プロ野球界が揉めてるようですね。
3/25の開幕に、予定通り試合を始めていいものかどうか。
一応、セ・リーグは予定通り開幕、パ・リーグは延期ということになっているようです。
ま、仙台の楽天と、千葉ロッテがありますからね。
セ・リーグの25日開幕を強行に押し進めているのは、またもやというか、巨人の渡辺恒雄オーナーのようだ。
それに対し、阪神の新井を会長とする労組・日本プロ野球選手会が反発している、という構図らしい。
渡辺会長×選手会全面戦争再燃、25日強制開幕でスト必至
これに対し、ネット上ではおおむね延期案に意見が傾いているようだ。
心情的にも、「震災なんて知ったことか。俺は野球が観たいんだ」という意見など許されない、という程度には公共心がある人が多いのだろう。 僕も個人的には、開幕延期は止むを得ないと思う。
しかし、議論は平行線をたどっているように見える。決め手がない。
その原因は、僕が見る限り、「開幕延長すべき」案の根拠が、多分に心情的なものだからだと思う。「こんな時期になにが野球だ」「被災者のことを考えろ」のような意見が多い。せいぜい「計画停電の最中にナイターとは何事か」程度の根拠だ。
はっきり言うと、説得力がないのだ。
では、なぜ説得力がないのか。
それは、戦の鉄則「敵を知り、己を知れば、百戦危うからず」のうち、「敵を知り」を怠っているからだと思う。
具体的には、「なぜセ・リーグ球団側はそんなに25日開幕に固執するのか」を全然考えようとしていない。もしその理由が分かれば、そこを是正する形で開幕延期を提案すれば、敵は折れる可能性はかなり高くなるはずだ。
僕は球団の台所事情など全然知らないが、推測するくらいならできる。
球団の支出のうち金額がデカいのは、「選手の年棒」「球団運営費」「球場使用料」だろう。
特に、選手の年棒高騰はどの球団でも収支を逼迫させる頭痛のタネだろう。
調べてみると、2010年度の巨人の年棒総額は48億4300万円。
2位の阪神・33億6500万円、4位の中日・30億6300万円と、年棒ランキング上位にはセ・リーグの人気球団が並ぶ。
球団運営費に関しては、球団職員の給料だけを考えても、50人×1000万円で5億円くらいはかかっているだろう。選手年棒から漏れた監督・コーチ・スタッフの類いを含めても、10億円くらいいっているかもしれない。
その他、春のキャンプ諸経費、2軍運営費、施設運用費、広告費などを含めると、ざっくり込み込みで70億円くらいかな、と仮定してみる。
球場使用料に関しても、「開幕が延期になりました。だから使わない日の分はチャラね」というわけにはいかないだろう。スケジュールは年間で押さえているのだろうし、開催しなくてもなんらかの費用は発生するだろう。
調べてみると、巨人が本拠地としている東京ドームは、推定で年間20億円の使用量がかかるらしい。
選手年棒が約50億、球団運営費が約70億、球場使用料が約20億として、球団の主要な年間支出は約140億円。
それを1シーズン144試合で割ると、概算で1試合につき約1億円かかっている計算になる。
翻って収入のほうを考えてみると、巨人の2010年のホームゲーム72試合で、観客動員総計が約300万人。
面倒なのでチケット1枚が5000円として一律に計算してみると、300万人×5000円=150億円の収入、ということになる。1試合あたりにすると1億400万円の収入だ。
年間収入150億円から年間支出の140億円を引くと、純収益として1年間でだいたい10億円のプラス、という計算になる。
つまり、ざっと概算してみた限り、巨人にとって1つ試合が中止になる、ということは、球団にとって1億400万円の損になる、ということを意味する。
仮に開幕を1ヶ月遅らすとして、20試合が流れたとしよう。それだけで20億円強の損失が生じる。
そりゃ、ナベツネでなくても、ゴネたくなるだろう。
選手の年棒が厳しいのは、主にセ・リーグの人気球団だ。
だからセ・リーグのほうが強行に開幕予定の遵守を主張している、と考えるのは自然な帰結だろう。
しかし選手会の言い分ももっともで、実際のところ、日本がこんな状態のときに開幕している場合ではない、という見方もある。心情的な理由ではあるが、そもそも人間は心情で生きている。完全に無視できる意見ではあるまい。
先のプロ野球再編問題の際にも、決め手となったのは、ナベツネの「たかが選手の分際で」という一言でオーナー側が世論を敵に廻したからだ。今回も、世論の多くが反対意見であるところを押し切って強引に開幕をしたとしても、皆が楽しめる野球が開催できるとは思えない。
では、どうすればいいのか。
答えは明らかだ。世間の一般企業は、とっくにその答えを出している。
球団の支出のうち、球団運営費と球場使用量は切り詰めることができない。経費削減に奔走しても、1ヶ月20億の損失の前では焼け石に水だろう。
だから、削れるところを削る。つまり、選手の年棒を、中止期間に見合う分だけ削減する。
「企業存亡の時には人件費を削る」くらい、世間では当たり前なのだ。
プロ野球選手会が「被災者のことを考えて開幕を延期すべき」というのは立派な意見だが、その意見は、延期が及ぼす球団への影響に対して責任を負ってはじめて、立派な意見になり得る。
もし選手会が「開幕は延期ね。あ、俺の年棒は下げないでね」というのであれば、それは単なる自分勝手だ。
プロ野球選手は、球団から給料をもらっている。被災者からもらっているのではない。であるのなら、開幕延期か否かを考えるときに、まずは球団のことを考えるのが筋だろう。
何のことはない。要は金だ。ナベツネを説き伏せて1ヶ月でも開幕を遅らせるべき、というのであれば、損失分の20億円をどうやって補填するのかという代案を提示しなくては、話にならないだろう。
オーナー側が事実としての損失を念頭に置いて主張しているのに、選手会側が被災者や世間の心情をベースに反論するのでは、話が噛み合っていない。そんな議論、100年続けても決着つかないだろう。
相手側の立場になって、相手側の論拠を見切るのは、ディベートの基本中の基本だ。
それを行うために必要なことはただひとつ、「両方の立場に立って大局的にトピックを俯瞰する」という客観力だ。「自分は自分は」一本槍のガチガチ主観では、攻め方ひとつ見えてこない。
この件に関する報道やWeb上での議論を見る限り、最初から「ナベツネ=悪役」というイメージを固定し、それを叩く構造に持ち込もうとしている。一種の大衆煽動だろう。そんな主張に説得力があるわけがない。「ナベツネだったら叩けば叩くほど世論の支持を得られる」という、一種の甘えに基づく論調が多過ぎるような気がする。
3/25の開幕に、予定通り試合を始めていいものかどうか。
一応、セ・リーグは予定通り開幕、パ・リーグは延期ということになっているようです。
ま、仙台の楽天と、千葉ロッテがありますからね。
セ・リーグの25日開幕を強行に押し進めているのは、またもやというか、巨人の渡辺恒雄オーナーのようだ。
それに対し、阪神の新井を会長とする労組・日本プロ野球選手会が反発している、という構図らしい。

渡辺会長×選手会全面戦争再燃、25日強制開幕でスト必至
25日開幕を巡り、労組・日本プロ野球選手会(新井貴浩会長=阪神)vs巨人・渡辺恒雄球団会長の全面対立が再燃。パ・リーグ存続の危機から球界再編、10球団1リーグ制度の動きに反対して、選手会が史上初のストライキを敢行した、2004年以来の非常事態。選手会が再びストライキも辞さずの危機が高まっている。
15日のセ、パ理事会でそれぞれセ・リーグが予定通りに25日開幕を強行、パ・リーグは開幕を延期することを決定した。が、労組・選手会が12球団実行委員会に対し、東日本大震災の深刻な影響を考え、「セ、パともに開幕を延期してほしい」と緊急提案。セ、パともに開幕延期の流れになっていたが、16日になって事態は急変した。
この日の財界G党による巨人軍激励会で巨人・渡辺球団会長が25日開幕の正当性を強調。セ・リーグはあくまで当初の予定通り25日に開幕することになった。パ・リーグは被災した仙台を本拠地にする楽天の深刻な状況を考え、開幕延期、セ、パ分離開幕が決定した。この裏にあるのが、巨人・渡辺球団会長と労組・選手会の確執再燃だ。
セ・リーグが理事会で25日開幕を決めたのは、巨人が予定通りに開幕することに固執したからだ。が、実行委員会での選手会の緊急提案で白紙状態に戻った。この事態に怒りを爆発させたのが、巨人・渡辺球団会長だったことは、容易に想像がつく。
というのも、04年のシーズン中に起きたオリックスと近鉄の合併に端を発した球界再編、10球団1リーグ制度の動きを阻止したのが労組・選手会だからだ。西武・堤義明オーナー、オリックス・宮内義彦オーナーが巨人・渡辺オーナー(当時)に対し、「パ・リーグは存続できない。1リーグ制度にしてほしい」と懇願。巨人・渡辺オーナーが了承して、球界再編は必至の情勢だった。が、当時、古田敦也会長だった労組・選手会が「12球団2リーグ制度堅持」を訴え、史上初のストライキを敢行して成功。現在に至っている。
選手会が勝利したのは、「たかが選手の分際で」という渡辺オーナーの発言が、決定的な追い風になったからだ。世論が渡辺発言に猛反発、選手会を熱烈支持したのだ。今回、選手会が要求する「セ、パともに開幕延期」が実現すれば、またまた球界のドンと言われる渡辺球団会長の面目は失われることになる。そういった背景によるセ・リーグの25日開幕強行決定といえる。
しかし、選手会サイドも「まだ復興のメドも立っていないこの時期に野球をすることが許されるのか。開幕することで、被災者に勇気と元気を与えるというのは、思い上がりだ」という基本姿勢を崩していない。ストライキも辞さずの強硬姿勢をちらつかせているという。セ・リーグが当初予定通りの25日開幕。パ・リーグは延期という、分離開幕ですんなりと一件落着とはいきそうにない情勢だ。球界は重大局面に直面する大危機を迎えている。
これに対し、ネット上ではおおむね延期案に意見が傾いているようだ。
心情的にも、「震災なんて知ったことか。俺は野球が観たいんだ」という意見など許されない、という程度には公共心がある人が多いのだろう。 僕も個人的には、開幕延期は止むを得ないと思う。
圧倒的。
しかし、議論は平行線をたどっているように見える。決め手がない。
その原因は、僕が見る限り、「開幕延長すべき」案の根拠が、多分に心情的なものだからだと思う。「こんな時期になにが野球だ」「被災者のことを考えろ」のような意見が多い。せいぜい「計画停電の最中にナイターとは何事か」程度の根拠だ。
はっきり言うと、説得力がないのだ。
では、なぜ説得力がないのか。
それは、戦の鉄則「敵を知り、己を知れば、百戦危うからず」のうち、「敵を知り」を怠っているからだと思う。
具体的には、「なぜセ・リーグ球団側はそんなに25日開幕に固執するのか」を全然考えようとしていない。もしその理由が分かれば、そこを是正する形で開幕延期を提案すれば、敵は折れる可能性はかなり高くなるはずだ。
僕は球団の台所事情など全然知らないが、推測するくらいならできる。
球団の支出のうち金額がデカいのは、「選手の年棒」「球団運営費」「球場使用料」だろう。
特に、選手の年棒高騰はどの球団でも収支を逼迫させる頭痛のタネだろう。
調べてみると、2010年度の巨人の年棒総額は48億4300万円。
2位の阪神・33億6500万円、4位の中日・30億6300万円と、年棒ランキング上位にはセ・リーグの人気球団が並ぶ。
球団運営費に関しては、球団職員の給料だけを考えても、50人×1000万円で5億円くらいはかかっているだろう。選手年棒から漏れた監督・コーチ・スタッフの類いを含めても、10億円くらいいっているかもしれない。
その他、春のキャンプ諸経費、2軍運営費、施設運用費、広告費などを含めると、ざっくり込み込みで70億円くらいかな、と仮定してみる。
球場使用料に関しても、「開幕が延期になりました。だから使わない日の分はチャラね」というわけにはいかないだろう。スケジュールは年間で押さえているのだろうし、開催しなくてもなんらかの費用は発生するだろう。
調べてみると、巨人が本拠地としている東京ドームは、推定で年間20億円の使用量がかかるらしい。
選手年棒が約50億、球団運営費が約70億、球場使用料が約20億として、球団の主要な年間支出は約140億円。
それを1シーズン144試合で割ると、概算で1試合につき約1億円かかっている計算になる。
翻って収入のほうを考えてみると、巨人の2010年のホームゲーム72試合で、観客動員総計が約300万人。
面倒なのでチケット1枚が5000円として一律に計算してみると、300万人×5000円=150億円の収入、ということになる。1試合あたりにすると1億400万円の収入だ。
年間収入150億円から年間支出の140億円を引くと、純収益として1年間でだいたい10億円のプラス、という計算になる。
つまり、ざっと概算してみた限り、巨人にとって1つ試合が中止になる、ということは、球団にとって1億400万円の損になる、ということを意味する。
仮に開幕を1ヶ月遅らすとして、20試合が流れたとしよう。それだけで20億円強の損失が生じる。
そりゃ、ナベツネでなくても、ゴネたくなるだろう。
選手の年棒が厳しいのは、主にセ・リーグの人気球団だ。
だからセ・リーグのほうが強行に開幕予定の遵守を主張している、と考えるのは自然な帰結だろう。
しかし選手会の言い分ももっともで、実際のところ、日本がこんな状態のときに開幕している場合ではない、という見方もある。心情的な理由ではあるが、そもそも人間は心情で生きている。完全に無視できる意見ではあるまい。
先のプロ野球再編問題の際にも、決め手となったのは、ナベツネの「たかが選手の分際で」という一言でオーナー側が世論を敵に廻したからだ。今回も、世論の多くが反対意見であるところを押し切って強引に開幕をしたとしても、皆が楽しめる野球が開催できるとは思えない。
では、どうすればいいのか。
答えは明らかだ。世間の一般企業は、とっくにその答えを出している。
球団の支出のうち、球団運営費と球場使用量は切り詰めることができない。経費削減に奔走しても、1ヶ月20億の損失の前では焼け石に水だろう。
だから、削れるところを削る。つまり、選手の年棒を、中止期間に見合う分だけ削減する。
「企業存亡の時には人件費を削る」くらい、世間では当たり前なのだ。
プロ野球選手会が「被災者のことを考えて開幕を延期すべき」というのは立派な意見だが、その意見は、延期が及ぼす球団への影響に対して責任を負ってはじめて、立派な意見になり得る。
もし選手会が「開幕は延期ね。あ、俺の年棒は下げないでね」というのであれば、それは単なる自分勝手だ。
プロ野球選手は、球団から給料をもらっている。被災者からもらっているのではない。であるのなら、開幕延期か否かを考えるときに、まずは球団のことを考えるのが筋だろう。
何のことはない。要は金だ。ナベツネを説き伏せて1ヶ月でも開幕を遅らせるべき、というのであれば、損失分の20億円をどうやって補填するのかという代案を提示しなくては、話にならないだろう。
オーナー側が事実としての損失を念頭に置いて主張しているのに、選手会側が被災者や世間の心情をベースに反論するのでは、話が噛み合っていない。そんな議論、100年続けても決着つかないだろう。
相手側の立場になって、相手側の論拠を見切るのは、ディベートの基本中の基本だ。
それを行うために必要なことはただひとつ、「両方の立場に立って大局的にトピックを俯瞰する」という客観力だ。「自分は自分は」一本槍のガチガチ主観では、攻め方ひとつ見えてこない。
この件に関する報道やWeb上での議論を見る限り、最初から「ナベツネ=悪役」というイメージを固定し、それを叩く構造に持ち込もうとしている。一種の大衆煽動だろう。そんな主張に説得力があるわけがない。「ナベツネだったら叩けば叩くほど世論の支持を得られる」という、一種の甘えに基づく論調が多過ぎるような気がする。
野球観たいけどね。開幕戦のチケットも買ったし。


