan1°は有理数か
(京都大学)


「世界一短い入試問題」として、日本以外の国々でも話題となった、有名な問題だ。
有理数と無理数の境目を考える問題を出しているということは、京都大学が、数学を学ぶ上で日本と西洋の対立概念を念頭に置く必要性を提唱している気がしてならない。

入試問題に「1°」なんて尋常でない角度が出てくる時点で、加法定理を使う問題と思って間違いない。あとは整数論の証明問題の王道に従って、背理法と帰納法を使えばいい。

(こたえ)
tan1°が有理数であると仮定する。
kを正の整数として、tan k°が有理数であれば、加法定理より
tan(k+1)°= (tan k°+tan 1°)/(1-tan k°tan1°)
となり、これは有理数である。従って帰納的に、すべてのkに対してtan k°は有理数となる。
しかし、例えば30°に関して
tan30° = 1/√3
であり、これは無理数となる。これはすべてのkに対してtan k°が有理数となることと矛盾する。
よって仮定が誤り。tan 1°は無理数である。
(Q.E.D.)


「有理数であれば分数で表せる」という特徴を対偶として使うと、「分数で表せないものは有理数ではない」ということになる。されば、「分数で表せない」ということを背理法で導けばいい。見た目ほど怖い問題ではない。

入試問題程度の世界では、「tan 1°は無理数」ということが言えればそれでよく、その事実がもつ意味などはどうでもいい。しかし実際の数学史を考えてみると、この事実は、ヨーロッパの数学では「そうか、じゃあ分数で表せないのか」という「議論の終点」であり、和算では「そうか、じゃあどこまで求めることができるかやってみよう」という「チャレンジの出発点」だったのではないか。ひとつの数学的な事実が、議論のスタートでもあり、ゴールでもあり得る。その違いは事実の側の違いなのではなく、無理数というものをどのようなものとして捉えるか、人の側の違いに過ぎない。

議論を始める際には、まずその議論の必要性を明確にする必要がある。議論の必要性をそもそも認めない立場にとっては、議論の末の結論がどんなものであろうと意味はない。その齟齬に気がつかないまま議論に臨んでも、見当違いなことを追いかけてしまう恐れがある。こういう徒労は、わりとありふれたものではあるまいか。



考えてみりゃ「無理」の反対は「有理」だと習ったのは数学だったな