大学院時代、仙台に住んでいた。
通っていた大学は仙台市の真ん中に聳える青葉山のてっぺんにあったため、雨の日などはバスで通っていた。
大学院生というものは基本的に鬱屈しているもので、それが雨でも降ろうものなら、勉強などする気が途端に失せてしまう。容易に失せる。
仙台駅からバスに乗り、大学行きのバスに乗ると、七夕祭りで有名な青葉通りを進む。広瀬川を渡って青葉山に入ってしまうと、もう大学の敷地のようなものなので、後戻りはできない。
「今日の読書会、出ようかな、さぼろうかな」などと逡巡しながらバスに乗り、青葉通りを4分の3ほど進んだあたりで「えーい、今日はさぼってしまえ」と意を決する。
そういう時、だいたいバスを降りるのが「晩翠草堂前」というバス停だった。
この晩翠草堂という建物、文学者の土井晩翠の晩年の生家跡を、仙台市が一般公開しているものだ。学部生時代に僕が所属していた研究室の先生が土井晩翠の子孫だった縁もあり、大学院をさぼる時には、なにか先生に叱られている気がしたものだ。
土井晩翠は晩年、東北帝国大学(現・東北大学)の講師を勤め、退官後も仙台に居住していた。一度住んだ人なら分かるが、仙台というのは非常に住みやすい。よい街だ。
大学院をさぼった僕は、晩翠草堂で座禅を組むようなことはせず、一番町や国分町で遊び回り、住み良い街を存分に堪能していた。
土井晩翠の残した仕事のうち、最も有名なのが、滝廉太郎作曲「荒城の月」の作詞だろう。
あまり知られていないが、実はこの歌は四番まである。
春高楼の花の宴 巡る盃影さして
千代の松が枝分け出でし 昔の光今いづこ
秋陣営の霜の色 鳴きゆく雁の数見せて
植うる剣に照り沿ひし 昔の光今いづこ
今荒城の夜半の月 変はらぬ光誰がためぞ
垣に残るはただ葛 松に歌ふはただ嵐
天上影は変はらねど 栄枯は移る世の姿
映さむとてか今も尚 ああ荒城の夜半の月
擬古文で書かれた、格調高い詩だ。世の栄枯盛衰を朗々と吟じ、情景と心情描写の移ろいを高らかに謳いあげて間然とするところが無い。
昔の文学者は、漢学の素養が高かったことが伺える。
この歌詞は、それぞれが四節から成っており、五言絶句の体を成している。
四番までの歌詞は、それぞれが起承転結を成しており、これもまた絶句の体裁だ。
一番の歌詞は、春の歌。のべて日本の歌は春を「起」の題にすることが多い。
二番の歌詞は、秋の歌。春とくれば、次に秋が来ることは常識だ。春という起題を受けた「承」にあたる。
三番の歌詞で、話がいきなり「ところで昨今は」と話が現実に引き戻される。「転」の部分だ。
最後の四番は、それまでの歌を「結」び、普遍的な無常観を謳う。
きわめて文学的、漢詩の要素をふんだんに散りばめた、秀逸な歌と評してよかろう。
日本の文学において、漢詩の基本体裁である「起承転結」が、きわめて大きい影響力を持っていたことを示している。
黒澤明監督の作品の脚本を担当していた脚本家の小国英雄は、映画の筋を考えるときに起承転結を旨としていた。また現在でも、新聞に掲載される四コママンガなどは、この構造が王道とされている。
現在、日本の初等教育でも、作文作法として起承転結の構造を教えることが多い。子供は文章の骨組みを全体的に見通す俯瞰力に欠けるから、それぞれの単文がまったく関連をもたない、脈絡のない作文を書く。文章の「外枠」として起承転結を教えることには、一定の効果があるだろう。
閑話休題。現在、夏休みが近づき、各出版社が「夏の文庫本フェア」のような催しをやっている。読書の夏だ。
僕は毎年、この文庫フェアが好きで、夏に入る前に文庫本をまとめ買いする。今年は角川文庫はブックカバー、集英社文庫はシリコン製の栞をくれる。新潮文庫はなにもくれない。
近年、この夏の文庫本フェアに、「作文を上手に書く方法」のようなハウツー本が必ず入るようになった。さもしいと言えばさもしいが、正直に言って、中高生が文庫本を読む一番の理由は、学校で課される読書感想文の宿題に対処するためなのだろう。自発的な理由でなく本を読むことが苦痛なのは、誰もが経験している実感だ。そういう悩める中高生のために、出版社側もあらかじめ救いの手を差し伸べているつもりなのだろう。商魂たくましい。
僕も一応、そういう「文章作法」の本を読んでみるが、その内容に感心したことは一度もない。実感で言うと、あの手の本を読んで、実際に文章力が上がることは決してないだろう。
その理由は、日本の初等教育における「文章力」というものが、一体何を指しているのか、はっきりしないことだ。
中高生が書く文章というものは、大きく分けて、随筆と論説に分かれる。 随筆というのは、いわゆるエッセイのことで、ものを見たり聞いたりしたときに感じたことをそのまま書く文章のことだ。文科省の指導要領では、厳めしく「生活文」などという言葉で導入してある。夏休みの読書感想文は、この範疇に入る。
一方、論説というのは、読んで字のごとく論によって説を組み立てる、論理的な文章だ。夏休みに自由研究を行うのであれば、その文章は論説の体裁で書かなくてはならない。
ところが、学校の国語の授業では、「このふたつの文章形態は、それぞれ違った書き方をしなくてはならない」ということを、きちんと教えていないのではないか、という気がする。「文章力」という言葉で、このふたつの範疇をごちゃごちゃに混ぜてしまい、そのふたつの範疇を超えた、文章を書く際の「底力」のようなものをイメージして、作文指導をしているような気がする。
随筆というのは、つまるところ「作品」だ。だから随筆を書く時には、読む側を惹き付けるような技術が必要になる。読書感想文とて、作品を読んだ人の内的世界を、他者に開示するためのものだ。
僕は「読書感想文コンクール」のような催しの意図が、まったく分からない。感想に優劣をつけて、どうしようというのだろう。
僕が国語の教師だったら、読書感想文というのは、「生徒はどういう分野に関心をもっているのか」「自分が感じたことを、どれだけ『作品』として書き上げることができるのかな」という程度のことを知る目的でしか使わないだろう。少なくとも、「文章力」を上げるための指導方法としては、効果があるとは思わない。
僕は中学時代にそう思い始め、それ以降は宿題の読書感想文に、電話帳だの地図帳だの料理本だの、ストーリーなどまるでない本ばかりを選んでいた。
感想文だって随筆だから、文章の構成は起承転結で良かろう。話の筋がはっきりして、書きやすいし読みやすい。
しかし、こうした文章の書き方を普遍的に捉え、「なるほど文章というのはこうやって書けばいいのか」と思い込んでしまうと、大学に入ってから地獄を見る。
大学に入って以降に書く文章は、すべて論説と言っていい。大学の先生は、学生に「作品」を書いてほしいわけではないのだ。大学で行っているのは研究なのだから、読書感想文のような書き方でレポートや論文を書かれても困る。大学の先生は、学生の心情的な揺れや、情緒的な内的世界などには興味がない。そんなことを、大学という場で書かれても困るのだ。
昨今、大学では1年生を対象に、必修科目として「スタディ・スキルズ」なる科目を設けているところが多い。大学での「研究」のしかた、文章やレポートの書き方などを教える科目だ。一昔前の世代の人からしてみれば、「そもそも、大学に入ってよいのは、すでにそういう能力を身につけた人だけなんじゃないの」という程度の内容だ。僕の勤務校でも、この科目は不要、と切って捨てる年配の先生もたくさんいた。
僕もこのスタディ・スキルズなる授業を何回か担当したが、試しにレポートを書かせてみると、見事に全員、感想文を書いてくる。「〜と思います」という文言が、非常に多い。
大学というのは基本的に、真実を探るための科学的手法を学ぶための場所であって、感想を言い合ってお互いの親睦をはかる場所ではない。レポートに感想文を書いてくる学生は、情緒豊かな学生ではあるのかもしれないが、学問を志す学生としては失格だ。
だから僕が担当するスタディ・スキルズの授業では、まず「中学校、高校で習った文章の書き方を、すべて忘れるように」という内容から入る。中学校、高校で習う文章作法は、読書感想文をはじめとして、すべて随筆の書き方だ。起承転結など言語道断。学術論文をそんな体裁で書いたら、まず書き直しを命じられると思って間違いない。
論説の基本構成は、「結論・根拠・議論」の三部構成だ。
まず「結論」をバンと書く。添削する教員の側から言うと、延々と事実や調査が列挙してあって、最後にようやく結論が出てくるレポートなど、落第点以外の何物でもない。結論が最初に示してあって、それを念頭に置きながら読み進めないと、事実が意味をもたない。
僕はアメリカの大学院で、論文を書く方法を学ぶ授業を受けた。そのときの先生は、文章を「アガサ・クリスティーの推理小説」と「刑事コロンボのTV作品」に例えていた。謎をたくさん散りばめて、最後の最後にどんでん返しの結末をもってくるクリスティー作品と、最初に犯行と殺人犯が明らかになり、コロンボがその謎をどう解くのか、を主眼とした倒叙構成であるコロンボ作品の違いだ。先生曰く、「学術論文は、すべてコロンボ形式で書け」とのことだった。
「根拠」の節は、レポートのもっとも中核的な部分になる。この部分を埋めるために、調査や実験が必要になる。学生はすぐにこの節を書くためにWikipediaに飛びつくが、根拠の内容には制限がある。「誰が書いたのか明記すること」「出典を明確にすること」だ。情報の信頼度は、ソースを辿って妥当性を検証できるものでなくてはならない。誰が書いたのか分からないWikipediaを根拠に使うということは、自説の信頼性を、誰だか分からない匿名の人に依存することになる。
「議論」の節は、自説から派生する可能性や、自説が間違っている可能性について論じる箇所だ。ここで「正解絶対説」に冒された学生の病巣が明らかになる。
学生は、どうやら「レポートというのは、『正解』を書かなければならない」と思い込んでいる節がある。中学・高校時代の定期テストのような感覚で、レポートを書くのだろう。しかし、大学で行われる学問が真実の探求である以上、一介の学生ごときが真実を見抜くことなど、ほぼ不可能なのだ。学生の書くレポートや論文で提示する結論は、ほぼ間違っていると断じてよい。
そして、間違ってもよいのだ。ここが、高校までの中等教育と、大学以上の高等教育の、大きな差であることが分かっていない。大学で学生が読む論文は、そのほとんどすべてが「仮説」に過ぎない。こう考えると事実がうまく説明できる、という程度問題でしかない。もし学問に「正解」があるのなら、今後の学問はすべて発展の可能性を無くし、意味を失うだろう。
僕の実感では、読書感想文や起承転結という「心情吐露」の技法ばかりを作文の書き方だ、と思い込んでいた学生が、きちんとした論説やレポートを書けるようになるまでには、みっちりした演習を繰り返して2年かかる。大学3年生になって卒論のテーマを決める段階で、この能力が身に付いていない学生は、手遅れと言っていい。
僕は別に、中等教育で読書感想文や随筆を書かせるのが悪いとは言わない。何も書かないよりははるかにましだろう。
しかし、「随筆」と「論説」はまったくの別物であること、目的によって書き方を分けなければならないことは、きちんと教えておくべきだと思うのだ。高校では、論文など書かないし、読まない。
野球を例にすると、「野球を教えてください」と言ってくる子供に実際に教える時には、バッティングと守備を分けて教えるだろう。そのふたつは別の練習が必要な違う資質であり、片方を教えればもう片方も自動的に上達する、というものではない。「随筆」と「論説」の違いも、それと同じことだ。
夏休みの文庫本フェアに出てくるような「作文の書き方入門」のような本を見るたびに、僕はそのふたつをきちんと分けているかどうかをチェックする。だいたい、分けていない。そりゃそうだろう。読者として想定している中高生は、なんとかして宿題の読書感想文を書き上げたいと思っているのだから、いきおい内容はその指南書と化す。大学に入ってから必要な論説の書き方など、知ったこっちゃない。だいたい、高校までの知的生活では、論説の構造や外枠を、きっちり学ぶ必要性も機会もないのだ。また世の中の人の多く、文庫本を手軽に読む一般の人の多くは、大学で課されるような論文を書く機会など無いだろう。
しかし、大学に入ってからのレポートや論文で、「荒城の月」のような朗々とした大河的作品を書かれても困るのだ。そんなことは求めていないし、必要でもない。僕が読んだことがある優れた論文の中でも、文章力そのものは下手な人はたくさんいる。「内容の妥当性」をとことん追求するのが論説であり、「使用する字句の洗練度を上げる」「内容の共感性を高める」ことを目的とする随筆とは、文章を書く目的がそもそも違うのだ。
そのずれが最も顕著になるのが、大学入試の小論文だろう。大学という学術研究機関に入るための選抜試験なのだから、入試の小論文は基本的に論説の作法で書かなくてはならない。しかし、随筆的な文章の書き方しか習っていない高校生は、求められているものを適切に把握できず、途方に暮れる。入試小論文の書き方で、起承転結を薦めている本があるが、滑稽千万だ。
全国読書感想文コンクールで最優秀賞をとった生徒に、プロの作家として大成した人はいないそうだ。随筆は「作品」であり、鑑賞に耐えうる質をもつべき「芸術」に近い。それと、学問に必要な再現性を備えた、無機質で機械的な論説を、同列に扱うほうがどうかしている。その両方を「文章力」という曖昧なカテゴリーでくるみ、あたかも同じ方法論で書ける、と言わんばかりの内容が満載の文章作法本など、何の役にも立たないと思う。語彙が多ければ人の心に残る名文を書けるわけではないように、「文章力」なるものを上げることと、大学以降で必要となる文章作法を学ぶことは、近いように見えて方法論は全く別なのだ。
土井晩翠は東北帝国大学で教えていたくらいだから、論説の構成くらいは身につけていたと思う。しかし、文学者として名を成した晩翠翁の書いた論文を読んだことがある人が、どれほどいるのだろうか。僕が読んだ限り、明治から昭和初期にかけて活躍した文学者は、おおむね論文を書くのが下手だ。筆致が滑り過ぎ、美辞麗句に埋もれて、話の要点が見えない。例外は森鴎外くらいのものだろう。学術論文は名人芸ではないので、誉れ高い文章力など要らない。まず「型」をしっかり身につけて、内容の妥当性を検証する思考能力のほうが必要だ。
日本の文芸は文学を軸として発展してきた。それはそれで誇るべき文化であり、継承していくべき資質ではあるだろう。しかし、それはそれとして、学問とは別に教え込む必要があるものだ。ましてや、次世代を担う子供に接する教師の側に、その境界線をはっきり見定める技量がなければ、到底無理だろう。
雨の日の一番街は出店が多いから買い食いが進むんです。


