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三鷹の美術ギャラリーで、ユトリロ展を見てきました。


三鷹駅を降りてすぐ、ビルの5Fがギャラリーでした。
こじんまりした適度な規模でした。佳作が多く生み出された「白の時代」を中心に、いかにもユトリロ、というモンマルトルの景色を描いた風景画が多数展示してありました。


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おお、ここだな。



ユトリロは私生児として生まれながら、母親がモデル兼画家をしていたこともあって、ルノアールやロートレックなどの画家と交流のある暮らしをしていたようです。その後、アル中になり、その治療の一環として絵を描き始めるようになります。人間は何が幸いするか分からないもんで、それが大ヒット。ろくに美術教育も受けず、我流で描き続けたユトリロの絵は、次第に高い評価を得るようになります。俺も描こうかな。


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僕はユトリロの絵はとても好みです。印象派に媚びない写実的な画風が、当時の時代に逆らってるようで天晴です。ユトリロは同時代の印象派のような明るい色彩の絵も、一応描くことは描きますが、ユトリロの真骨頂は雪景色のパリの町並みでしょう。雪に覆われ、道がぬかるみ、空がどんより曇ったモンマルトルの街の絵こそが、ユトリロの絵だと思います。


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こんな感じの街の絵。



個人的には、画家としてのユトリロはとても不思議だと思う。ユトリロを好む人は多いと思うが、ではどの絵が一番好きか、と聞かれると困るのではないか。

ユトリロの絵は、大多数が風景画だ。しかもパリ周辺、モンマルトルあたりの絵が圧倒的に多い。画風もすべて似ているため、絵ひとつひとつの個々の印象は、むしろ薄いと言ってよい。度肝を抜くような大傑作は無い。

しかし、ユトリロの絵は、一目見てそれと分かる独特な雰囲気がある。曇天の街を描く筆致は、どの作品も高いアベレージを保っており、外れがない。

僕はユトリロの全集を見た事はないが、かなり多作な画家だったのではないか。今回見に行った展覧会でも、同じ年に描かれた絵が多数あった。僕は画家の量産ペースについて詳らかではないが、一年にそう5枚も10枚も描けるものではあるまい。

ユトリロは生前から高い評価を得ており、作品を売って生計を立てる、いわばプロの画家だった。作品の質が生活に直結する。ルネッサンスや中世の時代、金持ち貴族をパトロンとする画家が、生活の心配なく創作活動に勤しんでいた時代とはわけが違う。

そういう生活の中で、ユトリロは一定して高いレベルに自分を置く必要があった。どの絵も似たような画材で似たような筆致なのは、そのためだろう。いちど確立した画風は使い回しができる。自分の作風として確固たる世界を描ける。


凄い大傑作をひとつ生み出して消えていく一発屋と、ある程度の高いレベルの作品を安定して生み出し続ける堅実的な作風との差は、クリエイティブな能力が問われる分野ならどこでも散見されると思う。どちらがいい、悪いの問題ではなく、どうしてそういうタイプになってしまうのか、その原因がどこかに見出せるとすれば面白い。

我々が仕事をするときは、無制限の条件でのびのびと仕事ができるわけではない。時間と金に制限があって、その制約の中で得られる最良の結果を求めるのが普通だ。ユトリロもそうだっただろう。にもかかわらず、ユトリロの絵はどれをとっても画材、構図、色遣いなど、完成度が非常に高い。


仕事が重なっている時、限られた時間の中、様々な制約の中で論文を書いている時などにユトリロの絵を見ると、「どんな状況でも、できる人はできるんだよなぁ」という気になって、ちょっと気持ちが奮い立つ。



パイプをくわえたくなるのはメグレ警部をイメージするからかのう