たくろふのつぶやき

海行くぞ、海。

Sports

底から見上げる景色

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(『弱虫ペダル』54巻)


インターハイ前年度総合優勝の総北高校が、新年度キャプテンとして、実力も実績もない手嶋純太をなぜ選んだのか問われた時の、前年度キャプテン金城真護の言葉。



今年の箱根駅伝でも「進化を続けなければそれは退化」と言ってましたね。

「卓球少女MAIKO」




平野美宇(日本生命)
早田ひな(日本生命)



顔よりもフォームのほうが分かりやすい。

第95回箱根駅伝。

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第95回箱根駅伝。


東海大学が46回目の出場にして悲願の初優勝を飾った。
絶対本命と目され、大学駅伝3冠、箱根5連覇を狙った青山学院は往路でまさかの失速を喫し、復路で猛追するも巻き返しには及ばなかった。

東海大学は正直言って、今回の初優勝を祝うというよりも、「なぜ今まで優勝できなかったのか」という疑問のほうが先に立つ。有力高校へのコネクションを活かして有望な生徒を軒並み青田買いし、優秀な生徒を採りまくった。今大会の登録16人中10人を占め「黄金世代」と称される3年生は、そのリクルートシステムが頂点に達した年の入学者だ。

「優秀な生徒を採りまくる」と言うのは簡単だが、それを実行するには大学側の強力なバックアップが必要となる。学生の入学許可というのは、大学の中でもかなり高次に属する機密事項で、いち運動部の監督風情が簡単にシステム化できるものではない。保健体育審議会が強力な権限を持ちすぎる大学は、日大のように歪んでしまう。

つまり東海大学の強力なリクルート力は、大学が両角監督にかなりの権限を認めていることの証左だ。入試に関する一部の権限を認められているということは、それだけ成果を出すことを要求されるということでもある。
東海大は強力な学生を何人も採っておきながら、駅伝では結果を出しているとは言いがたい。「黄金世代」がとったタイトルも、2017年の出雲駅伝の1冠しかない。

もともと東海大学はトラックに特化したスピードランナーを育成することに長けており、関東インカレ、日本インカレ、日本選手権ではきちんと結果を出している。その点では両角監督はきっちり仕事をしてきたと言える
もともとスピードに特化したトラック練習では、1区間20km以上、それが10区間も続く箱根駅伝に勝つのは、そもそも無理なのだ。つまり従来の東海大の強化スタイルからすると、もともと箱根駅伝は「最初からターゲットにない大会」と切って捨てるのが正しい選択だと思う。

しかし大学としては、「やはり学生長距離は駅伝で勝ってなんぼ」「駅伝の中でも『箱根駅伝』に勝ってなんぼ」という圧力をかけてくるのだろう。広告効果も段違いだし、世間的な知名度も高い。学生募集にも大きく影響する。そういう「俗的な利益」を圧力に、大学から両角監督にはかなりのプレッシャーがかけられていたのだと思う。そうでなければ、両角監督が今年度になっていきなり方針転換した理由が見当たらない。

両角監督は今回の箱根駅伝に際して、事前2ヶ月の練習方法を変えた。従来は直前まで選手を競わせ、負荷をかける練習を繰り返していた。これはトラック競技の仕上げ方だ。箱根駅伝やマラソンの仕上げ方ではない。記録会にほぼ皆勤状態で参加し、そのたびに選手は力を振り絞らざるを得ず、いざ箱根本番の時には疲労困憊、ということを毎年繰り返した。

その練習方法は選手の反発を招き、コーチも反対するなど、東海大学内では「直前2ヶ月の練習方法」について迷走した。結局、両角監督が折れる形で調整方法を変えた。記録会への参加を取りやめ、距離走を増やし、ロードに対応するための走り込みを増やした。その成果が箱根優勝だ。

問題は、その成果が東海大学にとって良いことなのかどうかだ。東海大学の選手の中には、箱根駅伝よりもトラックシーズンでの成績を重視し、記録の出やすい冬の時期にトラック記録を狙いたい選手もいる。湊谷春紀主将も「この時期は5000メートル、1万メートルですごく記録が狙える。翌年のトラックシーズンを見据えている選手に関してはどうかな」という意見があったことを認めている。

かように学内意見が割れたことを押し切って両角監督が箱根仕様に練習方法を変えたのは、他でもない、そうせざるを得ない事情があったからだろう。何が何でも箱根を勝て。特に「黄金世代」の3年生がいる間に結果を出せ。そういうプレッシャーが大学からかけられていたのだろう。この強化策が東海大学にとって正しい選択だったのかどうか、箱根に勝つことで捨てたものの価値は本当にどうでもいいのか、来年度の東海大を見てみないと分からない部分がある。

幸か不幸か、東海大学の方針転換は、東海大内でくすぶっていた「ロード特性のある学生」が一気に開花するきっかけとなった。今回の東洋大学で優勝の原動力となったのは、鬼塚翔太、館沢亮次、關颯人といった1年時から活躍していた「エリート」ではない。西田荘志(5区・区間2位)、中島怜利(6区・区間2位)、阪口竜平(7区・区間2位)、小松洋平(8区・区間賞、区間新)といった「干され組」が区間上位で結果をきっちり出し、優勝に貢献している。この4人のうち、出雲駅伝、伊勢駅伝に出走したのは、出雲の3区を走った中島怜利(区間12位)、伊勢を走った西田荘志(区間3位)だけ。8区区間記録を22年ぶりに更新してMVPに輝いた小松洋平に至っては、3大駅伝初出場だ。こうした選手が、ロード対応の調整方法にフィットし、今回の成果につながっている。

また、2位に終わった青山学院、3位の東洋大学の「敗因」も大きいだろう。東洋大学は往路優勝、青山学院は復路優勝と、それぞれ強さは見せている。しかし、それぞれ「裏」の走路ではブレーキ走者を出している。

青山学院の敗因は明らかだ。2区(区間10位)、4区(区間15位)、5区(区間13位)の3区間で区間順位2桁に沈んでいる。さすがの青山学院でも、2桁順位の区間が3つもあっては勝てない。
4区の岩見秀哉は走り始めてすぐ低体温症を発症し、体が動かなくなってしまった。調整の失敗というよりも、勝負のかかった緊張した場面で、相手が東洋大学の相沢晃(4区・区間新記録)というプレッシャーがかかり、心理的に圧迫されたのだろう。この勝負所の大事な局面は、経験のない初出場の選手にはちょっと厳しい。青山学院の原監督も4区が采配ミスだったことを認めている。
5区の竹石尚人は、足のテーピングの貼り方、下りだけ快調に走り切ったことなどから見て、最初の5kmあたりの地点ですでに両足が攣っていたのだと思う。筋肉が弱いというよりも、おそらく寒さに弱いのだろう。箱根5区の上りの適正は、夏合宿ではかることが多い。夏の時期には柔らかくて調子のいい筋肉が、箱根駅伝の時期の5区山登りではうまく働かないのではないか。

一方の東洋大学も敗因が明らかだ。復路が遅過ぎる。主力を往路に集中して、駅伝にとって重要な「チームとしての流れをつくる」という点ではうまくいっていたが、流れをつくることに全力を傾注しすぎて後続の備えが薄くなりすぎた。7区の小笹椋は、もともと青山学院の林奎介対策に差し向けられた「刺客」だが、約1分半の差をつけられている。区間3位ではあるが、2位の東海大・阪口竜平にも区間記録で1分の差をつけられ、往路の貯金をすべて使い果たし4秒差まで詰められてしまった。ほかにも9区・中村拳梧は区間19位、10区・大沢駿は区間10位。復路の層の薄さが敗退につながった。
往路から競った展開になっていた東海大学に抜かれたのは仕方がない。しかし、往路で5分30秒差をつけ、ほぼ勝ちを手中に収めた青山学院にまで抜かれたのはまずいだろう。東洋大学は、あたかも「復路など無い」かのような、往路に偏りすぎた区間配置が負けにつながった。


青山学院と東洋大学で、ひとつ印象的な違いがあった。
青山学院は今回2位、東洋大学は前回2位。その10区ゴール直後の写真がある。


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左:今回大会(2019年)、2位の青山学院
右:前回大会(2018年)、2位の東洋大学 


ともに優勝を逃した直後の写真だが、表情が全然違う。
前回の東洋大学は、一言でいうと悲壮感に溢れている。この世が終わったかのような絶望的な表情だ。
一方の青山学院は、3冠・5連覇を逃した後とは思えないほど、明るい表情をしている。勝負が終わってすぐにも関わらず、すでに負けを自分の中で認め、消化し、それを次に繋げる準備ができている。自分も他人も責めるつもりが全くない。

この写真からは、両チームが常日頃から行なっているメンタルトレーニングの、圧倒的な差を感じる。おそらく、東洋大、青山学院、ともに箱根駅伝の翌日から練習を始めるだろう。しかし、どちらの練習のほうがどれほど効果があるか、やる前から見えているような気がする。おそらく、東洋大学が青山学院に勝てないのは、こういう所に原因があるのではあるまいか。

箱根駅伝期間中、誰も口にはしていないが、東洋大学は今年度、寮で勝手な振る舞いを繰り返した1年生部員に激高した上級生が暴力行為を働いて、1年生部員が退学する事件を起こしている。また、東洋大学の主力は下級生が多く、上級生になるほど人数が少なくなる。酒井監督は「同じ実力であれば下級生を使う」と嘯いているが、単に「使い物になる上級生がいない」というだけの話だ。毎年、育成されずに潰され、部を去って行く部員が多いのではないか。東洋大学は、競技そのものとは関係ないストレスが、部員全体を覆っているように感じられてならない。


その他に目に付く結果としては、なんといっても国学院大学だろう。堂々の総合7位。大学の過去最高順位を更新した。5区・浦野雄平は区間新記録で区間賞。前回大会では1区を走り、区間2位。「誰だあれ!?」と騒がれた選手だ。国学院大学は前回、区間最下位になる走者もいたが、3区(区間5位)、4区(区間3位)、7区(区間5位)など、好走した区間も多かった。今回はそこまで上位に入る走者はいなかったが、全体的に区間6〜12位くらいの中盤に踏みとどまる堅実な走者が多かった。

法政大学も6位に入り、堅実に結果を残した。好成績を残した国学院と法政の共通点は「5区山上りに大砲がいる」「極端に失速する区間がない」ということだ。関東学連は「5区だけで決着がついてしまう」という状況を嫌い5区の区間を短くしたが、相変わらず5区ひと区間だけで3分程度の借金は返済できるのが現状だ。法政大学は5区・青木涼真が、区間3位ではあるものの昨年の自己記録を15秒短縮する見事な走りで7人抜きを演じた。

そして、いつもの通り、いつのまにか帳尻を合わせ、いつのまにか10位につける中央学院大。かつてその不思議さについての記事を紹介したことがあったが、今回も主力が離脱した厳しい状況で、きっちりシード権を確保してきた。往路で15〜16位をうろうろしていた後、どうやって10位まで上がってきたのかすら分からない。ここまで狙い違わず目標を達成し続けると、川崎監督はなにか魔法でも使ってるのではないかという気がしてくる。

逆の目立ち方としては、総合12位に終わった早稲田大学が気になる。今年度は出雲が10位、伊勢が15位の、すべて二桁順位。惨敗と言ってよい。ケガで主力が離脱し、育成も間に合わず、限られた戦力で戦わざるを得ず、散々な1年だった。早稲田OBの瀬古利彦は、やたらと1年生の中谷雄飛を絶賛していたが、1区で区間4位に終わった。記録も1時間2分42秒と、去年同じ1年生で区間賞を穫った西山和弥(東洋大)よりも30秒近く遅い。 それほど絶賛するほどの仕上がりではなかった。シード権すら確保できず、来年は予選会からの出場になる。今の早稲田に予選会を突破する伸びしろは残っているのだろうか。


今回の箱根駅伝を俯瞰すると、レベルが爆上がりした印象がある。
今回の往路優勝は東洋大学、復路優勝は青山学院、総合優勝は東海大学。仲良く優勝を分け合った感があるが、その記録が凄い。
往路1位の東洋大学は5時間26分31秒、2位の東海大学は5時間27分45秒。これは前回大会の往路優勝の東洋大学(5時間28分29秒)よりも格段に速い。
また復路1位の青山学院は5時間23分49秒、2位の東海大学は5時間24分24秒。これは前回大会の復路優勝の青山学院(5時間28分34秒)よりも格段に速い。
また総合記録でも、1位の東海大学は10時間52分09秒、2位の青山学院大学は10時間55分50秒。これは前回大会の総合優勝の青山学院(10時間57分36秒)よりも速い。

つまり青山学院は、あれだけ2, 4, 5区のブレーキがあったにも関わらず、総合タイムとしては去年よりも速いのだ。それだけ今年の東海大学が速かったということになる。

また個々の記録でも区間新記録が続出した。3区で森田歩希(青山学院)が12秒更新、4区で相沢晃(東洋大)が1分27秒更新、5区で浦野雄平(国学院)が50秒更新、6区で小野田勇次が4秒更新、8区で小松陽平が16秒更新。1回の大会でこれだけ区間新が出る年も珍しいだろう。
ほかにも、2区で塩尻和也(順天堂)が三代直樹の日本人記録を1秒更新、7区の林奎介が自己のもつ区間記録に2秒差で走るなど、好記録が続出した。

各校、「対・青山学院」の包囲策を念入りに練ってきたと見えて、従来の青学の勝ちパターンのところに主力をあててくるようになってきた。その結果、「主要区間」の置き方が変化している。
たとえば、従来「つなぎの区間」と見られて下級生が置かれることが多かった4, 7, 8区に各校が主力を置いた。4区は東洋大学が相沢晃、東海大学が館沢亨次を置いて、山の前に優位を作ろうとする作戦を敷いている。
7区は去年区間新を出した林奎介対策のため、東洋大学は主将の小笹椋、東海大学は阪口竜平を置いている。東洋は前回大会で7区で逆転不可能な大差をつけられたのが、よほどこたえたのだろう。

青山学院の勝ちパターン、「7区、8区でぶっちぎる」という策を封じることが、各校の主要な区間配置の要点だったようだ。前回まで8区を3回連続区間賞をとった下田裕太は、前回の8区を1時間4分46秒で走っており、これは区間2位に1分半をつける大差だった。しかし今大会では、小松陽平(東海大、1時間3分49秒)、飯田貴之(青山学院、1時間4分34秒)、鈴木宗孝(東洋大、1時間4分44秒)の3人が去年の下田よりも速く走っている。伊勢翔吾(駒沢、1時間4分50秒)もたった4秒差で、各校が「青山学院の8区を封じる」という策をとり、主力を配置するようになってきたことが分かる。

レベルの上昇が顕著だったのが6区だ。6区は「60分台で普通、59分台で上出来、58分台で一流」というのが通例だ。特殊区間なので、同一大学では同一選手が担うことが多い。
前回、青山学院の小野田勇次に1分28秒差をつけられ「人間じゃねぇ」との評を残した今西駿介は、今年、自己記録を1分25秒も短縮した。また去年の区間2位だった中島怜利も、58分36秒から58分06秒に、30秒縮めている。その他にも、今回の6区は58分台が4人、59分台が6人という有様だ。さらに上には上がいるもので、「下りの神」小野田勇次は、とうとう箱根史上初の57分台(57分57秒)に突入した。
例えば10年前、当時1年生だった柏原竜二擁する東洋大学が初優勝した2009年(第85回大会)、6区の区間賞は59分14秒(大東文化大・佐藤匠)だった。これは今年の記録だと区間7位の成績に相当する。10年の間に、箱根の6区はかような進化を遂げている。


東海大の総合新記録を見ると、東海大は決して「たまたま勝った」のではなく、「勝つべくして勝った」と評することができるだろう。青山学院・原晋監督の言うとおり、「進化止めた時点で退化が始まる」のが、最近の箱根駅伝の動向だ。青山学院は「箱根メソッド」が確立されていると豪語し、それに従い去年までのやり方を踏襲して、敗れた。常に新しい戦い方を模索し、新しい挑戦を続けて行かないと勝てない。東海大も、現在の3年が抜けたらどう戦うのか、模索が迫られる。来年以降、各校がどのように鍛え、どのように戦うのか、また楽しみがひとつ増えた。



区間新のピコンピコンが何度も聞けた。

日本と違って

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サッカーに詳しい記者が
サッカーについて書いてる。

ワールドカップ2018 ロシア大会

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ワールドカップ2018、ロシア大会が終了。
フランスの20年ぶり2回めの優勝で幕を閉じた。


なんというか、フランスが優勝というのがしっくりこない感じの大会だった。
強いのは間違いない。2006年ドイツ大会で準優勝、前回ブラジル大会で8強、2016年ユーロで準優勝。優勝こそしていないものの、近年のフランスは着実に地力をつけている。デシャン監督が長期計画でチーム戦術を浸透させている。

それでも「さすがフランス」という気がしないのは、フランスのせいというよりも、大会の傾向が大きく変化しているせいだと思う。きっと、どのチームが優勝しても「ここかよ」という感じがしたのではあるまいか。


今回のワールドカップの傾向をふたつ挙げると、「カウンター」と「セットプレー」のふたつだろう。


ここ最近のワールドカップは、戦術的なトレンドというより、サッカーのあり方そのものが1回ごとに大きく変化しているような気がする。優勝するのは「運良く、最初からその傾向に近かったチーム」か、「大会途中からその傾向に合わせることができたチーム」のいずれかになっている。

前回のブラジル大会は、「暑さ」が各チームを苦しめた。そのため、ディフェンスラインに運動量を課さず、中盤を省略してサイド攻撃やカウンターに優れたチームが勝ち残っていた。優勝したドイツは、そのようなモデルにぴったり合っていたチームだった。

今回大会との対比がよりはっきり分かるのは、前回よりも前々回の南アフリカ大会のほうだと思う。南アフリカ大会のときは、前線からディフェンスラインまでの間が極端に狭く、FW, MF, DFの3列ぜんぶを使ってボールを展開するパス回しがトレンドだった。そういう組み立てに優れたスペインが優勝したのは、偶然ではあるまい。

今回のロシア大会で一番気になったのは、前線からディフェンスラインの間が一定ではないチームが多かったことだ。
パス回しを信条にDFラインを高く押し上げるチームでも、状況によってDFをべったりと下げ、敢えて中盤を間延びさせる。DFラインを「常に高く」でも「常に深く」でもなく、相手や試合展開によってDFラインを上げ下げしているチームが多かった。テレビで試合を見ていると、DFラインの位置が頻繁に上がったり下がったりする。

どうしてそんなラインの上げ下げが行なわれていたのか。
今回、8強以上に勝ち残ったチームは、すべてカウンターでの得点が多かったチームだ。あるいは、カウンターで速攻をかけ、慌てて戻ったDFにファウルをもらって、セットプレーで得点をする、というパターンを確実にものにしたチームだ。優勝したフランスと対戦するチームは、エムバペのスピードに対処するためDFが全力で戻るシーンが多かった。イングランドが躍進したのも、カウンターに優れるケインが得点王をとるほど点を荒稼ぎできたことが大きい。

最もそれを効果的に実践していたのは、意外なことに、開催国ロシアだった。
FIFAランキング70位。参加国中最下位の開催国の開幕戦は、序盤にひどい守備的な布陣を敷いていた。相手がサウジアラビアということもあり、「最低でも引き分け」という意図が見え見えの試合の入り方だった。
ところがロシアは、速攻からのカウンターで次々と得点を重ねる。終わってみれば5-0の大勝。途中からは、ロシアのやりたい放題で試合が展開されているように見えた。

今から考えてみれば、この開幕戦が、今回のワールドカップ全体の傾向を決めた一戦だったと思う。ロシアは初戦に大量得点で圧勝することで、戦術に自信をもっただろう。強豪相手にきっちり引いて守ってカウンター。近年は「DFラインを高く上げ、狭いスペースでパスを廻す」という戦術が無条件に良しとされていたが、そんなセオリーにはおかまいなく、DFを深く下げて人数で守り切る。

この戦術の弱点は、中盤が間延びしてしまい、相手MFに自由な動きを許してしまうことだ。それを防ぎ、相手のエースに仕事をさせないために、パスの供給源を断つ必要がある。そのため、2.5列目のセントラルMFの役割が、時代を遡って原点回帰していた。

最近のサッカーにおける「ボランチ」は、ロングパスを駆使して攻撃を指揮するレジスタが多い。ところが、今回のワールドカップでは、クラシックなタイプの「びったりとマンマークをする守備的MF」が脚光を浴びていた。前線にパスを出される前に、パサーの選手をぴったりマークして、ボールを出させない。フランスのカンテ、クロアチアのラキティッチ、ベルギーのヴィツェルなど、対人守備の強いボランチのいるチームが上位に進出した。日本が決勝トーナメントに進出できたのは、大会途中からその傾向に気づいた長谷部が、潰し役に徹してマンマーカーに専念したことが大きい。

そういう傾向の最初の餌食になったのが、ドイツだった。初戦のメキシコ戦で、メキシコはボランチを3人配置し、徹底してクロースのパスを断ち切ることに専念していた。そのためドイツは前線によいパスを供給することができず、前線が孤立する。メキシコは辛抱強い守備で徐々にドイツのリズムを崩し、ジャイアントキリングに成功した。

FIFAランキング8位の強豪ポーランドも、その傾向に封じられたチームのひとつだ。グループHの各チームは、日本も含めて、MF3人(ジエリンスキ、リネティ、クリホビアク)をぴったりマークして、レバンドフスキを孤立させる戦術をとっていた。ポーランドはその戦術を徹底的に分析され、まさかのグループ最下位で予選落ちとなった。

相手がカウンターを狙っていればDFラインを下げ、ビルドアップで来るようであればDFラインを上げる。基本戦術としてどちらかに固定するのではなく、相手・時間帯・消耗度によってDFラインを上げ下げする。そういう戦術の柔軟性をもっていたチームが、今回はよい成績を収めていた。


今回大会のもうひとつの傾向は、VAR(ビデオ・アシスタント・レフェリー)の採用によって、リプレイ検証が頻繁に行なわれたことだ。これによって中南米勢が全滅する。コロンビアのファルカオ、ブラジルのネイマールなどの「役者」は、VARによってことごとく芝居を暴かれ、逆にチームのリズムを崩してしまう。
前回ブラジル大会のPKによる得点は13。今回のPKによる得点は20。失敗したPKも含めると、PK自体の数がかなり増えている。決勝戦のフランスなど、押し込まれた展開にも関わらずPKを得て、シュート数0のまま先制に成功した。

PK以上に目立ったのが、コーナーキック、フリーキックなどセットプレーによる得点だ。開催中、VARによる試合中断とセットプレー増加の是非に話題が集中していたが、もしVARによってセットプレーの機会を得ても、それを決められなければ意味がないのだ。勝ち残っていたチームはどこも、数少ないチャンスを、決め打ちで確実にものにしていた。
その新傾向の恩恵を最も受けていたのは、イングランドだろう。流れのなかでの得点はそれほど特筆するべきものはなかったが、とにかくセットプレーが強い。集中力が段違いになる。

セットプレーの増加と比例して、GKの重要度が非常に増した試合だった。PK、FK、CKを止める守備力の高いGKを擁するチームが勝ち進んだ。
日本と、「世紀の大逆転」を食らったベルギーを比べると、いちばん大きな差はGKだっただろう。スーパーセーブで1点を防ぐGKがいると、DFは前に出やすくなる。


全体的に、「強豪国だからといって、前評判が高いからといって、勝ち進めるとは限らない」ということが明らかになった大会だった。どんな強豪国であっても、その時の時流に乗ることができなければ簡単に負ける。

日本は開幕前から監督交替や選手選考などいろいろと騒がれたが、その時流にうまく乗ることができた国のひとつだろう。「実力以外の要素で勝ち進んだ」という批判もあるが、むしろ最近の傾向としては「実力以外の要素をうまく取り込むこと」ができないチームが敗退している。でなければドイツが予選で敗退したり、ロシアが予選突破できたりするようなことは起きない。

今回、日本は予選最終戦のポーランド戦で、負けているにもかかわらずボール廻しで時間を稼ぎ、その戦い方が批判の対象とされた。フランスやアルゼンチンも同様の時間稼ぎを行い、非難されている。
しかし考えてみれば、VARで反則が明確に分かる時代になった今、「勝てる勝負は確実に勝ち切る」という方法を取れるチームが、上位に進出するようになっているということでもある。日本代表の時間稼ぎに違和感を感じるのは、単に観ている側が「変わってしまったサッカー」にまだ感覚が追いついていないだけなのかもしれないのだ。

ワールドカップは真剣勝負なので、とった戦術自体に「良い」も「悪い」もない。あるのは「どこまで勝ちすすんだのか」という事実だけだ。だから必然的に「少しでも上位に残るための戦術」が「良い戦術」ということになる。
しかし、観る側は安易にサッカーに「美学」を求める。武士道を要求する。サッカーのほうが変化しているのに、観る側が昔ながらの「単独でドリブル突破してゴールを決めるスーパースター」を待ちこがれているような感覚だと、眼前に展開している試合がどういうものなのか、視ることはできないだろう。



早朝3時からの試合は勘弁してくれ。
ペンギン命

takutsubu

ここでもつぶやき
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