たくろふのつぶやき

秋はやきいも ほくほくしてうまし。

Sports

日本と違って

FullSizeRender

サッカーに詳しい記者が
サッカーについて書いてる。

ワールドカップ2018 ロシア大会

GettyImages-999573216-e1531685658588



ワールドカップ2018、ロシア大会が終了。
フランスの20年ぶり2回めの優勝で幕を閉じた。


なんというか、フランスが優勝というのがしっくりこない感じの大会だった。
強いのは間違いない。2006年ドイツ大会で準優勝、前回ブラジル大会で8強、2016年ユーロで準優勝。優勝こそしていないものの、近年のフランスは着実に地力をつけている。デシャン監督が長期計画でチーム戦術を浸透させている。

それでも「さすがフランス」という気がしないのは、フランスのせいというよりも、大会の傾向が大きく変化しているせいだと思う。きっと、どのチームが優勝しても「ここかよ」という感じがしたのではあるまいか。


今回のワールドカップの傾向をふたつ挙げると、「カウンター」と「セットプレー」のふたつだろう。


ここ最近のワールドカップは、戦術的なトレンドというより、サッカーのあり方そのものが1回ごとに大きく変化しているような気がする。優勝するのは「運良く、最初からその傾向に近かったチーム」か、「大会途中からその傾向に合わせることができたチーム」のいずれかになっている。

前回のブラジル大会は、「暑さ」が各チームを苦しめた。そのため、ディフェンスラインに運動量を課さず、中盤を省略してサイド攻撃やカウンターに優れたチームが勝ち残っていた。優勝したドイツは、そのようなモデルにぴったり合っていたチームだった。

今回大会との対比がよりはっきり分かるのは、前回よりも前々回の南アフリカ大会のほうだと思う。南アフリカ大会のときは、前線からディフェンスラインまでの間が極端に狭く、FW, MF, DFの3列ぜんぶを使ってボールを展開するパス回しがトレンドだった。そういう組み立てに優れたスペインが優勝したのは、偶然ではあるまい。

今回のロシア大会で一番気になったのは、前線からディフェンスラインの間が一定ではないチームが多かったことだ。
パス回しを信条にDFラインを高く押し上げるチームでも、状況によってDFをべったりと下げ、敢えて中盤を間延びさせる。DFラインを「常に高く」でも「常に深く」でもなく、相手や試合展開によってDFラインを上げ下げしているチームが多かった。テレビで試合を見ていると、DFラインの位置が頻繁に上がったり下がったりする。

どうしてそんなラインの上げ下げが行なわれていたのか。
今回、8強以上に勝ち残ったチームは、すべてカウンターでの得点が多かったチームだ。あるいは、カウンターで速攻をかけ、慌てて戻ったDFにファウルをもらって、セットプレーで得点をする、というパターンを確実にものにしたチームだ。優勝したフランスと対戦するチームは、エムバペのスピードに対処するためDFが全力で戻るシーンが多かった。イングランドが躍進したのも、カウンターに優れるケインが得点王をとるほど点を荒稼ぎできたことが大きい。

最もそれを効果的に実践していたのは、意外なことに、開催国ロシアだった。
FIFAランキング70位。参加国中最下位の開催国の開幕戦は、序盤にひどい守備的な布陣を敷いていた。相手がサウジアラビアということもあり、「最低でも引き分け」という意図が見え見えの試合の入り方だった。
ところがロシアは、速攻からのカウンターで次々と得点を重ねる。終わってみれば5-0の大勝。途中からは、ロシアのやりたい放題で試合が展開されているように見えた。

今から考えてみれば、この開幕戦が、今回のワールドカップ全体の傾向を決めた一戦だったと思う。ロシアは初戦に大量得点で圧勝することで、戦術に自信をもっただろう。強豪相手にきっちり引いて守ってカウンター。近年は「DFラインを高く上げ、狭いスペースでパスを廻す」という戦術が無条件に良しとされていたが、そんなセオリーにはおかまいなく、DFを深く下げて人数で守り切る。

この戦術の弱点は、中盤が間延びしてしまい、相手MFに自由な動きを許してしまうことだ。それを防ぎ、相手のエースに仕事をさせないために、パスの供給源を断つ必要がある。そのため、2.5列目のセントラルMFの役割が、時代を遡って原点回帰していた。

最近のサッカーにおける「ボランチ」は、ロングパスを駆使して攻撃を指揮するレジスタが多い。ところが、今回のワールドカップでは、クラシックなタイプの「びったりとマンマークをする守備的MF」が脚光を浴びていた。前線にパスを出される前に、パサーの選手をぴったりマークして、ボールを出させない。フランスのカンテ、クロアチアのラキティッチ、ベルギーのヴィツェルなど、対人守備の強いボランチのいるチームが上位に進出した。日本が決勝トーナメントに進出できたのは、大会途中からその傾向に気づいた長谷部が、潰し役に徹してマンマーカーに専念したことが大きい。

そういう傾向の最初の餌食になったのが、ドイツだった。初戦のメキシコ戦で、メキシコはボランチを3人配置し、徹底してクロースのパスを断ち切ることに専念していた。そのためドイツは前線によいパスを供給することができず、前線が孤立する。メキシコは辛抱強い守備で徐々にドイツのリズムを崩し、ジャイアントキリングに成功した。

FIFAランキング8位の強豪ポーランドも、その傾向に封じられたチームのひとつだ。グループHの各チームは、日本も含めて、MF3人(ジエリンスキ、リネティ、クリホビアク)をぴったりマークして、レバンドフスキを孤立させる戦術をとっていた。ポーランドはその戦術を徹底的に分析され、まさかのグループ最下位で予選落ちとなった。

相手がカウンターを狙っていればDFラインを下げ、ビルドアップで来るようであればDFラインを上げる。基本戦術としてどちらかに固定するのではなく、相手・時間帯・消耗度によってDFラインを上げ下げする。そういう戦術の柔軟性をもっていたチームが、今回はよい成績を収めていた。


今回大会のもうひとつの傾向は、VAR(ビデオ・アシスタント・レフェリー)の採用によって、リプレイ検証が頻繁に行なわれたことだ。これによって中南米勢が全滅する。コロンビアのファルカオ、ブラジルのネイマールなどの「役者」は、VARによってことごとく芝居を暴かれ、逆にチームのリズムを崩してしまう。
前回ブラジル大会のPKによる得点は13。今回のPKによる得点は20。失敗したPKも含めると、PK自体の数がかなり増えている。決勝戦のフランスなど、押し込まれた展開にも関わらずPKを得て、シュート数0のまま先制に成功した。

PK以上に目立ったのが、コーナーキック、フリーキックなどセットプレーによる得点だ。開催中、VARによる試合中断とセットプレー増加の是非に話題が集中していたが、もしVARによってセットプレーの機会を得ても、それを決められなければ意味がないのだ。勝ち残っていたチームはどこも、数少ないチャンスを、決め打ちで確実にものにしていた。
その新傾向の恩恵を最も受けていたのは、イングランドだろう。流れのなかでの得点はそれほど特筆するべきものはなかったが、とにかくセットプレーが強い。集中力が段違いになる。

セットプレーの増加と比例して、GKの重要度が非常に増した試合だった。PK、FK、CKを止める守備力の高いGKを擁するチームが勝ち進んだ。
日本と、「世紀の大逆転」を食らったベルギーを比べると、いちばん大きな差はGKだっただろう。スーパーセーブで1点を防ぐGKがいると、DFは前に出やすくなる。


全体的に、「強豪国だからといって、前評判が高いからといって、勝ち進めるとは限らない」ということが明らかになった大会だった。どんな強豪国であっても、その時の時流に乗ることができなければ簡単に負ける。

日本は開幕前から監督交替や選手選考などいろいろと騒がれたが、その時流にうまく乗ることができた国のひとつだろう。「実力以外の要素で勝ち進んだ」という批判もあるが、むしろ最近の傾向としては「実力以外の要素をうまく取り込むこと」ができないチームが敗退している。でなければドイツが予選で敗退したり、ロシアが予選突破できたりするようなことは起きない。

今回、日本は予選最終戦のポーランド戦で、負けているにもかかわらずボール廻しで時間を稼ぎ、その戦い方が批判の対象とされた。フランスやアルゼンチンも同様の時間稼ぎを行い、非難されている。
しかし考えてみれば、VARで反則が明確に分かる時代になった今、「勝てる勝負は確実に勝ち切る」という方法を取れるチームが、上位に進出するようになっているということでもある。日本代表の時間稼ぎに違和感を感じるのは、単に観ている側が「変わってしまったサッカー」にまだ感覚が追いついていないだけなのかもしれないのだ。

ワールドカップは真剣勝負なので、とった戦術自体に「良い」も「悪い」もない。あるのは「どこまで勝ちすすんだのか」という事実だけだ。だから必然的に「少しでも上位に残るための戦術」が「良い戦術」ということになる。
しかし、観る側は安易にサッカーに「美学」を求める。武士道を要求する。サッカーのほうが変化しているのに、観る側が昔ながらの「単独でドリブル突破してゴールを決めるスーパースター」を待ちこがれているような感覚だと、眼前に展開している試合がどういうものなのか、視ることはできないだろう。



早朝3時からの試合は勘弁してくれ。

ボール捌きが上手いホームレス




子供、嬉しそう。

ボールを取るのは




ボールが欲しいからじゃない

「森監督の暴力は善意だからまったくOK」

星野流継承!?中日・森監督が鉄拳復活も

中日・森繁和監督(63)が闘将イズムを継承する!? 

就任1年目の昨年は何があっても口を出さず、コーチ、選手らを一年間じっと見ることに徹した指揮官だったが、結果は59勝79敗5分けのリーグ5位で5年連続Bクラスの屈辱を味わった。今年は何がなんでもAクラス入りのために、元中日監督で先月4日に膵臓がんのため死去した星野仙一氏の代名詞とされる鉄拳制裁も辞さない構えでいるという。  

チーム関係者は「今年の森監督はとにかく結果にこだわるためなら何でもするつもりでいる。もちろん口も出すし、場合によっては手足も出すことさえあるでしょ」と予告する。もともと森監督はリーゼント風の髪形に褐色の肌でこわもてであるばかりか、べらんめえ口調の熱血漢。しかし、2004年から8年間、落合政権下では腹心としてヘッドコーチなどを務めたことで、首脳陣が選手に対して「暴力を振るったら辞めさせる」とのオレ流ルールを守る必要があった。それにもかかわらず、森ヘッドは、当時一度だけある選手の態度の悪さからエキサイトしてつい手を出してしまって禁を破ったことがあり、すぐに辞表を提出したが、落合監督は“悪意の暴力”ではないなどとして翻意させたことがあったという。  

それだけに今年からリミッターを外した森監督についてチーム内では「どんな恐ろしいことになるか分からない。選手もコーチも覚悟した方がいい」との声が出ている。  

とはいえ、別の関係者は「森監督は当たりが強いと思われるかもしれないけど、きついことを言ったり、手を出すときって、その人のことを何とか正そう、直そう、成功させようと思って遠慮がなくなるだけ。コイツをどうにかしようと本気になっている証拠。コーチや選手も分かってくれるはず。優しさと人間の大きさがこれだけにじみ出る人はいないから」ときっぱり。落合&星野イズムを併用させて森監督は竜を闘う集団に変えることができるか。



「体罰」の真の問題点が分かってない。


悪意をもって「コイツを潰そう」と暴力を振るう指導者などいない。すべての体罰、すべての暴力的指導は、どれも「良かれと思ってやったもの」だ

そして、「体罰はいけない」という言葉の意味は、「たとえ『善意』であっても暴力は駄目だ」ということだ。暴力に善意も悪意も関係ない。ただ暴力を振るったという事実だけが問題であって、それを行った意図は一切斟酌してはならない。「体罰根絶」のために必要なのは、そういう認識だ。

ましてや、それを擁護するような人の言うことを楯にとって「分かってくれる人もいる」を容認の根拠にするなど言語同断。
プロ野球がこんな状態であれば、その下部組織や高校野球も推して知るべし。



中日ごと滅んでくれ。
ペンギン命

takutsubu

ここでもつぶやき
バックナンバー長いよ。
リンク用
かんたんアクセス
QRコード
記事検索
  • ライブドアブログ