ずいぶん久しぶりの更新になりますね。
たくつぶ読者のみなさまにおかれましてはお元気でいらっしゃいますでしょうか。
そもそも学年末の大学というのは目の廻るような忙しさでありまして。
今年の成績処理、レポートや論文の添削、来年度のシラバス作成等の業務に加えまして、僕は教科主任をしているもので、他の先生方と来年度の授業内容の調整や教材の確認等の仕事があります。
本当の師走ってのは、大学に限っては12月じゃなくて2月じゃないですかね。
そんな忙しい最中、今週はじめにはゼミナールの合宿を行いました。
真冬の軽井沢というなんとも勉強に適した環境で、3日間カンヅメになって研究発表三昧です。
学生さんたちは一年間の研究の成果を論文にまとめ、ひとり20分の発表+10分の質疑応答を行いました。学会と同じですね。
それを、朝から晩までぶっ通し。知恵熱が出た学生さんもいました。
僕も学生時代に覚えのあることですが、学生ってのは追い込んでみるもんですね。思いがけない能力に覚醒する学生さんがいます。20分の発表というのは学部学生にとってはかなりの仕事だと思いますが、皆それぞれにチャレンジしていました。失敗結構結構。最初から成功など求めず、自分の限界に挑む経験を積んでもらいたいもんですね。
僕は、人間っていうものは、プレッシャーがかからないといい仕事などできないと思う。乗り越えなければいけない高い壁を征服していく成功体験を繰り返していく以外、人が大きく成長する方法はない。
現時点での学生の能力のちょっと先あたりに越えるべき壁を設けて、それが過重負荷にならないように学生を励まし押し上げてあげることが、指導教員の仕事だろう。
ただ単に研究発表をさせるだけなら、別に合宿にする必要はない。1日通しで大学の教室を借り切れば事足りる。
合宿というのは、いわば1年間の研究を通して伸びてきた学生の能力を「かたち」にするものだ。入学式や卒業式と同じく、ひとつの節目をかたちとして自分の中に刻み込むための、儀式のようなものだ。合宿での研究発表を乗り越えた学生とそうでない学生とでは、これから先、自分の中に育む「自信」が大きく違ってくる。形を伴わない自信は、単なる過信か勘違いだ。
1日ぶっ通しで研究発表をした後は当然、みんなでお酒を飲む。世の中で一番おいしいお酒は、きつい仕事を無事に乗り切ったあと、仲間と一緒に飲む酒だ。だから、そういうおいしいお酒をしょっちゅう飲んでいる人というのは、それだけ積み重ねたものがある。
大学生であればもう大人の準備期間だ。おいしいお酒の飲み方くらい、ゼミナールでちゃんと教えておくべきだろう。
今回の合宿では、去年大学院に進学した卒業生を呼んで、研究発表をしてもらった。ゼミの学生が今現在行っている努力を続けたその先に、自分はどういう姿になり得るのか。そういう明確な行く末のあり方をビシッと示し、後輩の範となってくれる先輩というのは、ゼミに欠かせない。
その卒業生は、大学院に進んでから驚くほどの勉強量を積み重ねていたようだ。研究発表を聞いただけで、彼が1年間で積み重ねた勉強量の想像がつく。学部時代に僕が教えていた彼とは、まったく別の人間になっていた。努力が導く「自信」と、学べば学ぶほど知らないことが見えてくる「畏れ」が、ちょうどいいバランスで拮抗している。
そうした畏れは、人を謙虚にする。学部生の頃には尖ったような性格があった彼が、後輩に対してとても優しい、柔らかい人間性を身につけていた。知識ばかりを頭に叩き込む勉強マシンではなく、学ぶことを通して、人としてきちんと成長していた。
卒業生のそういう変化と成長を見ると、とても嬉しくなる。今後がとても楽しみだ。
ゼミ合宿の発表を通して、各自、春休みにするべき努力を掴んでもらった。大学の春休みは、夏休みよりも長い。その2ヶ月をどう使うかで、来年一年間の準備が大きく違ってくる。
学生が充実した春休みを送って、4月になったら更なるパワーアップを果たして、大学に戻ってきてほしい。
たくつぶ読者のみなさまにおかれましてはお元気でいらっしゃいますでしょうか。
そもそも学年末の大学というのは目の廻るような忙しさでありまして。
今年の成績処理、レポートや論文の添削、来年度のシラバス作成等の業務に加えまして、僕は教科主任をしているもので、他の先生方と来年度の授業内容の調整や教材の確認等の仕事があります。
本当の師走ってのは、大学に限っては12月じゃなくて2月じゃないですかね。
そんな忙しい最中、今週はじめにはゼミナールの合宿を行いました。
真冬の軽井沢というなんとも勉強に適した環境で、3日間カンヅメになって研究発表三昧です。
学生さんたちは一年間の研究の成果を論文にまとめ、ひとり20分の発表+10分の質疑応答を行いました。学会と同じですね。
それを、朝から晩までぶっ通し。知恵熱が出た学生さんもいました。
僕も学生時代に覚えのあることですが、学生ってのは追い込んでみるもんですね。思いがけない能力に覚醒する学生さんがいます。20分の発表というのは学部学生にとってはかなりの仕事だと思いますが、皆それぞれにチャレンジしていました。失敗結構結構。最初から成功など求めず、自分の限界に挑む経験を積んでもらいたいもんですね。
僕は、人間っていうものは、プレッシャーがかからないといい仕事などできないと思う。乗り越えなければいけない高い壁を征服していく成功体験を繰り返していく以外、人が大きく成長する方法はない。
現時点での学生の能力のちょっと先あたりに越えるべき壁を設けて、それが過重負荷にならないように学生を励まし押し上げてあげることが、指導教員の仕事だろう。
ただ単に研究発表をさせるだけなら、別に合宿にする必要はない。1日通しで大学の教室を借り切れば事足りる。
合宿というのは、いわば1年間の研究を通して伸びてきた学生の能力を「かたち」にするものだ。入学式や卒業式と同じく、ひとつの節目をかたちとして自分の中に刻み込むための、儀式のようなものだ。合宿での研究発表を乗り越えた学生とそうでない学生とでは、これから先、自分の中に育む「自信」が大きく違ってくる。形を伴わない自信は、単なる過信か勘違いだ。
1日ぶっ通しで研究発表をした後は当然、みんなでお酒を飲む。世の中で一番おいしいお酒は、きつい仕事を無事に乗り切ったあと、仲間と一緒に飲む酒だ。だから、そういうおいしいお酒をしょっちゅう飲んでいる人というのは、それだけ積み重ねたものがある。
大学生であればもう大人の準備期間だ。おいしいお酒の飲み方くらい、ゼミナールでちゃんと教えておくべきだろう。
今回の合宿では、去年大学院に進学した卒業生を呼んで、研究発表をしてもらった。ゼミの学生が今現在行っている努力を続けたその先に、自分はどういう姿になり得るのか。そういう明確な行く末のあり方をビシッと示し、後輩の範となってくれる先輩というのは、ゼミに欠かせない。
その卒業生は、大学院に進んでから驚くほどの勉強量を積み重ねていたようだ。研究発表を聞いただけで、彼が1年間で積み重ねた勉強量の想像がつく。学部時代に僕が教えていた彼とは、まったく別の人間になっていた。努力が導く「自信」と、学べば学ぶほど知らないことが見えてくる「畏れ」が、ちょうどいいバランスで拮抗している。
そうした畏れは、人を謙虚にする。学部生の頃には尖ったような性格があった彼が、後輩に対してとても優しい、柔らかい人間性を身につけていた。知識ばかりを頭に叩き込む勉強マシンではなく、学ぶことを通して、人としてきちんと成長していた。
卒業生のそういう変化と成長を見ると、とても嬉しくなる。今後がとても楽しみだ。
ゼミ合宿の発表を通して、各自、春休みにするべき努力を掴んでもらった。大学の春休みは、夏休みよりも長い。その2ヶ月をどう使うかで、来年一年間の準備が大きく違ってくる。
学生が充実した春休みを送って、4月になったら更なるパワーアップを果たして、大学に戻ってきてほしい。
研究が楽しくなりますね。僕も気合入れて論文書こっと。

