山寺に行ってきました。


仙台駅から仙山線で約1時間。仙台と山形を結ぶ山間鉄道で、渓谷や山の深緑を楽しむことができます。
途中、宮城と山形の県境にある面白山トンネルは、起工のときに多くの作業員が亡くなったそうで、今でもオバケがよく出る心霊スポットだそうです。
ちなみに僕はいままで一度も遭遇したことがありません。今回も出ませんでした。
オバケを取っ捕まえて売り飛ばそうとしてるのが悟られてるんだと思います。

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東北の駅100選にも選ばれている、趣のある駅舎



暑かったです。この日の山形地方は37℃。こんな日に登山です。
コンビニで凍らせたペットボトルのお茶を購入し、水分を補充して臨みます。

山寺の通称で知られる立石寺は、天台宗の寺院。860年頃、円仁(慈覺大師)が修行の場として開いたとされている。修行の場としては申し分ないと思う。ちなみに山寺駅前や参道の茶店で「円仁さん」と言ったら、茶菓子の小さなおもちを指す。

いま比叡山延暦寺で燃えている灯火は、山寺の灯火を分けたものだという。 天台宗の開祖である伝教大師(最澄)が中国から持ち帰った灯火は、比叡山延暦寺で燃えていた。この頃、立石寺はこの延暦寺の灯火を受け継いでる。 ところが1571年、信長が比叡山を焼き討ちしたときに延暦寺の灯火が消えてしまい、困った比叡山は、もともと同じ火であった灯火を、山寺まで移し取りに来たらしい。

1689年には松尾芭蕉がこの地を訪れている。この地で詠んだ「閑さや巖にしみ入る蝉の声」は、芭蕉の代表作のひとつとして有名。立石寺の参道には、この句碑と、芭蕉と曽良の像がある。

いまは仙山線で簡単に行けるが、芭蕉の当時は仙台方面から西にアクセスする方法はなかったらしい。芭蕉は仙台から北上し、一関、平泉、鳴子から、日本海岸の酒田に抜ける行程の途中、一回南下して山寺に立ち寄っている。『奥の細道』の経過地は、ふつう通り抜けで通過しているが、山寺だけはわざわざ行き止まりに立ち寄って、来た道を引き返してる。原典には、尾花沢にて「山寺という場所をぜひ訪れろと人に勧められた」と書いてある。

岩に巌を重て山とし、松栢(しょうはく)年旧(としふり)土石老て苔滑(なめらか)に、岩上の院々扉を閉て物の音きこえず。 岸をめぐり岩を這て仏閣を拝し、佳景(かけい)寂寞(じゃくまく)として心すみ行のみおぼゆ。


確かに、そんな感じだった。つくづく筆の立つとっつぁんだ。
声に出して読むと、言葉一句一句の力を感じる。
芭蕉といえば俳句が有名だが、紀行文の文章だけでも相当な名文を書く人だと思う。


芭蕉の名句「閑さや岩にしみ入蝉の声」について「そのセミは何ゼミか」という論争が、斎藤茂吉と小宮豊隆の間で戦わされたらしい。アブラゼミ派の茂吉と、ニイニイゼミ派の小宮が一歩も譲らない論争であったそうな。特に茂吉は山形県出身ということもあり、意地になってアブラゼミ派の論陣を張った。

実際に山寺におけるセミの活動時期を調べてみたところ、芭蕉が山寺を訪れた7月13日頃に鳴いているのはニイニイゼミで、アブラゼミはまだ活動を始めていなかった。その結果、茂吉の敗北で論争は終結。

ちなみに僕が行った時はアブラゼミのみなさんが全盛でした。ちょっと芭蕉が聞いたセミの声とは違ったみたい。
道理でセミの声が岩に染み入らないと思った。


山形といえば、おそばと芋煮でしょう。

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おそば(゚Д゚ )ウマー


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芋煮(゚Д゚ )ウマー




おまけ・立石寺からの山寺の町の景色(壁紙サイズ)




最高気温だったそうです。よりによって。