たくろふのつぶやき

夏の雲が大好き。

Philosophy

宿代のパズル

有名なパズルをひとつ。

ある3人の旅行者が旅館に泊まった。ちょうど季節は夏休み、繁盛するシーズンなので旅館には学生さんがアルバイトをしていた。

さて、ある仲居のバイトお姉ちゃん、お客さん3人を部屋に通すと、一泊分の宿泊料をひとり5000円、3人で合計15000円を受け取った。

仲居さんがその宿代15000円を帳場にもっていくと、おかみさん曰く、「あららウチはひとりいくらじゃなくて、一部屋いくらで宿代をもらうのよ。あの部屋は何人泊まっても10000円なの。この5000円をお客さんに返してきて」

お客さんにお金を返しに行く途中でバイトの仲居さんは考えた。ここで5000円を返すと、あの3人のお客さんはケンカになるんじゃないかしら。だって5000円は3で割り切れないもんね。じゃあここはひとつわたしがこっそり2000円もらっちゃおうかしら。そうすれば3000円になって、ひとり1000円ずつ割り切れるでしょ。たとえ1000円でも戻ってきたら喜ぶだろうから、それでいいんじゃないかしら。

とんでもない仲居もいたもんだが、さてここで考えてみよう。

お客さんにしてみれば、一人あたり5000円払って1000円返ってきたので、結局4000円払ったことになる。4000円が3人で12000円。

それに、仲居さんがポケットに入れた2000円を合わせると、14000円になる。 最初集めたのは確か15000円だったはず・・・。

【問題】さて、1000円はどこへ消えたのだろう?


前にいちどたくぶつに書いた覚えがあるな、と思って検索してみたら、2004年の記事だった。16年前のことになる。
この年になると、どこでどんな記事を読んだのか、はなはだ記憶が怪しくなる。しかしさすがに、自分で書いた記事というのは覚えているものだ。Webに投稿した記事だと検索ができるのも便利だ。紙の著作物だとこうはいかない。電子媒体万歳。

このパズルの答えは、簡単に言うと「計算が違う」ということなのだが、普通の意味とはちょっと違う。ふつう、「計算が違う」というと「計算の過程が間違っている」「正しい答えが出ていない」という意味が多いが、ここでは「『何を求めようとしているのか』と『立式』が噛み合っていない」という意味だ。立てた式自体が間違っている。式が間違っているのだから、答えが合うわけがない。

それはともかく、この問題はかなり有名な問題で、いろんなところで使われている。
たとえば『パタリロ!』(魔夜峰央)第42巻「のびちぢみリング」でもこの問題が登場する。


パタリロ!42巻のびちぢみリング


もともとは誰かが考えた問題なのだろうが、原典となる出典は寡聞にして知らない。
どこかの古典にでも載ってるのかな、と漠然と思っていた。


閑話休題。夏休みなので紀行文をよく読む。
特に今年のように、下手に旅行ができない時などは、紀行文を読んで旅行気分を味わう。


『東海道中膝栗毛』(十返舎一九)
『八十日間世界一周』(ジュール・ヴェルヌ)
『阿房列車』(内田百閒)
『南仏プロヴァンスの12か月』 (ピーター・メイル)
『深夜特急』(沢木耕太郎)


鉄板ばかりの名作揃い。家にいながらにして旅行気分が存分に味わえる。
そのうち、内田百閒の『阿房列車』を読んでいたら、件の宿代パズルが出ていた。

山系が隣りからこんな事を云ひ出した。
「三人で宿屋へ泊まりましてね」
「いつの話」
「解り易い様に簡単な数字で云ひますけどね、払ひが三十円だったのです。それでみんなが十円ずつ出して、つけに添へて帳場へ持つて行かせたら」
蕁麻疹を掻きながら聞いてゐた。
「帳場がサアヸスだと云ふので五円まけてくれたのです。それを女中が三人の所へ持つて来る途中で、その中を二円胡麻化しましてね、三円だけ返して来ました」
「それで」
「だからその三円を三人で分けたから、一人一円づつ払ひ戻しがあつたのです。十円出した所へ一円戻つて来たから、一人分の負担は九円です」
「それがどうした」
「九円づつ三人出したから三九、二十七円に女中が二円棒先を切つたので〆て二十九円、一円足りないぢやありませんか」
蕁麻疹を押さへた儘、考へて見たがよく解らない。それよりも、こつちの現実の会計に脚が出てゐる。
(『特別阿房列車』)

ここで問題を出してきた「山系」というのは、旅行には必ず同行させられた百閒の弟子で、平山三郎という男。国鉄職員をやっていたため、「ヒマラヤ山系」と呼ばれていた。当時、国鉄職員は三等客車には無料で乗れたので、交通費を出してやることなく旅行に同行させることができたので、ちょいちょい百閒に連れ回されていたそうだ。

内田百閒というのは、まぁ、夏目漱石の弟子であるくらいだから、師匠に似て変な男だった。日本芸術院、日本文学報国会への入会推薦を「嫌だから嫌だ」という理由で断る。大学で教えており著作も多く十分な収入があるはずなのに、なぜかいつも貧乏で、借金取りとの戦いが日常茶飯事。
『阿房列車』の第1作内の「なんにも用事がないけれど、汽車に乗つて大阪へ行つて来ようと思ふ」という一文は有名で、乗り鉄の座右の銘として引用されることがある。

夏目漱石の弟子というのは、芥川龍之介のような変になり方と、内田百閒のような変になり方がある、と言ったら言い過ぎだろうか。両方とも僕の好みなので、芥川と百閒はともに僕の愛読書だ。

孤高を通した芥川とは違い、内田百閒は大学で教えていたので、弟子が多かった。系譜は脈々と受け継がれ、百閒の弟子にも変人が多い。その中でも比較的まともな平山三郎は、百閒の没後、『阿房列車』の記述には百閒の創作が多く含まれていることを明らかにしている。作り話と言えばそれまでだが、事実そのものは百閒にとっては話のネタに過ぎず、それを読む人が面白いように書き換えた、というところだろうか。
だからおそらく「宿代のパズル」も、平山三郎が出題したものではあるまい。どこか別のところで伝え聞いたものか、百閒自身が考えたものかどうかは分からない。

いずれにせよ、この問題がいろんな所で出題されているのを辿ってみると、いまのところこの内田百閒の著作が最も古い出典のようだ。
またどこか他のところでこのパズルを目にすることがあることもあるだろうが、同じ問題がいろんな所でいろんな使い方をされているのを見ると、この問題はまぎれも無い「名作」なんだろうな、という気がする。



「クレジットカードを3枚出し合って」という話に翻案中。

加法定理

sin1

sin2





明快な証明。

「バイエル」って誰?

本屋で書棚を眺めてて、ふと面白そうな題名の本があった。
新刊ではないが、なんとなく買って読んでみた。


Byel

「バイエルの謎 日本文化になったピアノ教則本」
安田寛、新潮文庫


めっちゃくちゃ面白かった。


この夏、僕が自信をもってお薦めできる渾身の一冊だ。大学の講義で課題として全学生に有無を言わさず強制で読ませたい。というか、夏休み読書感想文の課題図書、推薦図書の類いに一切選ばれていないのが不思議で仕方がない。僕が新潮社の企画担当なら、この夏の文庫フェアとして「新潮文庫の1冊」に選定したい。

この本を大学生に読ませたいのは、「大学での研究というのは、一体どういうものなのか」を端的に示している本だからだ。
世間一般に、大学での研究というのは、「人知を越えた知能を持つ天才達が、最新の装置やら理論やらを駆使して行なっている、難解で高尚な営み」と思われていることが多い。まったくの間違いとは言わないが、完全に正しくもない。少なくとも、大学に進学しようとしている高校生たちが身につけるべき姿勢は、そういうことではない。

世の中には大学の研究者が書いた本が溢れている。ふだん学問研究に関係ない一般人でも、誰でも読める。その中で、「本物の一流研究者」が書いた本というのは、読めばすぐに分かる。楽しそうなのだ。「自分の研究がどのように世の中の役に立つか」とか、「この研究にどのような価値があるのか」など、他人の評価は一切無視。ただひたすらに、自分が「面白い」と思った謎を追い求めて、その答えを探すことにのみ熱中する。答えにたどり着くまでは絶対に諦めず、必要とあらば世界の果てまで手がかりを追う。最後は執念で押し倒す。

よく、高校までは秀才で通ってきたが、大学に入って以降、勉強というものが分からなくなり、虚脱状態になる学生がいる。その理由は、「『勉強』というものの持つ意味が、高校までの中等教育と、大学から先の高等教育では、まったく違う」ということに対処できないことにある。

高校までの勉強は、他人に訊かれたことに答えられれば「優秀」とされる。自分の勉強能力を評価するのは、他人なのだ。中等教育というものは、高等教育に入るための準備段階という位置づけだから、必然的に既存の知識体系を敷衍することが中心になる。要するに暗記中心だ。「いままでの人類は、ここまでの知を積み重ねてきたんですよ」という、人類の知的遺産をとりあえず知ることが中心となる。

ところが高等教育はそうではない。大学から先の「勉強」というのは、「で、あなたが独自に見つけた真実は何ですか?」ということなのだ。既存の知識を敷衍するのは、大学では「手段」であって「目的」ではない。「自分で新たな真実を発見する」ということに結びつけられなければ、たとえ百科事典全冊分の知識を丸暗記したとしても、すべて無駄だ。

つまり大学から先の勉強というのは、「狩り」なのだ。自分が仕留めたい獲物を、どこまでも追い続ける。そのためには、まず何よりも最初に、自分が追うべき「獲物」を定める必要がある。つまり研究テーマとして取り組む「謎」だ。これがなければ、大学での勉強というものは始まらない。
大学に入ってから勉強に惑う学生というのは、この「謎」を持っていないのだ。既存の知識体系、普段生きている世界を、当たり前のものとして疑っていない。「なぜなんだ?」「どうしてなんだ?」という「謎」、つまり「獲物」がなければ、追い求めるという行為そのものが成り立たない。

そういう学生に「いま何の研究をしているの?」と訊いても、ろくな答えが返ってこない。ひどい学生になると、指導教官に「で、僕はどういう獲物を追えばいんでしょうか?」ということを訊いてくる。知らねぇよとしか答えようがない。何のために大学で勉強するのか、その目的まで人に決めさせるなと言いたい。


閑話休題。この本で追っている「謎」は明白だ。


バイエルって、誰?


非常に分かりやすい。この本の筆者は、この謎を追うために延々と調査を続け、研究に没頭する。「その解明がいったい何の役に立つのか」など一切考えない。研究の世間的な価値など、知ったこっちゃない。必要とあらば書類一枚を見るためにはるばるドイツやアメリカに取材に出かける。その過程からは、筆者が何の邪念もなく「狩り」に没頭し、謎を追い求める知的興奮が伝わってくる。


『バイエル ピアノ教則本』。
ピアノを習ったことのある人なら、誰もが一度は手に取ったことがある楽譜だろう。約160年の長きにわたって、世界中で使われ続けているベストセラーだ。

しかし、この教則本を作った「バイエル」なる人物、わかっていないことが多い。音楽の教科書にも出てこない。音楽室に掛けられるような肖像画もない。音楽辞典を調べても2〜3行しか載っていない。いつ、どこで生まれ、どのような経歴があり、どこで働き、どこで死んだのか、情報が一切明らかにされていない。

この本では、最初のほうに「バイエル ピアノ教則本」にまつわる様々な謎を提唱している。
たとえば、バイエルのピアノ教則本は、106曲から成る。なぜこんな半端な曲数が含まれているのか。なぜ100曲ぴったりではいけなかったのか。

さらに、バイエルは106曲のいわゆる「番号曲」のほかに、曲番号が割り振られていない12曲の「番外曲」が挿入されている。この「番号曲」と「番外曲」のバランスが、非常に悪い。何の脈絡もなく、突然「番外曲」が挟まっている。この正体不明の「番外曲」は、どういう意図で入れられたのか。
106曲の構成も不可解だ。バイエルの1曲め、最初の曲は、いきなり変奏曲で始まっている。しかも連弾だ。なぜ子供に教える最初の曲が、よりによって変奏曲なのか。

著者が一番疑問に思っているのは、「バイエルは、曲として全然おもしろくない」ということだ。子供にピアノを教える最初の教材としては、絶望的に曲がつまらない。「芸術的には無価値な曲ばかり」と断言している。なぜこんなつまらない曲を、バイエルは子供向けの練習用教材として作ったのか。なぜそれが、世界中で広く使われているのか。

さらに筆者は疑問の手を緩めない。最初のはしがきに、バイエルはこう書いている。

 この小品は将来のピアニストができるだけやさしい仕方でピアノ演奏の美しい芸術に近づけることを目的としている。
 子ども、とりわけまだまだ可愛い子どものためのこの本は、小品に許されたページ数の範囲内でどの小さなステップでも上手くなってゆけるように作ったものである。以上のことから、ピアノ演奏で出会うあらゆる困難、例えば装飾音などについてもれなく網羅することはこの小品の目的では有り得ないことを了解してほしい。実際、生徒が一年かせいぜい二年で習得できる教材を定曲するための入門書を作ろうとしたに過ぎない。こうした内容の作品はおそらくこれまでになかったもおのである。この作品は、音楽に理解がある両親が、子どもがまだほんの幼いとき、本格的な先生につける前に、まず自分で教えるときの手引きとしても役立ててほしいものなのである。
 私はこの後に中級程度まで進む詳しいピアノ教則本を出版することを考えている。
フェルディナント・バイエル


著者はこのはしがきを評して「何を言っているのだろうか」と疑問を投げかける。はしがきが言っているのは、「この教材を使ってもテクニックなんて身に付かないぞ」「先生につく?てめぇひとりで練習しろ」「弾き方?ママにでも訊いてろ」ということだ。つまりバイエルの教材は、音楽教室で先生に教わるための教材として作られていない。こんな意図で、はたして子供用の教材の役に立つのか。

バイエルは残された資料が極端に少ないので、この「はしがき」は、バイエルが自筆で残した数少ない貴重な資料だ。著者はこのはしがきを出発点に、バイエルが生きた痕跡を辿り続ける。

本の後半になって、著者は執念で「バイエルの謎」をひとつひとつ解き明かしていく。この謎解きがあまりにも見事で、鮮やかな解答というほかはない。正直、僕も読んでいてびっくりした。何を言っているのか不可解な「はしがき」に照らし合わせて、その意図がひとつひとつ明快に理解できる。 ネタバレになってしまうのでここでは書かないが、それが非常にもどかしいくらいの鮮やかさだ。

人文科学であれば、出てくる解答はすべて「仮説」の域を出ない。本当のところはどうなのか、を証明することは原理的に不可能だ。しかし研究者の直感として、真実に肉薄した仮説にたどり着いたときには、「仕留めた」という明確な実感がある。謎が阻む強固な壁を、自らの執念でぶち抜いたという実感、これこそが高等教育のもたらす最大の福音だろう。大学時代に一度でもそのような実感を得られる経験をしたら、ちゃんとした大学生活を送っていたということだと思う。

また、単に謎解きの本というだけでなく、謎を追う際の紀行文としても楽しめる。著者はバイエルの情報を追って、アメリカ、ドイツ、オーストリアに取材に出かけるのだが、その道中記が生き生きと描かれている。
どんな研究者でも、偉い大学の先生でも、自分の知らない外国の街にひとりで行くのは、怖いのだ。目的の所に辿りつけるだろうか。人に会ったら自分の用件をちゃんと伝えられるだろうか。こっちの不備で必要なものが手に入らなかったらどうしよう。そんな不安と戦いながら恐る恐る図書館を巡り、手がかりを見つけたときは大喜び、ガッツポーズをしながらホテルに戻る。そこには、世間一般に考えられている「大学教授」のイメージは欠片も無い。ただ一心に謎を追い続け、知りたいことを知ろうとする、「知のハンター」がいるだけだ。

大学生にこの本を薦めるときには、特に語学の必要性を説きたい。バイエルはドイツ人なので、調査にドイツ語が必要なのは当然として、この調査には少なくともドイツ語、フランス語、英語を使いこなすことが必須だ。大学の第二外国語で落第点を取っている程度の語学力では、この「狩り」は出来なかろう。銃もないのに狩りが出来るか。語学というのは、学問研究における基礎中の基礎だ。普段からそういう意識で語学の授業に出ている大学生が、どれほどいるのだろうか。

著者は調査の過程で、市井の人を含む、さまざまな人から助力を得ている。大学教授でありながら、自分の専門以外の分野に関しては、大学院生にだって謙虚に教えを乞う。真実にたどり着く「運」を偶然にでも掴むには、こうした日々の生き方が必要なんだろうな、と思わせてくれる。

知的研究の興奮を余すところなく伝え、世界を飛び回る紀行文が楽しめ、謎をひとつずつ解いていくパズルとして優れている。この夏、なにか読書をしようと思っている人に、ぶっちぎりでお薦めの一冊だ。


note

内容をまとめる読書ノートは当然コレ。



巻末の解説が、名著『絶対音感』の最相葉月というのも渋い。

俳句についてどう答えるか

次の文章は「啓蟄」という季語について解説したものである。これを読み、後の例句の中から一句を選んで、感じたこと考えたことを、160字以上200字以内で記せ(句読点も一字として数える)。なお、解答用紙の指定欄に、選んだ俳句を記入せよ。
注意:採点に際しては、表記についても考慮する。

二十四節気の一つ。陽暦三月六日ごろで、大陽黄経は三百四十五度。このころになると、めざとい人なら、冬眠からさめた昆虫やヘビ、トカゲ、カエルなどを見つけるが、だれの目にもふれるというわけではない。虫とは限らず、ヒベリのさえずりもこのころから聞こえてくる。虫出しの雷ということばもある。大陸から南下する寒冷気団の先頭にある寒冷前線が通るときに鳴る春雷のことだが、啓蟄のころには南からの暖気も強まりかけているので、雷声もひときわ大きくなりやすい。

例句
 啓蟄の虫におどろく緑の上
 啓蟄に伏し囀(さえづり)に仰ぎけり
 啓蟄や日はふりそそぐ矢の如く



東京大学 1989年入試問題(国語)第二問の問題。


東大は1999年まで「死の第二問」と呼ばれる作文問題を出題していた。「作文」という採点基準がよく分からない問題で、受験参考書や予備校はその指導の仕方に四苦八苦していた。

この、通称「死の第二問」がそう呼ばれているのは、勉強のしかたがさっぱり分からないということ以外に、問題のテーマとしてよく「死」が取り上げられる、という理由があった。1981年の「樹木の言葉」、1982年の「国木田独歩の手紙」、1985年の「金子みすゞの詩」、1987年の「夏の風景」などの問題はよく知られている。

その第二問が、1989年に「俳句」という前代未聞の出題を行い、受験業界の度肝を抜いた。高校の現代文の授業で、俳句というのは、まぁ、「受験に関係ない単元」として飛ばされることが多い。高校生としても、俳句がまさか東大入試に出題されるとは思わなかっただろう。この出題からは、東大が世間で最も注目される入試としての自覚をもち、文部省(現・文部科学省)が策定した指導要領を遵守しようという基本姿勢が見える。「 高校で習ったことなら、入試に出る」という、当たり前のことを当たり前に実行している。長らく出題されていた東大国語第二問のなかでも、この1989年の問題は別格の「伝説の問題」とされている。

僕はいままで受験参考書でいろいろと、この問題に対する解説を読んだが、すべて見当違いのものだった。おおむね書いてあることは「東大の受験勉強に没頭するあまり、日常生活から自然を感じる感性が失われていないだろうか。教育を受けた大人として、知識を覚える勉強ばかりでなく、自然に目を向ける感性が必要である。この問題からは、東大が要求する成熟した人間像が見えてくる」のような寝言ばかりだ。

(よくある誤答例)
「啓蟄の虫におどろく緑の上」

毎日を勉強ばかりしていると、世の中や自然に対する感性が鈍ってしまう。受験生は勉強ばかりしていればよいというわけではなく、自然に対する柔軟な感性をもち、自分をとりまく環境に感謝しつつ生活すべきだ。この句は、普段意識していない自然がいきなり自分の目の前に飛び出してきて、虚を突かれた狼狽を表している。この句のように自然と隔絶された生活を送ってはならず、余裕をもった精神生活を送ることが必要であろう。
(197字)


まぁ、0点だろう。東大を舐めるなと言いたい。東大が入試で問うているのは、東大に入って学問を修める資質が備わっているかどうかだけだ。自然に興味があろうとなかろうと一切関係ない。東大は「成熟した大人」「自然に関心がある『いい人』」を採ろうとしているわけではないのだ。

勘違いする人が多いが、この東大の入試問題の答えが、俳句の書評として優れたものである必要はない。これはあくまでも大学入試問題であって、俳句の書評コンテストではないのだ。その両者では、求められる資質が全く違う。世の中には「東大入試の正解」であれば、どんな場に出しても「正しいもの」と考える安直な人がいるが、そんなことは全くない。ここで書かなければならないのは「入試問題に対する正解」であって、「俳句を通して深く世の中を洞察する世界観」などでは無い。

だからこの問題の合格答案を作りたければ、そもそも「大学で学問をするために必要な資質」が分かっていれば、そこから逆算して考えればよい。
従来、「死の第二問」では、「死」にまつわる問題が頻出した。それは別に東大が「死」を好んでいるわけではなく、「『死』というテーマは、主観と客観を排して考えるのが難しい」というだけの理由だ。つまり東大が何年も繰り返し「死」について問うていたのは、要するに「『主観』と『客観』をきちんと分けて考えることができるか」ということを問うていたに過ぎない。

だから、それを問う他の題材があれば、別に「死」に関したものでなくても構わない。ここで俳句という題材を出してくる東大も東大だが、「問われている内容は以前と同じ」ということが分かっていれば、別に俳句の嗜みなど無くても合格答案は書ける。

解答を作る際、句の前にある歳時記的な説明文は使う必要がない。この説明箇所は、要するに「『啓蟄』っていう言葉は大丈夫ですか、こういう意味ですよ」という注釈に過ぎない。個人的には東大を受験しようとするほどの学生であれば啓蟄くらい知ってて当たり前だと思うので、この説明部分は不要だと思うのだが、この問題は「国語」の問題であって「理科」「一般常識」の問題ではない。句には3つとも「啓蟄」という言葉が使われているので、念のためその意味を書いてあるだけだ。啓蟄について「冬眠してた虫や動物が出てくる時期」程度のことを知っていれば、それで事足りる。

3つの句を見比べてみると、ひとつだけ種類の違う句がある。
「啓蟄の虫におどろく緑の上」「啓蟄に伏し囀に仰ぎけり」のふたつには、句の中に作者が登場している。「おどろく」主体は作者だし、「伏し」「仰ぎ」しているのも作者だ。このふたつの句の中は、純粋に描かれる客観世界ではなく、作者が登場することによって主体的な体験・主観的な情感が詠われている。

一方、「啓蟄や日はふりそそぐ矢の如く」の句には、作者が登場しない。これは世界を純然と客観視しているだけに過ぎず、物理現象を淡々と記述しているだけだ。それについて「こう思う」「こう感じる」という、筆者の主観は一切混じっていない。


haikunochigai
要するにこういう違い。


で、学問をするときに必要な姿勢はどちらか。
明らかに後者だ。学問をする際に必要なのは「対象を客観視すること」だ。現象を観測する時点で、個人的な感情や先入観が入っては絶対にいけない。論文を書くときに、内容に「筆者」という存在が登場してはいけないのだ。

この国語の問題は、その姿勢を問うだけのものに過ぎない。つまり、この問題は最初から「啓蟄や日はふりそそぐ矢の如く」の句を選べるかどうかが重要なのであって、他の2句を選んだ時点で0点確定だろう。その理由として、学問を修めるに必要な「主観・客観の区別」ということが書けていれば、合格答案としては十分だろう。

(解答例)
「啓蟄や日はふりそそぐ矢の如く」

他の2句では主体的存在として句の作者が存在しており、「おどろく」「伏し」「仰ぎ」などの行為を行なっている。これらの句では、句中に登場する作者が主体的に行為を行い、その目を通して自然現象を主観的に描いている。ところが「ふりそそぐ矢の如く」の句では内容に作者が存在せず、自然現象を客観的に記述している。主観を廃し、作者をとりまく自然を客観的に描こうとしている点で、他の2つの句とは異なる。
(195字)


まぁ、入試問題の答えとしてはこんなところだろうが、もしこの答案で俳句コンテストに応募したら落選間違いないだろう。そりゃそうだ、大学入試問題と俳句コンテストでは、求められているものが違う。東大入試の正解であれば世の中のどんな文脈であっても正しい、というわけではないのだ。

ましてや、東大は「受験勉強ばかりではなく、自然に対する憧憬が深く、生物に対する慈愛の心をもち、俳句を嗜む風流な学生」を合格させたいのでもない。そんなことは、大学で学問をする際には全く関係ない。東大の過去問の解説書は、やたらと「いい人競争」をさせようとする答案を「正解」として載っけているが、おそらく出題者の先生はそんな正解例を見て笑い転げているだろう。少なくとも、僕が個人的に知っている東大の先生で、俳句の心得がある先生など一人もいない。



人間性を問うているわけではないと何度言ったら

国の主権を担う者

太平洋戦争がもう1年続いていたら、日本で革命は起きていただろうか。


「主権在民」「民主主義」という言葉がある。誰でも聞いたことはあるし、意味も知っているが、その意義を実感してはいないだろう、という言葉だ。日本では、主権は国民にある。憲法にもちゃんと書いてある。しかし、「国民が主権をもつ」ということが一体何を意味しているのか、日常のなかで実感している人はそう多くはないのではないか。

歴史を紐解いてみると、「『国』の主権」というのは、要するに「国以外の単位」が生活単位として跋扈していた時代と区別をつけるためだったものが分かる。つまり、宗教。中世までのヨーロッパでは、「国」という単位よりも、「信仰する宗教」のほうが生活単位を形成していた。

ところが、絶対主義の時代になると事情が変わってくる。「宗教」よりも「国」のほうが単位として強くなる。歴史上、それが露呈したのは三十年戦争(1618〜1648)だろう。もともと三十年戦争は、ベーメンの新教徒の反乱に端を発した、単なる宗教紛争だった。それがいつのまにか「国家間の戦争」に様変わりする。その契機となったのがフランスの参戦だ。カトリック国のフランスが、ハプスブルグ家打倒のために新教国側で参戦する、というおかしなことが起きた。これは、「宗教」よりも「国家」のほうが超越した存在になったということだ。

歴史資料を見れば分かるが、三十年戦争の講和条約のウェストファリア条約は、それまでの戦後の始末とは種類が異なる。条約適用の対象が明確に「国家」となっており、世の中が宗教ではなく「主権国家」を行政単位として再編成されていく過程が見て取れる。絶対王政が隆盛を極める過程で、主権国家の存在が確立し、主権国家間の調整による国際秩序が求められる時代になった。

しかし絶対王政の当時は、国の主権は国王にあり、それが国民に移るのはもう少し時間がかかる。一番分かりやすいのはフランス革命だろう。国王が握っていた主権を、国民が奪う、という最も分かりやすい形での主権委譲だ。

僕は従来、フランス革命を「迷走した挙句、矛盾した結果になった、単なる笑い話」程度の認識しかしていなかった。王制打倒を唱えて、革命戦争を繰り返した挙句、軍事権をひとりに委譲し、そいつが皇帝を名乗る、という本末転倒ぶりはまるで落語のようだ。フランス人は革命をえらく誇らしげに祝うが、なぜあんなに大失敗に終わった革命を誇るのか分からなかった。

しかし考えてみれば、一握りの権力が独占していた「国の主権」を、一般国民が持つようになる歴史の移行など、一回でうまくいくはずがないのだ。フランス革命は確かに失敗したが、そもそも「国民が主権を持つ」というチャレンジを行なった最初の挑戦だった。他の国はすべて、国民が主権を握るようになる過程で、フランスの失敗例をしっかり見据えて主権譲渡を行なってきた。その前例となったという意味で、フランス革命は歴史上の意義を保ち続けるだろう。

フランス革命は近隣の絶対主義諸国に衝撃を与えた。下手をすれば自分の国に革命が飛び火する。だから近隣諸国はフランスを包囲して革命の押さえ込みにかかった。ここで、果たしてナポレオンという軍事的天才がいなければ、革命は瞬時に潰されていただろうか。

そうは思わない。フランス革命以前と以後では、戦争のしかたが違うのだ。
フランス革命では、まがりなりにも「一般市民が主権を持つ」という段階を一応達成した。フランス革命戦争で周辺諸国と戦ったのは一般市民から募った義勇軍だが、その戦意は中世までの戦争とは段違いだっただろう。なにせ、それまでの「王様に徴兵されて嫌々戦う」のではなく、「自分の国のために、自分の力で戦う」のだ。こうしたナショナリズムに基づいた義勇軍は、徴兵制によって常時戦力が補充できる国民軍の編成を可能とした。

これは裏を返せば、戦争が長期化することを意味する。国民主権を達成したことによって、「自分たちの国のために戦う」「決して諦めない」という強い動機付けが生まれる。フランス革命以降、戦争は主権者の一存で終結するのではなく、終戦の判断が合議に委ねられる形態に変化した。

そうした挙国一致体制は第一次世界大戦でも継続したが、その理由はちょっと異なる。第一次大戦の場合、兵器の技術が上がって犠牲者数が激増したため、徴兵制で国民を総動員しないと戦争が継続できなかったのだ。終戦のための講和会議も、莫大な犠牲に見合うだけの成果を得なくては国民世論が納得しないため、戦争が泥沼化した。敗戦国ドイツには1320億金マルクという非現実的な賠償金がで懲罰的に突きつけられた。実際問題として経済が破綻したドイツにこんな莫大な賠償金を支払う能力はなく、踏み倒す以外に道はない。かくして「ベルサイユ条約体制破棄」を唱えるナチスの台頭を招いた。

第一次大戦時に見られる傾向は、国民主権のもとで、「国民の意思で戦争を終結させる」という動きが出始めたことだ。ロシア革命、ドイツ革命は、総力戦への動員に疲弊した国民が、政権を奪い無理やり戦争終結を画策したものだ。

こうして見ると、「主権」というものの形成には、戦争が大きく関わっていることが分かる。国の主権のあり方は資料から直接観察できない類いのものだが、戦争のあり方を見れば、各時代の国家のあり方と密接に結びついていることが分かる。


翻って、日本ではどうだろう。
日本では、「主権」を獲得するための闘争を経験していない。封建制度の次がいきなり立憲民主制で、しかも「国の中枢にいる頭のいい人達が勝手に決めた憲法」によって、上から降ってきたものだ。大日本帝国憲法下では天皇にあった主権が国民に下りてきたのも、国民の苦闘によるものではない。アメリカによって作られた憲法によってそう決められたに過ぎない。

大日本帝国憲法が発布された時、「国の主権は天皇にある」ということの意味を理解していた国民がどれほどいたのだろうか。日本国憲法が発布された時、「これからは国の主権は国民がもつ」ということの意味を理解していた国民がどれほどいたのだろうか。
日本では、必然性もなく、「よその国がそうしているから」という理由で主権国家体制が固まった。国民による希求よりも制度のほうが先に出来てしまったため、いわゆる民主主義的な感覚が十分に育つまえに外枠が決まってしまった観がある。

日本は太平洋戦争で総力戦をはじめて経験したが、戦争があと数年続いたとしても、ドイツやロシアのように戦争継続に異を唱えて革命を起こし、主権のあり方を示すような行動をとれたとは思えない。教育勅語の賜物なのか、本当に最期の一兵まで戦おうとしただろう。決して、民主主義が成熟している国民のやることではない。

そして今、日本の民主主義の浸透度合いは、太平洋戦争当時からどれほど進歩しているのだろうか。政治を「一握りの政治家が勝手にやっていること」と思い込み、政治不正に文句を言って溜飲を下げているレベルに留まっていないか。国の主権を自分たちが握っているということが本当に分かっていれば、政治に対してそういう態度は絶対に取れないはずだ。

今年は夏に参議院選がある。衆議院を解散して衆参ダブル選挙になる可能性もある。
そういう時勢で、国の主権というのは何なのか、主権をもつ主体として国にどう関わるべきか、そういうことをきちんと学校で教えているのか、心配になる。



学生が「面倒だから選挙に行きたくない」とか抜かしていたので
ペンギン命

takutsubu

ここでもつぶやき
バックナンバー長いよ。
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