たくろふのつぶやき

食欲の秋の季節がやってまいりました!o(^▽^)o

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飯の種


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村本大輔「興味もたせろ」物議呼ぶ投票行かずに持論

ウーマンラッシュアワーの村本大輔(36)が、今回の衆議院選挙の投票に行かなかったことを明かし、物議をかもしている。

村本は過去にも「投票に行ったことがない」と発言していたが、今回も23日にツイッターで「声を大にして言う。僕は今年は選挙に行かなかった」と告白。「全国民で選挙に行かなかったやつの方が多い。多数決の多数が国民の総意なら、選挙に興味なかった俺たちが国民の総意」と持論を展開し、「台風の中、選挙にいかせるぐらい政治に興味をもたせろ」と訴えた。

村本は「たった3週間でいい政党悪い政党判断できない」と投票に行かなかった有権者の思いを代弁。自身が投票しなかった理由については「日本は病気だとして政治家は医者。薬が公約だとして、その薬のいいことだけ教えてくれて肝心の副作用を伝えない医者をおれは信じない。そんな怪しい医者に大切な日本を任せきれない。だから行かない」と説明した。

また「政治意識の低い有権者が悪い」という声に対し、「けど政治は民主主義、税金払ってるんだから田舎の自分の仕事でいっぱいいっぱいで興味ない人を切り捨てるな。お笑いライブで客が少なかったら芸人のせい。政治でタチの悪いのはチケット代はライブにこなくても取ってるということ」と異議を唱えた。





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思ってることを言うのではなく、言った通りに思うようになる。

詐欺師の話し方

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話の意図をごまかそうとする奴しかこんな話し方はしない。

『舞踏会』にまつわる謎

芥川龍之介に『舞踏会』という小説がある。


舞台は明治19年、名家の令嬢・明子は17歳。父親と一緒に初めて鹿鳴館の舞踏会に出かける。フランス語と踊りの教育を受けていた明子は十分に美しく、初の舞踏会に不安と期待をもって臨む。首尾よく、フランス人の海軍将校からダンスに誘われ、一緒に『青き美しきドナウ』のワルツを踊る。

踊り疲れたふたりは一緒にアイスクリームを食べ、バルコニーに出て夜の町並みを眺める。夜空には花火が上がり、樹々を照らしている。じっと夜景を眺めている海軍将校に、明子は「お国のこと思っていらっしゃるのでしょう」と訊く。すると将校は「いいえ」と否定し、「何を考えているのか当ててごらんなさい」と訊き返す。
「私は花火の事を考えていたのです。我々の生(ヴィ)のような花火の事を。」

それから数年のち、大正7年。老婦人となった明子は鎌倉の別荘へ向かう途上、汽車の中である青年小説家と乗り合わせる。明子は、青年が抱えていた菊の花束を見て、鹿鳴館の舞踏会のことを思い出し、青年にその話をする。すると青年は何気なく「奥様はその海軍将校の名をご存知ではありませんか」と訊く。

するとH老婦人は思ひがけない返事をした。
「存じて居りますとも。Julien Viaudと仰有る方でございました。」
「ではLotiだったのでございますね。あの『お菊夫人』を書いたピエル・ロティだったのでございますね。」
青年は愉快な興奮を感じた。が、H老婦人は不思議さうに青年の顔を見ながら何度もかう呟くばかりであった。
「いえ、ロティと仰有る方ではございませんよ。ジュリアン・ヴィオと仰有る方でございますよ。」


まぁ、今の若い人が読んでも、たいして面白い小説ではあるまい。
落ちに使われているピエール・ロティというのは、フランスの小説家。『アフリカ騎兵』などの作品が知られている。本職は海軍士官で、仕事で回った各地を題材にした小説や紀行文を書いている。フランス人らしく、行く先々で女に手を出していたことでも有名だ。

史実として、日本にも来たことがある。その時の見聞を『江戸の舞踏会』というエッセイや、『お菊さん』という小説に記している。当時の外国人に日本がどう映ったのかを知る貴重な資料であり、逆に当時の外国人にとっても日本を知るための情報源でもあった。当時、日本画に憧れをもっていた画家のゴッホは、日本についての情報をロティの『お菊さん』から得ていたとされている。

当時は有名人だったのかもしれないが、いまロティの名前を知っている人はそう多くはあるまい。フランス文学といえば、バルザック、スタンダール、デュマ、ユーゴー、ゾラ、モーパッサン、プルーストあたりが教科書の太字だろう。それらにしても、平均的な日本人であれば「名前は聞いたことはあるが、読んだことはないなぁ」くらいの距離感ではあるまいか。ましてや、ロティの名前を聞いたことがあるひと、ましてや実際の著作を読んだことがある人となると、日本に2〜3桁程度の人数くらいしかいるまい。

芥川は、作品の最後に「物語から数年経った後の主人公の後日譚」を入れる癖がある。いちばん分かりやすいのは『トロッコ』だろう。主人公自身が物語を、振り返ったり客観視したりして、物語そのものに別の意味をもたせる、という最後のひとひねりだ。これは初期から中期だけでなく、後期に至るまで芥川作品の大きな特徴になっている。

『舞踏会』という作品の後日譚を見ると、よくある「実はその人は、あの有名な○○○さんだったんですよ」という「有名人物登場オチ」に見える。ディクスン・カーの『パリから来た紳士』で使われた例のオチだ。
ただし、『舞踏会』のオチは、通常のそれとは少し異なる。主人公の明子は、「自分が一緒に踊った海軍将校は、実はピエール・ロティだった」という「衝撃の事実」を、否定している。少なくとも、それにびっくりして落ちがつく、というありきたりの物語にはなっていない。

実は、芥川はこの後日譚の部分を、初版以降で書き換えている。
初版では、最後の部分はこうなっている。

「存じておりますとも。Julien Viaudと仰有る方でございました。あなたもご承知でいらっしゃいませう。これはあの『御菊夫人』を御書きになった、ピエル・ロティと仰有る方の御本名でございますから。」


まるで結末が反対だ。明子は堂々とピエール・ロティの名を出し、「自分はその方と踊ったことがあるのだ」と誇らしげに話していることになっている。
これだと、本当によくある「実は○○○さんでしたー」という落ちになってしまうし、現在ではピエール・ロティはそもそも「知らんなぁ」という程度の知名度しかない。二重の意味でつまらない。なぜ、芥川は最後の結末を書き換えたのか。


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閑話休題。
本屋さんを覗いてみたら、北村薫の『太宰治の辞書』が創元推理から文庫化されていた。

もともとは「円紫さんシリーズ」と呼ばれている一連の作品で、大学の文学部に通う女子大生「私」が 主人公で、日常のふとした謎がテーマの作品だ。その謎を、知り合いの落語家・春桜亭円紫に話すと、円紫は話を聞いただけで真相を言い当てる。一種の安楽椅子探偵譚だ。血なまぐさい犯罪ではなく、日常で感じる違和感、不思議な出来事などの「小さい事件」を扱っている。巻が進むごとに、文学で卒論を書く「私」が、自分なりに知的領域を広げることに意義を見いだしていく成長小説にもなっている。

今回の『太宰治の辞書』は、前作から実に20年弱ぶりに出版された、シリーズの新作だ。たしか出版されたのは2年ほど前だったと思う。僕は北村薫の作品は折に触れ読むことにしているが、新書が出た瞬間に買って読むほどの熱心な読者ではない。まぁ、文庫で出たなら読んでみようか、程度の読者だ。

僕が北村薫を読むのは、その作風と文体が好きなこともあるが、なによりも北村薫は僕が高校時代の古文の先生だったからだ。デビュー当時、正体不明の覆面作家として突如文壇に登場し、文体の繊細さから男なのか女なのかも謎だった作家だ。その正体が埼玉の片田舎で国語を教えている高校教師とは誰も思わなかっただろう。僕が高校生の当時から、実は○○先生は北村薫らしい、という噂があり、北村薫作品の書評が文芸誌に載るたびに、「あのおじさん先生が凄い褒められようだな」と思っていたものだ。


今回、『太宰治の辞書』を読む気になったのは、この作品の中で「なぜ芥川は『舞踏会』の後日譚を書き換えたのか」という謎が扱われているからだ。


この謎は、『太宰治の辞書』に収録されている短編のひとつ『花火』で展開されている。
主人公の「私」は、大学卒業後、編集者として出版社に勤めている。結婚して、息子は中学2年生で野球部に属している。東京近郊にマイホームを構え、主婦と編集者として毎日を送っている。

「私」は、江藤敦や三島由紀夫など、過去に『舞踏会』を評論した人たちの文献から、芥川が何を考えていたのかに迫る。
たとえば江藤敦は、当該の箇所についてこう評している。

「ロティの身体にふれながらその名を知らぬ明治の文明開化期の豊かさと、いっさいを名として理解しようとする大正の教養主義の空虚さとの距離を、数行のうちに皮肉にえぐった鮮やかな技法であるが、読んでいてその鮮やかさに簡単するわりには、心に残らない」


北村薫は、主人公の「私」に、「それを芥川の意図として解釈するのは受け入れられない」と言わせている。
「明治の文明開化期の豊かさ」というのは、実はホンモノに接していながら、それがホンモノと分からないような恵まれた環境で過ごしている、ということだ。「よくキャッチボールしてくれた隣の家のおっさんが実はプロ野球の選手だった」とか、「高校時代の古文教師のおっさんが実は凄い作家だった」のようなものだろう。
一方、「いっさいを名として理解しようとする大正の教養主義」というのは、知識だけ覚えていて生活実感が伴わない頭でっかちのことを指す。相対性理論がどういうものかを評価できないくせに「アインシュタインはスゴい人」と思い込んでいるような姿勢を指す。

江藤敦は、芥川の意図を「その両者が紡ぎだす滑稽さを皮肉な目で眺める」としているわけだが、半分くらいは当たっていると思う。今となってはピエール・ロティの名がそこまでの知識主義的な権威だとは思わないが、大正当時の時勢の、知識のための知識を標榜し、他人よりも知識があることを競うような無駄な知識主義の風潮下では、そういう傾向を茶化したくもなるだろう。北村薫は、そういう風潮を背景とするため、内田百閒と芥川龍之介の雑談が「才気爆発の競争のようであり、ひとつも当たり前のことは言うまいとする競争」だったというエピソードを効果的に挟んでいる。

しかし、そういう見方が芥川の本意だったかと言われると、そうではなかったのではないかと僕も思う。この点では北村薫の意見に賛成だ。どちらかと言えば、明子にとっては一緒に踊った海軍将校が、実は作家だろうと農夫だろうと、関係なかったのではないか。

この作品での「花火」の位置づけについて僕は修辞的な評論はできないが、舞踏会の一夜の出来事を刹那的な出来事として内面世界に封殺し、時間軸を延ばした「事実の検証」に意味をなくさせる具象であることくらいは見当がつく。花火は、その時その瞬間に見ているから花火なのであって、後から「10年前にあそこで花火が上がった」というのは、花火の本質に感動している姿勢ではない。明子にとっても、その人は「舞踏会の晩に一緒に踊った人」であることがすべてなのであって、後から「実はあの人はこういう作家でして」という情報を付け加えられても、何も意味がないことだったのではないか。

『舞踏会』における「花火」の位置づけをそう捉えると、初版の後日譚はいかにも矛盾している。芥川はそれに気づいて、「刹那的な、生の本質」を描くべく、後日譚を書き換えたのではないか。海軍将校の「私は花火の事を考えていたのです。我々の生(ヴィ)のような花火の事を」という言葉から逆算すると、そういう辻褄の合わせ方だったのかな、という気がする。


今回の北村薫の『太宰治の辞書』を読んで、作風の上達を感じた。師匠に向かって「上手くなりましたね」とは不遜の謗りを免れないが、事実そう感じたのだから仕方がない。

僕は、作家のアマチュアとプロを分ける決定的な要因は、「題材を得る方法論」だと思う。
アマチュアであれば、その時書いている一本に集中して傑作を書こうと努力すればいい。しかし、プロの作家というのは、書き続けなければいけないのだ。ネタが尽きても、書くことがなくても、食べるためには書くしかない。そういう「ネタの拠りどころ」をどれだけ強固につくりあげているかが、プロとしての作家の完成度を決めると思う。

自分のよく知っている世界であればだれでも書ける。お笑い芸人だってちょっと訓練すれば芥川賞くらい取れる。しかし、プロの作家として、10冊目、20冊目、はては100冊目まで、それと同じような書き方をしていれば、いつか泉は枯れる。その時、どうやったら新たに題材を仕入れられるのか。

ざっくり言ってしまえば、「教養」だと思う。教養というのは一般的に「頭に貯めた知識の量」と思われているが、僕は逆だと思う。教養というのは、「まだ頭に入っていない知識に対する敬意」のことだと思う。簡単に言えば、知的好奇心のことだ。
人は、自分の知らないことに対しては拒否感を抱く。慣れてる世界のほうが住みやすいのと同様に、よく知っている知識領域のほうが頭に負担がかからない。だから、自分の知らない世界に対しては、なかなか踏み込んでいく気力が湧かない。

それを後押しして、知らない世界にどんどん進み込み、自分の知らなかった新たな領域を知っていく姿勢が「教養」だと思う。教養とは、決して固定化された静的な「知識」ではなく、常に知識を更新し続けていく動的な「姿勢」のことだ。教養の深い人というのは、自分の知らない分野の話でも興味深く熱心に聞く。

北村薫の作品からは、そういった「教養」に裏打ちされた堅固な知的領域の拡大を感じる。なんというか、読んでいて「これを書いてるとき楽しかっただろうな」という印象を受けるのだ。僕が高校時代、今や北村薫となった先生の古文の授業を受けているときに、とても楽しそうに授業をしていたのを思い出す。自分なりに謎を見つけて、それを解くために知的生活を送るというのは、とても素晴らしい生活ではあるまいか。

この『太宰治の辞書』の主人公「私」は、まさにそういう生活を送っている。出版社に勤める一介の主婦が、毎日の生活のなかで知的な刺激を自らに与え続け、知的領域を拡げ続ける。北村薫という作家本人のノウハウと、作品世界の主人公の生き方が、軌を一にしているようで面白い。


論文とは違って、真実の探求一辺倒ではないところが読みやすい。作品内で主人公の「私」は、真実の探求の合間に、週末に息子の部活を見に行ったり、図書館で調べ物をしてからスーパーに買い物に行ったり、日常のすぐ隣で知的生活を送っている様子がリアルに描かれている。世の中の「教養」ある人たちも、真実に肉薄する知的興奮のすぐ隣で、平凡で普通の家庭生活を送っているものだろう。そういう世界観は、実際にそういう生活を送っている人にしか描けない。



読書の秋ですねぇ。

国立科学博物館特別展「深海」2017

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国立科学博物館の特別展「深海2017~最深研究でせまる”生命”と”地球”~」に行ってきました。


前からずっと行きたかった特別展なんですよね。最近、地震やら何やらで日本近海の海底調査が進んでいるって聞いていたので、どういう研究が進んでいるのか非常に興味がありました。
7月から始まってる特別展で、10月1日(日)まで開催しています。もうすぐ終わるじゃん。危ねぇ〜。

秋になって校外学習の季節らしく、平日にも関わらず、上野公園には団体の小中学生の姿も見えました。なんか学校から課題が出ているらしく、懸命にメモをとりながら展示を廻っていました。


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やったなぁ、こういう校外学習。


メディアなどでも紹介されている特別展ですが、ほとんどの人が「深海展」だと思ってるんですよね。おどろおどろしい深海魚に期待して来る人が多いみたい。最近、「へんないきもの」だの「ダイオウイカ特集」だの変なブームのせいで、深海魚を恐いもの見たさで珍しがる風潮があるような気がします。
ま、この特別展もそういう世の動向を十分に把握した陳列になってはいました。

展示は主に「深海魚」「地質調査」「地下資源」に分かれています。やっぱり一般受けしやすいのは深海魚のコーナーのようで、いちばん最初にもってきてお客さんを引きつけています。深海魚のコーナーはさらに「発光生物」「巨大生物」「超深海生物」に分かれています。世のニーズをよく分かっておる。 


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ベニオオウミグモ。いっちょまえに肺呼吸するんだって。


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頭が透明な深海魚、デメニギスの標本。
発光するそうだが何のために。


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ダイオウホウズキイカの足だけ。全長は14mもあるんだって。


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お前か。お前なんだな。


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オンデンザメの液浸標本。体長3m、体重300kg。でかい。


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くらえ!ダイオウイカ


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お前はいらん。


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みんな大好き、ダイオウグソクムシ


僕が今回、特別に興味あったのはそこではなく、最近の日本をとりまく深海環境に対する調査の進捗状況です。この特別展は、別に深海魚だけではなく、近年の日本の深海に関するあらゆる調査の成果を公表する目的で行なわれています。地政学的、地質学的、材料工学的、海洋生物学的、さまざまなアプローチの仕方で「深海」を研究して公表しています。

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これこれ。こーゆーのが見たいの。
世界最深撮影に成功した4Kカメラ。NHKスペシャルの映像にも使われてましたよね。 


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ビバ、科学技術。


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「しんかい」のコクピット復元展示。
普通とは違って、実物の1.5倍の大きさ。

 
近年、日本の深海調査が進展している理由は主に、地震による影響と、地下資源の開発のふたつがある。
日本は地震が多いので、地殻変動が地震に及ぼす影響を調べる必要性が高い。2011年の東日本大震災でも、日本近海の地勢は大きく変化した。その変化がどのようなものか、どういう原理で変化したのか、どの程度変化するのか、それを実際に調べる必要がある。

また、日本近海の地下資源の開発は、資源を大きく輸入に依存している日本にとっては喫緊の問題だ。日本は国土面積こそ世界で62位だが、排他的経済水域を含む領域面積にすると世界で6位という広大な水域を範囲としている。中国や韓国が領海侵犯まで犯して領土拡張を目論むのは、それらの国の水域が日本列島によってかなり制限されているからだ。そういう環境にある日本が、海底からレアアースをはじめとして地下資源を確保する重要性が増している。


僕としては今回の展示の大きな目玉は、地球深部探査船「ちきゅう」の掘削記録が見られることだ。
2005年に就航した、海洋研究開発機構が誇る世界最大の科学採掘船。巨大な「海の研究所」だ。2011年の東日本大震災のあと、すぐに「東北地方太平洋沖地震調査掘削プロジェクト」(Japan Trench Fast Drilling Project, JFAST)が始動した。海底採掘を行なって地殻変動の影響を調査し、そのときの記録が公開されている。


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ここを掘る重要性は言わずもがな


「ちきゅう」は、東北地方三陸海岸沖の、北米プレートと太平洋プレートの境目となる日本海溝を掘削した。海上から海溝底までは約7000メートル。そこから約800メートルを掘り下げ、地質調査を行なっている。

つまり「ちきゅう」は、海面から海底まで、富士山ふたつ分の長さの掘削パイプを下し、そこからさらに800メートルを掘り下げたことになる。24時間態勢で地質サンプルを摂取し、すぐに船内の研究区画に運ばれ、即時分析される。まさに「海の研究所」だ。


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これだけの水深下で採掘作業をしたことになる。


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富士山ふたつ分の水深をつないだ掘削パイプの一部


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日本は伊達に地震大国ではないのだよ


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この船体模型だけでごはん3杯はおかわりできます


海底資源についても調査結果が公開されていた。日本が近海資源として重視しているのは、石油とレアアースだ。特にレアアースは「21世紀のダイアモンド」とも呼ばれ、コンピュータ産業に欠かせない希少鉱物の奪い合いが世界中で行なわれている。

日本は現在、レアアースのほとんどを中国からの輸入に頼っている。中国は本土でレアアースが採取される以外に、レアアースの宝庫であるアフリカ各国に眼をつけ、設備投資をじゃんじゃん行なって利権の独占を計っている。最近、アフリカ各国と中国の結びつきが強いのはそのためだ。日本も、中国との貿易関係に対してチャイナリスクを意識し、単独でアフリカ各国との貿易に着手している。

2011年、東日本大震災のための近海底調査の副産物として、太平洋の広範囲にわたってレアアースが濃集した深海泥の分布していることが判明した。日本の排他的経済水域には、メタンハイドレート、熱水鉱床、マンガンクラスト、レアアース泥などが分布していることが分かっている。その調査結果が公開されていた。


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日本でも石油とれるって知ってました?


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中学生にはちょっと分子構造は難しいかな

 
まぁ、一般客にとってはダイオウイカみたいなへんないきものが面白いのでしょうが、ワタクシみたいな科学マニアにとっては、こういう科学技術の粋を結集した成果のほうが面白いですな。


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もちろんミュージアムショップも充実。


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お、おう。


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嫁に所望されるも華麗に無視。


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個人的にイチ押しのおみやげ。国立科学博物館特製フィールドノート。 
無駄に冒険の旅に出たくなる。 



楽しかったです!o(≧∇≦)o

切断する流れ

ゆく河の流れは絶えずして、しかももとの水にあらず。淀みに浮かぶうたかたは、かつ消えかつ結びて、久しくとどまりたるためしなし。世の中にある人とすみかと、またかくのごとし。


鴨長明『方丈記』の書き出し。有名な文章なので、誰でも一度は読んだことがあるだろう。
しかしなぜか、その続きを読んだことがある人は少ない。


たましきの都のうちに、棟を並べ、甍を争へる、高き、卑しき、人のすまひは、世々を経て尽きせぬものなれど、これをまことかと尋ぬれば、昔ありし家はまれなり。あるいは去年焼けて今年作れり。あるいは大家滅びて小家となる。住む人もこれに同じ。所も変はらず、人も多かれど、いにしへ見し人は、二、三十人が中に、わづかになひとりふたりなり。朝に死に、夕べに生まるるならひ、ただ水のあわにぞ似たりける。知らず、生まれ死ぬる人、いづかたより来たりて、いづかたへか去る。また知らず、仮の宿り、たがためにか心を悩まし、何によりてか目を喜ばしむる。その、あるじとすみかと、無常を争ふさま、いはば朝顔の露に異ならず。あるいは露落ちて花残れり。残るといへども朝日に枯れぬ。あるいは花しぼみて露なほ消えず。消えずといへども夕べを待つことなし。


簡単にまとめると、「昔と今は違ってしまうことが多いから、世の中は虚しいね」。
簡単にまとめすぎて身も蓋もないが、言っていることはそういうことだ。

『方丈記』の下敷きが仏教の概念に依拠していることは常識の範疇だが、僕はかねてからそれに対して疑問を持っている。
なぜ、連続概念に対する現実への写像が離散対象なのだろう。

『方丈記』の根底にあるのは仏教概念の「無常観」だ。これは輪廻転生に代表される仏教の世界観のひとつだ。つまり、時の流れの中では等しく変わらないものなど何もない。世の中はすべて繋がっており、現世と来世は連続してつながっている。この「連続概念」が世界観の根底にある。

しかし、鴨長明がそれを表すのに使ったのは、「ある時点を切り取った情景」に過ぎない。人の棲家、人の出で立ち、朝顔の露、すべて「ある時点でそうだったもの」だ。これは時空を越えて連続した実態ではなく、時間を離散的に切り取った表象に過ぎない。
根底概念として「連続」を念頭に置きながら、表象としては「離散」を描く、というのは矛盾ではないのか。

おおむね人間というものは、時間を離散的な概念で再構築するものらしい。
たとえば、子供の頃のことを思い出してみる。頭に思い描くのは「夏休みにキャンプに行ったこと」「クリスマスに贈り物をもらったこと」など、ひとつのイベント、単一の出来事だ。そういうイベントを積み重ねたものが「過去の思い出」を構成している。

それは、履歴書でも同じことだ。教育歴や職歴を書くときには「xxxx年、○○高校を卒業」「xxxx年、△△社に入社」など、時間の一部を切り取って書き並べる。これも、ひとつひとつの経歴を「切り取って」自分史を構成している。


なんてくだらないことを考えている昨今ですが。


数学では、「連続」「離散」という概念を区別する。連続というのは、間に切れ目がない一連の過程のことを指す。対して離散というのは、まぁ、「連続の反対」で、個々の要素がぶつ切りで並んでいることを指す。デジタル時計は離散で、アナログの針時計は連続だ。
自然数は離散概念だ。1, 2, 3, 4, … という自然数の並びに、「その間」は存在しない。ひとの人数を数えるときには「1人」「2人」「3人」という数え方はあっても、「2.4人」「√5人」という数え方はない。

算数と数学は何が違うのか。
一言で言うと、「離散」の概念に留まっているのが算数、それを「連続」に拡げたのが数学だ。小学校の算数の過程では、分数や「分数化できる小数」(いわゆる有理数)は習うが、無理数や虚数は習わない。ひと頃、円周率πを「3」と教えるゆとり教育の弊害が取沙汰されたが、あれも根底にあったのは小学校の算数課程を「離散」の枠に押し込め、無理数を排除しようとした強引な姿勢だろう。

話を実数に限ると、事実として実数は連続している。
これは公理として使われることがあるが、証明可能な定理でもある。ドイツの数学者、リヒャルト・デデキントが証明した。


すべての実数は、実数線の上のどこかの位置に配置される。
話を簡単にするために、0から1までの間の線分図を考える。この0と1の間の実数線を、どこか適当なところで切断してみる。
すると、切断の両端には「一番大きな有理数a」と「一番小さな有理数b」が現れる、と仮定する。

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実は、そんなことはありえない。aとbというふたつの有理数の間には、必ず(a+b)/2 という「もうひとつの有理数」が現れてしまう。
これは矛盾。よって、切断の両端に「最大・最小の有理数」が現れることは、あり得ない。

すると考えられるパターンは、
(1)最大の有理数aだけが存在する
(2)最小の有理数bだけが存在する
(3)a, b両方とも存在しない
の3通りになる。

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実際には、(1)と(2)は交換可能(a=b)なので、パターンとしては
(A) どちらかの端に有理数がある
(B) 両端どちらにも有理数が現れない
のどちらか、ということになる。

実数線のなかで、「有理数ではないもの」というのは要するに「無理数」なので、(A)の片方と、(B)の両端には、無理数が現れる。これを言い替えると、実数というものは「ところどころにある有理数」と、「隙間を埋める無理数」が連続しているもの、ということになる。
この考え方は、提唱者の名前をとって「デデキントの切断」と呼ばれている。

小学校の「算数」では有理数しか扱わないので、その構成は「離散」になる。「みかんが4つ、りんごが2つあります。合計でいくつあるでしょう」で表されるように、数がとびとびの個体を表している。
ところが中学校になって「数学」になると、無理数が登場して、数学体系がいきなり「連続」になる。それまで「物の個数」を表すものだった数の概念が、一次関数の登場によって突如として連続体として目の前に現れる。この変化に対応できない生徒が、数学嫌いになる。こと数概念に関しては、連続体系よりも離散体系のほうが「直感的に捉えやすい」のだろう。

しかし方丈記の例を持ち出すまでもなく、おおかたの人は時間を連続概念で捉えている。美空ひばりだって「ああ 川の流れのように いくつも時代は過ぎて」と歌っている。一方、過去の時間を思い出すときには、「夏休みのイベント」「冬休みの一日」のように、離散的に独立した時間の一瞬を切り取って認識している。
人はあたかも、実際には連続している実数の中で、離散的に存在する有理数だけを拾い上げて認識するように、過去の記憶を形作っている。実数の連続性と、人の時間の記憶のあり方が一致しているのは、偶然なのだろうか。


現代数学では、離散数学のほうが重視されている傾向がある。確率論、グラフ理論、プログラミング、アルゴリズムなどは、すべて離散数学で構成されている。だいいち、コンピューターが離散体系だ。すべての計算を「0」と「1」の組み合わせで行なっている。

現代数学の最重要課題は「未来予測」だが、その基礎となる原理はすべて離散数学を使っている。統計的な未来予測では確率論を使い、経済学や政治学での未来予測ではマルコフ連鎖を使い、社会学ではゲーム理論を使う。それらの基礎はすべて離散数学だ。
かくいう僕も専門が理論言語学なので、記号論として言語現象を扱うときには離散数学の体系で数概念を捉えることが多い。

雑に言ってしまえば、「離散数学は、役に立つ」のだ。大学の工学系学部では、1年のうちから「離散数学」が必修で、基礎理論をみっちり学ぶ。内容は要するに「すごく高度な算数」だ。理論的に原理を掘り下げるよりも、それを応用して実践に活かすほうに重点が置かれる。

しかし、「役に立つ」ことと、「世の中の事実がそうなっている」ことの間には、関連性はない。工学系の嗜好としては、役に立つもの、成果を出せるものが「面白い」のだろうが、そういう方針に過度に向き過ぎる傾向と、いわゆる「数学嫌い」とは、同じ根によるものではないか。離散概念が連続概念に拡張され、「算数」が「数学」になった時点で数概念を嫌うようになるのは、「数学なんて何の役に立つんだ」というよくある文句によく表れている。

高校数学の範囲で連続体を構成する操作は積分だが、過去から現在の変化率を積分したとしても、未来が予測できるわけではない。そんなアルゴリズムは原理的に存在しない。
連続概念が「何の役にも立たない」、離散体系が「役に立つ」、という区分けは、表立って表明するかどうかは別として、多くの人が朧げながらに感じていることのようだ。切りがよく、バラバラの数が規則正しく並んでいる離散概念のほうが、認識的にしっくりするという直感を持っている人が多い。

しかし、そういう傾向をもつ人でも、「時は流れるもの」という一般通念をもっている。よく実態が分からない「時間」「時の移ろい」というものに対して、同じくよく分からない「連続」という概念に依存して、分かったつもりになっている。

鴨長明が『方丈記』の書き出しで連続概念を示しておきながら、その具体的な描写として離散的な「時の一点」を書き並べているのは、日本人のそうした傾向が太古の昔から連綿と続いていることを示しているような気がしてならない。ドラえもんのタイムマシンだって、時間移動の本質は「到着地点の時間」ではなく、移動中の「連続した時間帯」にあるにも関わらず、そこにタイムマシンの本質を見いだす人は少ない。

時間をどのように捉えるのかは認識論の問題だが、もし時間を連続した流れとして捉えるのであれば、そこには日常の感覚とは乖離した連続概念がある。そういう感覚で時間を考えると、一瞬を積み重ねたものとしての時間とは、別の時間の捉え方があるような気がする。


最後にまったく関係のない話ですが。
東京大学の医学部を受験するには、かなり数学を勉強しなければならない。塾や予備校では「東大医学部コース」なるものを設けて、その受験用の対策をみっちり行なうのだそうだ。
人呼んで、「理III数学」。数列や確率などの離散数学だけでなく、関数や微積分などの連続概念もちゃんと扱うらしい。



お後がよろしいようで。
ペンギン命
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