ラグビーW杯 プールB
日本 28ー18 アメリカ
今大会で躍進した日本代表が、有終の美を飾った。すでに予選リーグ敗退が決まっている状況で、全力で3勝目を狙う日本代表と、ここまで全敗で是が非でも勝利をあげたいアメリカの一戦。いままでの対戦成績は、ワールドカップではここまでアメリカが2勝している。
勝因、敗因云々よりも、プレイの質よりも、見ていてとても素晴らしい試合だった。予選突破が断たれた両チームではあるが、一切手を抜くことなく、とても真摯に戦った。勝つためだけに戦うのではない、ラグビーというスポーツのもつ精神性がよく発揮された試合だった。それは、早々に敗退が決まった開催国イングランドが、最終戦でウルグアイ相手に全力で戦い、60-3で勝利した試合も同様だ。これらの試合を単なる「消化試合」と見ていたファンは誰ひとりとしていなかったのではないか。 予選プールの最終戦を飾るにふさわしい試合だった。
日本はこれまでの勝因「ディフェンス」を徹底し、粘りのタックルでアメリカを封殺した。今回のワールドカップでは、主審はわりとディフェンス側の反則を厳しめに取る傾向がある。日本はその厳しいレフェリングに耐え得るに十分なプレーをした。日本の低いタックルは、体格で勝る相手をどうやって止めるべきか、という手本のようなものだろう。
また、今回の日本代表の躍進の理由に、安定したスクラムがある。いままでの日本代表は、キャリーバックやノートライ判定のあとの5Mスクラムでは必ず押し負け、なし崩し的にトライを取られることが多かった。しかし今回のワールドカップでは、スクラムが非常に安定している。タイトファイブの5人がしっかりと仕事をし、コラプシングの反則が非常に少ない。これだけスクラムが安定していると、BK陣は選択肢の幅が広がり、非常に展開がしやすくなる。
スクラムというのは個々の力を足しただけでは勝てるものではなく、簡単に強くできるプレーではない。チームとして安定するためには気の遠くなるような練習が必要となる。今回の日本代表のスクラムの強さだけを見ても、これまでの4年間で日本代表が鍛えてきた過酷な道筋が、よく見える。
アメリカは、かなり日本を研究している試合運びだった。日本はFWを中心とした内側のディフェンスに強く、南アですら縦突破を封じられている。だからトライを取るには、外を余らせて、BKで勝負するしか方法がない。アメリカがとった2トライは、ともに大外を余らせて、WTBやFBを走らせて取ったトライだ。特にアメリカ代表キャプテンのFBワイルズは、よく声を出して味方陣形を指揮し、日本のBK陣を後ろに下がらせる攻撃を展開した。日本代表は、はじめて外展開でフィールドをワイドに使う攻撃に対処する必要に迫られ、いままでの試合とは違うディフェンスの仕方を余儀なくされた。
そうしたアメリカの外攻撃になんとか対処できたのは、日本代表の高い質のキックだろう。SO小野、FB五郎丸の伸びのあるキックは、地域を挽回するためにとても有効だった。ラグビーというのは要するに陣取りゲームなので、劣勢のときには地域を稼ぐことが何よりも重要になる。今大会の日本BK陣のキックは、押し込まれても押し込まれても一発で陣地を挽回できる。22Mラインの内側から、やみくもにFWを突っ込ませるのではなく、キックを使って体力をうまくマネジメントできていた。
プレイの質そのものは、両チームとも決して高かったわけではない。アメリカはノックオンやスローフォーワードなどの基本的なミスを繰り返し、勢いにのるべき時間帯に自分たちでリズムを失った。一方の日本も、これまでの試合に比べるとブレイクダウンでの反則が多く、ペナルティーを与え過ぎた。前半で得点が抜きつ抜かれつの展開になったのは、この両チームのがそれぞれ犯していたミスによるところが大きい。
しかし、日本はその後がよかった。ラグビーはアメフトと違い、ミスや反則が起きても「アドバンテージ」が与えられ、すぐにはプレーが止まらない。だからミスのカバーが試合の展開を分ける。日本はBKが外展開でカバーディフェンスに忙殺されても、バックローの3人がよくディフェンスラインをカバーして、人数の不足をよく埋めていた。密集戦でも、ミスが起きたあとのサポートが、アメリカよりも一歩早い。FWの動きは、ミスが起こることを想定し、その回収のために素早く動いている。お互いに陣形が崩れたアンストラクチャー状態に陥ったとき、アメリカよりも日本のほうがプレーヤーの意思統一が図られている。
おそらくこれは、両チームの練習の仕方の違いだろう。アメリカは、プレイが成功することをイメージして練習していたのに対し、日本はミスが起こることを想定して練習を積んでいたように見える。ミスが起きた時の反応というのは、頭で理解しているだけのレベルでは実践できない。数限りない練習を通して体に染み込ませなくては、試合本番で体が動かない。日本代表のミスの対処の仕方は、これまでの日本代表の練習の仕方が正しかったことを表しているかのようだった。
特に素晴らしかったのが、No.8のホラニ龍コリニアシだ。とにかく反応が早い。味方FWの背後に必ず控えていて、ミスをカバーして拾いまくった。幾度となく奪われたターンオーバーにいち早く対処し、強いタックルでアメリカの出足を防ぐ。消耗度の激しさから試合前半だけで退いたが、十分それに値する働きぶりだった。おそらく前半だけで完全燃焼し得たのではないか。
トンガ出身だが、自国ではラグビーをしたことがなく、吹奏楽部でトロンボーンを吹いていた。高校入学から日本に留学し、そこで初めてラグビーを始める。埼玉工業大学では情報工学科に所属。帰化して日本国籍を取得し、腕には「大和魂」のタトゥーを入れている。
外国出身者の比率が多さが何かと話題になる日本代表だが、こうした「日本育ち」の外国人プレーヤーが多いということは、それだけ日本という国がラグビーを志す若い世代を受け入れる土壌が育っているということだろう。日本代表の外国出身者比率を批判する国に限って、自国に日本と同じことを行えるだけの環境が整っていない。「この国の代表になりたい」と思わせるだけの魅力がない。
現在、各国代表のトッププレーヤーの中にも、日本のトップリーグのチームに所属している選手は多い。オーストラリア、NZ、南アフリカといった強豪国の代表選手も、日本でプレーしている。サッカーほど世界各地にプロリーグの環境が整っているわけではなく、アマチュア主体の国も多いなかで、ラグビープレーヤーとしての生活が保証され、治安がよく、家族の生活と子供の教育の環境が整っている国は、それほど多くない。
また、そういった世界のトッププレイヤーが日本でプレイすることによって、日本人選手に非常に有益なレッスンを施した。今回の日本代表の躍進の背景には、そうした日本におけるトップリーグの整った環境があったと思う。これは一朝一夕に成し遂げられることではなく、ラグビーを愛する日本の土壌が長い年月をかけて育んできたものだ。
今回の日本代表の活躍で、日本では、高校ラグビー、大学ラグビー、トップリーグへの注目度がより高まるだろう。五郎丸選手のキックルーティーンを見るためにスタジアムに足を運ぶファンも多くなるかもしれない。そうしたラグビー熱の高まりが、さらなる代表チームの底上げにつながり、好ましい循環を生む。そうした環境を着実につくりあげてきた、日本ラグビーの足場の確かさが、今後より重要になるだろう。
今回大会の日本代表の躍進は、いままでの敗因を冷静に分析して、弱点を克服するという、当たり前のことを当たり前に行った結果だ。今までの日本代表は、「外国勢にフィジカルで負けるのは仕方がない。だから速くて俊敏な日本の良さを活かす」という建前のもと、小手先の技術に頼ろうとする戦術が多かった。
しかしエディー・ジョーンズ ヘッドコーチは、今までの日本代表の戦いを緻密に数値分析し、「日本は別に俊敏なわけでも技術が高いわけでもない」という事実を受け入れることを、チーム作りの出発点にした。「フィジカルで負けるのは仕方がない」ではなく、「フィジカルを強くしないと勝てない」と、弱点を受け入れてその克服を目指した。体格で劣ることを言い訳にせず、劣ってなおフィジカルで互角に渡り合うために、徹底的にフィットネスを鍛え続けた。当たり前すぎる正攻法だ。しかし、日本代表はその正攻法に辿り着くまでに、28年の歳月を要した。
フィットネスだけでなく、技術の研鑽にも怠りがなかった。日本がとった最初のトライは、外展開からWTB松島幸太朗が取ったものだが、トライそのものよりもラストパスが秀逸だった。アメリカBK陣の鋭い出足のディフェンスを一瞬で捌いたクイックパスは、BKではなくHO堀江翔太が放ったものだ。前と横を同時に見て一瞬の状況判断が必要なクイックパスは、基本的に敵に突っ込む習性のあるFWにはなかなかできるものではない。密集戦では縦突破、アタックラインに入ったらパス、というプレイの使い分けが、これほど自然にできるチームは、他にはNZ代表オールブラックスくらいのものだろう。
選手層の厚さも特筆すべき点だ。これまでの日本代表のように「エース級」と「控え」という区別ではなく、スコッド登録選手全員が、互角の能力を持つ。選手交代が負傷対処のような後ろ向きなものではなく、体力に余力のあるフレッシュな選手を戦術的に交代し、なおかつチーム力が落ちない。「チーム全員で戦う」という、口で言うのは簡単だが実践は非常に難しいことを、成し遂げられるチームに成長した。
今大会では、いままでの大会のように、強豪国と弱小国が大差で差がつく試合が少なくなっている。予選敗退常連国や中堅国が、強豪国に意地で食らいつく好試合が多い。予選プールでこれだけ見応えのある試合が続出する大会も珍しいだろう。
その一因が、日本代表が初戦で南アフリカを撃破した試合にあることは間違いない。いままで7大会でわずか一勝しかしていない日本が南アフリカに勝ったことで、すべての参加国が「俺たちにもできるはず」という意識が盛り上がった。日本代表の躍進は、今大会のレベルを大きく引き上げることに貢献している。
今回のワールドカップの成果で、日本代表のとるべき道が明確になったと思う。「お客さん」として参加した今大会とは違い、次回大会では開催国として地元の期待を集める立場だ。自国開催の大会を盛り上げるためには、日本代表の躍進は不可欠だ。今後4年間の日本代表の戦いは、帰国したその日からすでに始まっている。
ヘッドコーチを全力で確保しろばかたれが。
ラグビーW杯 フェアプレーの花開く
(2015年10月7日 東京新聞社説)
世界が目を見張っている。ラグビー・ワールドカップ(W杯)イングランド大会の日本代表の大健闘に。練習量に裏打ちされた“日本流”がその歴史を塗り替える。季節外れの桜よ、もっと咲き誇れ。
“勇敢な桜たち(ブレーブブロッサムズ)”は、ラグビーの本場で真に開花した。オーストラリアでの第五回W杯。日本代表の善戦をたたえて、地元ファンが名付けたとされる愛称だった。今はもう、立派に強者の称号だ。一次リーグ初戦で、これまで二度の優勝の南アフリカに、終了間際の逆転勝利。「史上最大の番狂わせ」と本場のメディアを驚嘆させた。続くスコットランド戦は、中三日の過密日程に泣かされた。そしてサモアとの三戦目、欧州各地で活躍するスター軍団を終始スクラムで圧倒し、快勝した。
欧州やオセアニアでは、ラガーマンは日本人の想像以上に尊敬される。W杯はその最高峰。今のところ優勝はニュージーランド、豪州、南ア、イングランドに限られる。その一角を、過去には通算一勝しかしていないアジアの“新興国”が崩して見せたのだ。南ア戦を終えて宿舎のホテルに帰ると、床には深紅のカーペットが敷かれ、スタッフや泊まり合わせた客たちが拍手で出迎えた。
なぜ尊敬されるのか。紳士のスポーツ、ラグビーは、効率性より精神性を重んじる。英国伝統の騎士道精神を具現化したスポーツである。ボールを持ったら、とにかく自力で前に出る。そして仲間を信じてボールをつなぐ。基本はそれだけだ。フェアプレーを重んじ、小さな反則も失点に結び付きやすいルールになっている。むろん勝敗も大事だが、日本の武道と同様に、結果に至る「道」を重んじる。
だから、試合が終わればノーサイド(敵味方なし)、軽食を取りながら、お互いをたたえ合うという“儀式(アフター・マッチ・ファンクション)”もある。日本代表の“振る舞い”が本場のファンの琴線に触れたのだ。三年前の四月に就任したエディー・ジョーンズ・ヘッドコーチは「ジャパンウエー(日本流)」を提唱した。小刻みにパスをつないで走り回る攻撃的なラグビーだ。最後の二十分まで運動量が落ちないよう、世界一の練習量を課して臨んだW杯だ。一次リーグ最後の米国戦でも“日本流”を貫き通し、世界の敬意を不動のものにしてほしい。


