Philosophy

2018年03月21日

世の中が必要とする虚像

joan



ジャンヌ・ダルク(Joan of Arc、??〜1431)


フランスの国民的ヒロイン。百年戦争(1338〜1453)で危機的状況にあったフランスに颯爽と現れ、イギリス軍を駆逐した「伝説」をもつ。「フランスを救え」という「神の声」を聞いたとされており、数々の奇蹟的な軍事行動でフランスを勝利に導いた。
のちイギリス軍に捉えられ、異端審問ののち、19歳で火刑に処される。

その人生は後世の創作家に影響を与え、多くの作品の題材となっている。シェイクスピア、ヴォルテール、シラー、ヴェルディ、チャイコフスキー、マーク・トウェイン、バーナード・ショーなどが彼女を題材に作品を作っている。
1920年、ローマ教皇ベネディクトゥス15世がジャンヌを列聖した。それを以て、現在ではカトリック教会において最も有名な聖人のひとりとされている。


しかし、このジャンヌ・ダルク、実際にそこまでの歴史的役割を担っていた人物なのだろうか。
彼女が活躍した百年戦争の経緯を見ると、歴史における彼女の役割がはなはだ怪しい。


百年戦争の直接の原因は、イギリスがフランス王室の継承権を主張したことにある。しかしそれは単なる口実だろう。当時の王政はまだ盤石なものではなく、単に「地方の支配者」的な意味合いしかない代物だった。当時のフランス王室はヴァロア朝だが、経済的基盤に乏しく、絶えず継承問題で揺れており、おまけにペストまで蔓延していた。決して100年も頑張ってまで乗っ取りたい王朝ではない。

イギリスの本当の狙いは、羊毛産業の中心地であったフランドル地方にある。現在のベルギーだ。当時のヨーロッパ経済は、北ドイツ都市からライン川に沿って南ドイツ、さらに北イタリアに至る「南北のライン」が繁栄を謳歌していた。この南北ラインに沿ってヨーロッパの物流が成り立っており、都市経済が発達した。
イギリス、フランスはその南北ラインからはずれており、好景気の恩恵にあずかることができなかった。そこで、南北ラインに隣接するフランドルを奪い合うことで、その利益を簒奪しようと画策していた。もともとイギリスは大陸側にも領土をもっており、フランドルはちょうどイギリスとフランスの領土の境目にあたる。

フランドルの特筆すべき産業は、毛織物産業だ。イギリスは土地が貧弱で農業に適さないため、古くから羊毛産業が盛んだった。しかし当時のイギリスはまだ産業が未発達で、羊毛を加工する技術がない。そこで羊毛をフランドルに輸出し、フランドルが羊毛を加工し市場に売り出した。当時のイギリスは、単なる「貧しい資源輸出国」に過ぎない。

そこでイギリスは、フランドルを自国の領土にすることで、原材料から加工までを包括する一大産業圏を構築しようと企んだ。フランドル側も、特に何の産業もないフランスの一部になるより、羊毛を絶えず供給してくれるイギリスに支配されることを望んでいた。百年戦争の序盤でイギリスが優勢だったのは、いわば当然だったと言える。

ところが予想に反して戦争が長引いてしまい、その間に興味深い現象が起こる。戦乱の場となったフランドルを捨てて、毛織物産業の労働者たちがイギリスに移住してしまったのだ。そりゃ、自分たちの街が戦乱の場となったら、より経済活動に有利な場所に引っ越すに決まってる。イギリスは羊毛の産出地であり、そこに移民すれば、原材料の調達から加工までを同じ地域で行うことができる。フランドルの職人たちは、ドーバー海峡を挟んで戦乱から離れたイギリスで、効率よく産業に従事することができた。

歴史資料を見てみると、百年戦争の間にイギリスは原料輸出国から製品輸出国に変貌を遂げていることがわかる。フランドル職人が移住してきたことにより、羊毛を輸出する必要がなくなった。その代わり、国内で毛織物が作られるようになり、完成商品を輸出するようになる。百年戦争の間に、イギリスは先進的な工業国に変貌を遂げたといってよい。

つまりイギリスにとって、それ以上、百年戦争を継続する理由がなくなった。もともと産業の中心地であるフランドルが欲しかったのに、その都市機能がまるごと自国に転がり込んできたのだ。フランス王室の継承権など開戦の口実に過ぎず、もともと要らないものだ。そこでイギリスは、メリットのなくなった百年戦争からの撤退を決断する。

つまり百年戦争は、ジャンヌ・ダルクがいなかったとしても、どのみちイギリスが撤退して終わったことになっていただろう。百年戦争の間、フランス側は良いニュースが何もなかった。相次ぐ戦乱に重税が課され、疫病が流行り、厭戦気分が蔓延して、農民反乱が頻発している。当時、まだ盤石でなかった王政はなんとか支配力を強めようとして、貴族への軍事指導権を掌握しようと内部抗争に明け暮れた。国中が疲弊し、士気が下がる一方だった。

そこへ颯爽と現れたのがジャンヌ・ダルクだった。彼女の存在でフランス軍の士気が上がったのは本当だろう。彼女の活躍でイギリス軍を「蹴散らし」、長く続いた百年戦争に「勝利」した。
しかし、百年戦争のあとの歴史を見ると、負けたはずのイギリスは繁栄する一方で、勝ったはずのフランスは長い低迷期に入る。戦争の結果とその後の展開が、まったく逆だ。

イギリスではフランドル職人の流入によって一気に産業が活性化し、資本家たちはそれを支える道路や港湾などのインフラ整備、行政機構、商取引のルールを取り決める法律の整備を求めた。それらの事業には強力に権限を付与された国家権力が必要だ。かくしてイギリスでは、資本家たちの要請によって、各地に割拠していた中世的な分権諸侯が軒並み刷新され、国王の権力が強まった。イギリスの王政は上からの押しつけによって成り立ったのではなく、下からの要請によって作られたものだ。経済的な基盤の上に成り立った王政は強力なものとなり、経済と政治が一体となった近代的な国家モデルが形成された。この流れが、近代におけるイギリス絶対王政の端緒となる。

一方のフランスは、百年戦争に「勝った」ものだから、何も変化が起こらなかった。イギリスのような近代化への改革から取り残され、資本や技術の集積もなく、相変わらず中世のままの封建的な農業経済、分権的領土主義が続いた。百年戦争を境に、フランスはイギリスから約100年の遅れをとることになる。百年戦争に「勝った」という勘違いは、フランスに重大なツケを残した。

当時のフランスのような世情において、世間が求めるものは何か。
「自分たちは凄いんだ」という自信を取り戻してくれる「英雄」だろう。本当かどうかは問題ではない。自分たちが誇り、士気を高めてくれるような存在に縋るようになる。「俺たちは戦争に勝った」「勝ったんだ」と自信をつけてくれる存在を求める。

ジャンヌ・ダルクは、そうした状況のフランスに現れた。彼女が英雄的存在だったというよりは、当時のフランスは、誰でもいいから、「国家的なプライド」を保ってくれる存在を必要としていた。ジャンヌ・ダルクの英雄譚は、そうした必要性によって祭り上げられた虚像ではないか。 
そのように、世界史上の「英雄」というのは、その人が本当に英雄だったというよりも、世の中が英雄を必要としていたために作られた虚像のほうが多いのではあるまいか。 

沢村栄治
日本の野球界で「伝説の投手」とされているが、残された数字を見る限り、大した投手ではない。戦争時という不幸はあったとはいえ、沢村程度の投手であれば現在でもたくさんいるだろう。しかし日本球界では沢村を批判することは許されず、誰もが口を揃えて「史上最高の投手」の大合唱だ。
それも原理はジャンヌ・ダルクと同じだろう。「英雄だった」のではなく、「人々が英雄を必要としていたため、英雄にでっち上げられた」のだと思う。戦争に負け、国中が自信を喪失している世相で、日米野球でアメリカチーム相手に堂々と立ち向かった。その日米野球でも実際にはめった打ちにされているのだが、そんなことは誰も気にしない。比較的ましな程度の投手を、盛りに盛って、英雄ということにしてしまう。「沢村は大投手」なのではなく、時代の要請によって「沢村は大投手でなければならない」というのが実情だっただろう。

ジャンヌ・ダルクを裁いた裁判は、イギリスの軍事裁判ではなく、キリスト教に基づく異端審問だ。建前上、キリスト教に基づく教義裁判であれば、イギリスもフランスも関係ない。戦争の捕虜を宗教で裁くこと自体、裁判の本来的な機能からすれば有り得ない。ジャンヌ・ダルクの裁判は、そのあり方からして大きく道理から外れている。

カトリック教会が問題視したのは、ジャンヌが「直接、神の声を聞いた」と主張したことだ。カトリックの教義では、人は直接、神と接することはできない。教会の存在が無意味になってしまうからだ。教会は神と人をとりもつ「権威」でなければならないので、教会をすっ飛ばして神と直接コンタクトを取ったと主張するジャンヌは異端だった。

カトリック教会は手を替え品を替え、ジャンヌに「私が間違っていました」と自白させようとしたが、ことごとく失敗した。有名なのは「神の恩寵を受けていたことを認識していたか」という審問だ。イエスと答えてもノーと答えても異端となる、「悪魔の問答」の一種だ。カトリックでは人と神は直接コンタクトをとってはならないので、イエスと答えれば自身に異端宣告をしたことになり、ノーと答えれば「私が勝手にやりました」という罪の告白をしたことになる
ジャンヌはその審問に「恩寵を受けていないのであれば神が私を無視しておられるのでしょう。恩寵を受けているのであれば神が私を守ってくださっているのでしょう」と答えた。その場にいた異端審問官たちは唖然としたそうだ。機転が効く少女であったことは確からしい。劇作家のバーナード・ショーはこの問答記録に深い感銘を受け、戯曲の題材にしている。

裁判を請け負った異端審問官は、イギリスの教会から「ジャンヌを有罪にしろ」とかなり強い圧力を受けていた。つまり、最初から有罪であることは決まっており、その根拠をこじつけるための裁判だったのだ。ところがこととごく失敗したものだから、最後は牢内のジャンヌの服を剥ぎ取り、無理やり男ものの服を着せて、「男装したから有罪」という無茶苦茶な理由で火刑に処している。

そうした「何が何でも無理やり処刑」という教会内の意向とは別に、ジャンヌの神聖性は民間伝承として語り伝えられた。つまり、ジャンヌ・ダルクという存在は「キリスト教会としては封じ込めたい存在だが、世間では人気があり人々が必要としている」というものだったのだろう。そうでなければ、長い年月を経て語り伝えられ、最後はカトリック教会に名誉復活を認めさせ、聖女に列せられるようなことにはならない。

「歴史上、重要な役割を果たした人」なのではなく、「人々によって求められ、歴史が必要とした人」だったのだと思う。歴史のなかには、たまにそういう人が出るのだろう。
人間は、決して起こったことを客観的に後世に残すのではない。世の中の透明な事実を見るのではなく、世界を自分の見たいように見る。英雄が必要であれば、英雄をつくりだす。そうした虚像は、歴史の事実から乖離した「嘘」というよりも、「人間とはそういうものだ」という一面の真理を写しているような気がしてならない。



スポーツ新聞で常に一面に載るタイプの選手もそれと同種。


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takutsubu at 09:05|PermalinkComments(0)

2018年02月17日

もし樹木が喋ったら

次の文章は、島崎藤村の「樹木の言葉」の一節である。これを読み、感じたこと、考えたことを、160字以上200字以内で記せ。句読点も1字として数える。


[シュロ(棕櫚)] 萩もどうしたろう。

[ツツジ(躑躅)] あの友達は去年の暑いさかりにこの庭から移されて行った。裏の石垣の上で、暑熱のために枯れた。

[シュロ] ここにはもう菊の芽も見えない。

[ツツジ] 菊も萩と一緒に捨てられた仲間だ。

[シュロ] みんな沈黙の中に死んで行ったのか。

[ツツジ] それほど私達は無抵抗だ。けれども私たちは人間のように焦らない。人の生涯はなんという驚くべき争闘の連続だろう。彼等が焦りに焦るのは、そうしてこの世を急ごうとするのだろう。それに比べると、私たちはもっと長い生命のために支度をせねばならない。私達の仲間には何百年もかかって静かにこの世を歩いて行くものすらもある。

[シュロ] そろそろ生温かい、底に嵐を持ったような風が吹いて来た。紅い芍薬の芽がもはや三四寸も延びた。あの芽の先に開きかけた若葉は焔のように見える。

[ツツジ] どんな嵐が先の方で私達を待ち受けていることか。それを通り越さないかぎり、私達の花咲く時も来ないのか。私はもう春を待つ心には耐えられないような気もする。私は嵐そのものよりも、それを待ち受ける不安に耐えられない。

[シュロ] 私達が春を待ち受ける心は、嵐を待ち受ける心だ。


樹木が喋る、という奇怪な世界観をもとに文章能力を問う問題。
別にどこかの妄想話コンテストの問題ではなく、東京大学1981年の現代文[二]の問題だ。

1999年まで、東大現代文には「死の第二問」と呼ばれる作文問題があった。何が正解なのか、どう答えればいいのか、受験生を悩ます難問とされていた。
この作文問題は、受験生にとって難問という意味で「死の第二問」だったが、それ以外にもその呼称の理由がある。出題のテーマにことごとく「死」の概念が含まれていたからだ。今回とりあげた1981年の問題でも、樹木が死について語り合い、ため息をついている。

僕はこの東大の「死の第二問」が大好きで、ことあるごとに趣味として解いている。なんというか、学問をする姿勢をためす問題として、非常に良問だと思うのだ。2000年を境にこの作文問題は廃止されたが、おそらく正答率が極端に低かったのだろう。いくら良問であろうとも、受験生が全滅であれば、選抜試験の役に立たない。惜しい問題を失くした感がある。

いままでも僕はこのBlogで「死の第二問」を取り上げたことがる。金子みすゞの詩の問題や、国木田独歩の手紙の問題は、それぞれに狙いがわかりやすくて解きやすい。
今回の島崎藤村も、東大の狙いははっきりしていて、書けばいいことは比較的わかりやすい。 「死の第二問」のなかでは、難易度は低い問題だろう。

東大の意図は単純だ。この問題を通して、学問を修めるために必須の能力を見ようとしている。決して、人生経験豊富な、人格高潔な人間を見極めようとしているのではない。いくら「いい人」であっても、学問的には資質のない者であれば、入学を許可しない。大学入試の本義に照らし合わせて考えてみると、当然だろう。

ところが、どうして受験参考書の類いは、この手の問題を解説するときに、「いい人争い」をさせようとするのだろうか。
教学社出版の過去問集(いわゆる「赤本」)は、この問題にこのような解説を載せている。

落とし穴は「嵐」を「通り過ぎないかぎり、私達の花咲く時も来ないのか」である。この部分を、努力してつらい時期を通り越さないと希望は実現しない、だからどんな苦しい試練にも立ち向かっていかねばならないというように理解してはならない。むしろ、シュロにせよツツジにせよ、受け身で「無抵抗」な形で嵐に翻弄され、それをなんとか乗り切れる力があれば翌年を迎えられるという話である。決して積極的な内容ではない。しかも、その「不安」にも「耐えられない」とツツジは言っている。ツツジはもう命を終わろうとしているのである。

東大受験生の少なくとも半分くらいは小学生の頃から「焦りに焦」ってひたすら東大に入るために頑張って来たにちがいない。しかし、人生という長いスパンでみれば小学生の頃思いっきり野原を駆け回ることもせずただひたすら勉強してきたことがよいことなのだろうか、ゆったりとした心で文学を楽しむということもせずに二等辺三角形の面積や因数分解や果ては微分・積分などに追い立てられた学校生活を送ったことが本当によかったことなのか。そのような問いを出題者は突きつけている


また、齋藤孝は『齋藤孝の読むチカラ』でこの問題を取り上げ、次のように解説している。

問題文中に「人の生涯はなんという驚くべき争闘の連続だろう。彼等が焦りに焦るのは、そうしてこの世を急ごうとするのだろう」とあります。これは、出題者から受験生への問いかけでしょう。「受験勉強を一生懸命やってきたと思いますが、焦りに焦った人生は、それで良かったのですか」と問いかけているように思います。




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赤本も齋藤孝も、どちらもとてもいいことを言っている。
いいことを言ってはいるが、答案としては無価値だ。おそらく0点だろう。

繰り返すが、東大は「いいことを言え」という問題を出しているのではない。受験生の人生を評価しようとしているのでもない。東大にとっては、受験生が勉強ばかりの必死な受験生活を送っていようが、そのために生き生きとした子供時代を犠牲にしようが、そんなことはどうでもいいのだ。東大が見ているのはただ一点、「いま現在、どれだけ学問を修めるに足りる能力があるのか」だけだ。それまでの人生などは一切関係ない。

ちなみに東大の先生や学生というのは、世間で思われているような「勉強ばっかりしてきた、社会不適応の頭でっかち」はほとんどいない。その程度のキャパシティーしかない人は、どうせ学問をしてもいずれ潰れる。僕が個人的に知っている東大の先生の中にも、子供の頃からずっとガキ大将だったり、高校の時にインターハイに出場していたり、学会をさぼって飲みに出かけてばっかりだったり、フルマラソンで3時間を切って完走したり、いろんな人がいる。


現代文という、あまり科学に関係のなさそうな科目であっても、そこで問われているのは学問に必須の科学的思考能力だ。学問に必須の能力の基本は、なんといっても客観的な現状把握にある。目の前にある事象に対して、「自分がどう感じるか」を一切封じ、客観的に事実の把握に務める。その段階がいいかげんだと、その先の段階すべてが水泡に帰す。

東大の「死の第二問」が難問とされていたのは、そこで問われている能力が、学校で習う「作文」の授業とまったく正反対だからだ。まぁ、学校で書かされる作文の最たるものは読書感想文だろう。本を読んで、自分がどう感じたか、を書かなければならない例のやつだ。
「自分でどう感じたか」というのは要するに主観なので、学問に必須な科学的思考法とは対極にある。「自分がどう感じたか」は、学問の世界では絶対に表に出してはいけないものなのだ。要するに学校で書かされる読書感想文というのは、「大学に入ったら絶対にやってはいけないこと」を延々とやらせていることになる。

学問に客観性が必要なのは、それがなければ「観察」ができないからだ。科学的方法論はすべて、事実の観察が出発点となる。その観察の段階で「もう少し朝顔の芽が伸びてほしい」「ひまわりの花はこっち側を向いてほしい」「STAP細胞が実在してほしい」などという主観が混じっていると、純粋な事実を記述できなくなる。「観察者の存在が対象に影響を与える」という量子力学が科学にとっての大問題なのは、そのためだ。

科学では、観察によって得られた「事実」をもとに、その体系のしくみを構築していく。しかし、神の視点のように「世界の全体像」がいきなり手に入るわけではない。そこで方法論として、個別事象に対する「疑問点」をつくりあげ、それに対する「仮説」をたてていく。こうした「疑問」→「仮説」という細かいドットで世界を埋め尽くしていくことによって、全体像に迫る。それが科学という営みだ。

このような営みを人類全体で遂行していくためには、それに参加する者全員に方法論が共有されている必要がある。細かく埋め尽くされたドットのどこかに、「ルール違反」のドットが混じっていれば、そこが世界の全体像の穴になってしまうのだ。東大をはじめとする諸大学が、入試で「ルール違反」を犯しかねない受験生を排除するのは、そのためだ。小学校から高校まで、12年も科学の方法論を習っておいて尚、科学的な思考法を身につけていないのであれば、それは学問を修める者として失格だろう。ましてや「理科なんて世の中で必要ないじゃん」などと嘯く者は、最初から論外だ。


なんかあれですな、たくつぶでは「科学的方法論とは何か」のようなことを言い出すと、話が長くなりますな。


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はいはい、わかったわかった。



さて問題の東大現代文ですが。
まぁ、テーマは「死」だろう。樹木の話のなかに直接出てきているので分かりやすい。東大が問うているのは、「『死』という重いテーマでも、主観を交えずに、客観的に考えることができるか」という問題だ。

ワレワレ人間にとっての「死」とは、すべての終わりを指す。死んでしまえばすべてが終わり。その後の世界はない。少なくとも、その後の世界を説得力のある形で示せる者はいない。
いわばワレワレの死生観においては、「生」とは直線的なものであり、その末端には終わりとしての「死」がある。

しかしそれはワレワレ人間にとっての話であって、植物にとってもそうであるのか、というと話が違う。問題文中で、シュロとツツジは「死」を決して「すべての終わり」とは捉えていない。


「けれども私たちは人間のように焦らない。… それに比べると、私たちはもっと長い生命のために支度をせねばならない。私達の仲間には何百年もかかって静かにこの世を歩いて行くものすらもある。」

「あの芽の先に開きかけた若葉は焔のように見える。」

「どんなが先の方で私達を待ち受けていることか。それを通り越さないかぎり、私達の花咲く時も来ないのか。」

「私達がを待ち受ける心は、を待ち受ける心だ。」


これらの樹木の言葉から分かるのは、植物は冬という「死の時期」をやり過ごしたら、春という「再生の時期」を迎える、という死生観をもっていることだ。冬にいったん葉を落として丸坊主になってしまっても、春になったらまた芽が吹いて再生する。「春を待ち受ける心」と「嵐を待ち受ける心」が同じ、ということは、「死」ですべてがおしまいなのではなく、「死」がそのまま「生」につながって、死と生が循環している、ということだ。人間と違って、植物の死生観は円のような循環構造をしている。

書かなければならないのは、それだけだ。
人間と植物では、死生観が違う。人間は直線的な死生観、植物は循環的な死生観。その対比をわかりやすく書けばいい。

ここで大切なことは、「植物が自身の死生観についてどのような感情をもっているか」を答案に書いてはならない、という点だ。問題文の前半部分を見ると、シュロもツツジも、死について暗鬱たる感情を持っているように読める。しかしこの文から読み取らなければならないのは「事実がどうであるか」であって、「それをどう感じているか」ではない。

人間と植物の死生観の対比は、「人間にとっての死」を絶対的な観念として思い込むような、主観的な姿勢からは出てこない。人間にとって死はすべての終わりだが、はたしてそれは世界のすべてにわたって普遍的な事実なのか。人間は死を恐れるが、人間以外の視点ではどうなのか。そういう「人間という主観的な立場」をいったん離れて、「死」を広く客観的に俯瞰する姿勢がないと、このような比較はできない。科学的方法論の大前提、「客観的なものの見方」を問う問題としては、良問と言えるだろう。

「死の第二問」として通してみて見ると、東大の好みがはっきり表れている。いままで僕がBlogで載っけてきた金子みすゞや国木田独歩の問題と同じく、「死」をテーマとしており、鍵となる発想法は「循環」という構造に気づくかどうか、だ。いわば東大はこの「死の第二問」で、同じ内容を違った形で何度も何度も問うているのであり、そこで必要な能力は変わらない。

間違っても、「植物が死をどのように恐れているのか」とか、「不安に耐えられないツツジの気持ちは」などと、同情的な「感想」を書き散らしてはいけない。科学的な視点には、決して主観的な感情を混ぜてはならない。いくら「STAP細胞があってほしい」と願っても、無いものは無いのだ。
ましてや、どこぞの本で解説しているように、「行き急いで何になる」とか「受験生としてそれでいいのか」などのような、有り難い人生訓など全く必要ない。べつに東大は受験生に、ひとの生き様を説教しようとしているわけではない。また、その資格のある東大の先生も少ないだろう


(解答例)
植物も人間と同じく生と死という概念をもつと思われるが、両者の死生観は性質が異なる。人間の死生観では生から死までが直線的であり、終末に死がありそこですべてが終わるが、それとは異なり、植物は死と生が隣接している円環的な死生観をもっている。植物にとっては「死」はすべての終わりではなく、それが「生」につながり、死と生が同一の時点として捉えられている。そのため「死」に対する捉え方が、人間と植物では異なる。(199字)




僕はよく鉢植えを枯らします。


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2018年01月24日

「社説の何も言ってない感がヤバイ」

社説の何も言ってない感がヤバイ


新聞読む習慣がなかったんだけど、ここ1ヶ月ぐらい5誌(朝日、読売、産経、毎日、日経)の社説をぼーっと眺めてて気づいたこと。


社説って何も言ってなくね?


具体的な対案もなければ、事実を究明するわけでもない。

「俺でも調べりゃわかる」ってところは具体的に書いて、さあ主張する土台ができたぞ!ってところであいまいになる。

現行の政治や経済を否定したいなら、具体的な対案を出すべきだと思うんだが。それと、有名な人のブログを見るとだいたい対案が載ってる。そりゃ適当な記事もたくさんあるけど、そういうのはアクセス稼げないから淘汰されてる。

ネットマンセーとかじゃなくて、こう、頑張って取材してきただけのなんかがあるんじゃないの?他誌を出し抜くネタとか載っけたくないの?起こった事実だけならニュースでもいいけどさ、社説っていうんだからなんか言いたいことがあるんじゃないの?

「新聞」って世界のビジネスと政治を知らないからいろいろと大変なんだろうけどさ、あいまいな中学生の憤りにも似た主張を、高めの文章力で掲載してるだけに見えてるぞ今のとこ。


「わざとそう書いている」と考えれば、どうしてそういう書き方ばかりするのか見えるだろ。
事実の観察までは合格。あとは妥当な仮説を考えて検証する癖をつければいい。



あと一息だな。


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2017年10月27日

飯の種


kiken



村本大輔「興味もたせろ」物議呼ぶ投票行かずに持論

ウーマンラッシュアワーの村本大輔(36)が、今回の衆議院選挙の投票に行かなかったことを明かし、物議をかもしている。

村本は過去にも「投票に行ったことがない」と発言していたが、今回も23日にツイッターで「声を大にして言う。僕は今年は選挙に行かなかった」と告白。「全国民で選挙に行かなかったやつの方が多い。多数決の多数が国民の総意なら、選挙に興味なかった俺たちが国民の総意」と持論を展開し、「台風の中、選挙にいかせるぐらい政治に興味をもたせろ」と訴えた。

村本は「たった3週間でいい政党悪い政党判断できない」と投票に行かなかった有権者の思いを代弁。自身が投票しなかった理由については「日本は病気だとして政治家は医者。薬が公約だとして、その薬のいいことだけ教えてくれて肝心の副作用を伝えない医者をおれは信じない。そんな怪しい医者に大切な日本を任せきれない。だから行かない」と説明した。

また「政治意識の低い有権者が悪い」という声に対し、「けど政治は民主主義、税金払ってるんだから田舎の自分の仕事でいっぱいいっぱいで興味ない人を切り捨てるな。お笑いライブで客が少なかったら芸人のせい。政治でタチの悪いのはチケット代はライブにこなくても取ってるということ」と異議を唱えた。





gitai





思ってることを言うのではなく、言った通りに思うようになる。


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2017年10月25日

詐欺師の話し方

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話の意図をごまかそうとする奴しかこんな話し方はしない。


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takutsubu at 10:04|PermalinkComments(0)