たくろふのつぶやき

お鍋には熱燗をつけてくれたまへ。

News

平昌オリンピック開幕

「金正恩氏の妹 訪韓を説得の機会に」
(2018年2月9日 朝日新聞社説)
「平昌五輪開幕 「北」の政治宣伝は許されない」
(2018年2月9日 読売新聞社説)
「平昌冬季五輪きょう開幕 国家間競争超えた祭典に」
(2018年2月9日 毎日新聞社説)
「政治色のない平和の祭典に」
(2018年2月9日 日本経済新聞社説)
「平昌五輪開幕 異形の大会に誰がしたか」
(2018年2月10日 産経新聞社説)
「平昌五輪開幕 汚れなき舞台であれ」
(2018年2月9日 東京新聞社説)


平昌五輪、始まりましたね。
日本は金メダルこそ厳しいものの、次々とメダルを獲得。自己ベストを更新する選手も多く、今後の日程でも生き生きと競技してほしいですね。


ちょっと前の記事になるが、開会式に先立って各社新聞が社説で報じている。まぁ、どの新聞も渋い論調。今回のオリンピックを「マル」と採点している新聞は皆無。
理由は大きく分けて、北朝鮮問題と、ロシアのドーピング失格問題がある。

北朝鮮の問題は、今回の会場が韓国であることを考えると、どのみち起きたであろう必然的な問題だろう。現実問題として北朝鮮は、全包囲網を敷かれている現在の制裁状況で、使えるカードが無い。だから必死で、使えるものは何でも使う。同民族の隣国でオリンピック開催などというイベントがあれば、陰に日向に首を突っ込んでくるであろうことは目に見えている。

逆に言えば、今回の北朝鮮参加騒動は、それだけ北朝鮮が追いつめられて必死になっていることの左証だろう。北朝鮮に余裕があって、経済制裁など屁のようなものであれば、毅然としてオリンピックをボイコットしているはずだ。それを「合同チーム」などという不可思議な形態であっても参加することに拘泥しているということは、オリンピックを通して国際社会に「存在」をアピールせざるを得ない状況に追い込まれている、ということだ。開会式に序列ナンバー2、金正恩の実妹の金与正 を派遣したところからも、その焦りが見て取れる。

産経新聞をはじめ、ほとんどの新聞では今回の北朝鮮のオリンピック外交を「けしからん」という論調で報じ、それを助長する韓国の文在寅大統領の方針を批判している。しかし、前述のような北朝鮮の追い込まれっぷりを見れば、オリンピックをはずれて「いままでの対北朝鮮制裁は確実に効いている」ということが見て取れる。

オリンピックでの政治的活動は禁じられている。しかし今回のオリンピックに関しては、IOCのバッハ会長、開催国大統領の文在寅の二大巨頭が、進んでオリンピックを政治利用しているのだ。けしからんことをしている輩に対して「けしからんことをするな」と叱っても、意味がない。むしろ、「こいつらはこんなにけしからんことをやった」という事実を、今後のオリンピックの歴史に未来永劫残すことのほうが必要だろう。


もうひとつの問題、ロシアのドーピングによる参加禁止については、どの新聞もあまり効果的な批判を載せていない。けしからんことに対して「けしからんですね」と言うだけの、小学生でも書けるような内容に終止している。

ロシアのオリンピック委員会は、大会が開催された現在になっても尚、正式な事実公表や再発防止策をIOCに表明していない。このままロシア側がだんまりを決め込めば、2020年の東京オリンピックにも参加禁止措置が適用される。

単純に考えれば、ロシア側は意図的に声明を発していないのではなく、「出したくても出せない状態」なのだと思う。オリンピック参加禁止という重いペナルティーを課されて、現行のオリンピック委員会の人事が大混乱に陥っている。責任者が更迭され、利権を貪っていた既得権益の亡者狩りが行われ、誰が責任者となって誰がロシアのアスリート達のリーダーになっていくのか、まったくの空白状態になっているのだろう。

僕が今回のロシア問題で何か提言をするとしたら、このような混乱に陥ったロシアの状況をどうやって収拾するか、だろう。ロシア側の現状を見ると、明らかにロシアは自国内で今回の混乱を収拾する能力がない。すると外部からロシア・オリンピック委員会を再建するための助力が必要となる。
それを行えるのはIOCしかないだろう。バッハ会長は、北朝鮮の参加でご満悦になっている場合ではない。どの新聞もそのことを指摘していないが、崩壊したロシア・オリンピック委員会の再建に何らかの責任を負う立場として、その手腕が問われている状態だと思う。


まぁ、今回の社説はどの新聞も凡庸だが、ひとつ東京新聞が面白いことを言っている。
韓国で行われた前回の1988年のソウルオリンピックは、「東西の融和」が売りだった。モスクワでは西側諸国がボイコット、ロサンゼルスでは報復として東側諸国がボイコット。アメリカとソ連という二大勢力が奇しくも開催国となり、オリンピックに政治的圧力を持ち込んだ。ソウルオリンピックは、そういう冷戦下の政治的応酬に終止符を打つオリンピックとして位置づけられていた。

一方、ソウルでは物騒な問題も発生した。一番の衝撃は、陸上男子100Mのベン・ジョンソンのドーピング失格だろう。また、2大会ぶりに参加した東欧諸国の女子選手がことごとくインタビューを拒否し、「政治的なしこりが残っているのか」と話題になった。現在では、当時の東欧諸国の選手はほとんどがドーピングに染まっており、女子選手は大量の男性ホルモンを投与されていたため、声を出すとその低さで薬物投与がバレてしまうから、という理由が明らかになっている。旧ソ連(現ロシア)が主導し、メダル獲得を国威発揚に利用するため、東欧諸国のドーピング汚染は各競技に広まっていた。

北朝鮮も騒いでいた。隣国・韓国がオリンピック開催という存在感を国際社会に示すことを妬み、テロ行為を繰り返して妨害した。大韓航空機爆破事件はそういう妨害行為のひとつだ。現在とは北朝鮮をとりまく環境は異なるが、韓国が国際的に認められるとそれを妨害する、という図式は変わっていない。

ソウルオリンピックの30年前と、今回の平昌オリンピックでは、起きている問題が何も変わっていない。「オリンピックの政治利用」「ドーピング」「北朝鮮問題」「ロシア問題」という、ソウルオリンピックではじめて明るみに出たオリンピックの諸問題が、平昌でもそのまま残っている。 同じ韓国開催のオリンピックで、これらの問題が発生し、それがいまだに残っているのは、なんとなく皮肉なものだ。

東京新聞の社説が面白いのは、「今回の問題は、平昌だから起きたことなのか」という視点が入っていることだ。今回のオリンピックの諸問題を、北朝鮮が絡む政治問題を根拠にして「やっぱり韓国はオリンピック開催国としてふさわしくない」と批判することは簡単だ。しかし、現在オリンピックをとりまく問題は、はたして韓国だから、平昌だから起きたことなのか。

これらの例を挙げるだけでも、現在の五輪が曲がり角にきていることは明らかだ。韓国で五輪が開催されるのは三十年前のソウル夏季大会以来。前回は冷戦下で三大会ぶりに東西両陣営が顔をそろえた緊張感の中、陸上男子百メートルで世界記録を出したベン・ジョンソン(カナダ)のドーピング発覚に世界中が揺れた。 

今回は北朝鮮が参加表明し、女子アイスホッケーでは韓国との合同チームを急きょ結成した。選手の気持ちを考えればスポーツの政治介入に反対する声が出るのは当然だが、両国が緊張緩和に向けて前進するかにも関心が集まる。 

あれから五輪は何が変わり、何を変えていかなければならないのか、東京での夏季五輪を二年後に控えた今大会で問いただしたい。
(東京新聞社説) 


各社の社説のなかで、東京新聞だけ「オリンピック全体のあり方を見直す時期なのではないか」という意見を載せている。今回の社説ではどこも言及していないが、アジアで開催されるオリンピックの問題点として、競技時間が早朝や深夜などの不自然な時間に設定されるという問題がある。アメリカやヨーロッパの放送時間に合わせるためだ。そういう事態になっているのは、オリンピックが高度に商業化し、莫大な放送権料がないとオリンピック運営が成り立たなくなっているという現状がある。

今となっては、その懸念が現実のものとなったことが分かっている。女子スノーボード・ハーフパイプでは強風・吹雪の悪天候の中でも運営委員が競技続行を強行し、多くの選手が転倒し負傷した。実績のある実力選手がことごとく失敗し、「本当に実力が反映される競技環境だったのか」という批判が起きている。

運営委員が競技を強行したのは、「アメリカ、ヨーロッパの放送時間中に競技をしなければならないから」という、構造的な問題だ。カネを出してくれている国々の都合がすべて、選手の都合はどうでもいい。そういうオリンピックのあり方が、今回を含めて3大会も続く。東京オリンピックでも同様の問題が起きるだろう。真夏のオリンピックで、灼熱の昼間に競技を強行するような愚を犯しかねない。

問題が発生したときには、それが「当該の個別事象のみで起きたことなのか」と「そもそも全体の問題なのか」を見極める必要がある。僕が見る限り、今回のIOCバッハ会長、韓国の文在寅大統領のオリンピック政治利用は、ともに「オリンピックが商業的に巨大化した」という影響力が背景にあると思う。問題が発生し、それを解決したいと願うのであれば、まず問題の出所を正確につかむことから始めないことには話になるまい。



メダルを穫るよりも、自己ベストを出してほしい。
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記名記事である辺りが受けて立つ気満々。

「政治家の言論 その荒廃ぶりを憂える」
(2017年11月18日 朝日新聞社説)

政治は言葉だ、といわれる。みずからの理念を人の心にどう響かせるか。それが問われる政治の営みが、すさんでいる。

加計学園の獣医学部問題を審議した衆院文部科学委員会で、聞くに堪えぬ発言があった。他の政党の議員3人を名指しし、日本維新の会の足立康史氏が「犯罪者だと思っています」と述べた。相応の論拠を示さないままの中傷である。各党から抗議されると「陳謝し撤回したい」とすぐに応じた。その軽薄さに驚く。言論の府を何だと思っているのか。

憲法は議員の国会内での言動に免責特権を認めている。多様な考えをもつ議員の自由な言論を保障するためだ。低劣な罵(ののし)りを許容するためではない。これまでも、他党に対し「アホ」「ふざけるなよ、お前ら」などと繰り返し、懲罰動議を受けてきた人物である。

一向に改めないのは、黙認する雰囲気が国会内にあるからではないか。同じ委員会で、朝日新聞への批判もした。「総理のご意向」などと記された文部科学省の文書を報じた記事について「捏造だ」と決めつけた。自身のツイッターでは、「朝日新聞、死ね」と書いている。

加計問題の報道は確かな取材に基づくものだ。記事や社説などへの意見や批判は、もちろん真摯に受け止める。だが、「死ね」という言葉には、感情的な敵意のほかにくみ取るものはない。昨年、「保育園落ちた日本死ね!!!」の言葉が注目されたが、それは政策に不満を抱える市民の表現だ。国会議員の活動での言動は同列にできない。

政治家による暴言・失言のたぐいは、以前からあった。最近は、政権中枢や政党幹部らからの、とげとげしい言葉が増えている。政権与党が、論を交わす主舞台である国会を軽んじる風潮も一因だろう。昨年は首相周辺が野党の国会対応を「田舎のプロレス」「ある意味、茶番だ」と切り捨てた。国会に限らず、政治の言葉が、異論をとなえる者を打ち負かすだけの道具にされている。

安倍首相は7月の東京都議選で、演説にヤジを飛ばした人々に「こんな人たちに負けるわけにはいかない」と叫んだ。「犯罪者」「死ね」「こんな人たち」。国策に重責を担う政治家が論争の相手を突き放し、対立と分断をあおる。そんな粗雑な言動の先にあるのは政治の荒廃であり、それに翻弄される国民である。




「死ね」を憂える荒廃した社説
(2017年11月17日 産経新聞)

18日付の朝日新聞社説「政治家の言論 その荒廃ぶりを憂える」を読んで思わず噴き出してしまった

「朝日新聞、死ね」とツイッターに書き込んだ日本維新の会の足立康史衆院議員を「根拠を示さないままの中傷」「その軽薄さに驚く」「低劣な罵り」などと、実に荒廃した表現で罵倒していたからだ。

では、昨年の流行語大賞に選ばれた「保育園落ちた日本死ね!!!」はどうなのか。こちらは「政策に不満を抱える市民の表現」であり、国会議員と同列にはできないそうだ。

果たしてそうか。「日本死ね」は民進党政調会長だった山尾志桜里衆院議員(現無所属)が国会で取り上げ、注目を浴びた。山尾氏は流行語大賞授賞式にも出席している。これを称賛したのはどこの新聞社だったか

こういうのをダブルスタンダードと言うのではないか。足立氏はさぞにんまりしていることだろう。
(編集局次長兼政治部長 石橋文登)




トムとジェリー。

第48回衆議院選挙

「政権継続という審判 多様な民意に目を向けよ」
(2017年10月23日 朝日新聞社説)
「衆院選自民大勝 信任踏まえて政策課題進めよ」
(2017年10月23日 読売新聞社説)
「日本の岐路 「安倍1強」継続 おごらず、国民のために」
(2017年10月23日 毎日新聞社説)
「安倍政権を全面承認したのではない 」
(2017年10月23日 日本経済新聞社説)
「自公大勝 国難克服への強い支持だ 首相は北対応に全力挙げよ」
(2017年10月23日 産経新聞社説)
「安倍政権が継続 首相は謙虚に、丁寧に」
(2017年10月23日 東京新聞社説)


第48回衆院選を受けての各社の社説。
非常にしらけた衆議院選挙だった。対決の構造すら明白ではなく、「政策」よりも「政局」に明け暮れた野党の迷走が目立つ。政局の保持に奔走した挙句、自身の主張が正反対になる本末転倒な候補者も多かった。こんな候補者ばかりが野党では政権奪取どころか現状維持も危うい。はっきりいって今回の選挙は、野党の自滅だろう。

今回の選挙がもうひとつ異様だったことは、マスコミ各社の報道のしかただ。特に朝日新聞、毎日新聞などの左派系の新聞社は、はじめから「ストップ安倍政権ありき」の偏向報道に終止した。迷走し趣旨が一貫しない野党をやたらと褒めちぎり、「世論は安倍政権不信で一色」という報道を繰り返した。

実際に蓋を開けてみたら、自民・公明の圧勝。公明党と合わせて311議席を獲得し、憲法改正の国会発議に必要な3分の2(310議席)を上回った。これにより、与党は単独で憲法改正が可能となった。
普通に考えれば、「世論が安倍政権不信で一色」という事前の報道は、嘘だったことになる。そういう与党批判の報道は、事実を反映した報道ではなく、新聞社がでっちあげた「あるべき姿」に読者を煽動しようとした姑息な試みと断じてよかろう。

与党の大勝という結果を受けてなお、朝日と毎日は自分たちの報道が間違っていたことを認めていない。「選挙の結果は大勝だが、それは有権者に支持されたという意味ではない」という謎理論を展開している。

選挙結果と、選挙戦さなかの世論調査に表れた民意には大きなズレがある。本紙の直近の世論調査によると、「安倍さんに今後も首相を続けてほしい」は34%、「そうは思わない」は51%。

国会で自民党だけが強い勢力を持つ状況が「よくない」が73%、「よい」は15%。

「今後も自民党中心の政権が続くのがよい」は37%、「自民党以外の政党による政権に代わるのがよい」は36%。
(朝日社説)

 衆院選中に実施した毎日新聞の世論調査では、選挙後も安倍首相が首相を続けることに「よいとは思わない」との回答は47%で、「よいと思う」の37%を上回った。
(毎日社説)


単純に考えれば、手前の新聞社で行った世論調査なるものと、実際の選挙の結果が違うのであれば、世論調査の方法に間違いがあったと考えるのが普通だろう。「世論調査」と簡単に言うが、その母集団はどういう選別によるものだったのか。「ストップ安倍政権」の民意を捏造すべく、そういう意見をもつ母集団に対して調査をしたのであれば、それは世論調査でもなんでもない。単なる情報操作だ。

選挙でこれだけ圧勝していながら「民意を反映しているわけではない」というのであれば、いったい何をもって「民意を問う」と言えるのだろうか。
選挙というのは、国民の民意を問うために行うものだ。その結果から目を背け、「国民の真意は別にある」というのであれば、それは民主主義の大前提そのものを全否定する姿勢だろう。朝日と毎日の記事からは、そもそも最初から事実を報道するつもりなどさらさらなく、「なんとしても安倍政権を葬らなければならない」というイデオロギオーが先に立ち、そのためなら情報操作だろうと民意捏造だろうと何をしようと構わない、という歪んだ正義感が透けて見える。

今回の選挙で、野党は明確な政策をもたないまま選挙戦に突入した。あれだけ離散集合を繰り返し、身の振り方に汲々としていた野党候補者には、練られた政策を準備する暇はなかっただろう。希望の党、立憲民主党、共産党、そろいもそろって選挙演説では「打倒・安倍政権」だけをひたすら叫び続けるだけに終止し、自分たちが政権をとった際に実施する政策については何も言わなかった。対立候補の悪口を言い続けるだけの選挙戦で勝てるわけがない。

どうしてそんな事態になってしまったのか。今回の社説の中でそれを最も端的に指摘しているのは、日本経済新聞だろう。日経は、今回の選挙の諸悪の根源を「前原誠司と小池百合子だ」と名指しで批判している。

いちばんの責任は民進党の前原誠司代表にある。いくら党の支持率が低迷していたとはいえ、衆院解散の当日という土壇場になって、野党第1党ができたてほやほやの新党「希望の党」に合流を決めたのは、あまりにも奇策だった。有権者に「選挙目当て」とすぐに見透かされ、7月の都議選に続くブームを当て込んで希望の党になだれ込んだ候補者はいずれも苦戦を余儀なくされた。
(日経社説)

希望の党を立ち上げた小池百合子代表の振る舞いもよくわからなかった。「排除」という物言いが盛んにやり玉にあげられたが、政策を同じくする同志を集めようとするのは当然であり、そのことは批判しない。
しかし、分身的存在だった若狭勝氏らが進めていた新党づくりを「私がリセットします」と大見えを切ったのに、自らは出馬しなかった。これでは政権選択にならない。都知事選と都議選の連勝によって、自身の影響力を過大評価していたのではないか
(同)


すべての原因は、小池百合子が自分の人気の効果を見誤ったことだろう。小池百合子は、都知事選、都議会議員選での連勝に気をよくして、有権者からの人気に酔っていた。おそらくその先に描いていた野望は「日本初の女性総理大臣」だっただろう。都知事を踏み台にして、国政選挙の政党を旗揚げしてその代表となる、という奇異な行動は、そう考えないと説明がつかない。

今回、小池百合子本人は出馬していないが、一方で希望の党は首班指名を行っていない。つまり今回の選挙で、仮に希望の党が第一党となり与党となったとしても、誰が総理大臣になるのか決まっていない状態だった。
自然な流れとしては、党代表の小池百合子が首相となる。しかし、それを選挙戦の段階で明らかにしてしまうと、あまりにもあざとい。都知事が単なる踏み台であったことが露骨すぎる。希望の党が首班指名をしなかったのは、単なる選挙戦術に過ぎず、そしてその本意は有権者にバレバレだった。

結局、希望の党の選挙戦術は「小池百合子人気」だけだったと言ってよい。どれだけ自分の人気に自信があったのか知らないが、その人気にあやかって尻馬に乗るのがいた。それが旧民進党代表の前原誠司だ。
前原は、旧民進党が単独で自民党と互角に渡り合えないことを自覚していたのだろう。だからどうする、という戦略として、小池百合子にすり寄った。都知事選、都議会議員選を爆勝した小池人気を利用すれば、安倍政権を蹴落とせる、という計算だったのだろう。

ところが、小池百合子の将来的な目論みは「自身が総理大臣になること」なもんだから、与党となった時の組閣に不要な人間は入れたくない。そこで「白紙のままの党要項に同意のサインをさせる」という無茶な踏み絵を行った。あまつさえ、「党の方針に沿わない候補者は『排除』する」という強い言葉で、土下座している旧民進党議員の頭を踏みつけた。それに反発するどころか、前原誠司以下、もともと民進党と異なる政策を強要されても、進んで小池百合子の靴を舐める議員が続出した。

この強権的な態度が、旧民進党のうち気骨のある議員の反感を買った。小池百合子に「排除」された旧民進党の残党は、「そんな政党の駒になるつもりはない」と反旗を翻し、新党として枝野幸男が代表となり立憲民主党を立ち上げた。
はじめと終わりだけを見ていると、枝野幸男のやっていることは「民進党から立憲民進党に、看板を付け替えただけ」に過ぎない。しかし、その看板を付け替えざるを得ない原因を作ったのは、前原誠司なのだ。枝野幸男のやったことは「党代表が狂ったことをしでかしたから、代表を見限って、自分たちで動いた」というだけにすぎず、筋は通っている。政策の内容に関しても、立憲民主党は民進党時代から掲げていることと一貫している。

枝野自身に非はないが、こうした野党の迷走は、結果として「野党同士のつぶし合い」という状況を生み出した。今回の選挙結果では、立憲民進党は54議席を獲得した。これは公示前の前職候補の3倍近い議席で、一気に第一野党の座に躍り出た。
しかし、この大量議席の獲得は、与党の議席を奪ったものではない。希望の党は、小池百合子の自信過剰が災いして48議席。これは公示前の57議席からかなり減っている。また共産党も、公示前の21議席から12議席に半減した。

つまり立憲民進党の得票は、「他の野党から奪ったもの」なのだ。いちばん割を食らったのは共産党だろう。共産党は別に政局の紆余曲折にも左右されていなかったし、政策の主張も終始一貫して支離滅裂だった。しかし、立憲民進党という「判官贔屓」に票が流れ、議席を減らす羽目になった。
安倍政権に批判的な有権者にとっては、別に共産党であろうと立憲民主党であろうと、どちらでもよかったのだろう。その中で、たまたま混乱の中でも筋を通して男を上げた枝野新党に票が集まったに過ぎない。

つまり今回の選挙で、立憲民進党の大量議席獲得をもって「安倍政権にノーが突きつけられた」というのは、ちょっと違う。正しくは「安倍政権にノーと言うための勢力として、他の野党にノーが突きつけられた」と言ったほうが正しい。

自民党は公示前勢力の290にやや足りない282議席だったが、今回は衆議院の定数そのものが減少しているので、ほぼ横ばいと言ってよい。公明党と合わせて311議席を穫り、3分の2をとれたのは大勝と言えるだろう。
つまり、国民は自民党に「ノー」を突きつけなかった。正確には「前はイエスだったけど今回からノー」という有権者は少なかった。自民党の支持者は「大して変わっていない」という結果だ。
新聞社が、立憲民進党の躍進を根拠に「自民党は全面承認されたわけではない」と言っているのであれば、結果は合っているかもしれないが、根拠が間違っている。

実際のところ、今回の自民党が勝ったのは、野党の自滅のおかげであって、もっと野党がしっかりしていれば自民党は惨敗していた可能性もあっただろう。選挙後の取材で小泉進次郎もそう言っている。
その薄氷の加減は、「国民が安倍政権に嫌気がさしている」という意味だけではなく、有権者は何を根拠に投票するのか、という有権者意識の反映だろう。

今回の選挙選で、マスコミ各社はやたらと「小池百合子を支持する有権者の声」なるものを取り上げた。中には「小池百合子に総理大臣をやってもらったらいいと思う」などと言うおばちゃんもいた。
しかし実際のところ、今回の選挙を通して、小池百合子に評価できることなど何もない。ではどうして視聴者はそういう小池支持に至るのか。

要するに、有権者は真面目に政策を検討しているわけではないのだ。なんとなく「この人よさそう」という「印象」だけで投票する。だから、その「印象」が崩れてしまったら、あっという間に得票数が減る。今回の小池百合子の失態は、そういう無責任な有権者意識を如実に反映しているだろう。
そもそも小池百合子の選挙戦術が、そういう無責任な有権者意識に乗っかり、印象と好感度だけで新党に票を呼び込もうとしたイメージ戦術だった。都議会程度の選挙であればそれでなんとかなったのかもしれないが、国政選挙となると政策と基盤がしっかりしてなければ太刀打ちできない。

前回の都議会議員選で「都民ファーストの会」が圧勝した理由も、別に有権者がその政策に賛同したからではあるまい。「小池百合子だから」というのが大半の理由だろう。なんとなくよさそう。いま旬でテレビにたくさん出てるから。そんな無責任な理由で投票したのであれば、その結果として惨憺たる政治が履行されても、文句は言えない。

今回の選挙で、小池百合子の求心力は低下を免れないだろう。2020年7月の都知事選まで人気を貯金し、東京オリンピック直前に国政に鞍替えして、オリンピック実施時には総理大臣になる、という青写真だっただろうが、その出だしですでに大きくつまづいた。都政を自身の人気向上に利用し、「都民ファースト」どころか都政をないがしろにして国政選挙に色気を出す都知事の行く末は、いったいどうなるのだろうか。

今回の選挙を、こうした「野党の自滅」として敗因を求める社説を載せたところで、何にもならない。今回の新聞各社で、最も自民党に厳しい論調を並べているのは、意外なことに保守系の産経新聞だ。産経新聞の社説は、野党の迷走についてはあまり紙面を割かず、与党がこれから取り組むべき「政策」をひとつひとつ採点している。

政権基盤を固め直した安倍首相は、自ら掲げた路線の具体化を急がなければならない。その最たるものが、北朝鮮問題である。選挙期間中に懸念された挑発はなかった。だが、北朝鮮は最近の声明で、米原子力空母への「奇襲攻撃」まで叫んでいる。核・ミサイル戦力を放棄する気はさらさらない。首相や与党は、対北圧力の強化という外交努力を選挙戦で訴えた。それにとどまらず、万が一、有事になったとしても、国民を守り抜く備えを、急ぎ固めておかなければならない。
(産経社説)

戦後の平和と安全を保ってきたのは、自衛隊と日米同盟の存在である。憲法9条は自衛隊の手足をしばり、国民を守る手立てを妨げることに作用してきた。安全保障の根本には、国民自身の防衛への決意がなければならない。その有力な方法は国民投票によって憲法を改め、自衛隊の存在を明記することだ。抑止力の向上に資するものであり、自民党はさらに国民に強く説くべきだ。
(同)

もう一つの国難である少子高齢化についても、対策は待ったなしの状況に追い込まれている。求められるのは、人口が減少する一方、社会の年齢構成が極端に高齢者へと偏ることへの対応だ。選挙戦で、自民、公明両党は教育や保育の無償化などを強調するばかりで、社会の仕組みをどう作り替えていくのか、全体像を描き切れなかった。全世代型の社会保障制度を構築するというのも、単なる子供向け予算の加算では許されない。既存制度の無駄を徹底して排すことが求められる。社会保障・税一体改革の再構築を含むグランドデザインを急ぎ描いてほしい。
(同)


どれも、自民党政権にとっては頭の痛い「宿題」だろう。野党にとっては、何十回と審議を重ねてもひとつの証拠も出せない森友・加計問題なんかより、こういう「正道」の政策議論によって与党を潰すほうが近道だと思う。野党が揃いも揃ってそういう政策議論に踏み込まないのは、なんのことはない、自分たちに真っ当な政策の代案がないからだ。

そして何よりも、有権者のほうが、そういう政策議論に無関心だからだろう。そういう無責任な有権者意識が、浮動票の行方が簡単に変わる原因に他ならない。「判断」ではなく「印象」で投票する人が多いうちは、第二、第三の小池百合子が出没し続けるだろう。



まぁ与党になっても馬脚を現すだけだったろうし
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問題に対する問題

野党は「希望の党」結集で何を目指すのか
(2017年9月29日 日本経済新聞社説)
日本の岐路 希望と民進の協議 「反安倍」の中身が重要だ
(2017年9月30日 毎日新聞社説)


今回の解散総選挙を見据えての騒動については各紙が社説を並べているが、その中でも比較の対象として2紙だけを選んでみた。
通常であれば、日経と毎日の社説は比較にならない。しかし今回は珍しく、毎日の圧勝。日経相手に金星を挙げたと言ってよい。

今回の解散総選挙に関する報道では、まず小池百合子の新党結成を批判的に見る社説が多い。「都民ファースト」なる地域政党を作って都議会議員選を勝ち抜いておきながら、選挙が終わるとあっさり党首を投げ出す。これでは「選挙のための政党」と批判されても仕方がない。都民ファーストどころか、都政を踏み台にしている。

そんな「政党の使い捨て」をした小池都知事が、「希望の党」なる新政党を発足させた。選挙が終わったあとで新党がどうなるか、すでに目に見えているだろう。しかも都知事でありながら国政選挙の党首となる矛盾、しかも本人は出馬しない意向、となれば「いったい何をしたい政党なのか」と問われるのも当然だろう。

しかもややこしいことに、その「希望の党」の尻馬に民進党が乗っかった。要するに世評が激落ちして離党者が続出し、選挙を戦えるほどの体制が整えられない民進党が、窮余の策として小池人気にあやかろうという魂胆だろう。

各紙の社説はこの流れを批判的に報じているが、視点が少しずつ違う。小池都知事のふらついている方針、新党結成の目的と意義、民進党の選挙戦術など、それぞれ批判の対象にずれがある。その中でも多い書き方が、「野党が新党に結合すること」に対する批判だ。

日経の社説が悪いわけではない。まぁ、平均点はとれるくらいの社説だろう。日経は野党連合について、正論で批判している。

長く野党第1党として国政に臨み、旧民主党時代に政権運営を経験した党が突然、方針を変えたことに驚く有権者が多いのではないか。しかも希望の党への参加の条件はこれから詰めるのだという。新党に移った方が選挙で有利という打算が透けて見える

初陣でいきなり野党の中核を担う方向となった希望の党の選挙準備はこれからだ。「政治をリセットする」「しがらみのない政治」というキャッチフレーズだけでなく、具体性のある総合的な政策を早くまとめてもらいたい
(日経社説)

衆院選で政権交代をめざす以上は、成長と財政健全化の両立や社会保障制度の将来像、安全保障や憲法問題などでの説得力のある具体策を示す責任がある。小池氏が国政の活動と都政をどう両立していくつもりなのかも現状ではよく分からない。

エネルギー政策では「2030年までの原発ゼロに向けた工程表づくり」を柱に据えた。代替電力の見通しやコスト増など経済への悪影響をどう抑えていくのかという戦略を詳しく聞きたい。
(日経社説)


要するに日経の書き方は、よく分からない不明瞭なことに対して、そのまんま「よく分からない」と疑問を呈する書き方になっている。上で引用した日経の問題提起は確かに新党結成から野党連合までの根本的な疑問であり、それをごまかそうとして選挙戦術を組立てる野党の姿勢は批判の対象になる。

しかし日経の社説は、なんと言うかこう、「正直に打ち返し過ぎ」なのだ。棒球をフルスイングで打ち返すような、そのまんまの書き方だ。日経の指摘が間違っているわけではない。正しい。正しいが、「正しいだけ」という印象が否めない。

具体的に言うと、日経の社説は、批判される側が「身構えている箇所」なのだ。民進党だって小池百合子だって、「野党連合の方針が不明瞭」と批判されることくらい、百も承知だろう。選挙を通じて、そのへんの辻褄を合わせるため、実態のないキャッチフレーズをふわふわとまき散らすことくらい、用意に想像できる。
日経の社説は、批判された側が「やはりそう来たか」と予測可能な範疇の批判に過ぎない。防御を固めているところをいくら強く殴っても、それほどダメージにはつながらない。


一方、毎日の社説は、「そもそも民進党はいつもそんなことばかり繰り返している」という、過去の事例から今回の事態を捉えている。現在起きていることだけでなく、時制軸をずらし温故知新の姿勢で批判を展開している。

忘れてならないのは1996年の旧民主党結成以来、保守勢力を取り込んで政権交代を果たしながら失敗に終わった約20年間の経験だ。さきがけ(当時)を離党して旧民主党を主導し、後に首相となった鳩山由紀夫氏は、さきがけと社民党による既成政党同士の丸ごと合併を否定して個々が判断する形を取った。

だが結果的には社民党から多くが参加し、当初から憲法や安全保障の考え方の違いが懸念されていたのは事実だ。結局、その後も「政権交代」が唯一の一致した目標だったと言っていいだろう。理念・政策の違いによる内紛は最後まで続いた。
(毎日社説)

今回も「反安倍政権」だけが結集軸になっている印象は否めない。民進党の失敗を繰り返さないためには、それだけでは済まない。公認はやはり無原則ではいけない。

「反安倍」と言っても、首相の強権的手法に反対なのか、理念や政策に反対なのか。「寛容な改革保守」をアピールする希望の党も必ずしも整理はついていない。
(毎日社説)


民進党は、旧民主党の時にも今と同じようなことをしている。民主党、さきがけ、社民党という全く政策意見の違う党がよせ集まって、「政権交代」だけが唯一の軸となる野合となった。実際に政権交代を実現した後は、中心となる軸がなくなり、民主党政権は散り散りとなった。

現在でも、野党の合い言葉は「アベ政治を許さない」だ。アベ政治を終わらせることだけが目的で、アベ政治が終わってしまえば何も残らない。そのあと、どのように国を運営していくかの話が全くない。旧体制の破壊だけを目的とする革命勢力が政治的に無能なのは、世界史上の法則だ。

毎日の社説が日経よりも優れている点は、さらに一段掘り下げた問いの答えになっているからだ。日経は新党の野合について「これはどうなの?」「これについてはどうするの?」と疑義を呈する形で問題提起をしているが、それについて新党は明確な答えを持ってはいまい。答えがないからごまかすしかない状況だ。

一方、毎日の社説は、そこから一段切り込んで「なぜ答えがない状況になってるの?」という問いにつながっており、かつそれに実例を踏まえて答えている。民進党は選挙のたびに政党の看板を掛け替え、政策が一致しない野党とでも節操なく連合を組んできた。それは民進党の基本方針が「妥当な政策を施策する」ことではなく、「与党を倒す」ことだけだからだ。選挙に勝つことだけが目的だから、政策が一致していなくても平気で連合を組む。選挙が終わった後のことは知らん。その基本姿勢は、過去の事例が示している。

民進党は旧民主党の時代から、朝鮮総連の支持を受けており、中国との関係も深い。2009年には小沢一郎民主党幹事長を名誉団長として、民主党議員143名を含む合計483名で訪中団を組織し、中国を訪問している。当時の様子を香港の衛星放送(鳳凰衛視)は「朝貢団か?」と報じている。

安倍首相は、テロ対策特別措置法や集団的自衛権に関する法案を立て続けに通し、憲法九条を含む憲法改正を目論んでいる。中国・朝鮮半島の利権を反映している民進党にとっては、そりゃ「なんとしても倒さねばならない相手」だろう。「アベ政治を許せない」という左派系市民団体の叫びは、日本に対する武力的恫喝が効かなくなることを危惧する中韓の悲痛な叫びと見てよい。

そもそも民進党は「アベ政治を終わらせさえすれば、後はどうでもいい」という方針なので、党の政策も運営方針もあったものではない。はっきりとは言ってはいないが、「そんなものありませんが、何か?」という姿勢なのだろう。民進党の基本原理がそのようなものである以上、民進党の言動に整合性を求めるのはお門違いだろう。


社説では、表層に見える問題点を丁寧に明らかにすることも必要だが、そもそも答えの出ない問題を考えるときには、「なぜ答えが出ない状況になっているのか」というメタ問題を提起しなくてはならない。世の中には、正論で考えても答えが出ない問題のほうが多い。そういう問題を考えるときには、一段掘り進んだ視点で問題を捉え直す思考が必要だろう。



やればできる子。
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どうしたんだ朝日新聞。

衆院選 小池新党 何をめざす党なのか
(2017年9月28日 朝日新聞社説)

小池百合子・東京都知事が新党「希望の党」を立ち上げた。7月の都議選で地域政党「都民ファーストの会」を圧勝に導いた小池氏が代表に就き、今度は国政選挙で政権批判票を吸い寄せることを狙う。今のところ小池氏の人気先行の「小池新党」の様相だが、衆院選への参入は既成政党の側に波紋を広げずにはおかない。

自民、公明の与党は警戒感を強める。一方、新党への離党者がやまない民進党では、新党との合流を模索する前原誠司代表らの動きが続いた。だがその影響力の大きさとは裏腹に、新党には分からないことが多すぎる。最大の問題は、何をめざす政党なのか、肝心のそこが見えないことだ

「我が国を含め世界で深刻化する社会の分断を包摂する、寛容な改革保守政党を目指す」結党の記者会見で披露された綱領は冒頭、そううたう。経済格差や政治不信が既成政党にNOを突きつける。そんな先進国共通の潮流を意識したものだろうが、では「改革保守」とは何なのか

小池氏は「改革の精神のベースにあるのが、伝統や文化や日本の心を守っていく、そんな保守の精神」と語るが、得心のいく人がどれほどいるか。「しがらみ政治からの脱却」「日本をリセット」「身を切る改革」。小池氏らが訴える言葉は、これまで生まれた多くの新党のものと似ている。

基本政策をめぐっても、説明が足りない。消費増税について、小池氏は「『実感が伴わない景気回復』を解決しなければ水を差す恐れがある」と引き上げには否定的だ。「原発ゼロ」の主張とあわせ、安倍政権との違いを打ち出したい狙いが鮮明だ。ならば将来の社会保障をどう支え、財政再建をどう果たすのか。原発廃止への具体的な道筋をどう描くのか。もっと踏み込んだ説明がなければ、単なる人気取りの主張でしかない

憲法改正については「議論を避けてはいけない。ただし、9条の一点だけに絞った議論でいいのか」という。安倍首相主導の改憲論議にどう臨むのか。

今回の衆院選は、おごりと緩みが見える「安倍1強」の5年間に対する審判である。小池氏は選挙後について「しがらみ政治の一員に入ったら、何の意味もない」というが、安倍政権の補完勢力になる可能性は本当にないのか。小池人気に頼り、キャッチフレーズを掲げるばかりでは、有権者への責任は果たせない




なんか変なものでも食べたのか。
ペンギン命
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バックナンバー長いよ。
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