「電車の中で携帯電話を使ってはいけない」という規定は、マナーという意味以外に、心臓等にペースメーカーをつけている人たちに電波による機能障害が発生してはいけないという意味もある。そんなことは、もはや常識に属する。

携帯電話が普及してからずいぶん経つ。
僕は比較的早くから携帯電話を持っているが、あれからもう10年は経っている。
当初からペースメーカーへの機能干渉の危険性は叫ばれていた。


僕は医療機器メーカーについて詳しくないのでよく分からないが、携帯電話が世に出てから10余年、いまだにペースメーカーというのはその機能上の弱点を克服していないのだろうか。


電波によって障害が発生する、というのは、心臓ペースメーカーにとって致命的な弱点だと思う。なにせ心臓の動きを司っているのだ。しかもいまの世の中、機器に干渉電波を及ぼす電子機器は、携帯電話だけに限らない。ユビキタスが発達しつつある世の中だから、街には電波が乱れ飛んでいるといっても過言ではあるまい。

結局のところ、「だから携帯電話をお切りください」というのは、人の善意に寄りかかっていることになる。
人の善意が十分なものであったとしても、社会の要請上、どうしても電源を切れない電子機器というのもあるはずだ。
もし僕が心臓障害をもっていてペースメーカーを埋め込んでいるとしたら、そんな不確実な機械に自分の心臓を預けるのは、かなり怖い。


だから、これからの時代は、「心臓にペースメーカーを入れている人のために電子機器を切る」よりも、「どんな電波にも機能障害が発生しないペースメーカーを開発する」ほうが、手っ取り早いと思う。
なのに携帯電話が猛烈な勢いで開発されていく一方で、電車では相変わらず「ペースメーカー利用の方のため、携帯電話の使用はお控えください」などとやっている。

僕は連日のニュースで「携帯電話の電波のせいでペースメーカーが作動しなくなり死亡」という報道を聞いたことがない。マナーが人の生死に関わる事故なので、もしそういう事故が起きたら大々的に報道されるだろう。

要するに、そういう事故は、少なくともここ数年、起きていないのだと思う。
医療機器メーカーだって馬鹿ではない。そんな事故が起きたら、ブランドに傷がつき、利用者の信頼を著しく失うことくらい分かっているはずだ。
穿った見方をすれば、携帯電話を使った殺人だって可能になる。

僕が察するに、現在出回っているペースメーカーは、すでに携帯電話の電波ごときではビクともしない構造になっているのだろう。
なのに、社会通念的には「携帯電話はペースメーカーの敵」というのが、常識としてまかり通っている。
なんとなく、この通念には、特定の仕掛人が意図的に操作した観がある。

電車で「携帯電話の使用をお控えください」とアナウンスするのは、もはやペースメーカー誤動作の危険性のためではなく、純粋にマナーのためなのだろう。
ところが乗客のモラルというのは、善意に訴えるだけでは成し得ない。何らかの強制力が必要になる。
そこで錦の御旗として「ペースメーカー」というものを掲げているだけではあるまいか。

僕は、それが悪いと言っているのではない。万が一にもその危険性が排除され得ないのであれば、そうするべきでだろう。
また将来、携帯電話以上に強力な電波力を持つツールが開発され、人々がそれを新たに使い始める可能性だって多いにある。そのときに「携帯電話って実は無害なんだってさ、だったらこれも大丈夫だろう」と、安易に公共の場で使いはじめると、その機器に対応できるように改良されるまでは、ペースメーカーの危機は続く。
そういう事態に備えて、「電波機器は公共の乗り物ではみだりに使うべきではない」というのは、基本的な姿勢として推すべきだろう。

しかし、そのことと、事実の認識とは別問題だ。
本当に携帯電話がペースメーカーに障害をもたらすのか実験するわけにはいかないが、「 実際にそうなのか」ということに疑問を挟むことなく信じ込むのは、無条件で良いことではあるまい。

行政府によって、公共施設によって、「・・・はしないでください」という禁止通達は、その原因が何なのか分かってみれば、「禁止する側の都合」であることが多い。
中学校や高校などの校則だって、それが施行された時代はいざ知らず、現状に照らしてみれば意味のないものが多い。人を育て人に接する際に、根本的とは思えないことを規制していることもある。


僕は電車では携帯電話を使わない。病院でも電源を切る。
しかし、毎日電車で「優先席付近では携帯電話の電源をお切りください」というアナウンスを聞くたびに、なにか不自然なものを感じる。



携帯電話なんかよりも高度な技術が投入されていると思うんだが