主語、目的語という言葉を聞いて頭が痛くなる方は多いだろう。

言語学に勤しむ者でもこの区分はアタマが痛い。文のどんな要素が主語になり、何が目的語になるのかということは、実はよく分かっていない。

言語学では「格」という概念を使って文法関係を説明する。
一般的には、主語には「主格」、目的語には「対格」という格が与えられる。
主格とは、日本語では「たくろふは/たくろふが」、英語ではI, he, she
対格とは、日本語では「たくろふを」、英語ではとme, him, herに相当する。

だが、世界中の言語で主格の名詞が必ず主語になるのかというと、そう簡単にはいかない。
アイスランド語で、

Eg tel konunginum hafa verith gefnar ambattir
(I believe king(DAT) have been given slave(NOM))

という文は、動詞gefnar (=give)のうしろに主格が来る。ムチャクチャだ。主格(「…は」)が文の一番うしろに来ることは、まあ普通は、ない。アイスランド語ではなんでこんな文の最後の位置に主格が出るのか、困った言語だ。

実は日本語も人のことは言えない。
普通、主格名詞は文につきひとつしかない。しかし、日本語で

「象は鼻が長い」

と言ったときに、主語は「象」だろうか、「鼻」だろうか。
また、

「先進国が男性が平均寿命が長い」

という文は、出ている名詞がとりあえず全部、主格だ。どの主格名詞が主語と決められるのだろう。

世間一般にはあまり知られていないが、日本語には世界の言語で例外的としか思えない現象がいっぱいある。生まれたての赤ちゃんは世界中のどんな言語でも高々2, 3年でもれなく母語として習得する。ということは、人間の脳には世界中の言語すべてに対応可能な文法能力があるに違いない。どんなソフトウェアにも対応可能なOSみたいなものだ。その仕組みを解明しようとして世界中の言語を調べてみると、「日本語に例外がありますね」という場合が非常に多い。

国語の先生で、「この文は主語にくる言葉が間違っていますね」と作文を採点する先生がいたら、日本語ではどういう要素が主語になり得るのかをぜひ教えて欲しい。日本語をちゃんと勉強しておけば良かった(泣)。