たくろふのつぶやき

お出かけの時には保冷剤を持つのだ

Linguistics

間投助詞「や」

dokidoki



文末の「や」は、感動詞、間投助詞、係助詞がある。
感動詞は体言接続ではなく単独で使われるので、ここでは助詞。

間投助詞の用法は、詠嘆、呼応、列挙、切れ字。
係助詞の用法は、疑問、反語、応答。

この場合は間投助詞の詠嘆用法(〜だなぁ・〜なことよ)。
なんか据わりが悪く聞こえるのは、現代日本語文法からやや逸脱した古典文法を使っているせい。

助詞というのは本来、名詞につくものだが、この場合は用言連体形に接続している。
間投助詞「や」は、古典文法では用言連体形に普く接続していたが、現代日本語では、「や」のつく用言連体形はほぼ形容詞だけに限られる(「暑いや」「思い出せないや」など)。動詞・形容動詞に接続することはほとんどなくなった。
それが、この文が文語的に聞こえる理由。



一瞬「ん?」ってなったけど、ニュアンスは分かる。

構成素

構成素




最近は「にせたぬきじる」じゃないのか

完了の助動詞

なぜ古典文法の過去には、「き」「けり」のふたつの助動詞があるのか。


教科書的には、「き」は直接体験過去、「けり」は伝聞過去、ということになっているらしい。
「昔、男ありき」と言ったら、「昔、男がいた(そして私はそいつのことを知っている)」という意味で、「昔、男ありけり」と言ったら、「昔、男がいたそうだ(直接は知らんが)」という伝聞の意味になる。
『竹取物語』の出だしは「今は昔、竹取の翁といふ者ありけり」。これは「そういう爺さんがいたそうだ」という伝聞の意味になる。また『伊勢物語』ではほとんどの話が「むかし男ありけり」で始まっているが、これは直接体験ではなく伝聞の集成という体裁をとっているためだ。

「き」と「けり」の違いは、それだけではない。おおむね「けり」のほうが、余計な意味がついている。
古典の教科書には、「けり」は非体験過去だけでなく、やれ「伝来」だの「詠嘆」だの、プラスアルファの意味がついている。どうして「けり」だけ、こんな余計な意味がついているのか。

神代より 言い継ぎけらく 父母を 見れば貴く 妻子見れば かなしくめぐし うつせみの 世の理と かくさまに 言いけるものを ・・・
(万葉集 巻18 4106)


大意としては「神の時代から言い伝えられてきていることには、『父母を見ると尊く思われ、妻子を見ると切なく愛しく思われる。これが世の道理である』と、このように言い伝えられてきているのに・・・」くらいの意味だ。
ここで「けり」が、両方とも「・・・されてきている」と訳されている。これは単なる過去形ではなく、ヨーロッパ諸語で言うところの完了形に近い。これを古典文法や国文法では「伝来」と呼んでいる。

物思ふと 隠らひ居りて 今日見れば 春日の山は 色づきにけり
(万葉集 巻9 2199)


この「けり」は、俗に「詠嘆」と呼ばれている用法だ。「物思いをしてじっと引きこもっていて、今日見たら、春日山は紅葉で色づいていることだなぁ」などと訳す。
高校で古典文法を習うときには、過去の「けり」なのだから、「色づいていたそうだ」と訳したくなる。どういう時に過去で訳し、どういう時に詠嘆で訳すのか、一貫した説明を受けた覚えがない。

受験テクニック的には、「和歌の終わりに出てきたら詠嘆で訳せ」のように教えるらしい。しかし、それはたまたま和歌が内容的に詠嘆が多いというだけの十分性であり、必要性ではないだろう。もし和歌ではない普通の文で詠嘆の「けり」を使いたい場合、内容に齟齬は生じないのだろうか。

古語辞典を調べてみると、助動詞の「けり」と並んで、自動詞としての「けり(来り)」というのが載っている。これはカ変動詞「く(来)」の連用形「き」と、ラ変動詞「あり」の複合動詞「きあり」が縮まったものらしい。意味としては「来ている・やって来た」ほどの意味を表す。

この、「やって来た」という意味が、完了形の「いままでずっと・・・という状態だった」という意味に重なる。こういう、意味的にも音声的にも重なっている語彙がある場合、その大元は同一のものではないかと疑うのは自然だろう。
動詞「来り」の用例を調べると、万葉集の例文しか載っていない。「玉梓の 使ひのければ嬉しみと」(万葉集 3957)というのは、「都から使者がやって来たので、うれしくて」というほどの意味だ。ここでは「やって来る」というのは、空間概念の移動を表している。

空間概念と時間概念の語彙が「絡まる」のは、世界中の言語でよく見られる現象だ。「長い・短い」というのは時間にも距離にも使われる形容詞だし、「流れる」という移動動詞は時間の推移についても使われる。一種の比喩なのだろうが、時間と空間の語彙は、相互に干渉し合う関係にある。

すると、空間移動を表す「来り」が、時間概念としての完了形に転化したとしても不思議はない。勘では、その「転移」が起きたのは、奈良時代後期から平安時代にかけてのことだろう。平安以降に書かれた文章では、もともとの意味で「来り」が使われている文献が残っていない。

動詞のような内容語と、助動詞のような機能語では、内容語のほうが派生が早いだろう。すると、助動詞の「けり」は、もともと動詞の「来り」から分化して発生したと考えるほうが自然だ。
そして、その完了形としての意味だけが遊離して助動詞として語彙化されたとしたら、「けり」は過去という時制を表すのではなく、アスペクトを表す語彙だと思う。

よく混同されがちだが、「テンス(時制)」と「アスペクト(相)」は異なる。テンス(時制)というのは、語彙の形態変化として表出される時間概念のことだ。英語では、過去は形態的に-edで活用するので時制だが、未来は助動詞willを使い、動詞そのものが変化するわけではないので時制ではない。
一般的に、動詞の活用として「未来形」をもつ言語は非常に少ない。ラテン語は未来形をもつ数少ない言語なので、ラテン語から派生したロマンス系諸語はもともと未来形をもっていた。しかし現在ではそのほとんどが失われている。ゲルマン系言語はそもそも未来系がなく、ドイツ語も未来を表すときには助動詞werdenを使う。英語もゲルマン系言語なので、助動詞を使うという点では同じだ。

一方、アスペクトというのは、動詞の意味に含まれる時間幅のことだ。動詞によって、瞬間動作を表したり、継続動作や状態を表したり、その意味の「時間幅」は異なる。その差異は、助動詞などの付加的な語彙によって変更されることがある。
わかりやすいアスペクトは、進行形と完了形だろう。「走る」という継続動作は、助動詞をつけると「走っている」という進行形になったり、「走っていた」という完了形になったりする。

そう考えると、「来り」から派生した「けり」は、時制ではなくアスペクトであると考えた方がいいと思う。ある動作が、ずっと継続されて現在まで「伝わって来た」というニュアンスだろう。

鶏が鳴く 東の国に 古に ありけることと 今までに 絶えず言ひける
(万葉集 巻9 1807)


「鶏が鳴く」というのは、「東」にかかる枕詞。「それくらいわけのわからない国」というくらいの意味だ。昔の京都の感覚だと、東というのはそういう未開の土地なのだろう。「東国で昔あったことだと、現在まで途絶えずに言い伝えている」という意味になる。ここで、「言い伝えられている」というのが、伝わっている感を表すアスペクトになっている。

僕の勘だが、この「時間的に伝わってきている」というのが、空間概念にも影響しているのではあるまいか。つまり「伝聞」の意味は、ここかに由来しているのだと思う。「空間的に伝わってきている」→「人から伝えられている」→「〜だったそうだ」という伝聞過去の意味になったのではないか。

アスペクトを考えるときに大事なのは、境界線だ。動詞で表される行動やイベントが、どこから始まり、どこで終わるのか、という時間の境界線が重要になる。動詞によっては、その境界線をもたない動詞もある。
もし助動詞の「けり」が、複合動詞の「きあり」から派生したのだとしたら、アスペクトの重点は、「終点の境界線」にあるはずだ。なにせ「来た結果、ここに在る」という意味なのだから、結果状態に力点が置かれるだろう。

すると、「その結果、いまこういうことになっている」という状況認識の意味が加わるのではないか。状況の認識という意味が加わることによって、「そのことに今気づいた」という発見の意味になる。
俗に助動詞「けり」の詠嘆用法と呼ばれているものの正体は、この「発見」の意味にあるのではないか。「詠嘆」というのは結果論であって、より重要な意味は、その前段階の「そうだったのか、今気づいた」という「発見」のほうにあると思う。

先ほど引用した万葉集の「物思ふと 隠らひ居りて 今日見れば 春日の山は 色づきにけり」という歌は、「春日山は紅葉で色づいていたことだなぁ」ではなく、意味の重点は「紅葉で色づいているのか。いま気がついた」といったところではあるまいか。
そう考えると、助動詞の「けり」の意味は、「詠嘆」ではなく、「発見」とでもしたほうが、より正確な訳につながると思う。

この「過去から引っ張って来た状態から変化して、新しいことを発見する」という観点は、現代語にもその残滓がある。
よく物をなくして探し物をして、見つかったときに「あ、あった」などと言う。なぜここで過去形を使うのか。今その瞬間に「ある」のだから、文法的には「あ、ある」と言うのが適切なはずだ。

「あ、あった」と過去形を使う理由は、助動詞の「けり」が発見=詠嘆の意味をもつのと同じ理由だと思う。「いままで見つからなかった」という状態が、見つけたことによって変化し、「ある」という状態に変化する。そのときの「状態完了」が「発見」に転じた用法だろう。日本語には完了形がないが、この「あ、あった」というときの助動詞「た」は、過去というよりも完了形に近い意味をもつ用法だろう。「あった」を時制の「過去形」と考えれば謎になるが、もしこれがアスペクトの完了形と考えれば、「けり」が発見=詠嘆の意味をもつのと同じ理由と考えることができる。


もし、助動詞の「けり」が、動詞の「き+あり」から派生したのだとしたら、もうひとつ疑問がある。結果状態動詞の「あり」は、「来」以外の動詞と複合することはなかったのだろうか。

古文の教科書の助動詞活用表を見ると、ひとつ異様な接続をする助動詞がある。完了の「り」だ。
完了の助動詞は「つ」「ぬ」「たり」「り」の四つがある。「つ」「ぬ」「たり」の三つは、大雑把にすべての活用語の連用形につく。しかし「り」だけは特殊で、「サ変の未然形、四段の已然形」にくっつく、という特殊な接続をする。巷の高校生は、サー未、四ー已という語呂合わせで「さみしい『り』かちゃん」などと覚えるそうだ。

なぜ「り」だけがこんな面倒な接続をするのか。
この「り」は、「けり」と同じで、複合動詞の一部「あり」が縮まったものではないか。例えば四段活用接続の「咲けり」は、もともと「咲く+あり」で、これが縮まったのではないか。サ変接続の「せり」は、もともと「し+あり」だったのではないか。そして、もともとは動詞「あり」の一部であったものが、単独で遊離して「り」だけが助動詞として独立したと考えれば、説明がつく。

つまり、完了の助動詞は、「つ」「ぬ」「たり」の3つと、「り」は、出自が違う。「つ」「ぬ」「たり」は純粋な助動詞だったものだが、「り」だけは、もともと状態動詞「あり」の一部だったのではないか。
助動詞「けり」が「来+あり」由来だと考えれば、そのような変化が、動詞「来」だけに生じたと考えるのは、むしろ不自然だ。そういう複合は、他の動詞にも生じたと考えたほうがよい。そう考えると、「あり」が複合動詞としてくっついてから、助動詞として遊離した例として「り」を捉えると、サ変未然形・四段已然形という例外的な接続をすることの説明がつく。


これは単に僕が勝手に思っているだけのことだし、推測の域は出ない。この仮説を実証しようとしたら、実際に文献を調べてその妥当性を検証する作業が必要だ。しかし、仮説は別に真理の探求のためだけにあるのではない。こう考えれば、機械作業として覚えていた暗記の必要がなくなるのだ。古典文法なんて暗記教科の最たるものだと考えている高校生が多いだろうが、暗記というのは、もともと「思考」と「理解」を放棄した者の、罰だと思う。そんな頭の使い方はそりゃ面白くないだろうし、苦痛ですらあるだろう。しかし、自分の頭を使って「こういうことかな」と思いついたことは、いつでも頭の中で再生産できるので、覚えておく必要がない。
勉強というのは、こうやってやるべきものではあるまいか。



「きあり」だけに毒が抜けた気分だ。

意味の分からない言葉

僕は一応、言語学者ですので、日常使われている言葉で分からないものがあったら積極的に調べるようにしています。
そんな僕ですが、どうしても意味が分からなかった言葉がありまして。


「ポップでキッチュ」って、どういう意味?


昨日や今日の話じゃありません。僕が中高生の頃から使われている言葉なので、もうかれこれ20年ほど言葉の意味を追っていることになりますか。
僕が中高生の頃っていえばバブル景気の真っ最中ですので、その頃から使われている言葉ということになります。

この言葉を聞くのは、若年層の女の子の会話の中が多かったんですが、雑誌なんかでもよく見かける言葉です。
僕はこの言葉を耳にするたびに「それ、どういう意味?」と語義を訊いてみるのですが、誰一人としてその言葉を正確に定義できる女の子がいない、という謎の言葉です。「意味が分からないのに使う」という、言語的にとても不思議なことが起きています。
最近ではあまり口語でこの言葉を聞くことは少なくなりましたが、それでも雑誌媒体や週刊誌の広告などでたまに見かけます。

以来、女性諸氏(主に嫁)に聞き取り調査を継続し、自分なりになんとなく「こういう意味かな」という感じが掴めてきたような気がします。
合ってるか間違っているか分かりませんが。

まず「ポップ」ですが、これはどうやら「やたらに原色に近いカラフルさに溢れている」というくらいの意味らしいです。だから範疇としては「視覚に基づく色彩感覚の言葉」ということになります。
この言葉が難しいのは、どうやら単に「色が多けりゃいい」というわけではなさそうだ、という所です。色数の多さだけでなく、「かわいい色」である必要があるようなのです。イメージとしてはパステルカラーですかね。

次に「キッチュ」ですが、これはどうやら「親しみやすさ」「手に入りやすさ」「喪失感の薄さ」などを足して割ったような意味の言葉のようです。そう言うとなんとなく分かりにくいですが、ずばり言ってしまうと「安物っぽさ」を表しているようなのです。
だから、すごい高級感があって値段も高く、慎重に扱わなければならないような貴重品は「キッチュ」ではないようです。小銭程度で買えて、壊れたり無くしたりしたところで別に精神的なダメージを受けない、簡単に買い替えが効く、という程度の「日常品」的な感覚が、「キッチュ」の語義のようです。だから、「キッチュ」というのは視覚の用語ではなく、経済概念の用語に分類されると僕は見ています。まぁ、女の子は「服の色に合わせてカバンを変える」ということを頻繁になさるようなので、数が必要なのでしょう。そうなると必然的に、ひとつのものに高い金はかけられない、ということになるのだと思います。



僕は文房具が趣味なので、ペンを例にこれらの用語を分類してみます。
超高級筆記用具、たとえばモンブランの万年筆のようなやつは、色彩も単一ですし、高級感が全開です。こういうのは「どっちでもない」に分類できそうです。


モンブラン

ポップでもキッチュでもない 


一方、たとえばLAMYのサファリシリーズのような筆記用具は、カラフルなバリエーションで商品の躍動感を演出しています。しかし値段は4000円〜6000円くらいで、学生にとっては「買いやすい」とはとても言いがたい商品でしょう。
こういうのは、「ポップ」ではあるが「キッチュ」ではない、と分類できそうです。


ラミーサファリ

ポップではあるがキッチュではない 



お求めやすい文房具として地位を確立した無印良品はどうでしょう。これらは、ゲルインキボールペンなどはかなり色数のバリエーションが揃っています。しかし、女子中高生が熱中して集めるような「かわいい色」ではありますまい。値段は安いし、まとめ買いもできますが、色的にちょっと落ち着いた感じがあります。
こういうのは、「キッチュ」ではあるが「ポップ」ではない、と分類できそうです。


101

キッチュではあるがポップではない 


大手の文房具屋で女子中高生が群がっているのは、やはり売れ筋商品の「安いボールペン」です。まぁ、お金がないからしょうがないですね。文房具メーカーでもその辺の層をターゲットに定めた薄利多売商品にも力を入れていて、「全色そろえよう!」のようなシリーズ展開を繰り広げています。
僕はこの手の文房具をあまり使わないんですが、最近ちょっとZEBRAの「Prefill」というシリーズを購入しました。ポイントごとに色を分ける筆記をする必要があるときは、やはり多色ボールペンは便利です。そのため、女子中高生に混じって文房具屋さんで「かわいい文房具」を買い求めました。最近の多色ボールペンは、自分で色を選んで組み合わせを作れるようになってるんですね。しかもペン軸が300円程度、リフィルの替芯が100円程度と、女子中高生の皆様にもお求めやすい価格になっています。


プレフィール


ポップであり、かつキッチュでもある 



僕の趣味は、基本的に基本色のモノトーンで、しかも「多少高くても良いもの」をひとつ持つ高級指向ですので、ポップでもキッチュでもないことになります。
コンピューターでも、Windowsマシンはカラーバリエーションが豊かで、たまにキッチュなものがありますが、Macは頑にポップでもキッチュでもない路線のような気がします。iPodなどの消耗機器でも、一応カラーバリエーションを揃えてはいますが、女子中高生がキャーキャー騒ぐような感じの軽い色彩ではなく、ポップさを抑えているカラーデザインになっているような気がします。

僕が日常的に接している大学生世代だと、この好みがはっきり分かれるのは、カバンですかね。
おシャレで「その年の流行」的なカバンは、おおむねキッチュです。はっきり言って安物感が全開です。一方、一生もので使えるような本革の鞄を使っている女の子もたまにいますが、僕としてはこちらのほうが趣味がよろしいと感じてしまいます。

まぁ、語義の掴みが合っているか間違っているかは分かりませんが、こう定義しておくと、とりあえず何を言っているのか分かるような感じです。



あ、これはどう?これって「キッチュ」?

「うーん、キッチュではないわね。ポップではあるけど。」

あ、じゃあこれは?これも「ポップ」でしょ

「あら、これはポップじゃないわよ。どっちかというとキッチュね。」

あの、思うんですけどね

「なあに?」

話をまとめますと、ポップでキッチュなものというのは、子供の使うものではないかと

「は?」

もうワレワレはいい大人ですから、ポップでもキッチュでもない、落ち着いたものを持つべきではありませんか

ハー「あのね、何を言っているの」

はぁ。

「『大人だから落ち着いたものを持つべき』ってのは、一面的な価値観なのよ」

はぁ。

「それぞれのカテゴリーを、場合と状況によって使い分けてこそのオトナなのよ」

はぁ。

「だから、大人だからってポップさやキッチュさを否定するべきではないのよ」

はぁ。

「だから、私が今年のカバンを買うのも、大人として当然のことなのよ」



ちょっと待て。

何しに学会に行くのか

大学研究者の晴れ舞台、「学会」というのがあるんですが。


一般の方にはあまり馴染みのない場所だと思いますが、学者や研究者は自分の研究成果を発表するために、よく学会に論文を投稿します。査読の結果、論文が通ったら、発表者として壇上に上がって、聴衆を前に研究発表をします。

学会によって形態はかなり違いますが、だいたい口頭発表の場合、25分の発表のあとに10分間ほど質疑応答の時間があります。
聴衆の方が手を挙げて、発表内容についていろいろと質問したり議論をしたりするわけです。

大学院生の頃は、それはそれは学会発表が怖くって。
だって、日本中、世界中の一流研究者の先生方が、自分ごときの発表を注意深く聞いてるんですよ。教科書でしか名前を存じ上げていない先生の論文を、批判して修正案を出す発表をすると、目の前でその先生が発表を聞いてるんですよ。質疑応答のときにその先生が手を挙げた時の恐怖感と言ったらなかったです。
発表のために講堂に入って、人がたくさんいると「なんでこんなにたくさんいるんだよ」と思ってド緊張したもんです。

僕は博士課程のときに全国学会にデビューしましたが、最初の発表の時は棒読み用の完全原稿を作っていました。だって怖いんだもん。
質疑応答も、予測される質問をあらかじめ想定しておき、それに対する「模範解答」をばっちり作って、答えの文言まで原稿を作っておきました。
だから学会前の研究室は、大学院生が総出で質問箇所の検討です。先輩や後輩にも手伝ってもらって、「こう訊かれたら、こう答えたらいいんじゃないか」なんてことを必死に準備します。大学院生にとって、学会発表はいわば就職活動のようなものですから、印象が大事です。「すみません、考えていません。これからの研究の参考とさせていただきます」は敗北宣言です。

今考えると、さぞ下手くそな発表だっただろうな、と思います。だいたい、原稿を棒読みする発表に上手な発表はありません。
大学院生の頃は、学会は「失敗したら殺される場所」だと思ってました。発表の合間の休み時間も、廊下や談話室で厳めしい顔した偉そうな学者の先生が、難しそうな話をしています。他の大学の大学院生たちも、自分よりもすごく賢そうに見えます。
学会のあとには懇親会という名の飲み会がありますが、怖くって出られやしません。自分の発表が終わったら、他の人の発表なんて聞かずに、逃げるように帰りました。会場の大学からちょっと離れたところの喫茶店に入ってお茶を飲んでも、まだ手が震えてるような有様です。

アメリカの大学院に行ってからはなおさらです。なにせ今度は英語で発表しなければいけないわけですから、完全原稿を作った上で何回も音読して練習です。質疑応答に至っては、相手がまず何を質問しているのかをこっちが理解しなければなりませんから、日本にいたとき以上に憂鬱になりました。

僕が学会に対する姿勢が変わったのは、アメリカに行ってからのことだと思います。僕は勝手に緊張して勝手に下手な発表をしていましたが、なんか学会の雰囲気が日本にいた頃と違うんですよね。
なんというか、みんな笑ってるんです。休み時間にも、研究者の人達は、なんか久しぶりに会った友達とふざけ合うみたいに笑っています。僕ごときの発表が終わった後でも、みんな笑顔で話しかけてくれて、「面白い発表だったよー」などと言って褒めてくれます。

なによりも、他の人の発表を見て、「ずいぶん楽しそうに発表しているな」と感じました。誰も原稿なんて読んでません。みんな「自分はこんな研究をしているんだ」ということを人に聞いてもらいたい、という強い意思が感じられるような、朗らかな発表をしていました。
どうやったらそういう発表ができるようになるんだろう、とあれこれ試行錯誤した挙句、僕は「完全原稿を用意することが間違っているんじゃないか」と思うようになりました。英語力に不安はありましたが、それ以来、僕は学会発表のときに原稿を作るのをやめました。

そりゃ、最初は怖かったですよ。なんというか、目をつぶって思い切って飛び降りるような気分でした。発表原稿は「全部作る」か「まったく作らないか」のどちらかで、中間はありません。いちど原稿を断ち切ったら、一切を自分の言葉で話し切らないといけません。
それ以来、普段の大学院での演習授業でも、大学内の研究発表でも、一切原稿を作らずに、本番を想定して度胸で発表する練習をしました。最初はうまくいかず、何度か壇上で凍りました。でも経験を重ねるうちに、自分の声で話せるようになり、聴衆のほうを見て話ができるようになりました。

僕は今、大学で学生に英語で発表をさせる演習授業を担当していますが、授業では原稿の棒読みを禁止しています。もちろん学生はうまく発表できません。でも、授業のルールとして「失敗してもいい」「内容の精度は評価に入れない」を徹底し、度胸をつける練習をさせています。
発表をする際は、もちろん内容が良いことは絶対条件なんですが、内容が良ければそれでいい、というわけではありません。どんなに良い内容の発表であっても、発表のしかたが悪かったら誰も聞いてくれないんです。一流の学者の先生でも、口頭発表がすごく下手な先生はいます。

日本に帰国してからは、あれほど怖かった学会が、全然怖くなくなりました。憑き物が落ちると分かるんですが、研究者の人は「学会」をそれほど固く考えていないんですよね。優れた研究者の人ほどそうです。
なんというか、学会は「褒められに行く」んです。久しぶりに会った他の研究者の方から「いやーたくろふさん、さっきの発表、良かったですねー」「こないだの論文、面白かったですよ」なんてお世辞を言ってもらうと、とても嬉しくなるわけです。

僕はいままで、発表するわけでもない研究者の人が、なんであんなにたくさん学会に来るんだろう、と不思議だったんですが、学会だって参加してるのは、ただの人なんです。人知を越えた化物ばかりが集っているわけではありません。久しぶりに会った人とは酒も飲みますし、いい所があれば観光にも行きます。
帰国してからは、日本のいろんな所で学会があるたびに、現地のおいしいものや観光スポットなどを調べるのが楽しくなりました。楽しいほうが、のびのびと楽しく発表できます。
去年の夏ははじめて学生を学会に連れて行きました。僕が発表の前日も夜遅くまで酒を飲んでいるので、学生が「先生、大丈夫ですか、明日発表ですよね」と心配する有様です。


最近は、そういうこと以外にも、学会には役割があるんだな、ということが分かってきました。
僕も順調に研究が進み、学会を運営する側にまわることが多くなりました。発表前にカチコチに緊張している「いつかの僕」みたいな大学院生がいると、気軽に話しかけて、緊張を解いてあげるようなこともしています。

いま僕は、ある大きな学会の編集委員をしていますが、いろいろと研究者の方に「依頼」をする機会があります。一番多いのは、論文査読や書評の依頼です。
学会誌には最近出版された専門研究書の内容と評価を概略する「書評」という小論が載るんですが、その書評の執筆を、専門家の方に依頼しなければなりません。書評依頼には謝礼は出ませんので、完全にボランティアでやってもらう仕事になります。世間的な常識では、嫌な仕事に決まってます。

僕は帰国してから何度か書評を依頼されましたが、なんか「その分野の専門家」として学会に認められた気がして、嬉しかったのを覚えています。仕事は負担と言えば負担ですが、いままで駆け出しの頃からいろんな方に支えていただいて研究を続けてきた僕ごときが、ようやく世間様に恩返しができる立場になったような気がしました。

しかしまぁ、いつもそういう方ばかりではありませんで、書評執筆を「めんどくさい仕事」と考える研究者の方も、いないではありません。そうでなくても、他の仕事や大学業務などが多忙な方は、書評依頼をわりと重要度の下のほうに置くことが多いです。これは書評が突発的で無報酬の仕事である以上、ある意味しょうがないことです。僕も学会の編集委員をしている間ずっと、書評の依頼には頭を悩ませました。
そういう時に、どうやって依頼を通すか。どうやったら書評依頼を引き受けてくれるか。

そういう時にものを言うのが、学会なんです。
要するに、一緒に酒を飲むことが大事な部分もある、ということです。個人的に知己が深い人になら、依頼もしやすくなります。「たくろふ先生に頼まれたら、嫌とは言いにくいですなぁ」となれば、仕事がすごく楽になります。
そういう目で学会の懇親会をよく見ると、「根回しの交渉」があちこちで展開されています。学会というのは基本的に研究発表の場なんですが、そこで交わされる会話は、純粋に学問の中身に関わることばかりではありません。学会だって人が集って人が運営するものですから、働く原理はとても人間的なものです。日本人的な発想ですが、そういう時に酒が解決してくれることは、思いのほか大きいものだと思います。なんの知り合いでもない、全然知らない人に、いきなりビジネスライクに「学会からの依頼状」を一方的に送付しても、断られるに決まってます。

そういう場では、暗黙のルールとして、明確に「貸し借り」があります。無茶な依頼を引き受けてもらったら、いつかこっちが無理な依頼も引き受けてあげる。一流と言われる学者ほど、そういう「仁義」をきっちり通しています。
まぁ、一流の方であれば仕事能力も高いので、比較的容易に依頼を受けられる、という事情もあるとは思います。しかし僕は、それは能力だけの問題だとは思いません。なんと言うか、「なにかと大変でしょうから、お引き受けいたしますよ」のような、相手の立場を思いやる余裕のある人が多いです。

僕は極力、学会からの原稿依頼や、他の大学からの講演依頼は、断らないことにしています。最初はただ単に自分が認められた気がして嬉しかっただけですが、その頃に調子に乗っていろんな依頼を引き受けていたことが、今になってすごく効いています。「たくろふさんには以前お世話になりましたから、今度は私がお引き受けします」のような循環が、最近とても多くなりました。

最近、学会がらみで、とても難易度の高い依頼をしなければならない仕事がありました。どう考えても無茶で、よほどヒマな人でない限りとても引き受けてくれないだろう、という依頼でしたが、すんなり引き受けていただけました。
依頼した方は紛れもなく一流の研究者の方なんですが、よく研究会や学会で一緒になるたびに飲み明かしている仲です。学会での人付き合いなどは、その方から酒の席でいろんなことを教わりました。


一般の人にとっては「学会」なんて言うと、さぞ頭のいい人たちが頭のいい研究をしているんだろうな、と思うかもしれませんが、なんてことはない、そこで大事なことは一般社会と何ら変わりのないことだと思います。
他人との付き合いをないがしろにして一人で勝手に研究している人は、よほどの大天才でもないかぎり、大きな仕事はできないと思います。一介の凡人研究者の僕にとっては、まわりの人の力を借りながら,なんとか研究生活を送っている、そんな実感があります。



秋になって、これから学会シーズンなのです。
ペンギン命
ここでもつぶやき
バックナンバー長いよ。
リンク用
かんたんアクセス
QRコード
記事検索
  • ライブドアブログ