「トイレ紙品薄 潤沢な供給で不安の解消急げ」
(2020年3月4日 読売新聞社説)
「生活必需品の売り切れ 情報見極め冷静な行動を」
(2020年3月3日 毎日新聞社説)
「新型肺炎とマスク 製造と配分の努力不足だ」
(2020年3月4日 産経新聞社説)
「パニック消費をあおる高額転売を許すな」
(2020年3月3日 日本経済新聞社説)


日本人というものは、とにかくトイレットペーパーというものが大好きらしい。何かと言っちゃあトイレットペーパーの買いだめに走る。東日本大震災、先の集中台風など、大災害のたびに店頭からトイレットペーパーが姿を消す。おそらくこの傾向は今後も消えることはないだろう。

各紙ともその現象について問題提起をしているが、その矛先がちょっとずつ異なる。最も記事の焦点が狭いのは産経新聞だ。似たような記事だが、実情は全然違う。他紙が「非常時の買いだめ・高価転売の是非」について話しているのに対し、産経新聞は「マスク」だけに絞って話をしている。話題を絞ることでそれだけ提言が具体的になれば結構なことなのだが、残念ながら焦点とともに内容も萎んでいる。

緊急時に政府は、国民のために権限をふるうことをためらってはいけない。医療機関や介護施設などでのマスク不足は医療の機能不全や肺炎拡大を招く。政府と自治体は医療機関への優先供給を始めている。全力を尽くすべきだ。
(産経社説)


「いま世の中で問題になっていることは、そういうことじゃない」という、ピントのずれた提言だ。医療機関でのマスク不足は、それはそれで問題ではあろうが、一般の新聞社説で提言を鳴らすべき種類の問題ではない。市井の読者にそれを主張したところで、どうにもならない。

のこりの読売、毎日、日経の3紙の中ではさらに、ちょっと趣旨が分かれる。主に読売・毎日は「買いだめ」にフォーカスを当て、日経は「高額転売」に注目している。これは、どちらが妥当な目の付け所かどうかという問題ではなく、純粋に購買層の違いだろう。一般家庭の読者が多い読売・毎日とは異なり、日経の主な購買層は経済・商業・財界従事者だ。それらの業種の人々にとって、現在最も深刻な問題は「流通」だろう。新型コロナウィルスの最も深刻な影響は、人とモノの行き来を流動化する自由な流通が阻害されていることだ。各国政府が躍起になって渡航制限をかけている中、流通の停滞は一部の産業界にとって死活問題だ。それに拍車をかけているのが転売業者だ。日経が高額転売を問題視するのも当然だろう。

一方、一般家庭のお父さんお母さんが読者の読売・毎日は、より日常生活の感覚に近しい「買いだめ」を問題視している。この問題に関して、読売と毎日の両紙は、同じような視点をもち、同じような問題点を指摘し、同じような提言をしているが、その説得力が高いとは言いがたい。

今回の買いだめ騒動には、「製造業者」「政府」「消費者」の3者が関連する。読売も毎日も、要するに言っているのは「製造業者」と「政府」がしっかりしろ、という内容だ。
「在庫はあります」と言うのなら、製造業者はしっかり生産して流通させろ。政府は法令を駆使して騒動の鎮火に努めろ。言っているのはそれだけだ。

このくらいの提言であれば、小学生でも書ける。さらに言うと、このくらいの提言はすでに何度も何度も新聞各紙が繰り返し書き続けてきたことだ。1973年のオイルショック以降、日本の新聞は同じような現象が起きるたびに同じような主張を繰り返してきた。そしてその結果が、今回のザマだ。全く提言が活かされていない。

70年代のオイルショック時の買いだめ騒動は、情報の不足が原因だった。一般消費者にとっては商品の在庫量など見当もつかず、「どうやら足りなくなるらしい」という噂が出た途端、誰も彼もがパニックに陥った。
あれから50年、社会の情報能力は飛躍的に向上し、一般市民も高度な情報を大量に入手できる時代になった。しかし相変わらずやっていることは同じなのだ。簡単に社会不安に陥り、50年前のスマホもネットもなかった時代の主婦と同様、簡単にデマに操られる。

「情報社会」なるものが世の中を決して良いものにしているわけではない、ということだろう。今回のパニック騒動は、「情報が足りないから起こった」のではなく、「情報が多過ぎるから起こった」ものだ。SNSによって、誰もが情報の発信源となり得る時代となり、デマの発生源が飛躍的に増加した。誰でも簡単にドラッグストアの空っぽの商品棚を写真にとり、SNSにアップできる。その結果、パニックが増加する。

世の中がどんなに変化し、テクノロジー的には進歩しても、起きていることは変わっていない。とすると、今回の騒動の真の原因となっているのは「製造業者」でも「政府」でもなく、明らかに「消費者」たる一般市民だろう。買い占め騒動の主体的な参加者である消費者が、もっと頭を使って理性的に判断できるようにならない限り、同じ事態は今後何年経っても相変わらず発生し続けるだろう。

台風や大震災のように製造業の工場稼働が止まるような事態であれば、商品が品薄になることも考えられる。しかし少なくとも今回の新型コロナウィルスの発生では、流通は多少の被害を被るだろうが、生産過程そのものに影響があるとは思えない。「原材料を中国から輸入している」などというデマに至っては、小学校の社会科資料集程度の情報でも嘘だと分かる。今回のデマに簡単に騙された人達は、小学校の授業で習う程度の知識さえ身に付いていないのだ。

人は社会不安に巻き込まれたとき、自分が見たい情報しか見ない。自分の頭で考えることを放棄し、誰かが大声で言っていることを安易に鵜呑みにしてしまう。そういう傾向と危険性に関しては、日本はおそらく世界で最も経験値が高いはずだ。しかしその経験が活かされているとは全く言えない。同じ過ちを、何度も何度も繰り返している。

今回の新聞記事で、各紙が警鐘を鳴らさなければいけないのは、そこではないのか。政府を批判すれば気分が良くなる人もいるだろうし、一般市民としては製造業に喝を入れてほしい気持ちも分かる。しかし、「読みたい内容を読んで喜んでいる」程度の思考能力では、今回のような社会不安を自力で乗り切れるだけの知的体力はとうてい望めないだろう。

蛇足だが、主要5紙のなかで、朝日新聞だけが買いだめ騒動について社説で触れていない。朝日新聞の主な購買層が製造業であることを考えると、朝日新聞の考えとしては「今回の諸悪の根源は、製造業」と考えているのだろう。購買層を非難するわけにはいかないから、いっそのこと社説を載せない。そういう態度だと思われても仕方がない。毎日世の中をこれだけ騒がせている問題に対して、全く問題意識を感じないのであれば、それはそれで大問題だ。



見出し語数の関係で「トイレ紙」という略語が定着しつつある



「トイレ紙品薄 潤沢な供給で不安の解消急げ」
(2020年3月4日 読売新聞社説)
新型コロナウイルスの感染拡大を受けて、マスクだけでなく、トイレットペーパーやティッシュペーパーも全国的に品薄になっている。官民挙げて正常化を急がねばならない。

トイレットペーパーなどについて、「マスクと原料が同じ」「中国から輸入できなくなる」といったデマがSNSで拡散したのが、騒動のきっかけとなった。いずれも事実に反する。原料は異なり、大半は国産だ。在庫も十分という。信頼できる情報源で確かめて冷静に行動してほしい。SNSでは、空になった商品棚の写真が次々とアップされる。それを見てデマを信じていない人も購入に走る。そのあおりで、地域によってはオムツや米、即席麺なども手に入りにくくなった。不安が増幅していく「負の連鎖」を断ち切るには、品薄の解消に最優先で取り組む必要がある。

特にトイレットペーパーは生活必需品だ。現在は多くの店で開店前から行列ができ、入荷してもすぐ売り切れてしまう。これでは業界団体がいくら「在庫はある」と呼びかけても安心できまい。製紙会社は在庫をできる限り放出し、増産にも取り組むべきではないか。政府には円滑な配送を支援することが求められる。一方、増産しているはずのマスクや消毒用アルコールの不足も一向に解消されない。より深刻な事態である。医療用マスクでさえ病院に十分行き渡っていない。改善は急務と言えよう。

政府は、国民生活安定緊急措置法に基づいて、マスクを製造業者から買い取り、北海道の自治体に届ける方針を示した。この法律は1973年の第1次オイルショック時に制定された。当時、トイレットペーパーなどが買い占められたことから、生活に不可欠な物資を安定的に供給し物価の高騰を抑える狙いだった。マスクや消毒用アルコールの不足を早期に解消するには、民間任せでは限界がある。同法のさらなる活用は検討に値する。消費者には節度ある対応が求められる。買い占めや転売目的の購入は慎むべきだ。

病院や介護施設の関係者など、優先度の高い人にきちんと届くようにしなければならない。この時期は花粉症で苦しむ人も多い。品薄の商品が、ネット上で非常に高い値段で売られているのも見過ごせない。通販やオークションのネット運営事業者は、社会通念上、問題がある出品については、直ちに削除すべきだろう。



「生活必需品の売り切れ 情報見極め冷静な行動を」
(2020年3月3日 毎日新聞社説)
新型コロナウイルスの感染が拡大する中、各地の小売店でトイレットペーパーやティッシュペーパーなどが売り切れる現象が起きている。実際は十分な在庫があるのに、買いだめをする人が相次いだためだ。インターネット上で「マスクの増産に伴って紙製品が品薄になる」とデマが流れたのがきっかけという。店頭から商品が消えていくと、さらに人々が買いだめに走り、品薄に拍車がかかる悪循環が生まれる。

47年前にも、石油ショックの際に店頭からトイレットペーパーが消えた。先の見えない状況に社会の不安が高まり、デマに人々が動かされる。当時の様子は、今に重なる。そのうえ、現在はSNS(交流サイト)の普及でデマが瞬く間に広まる。政府の説明とは裏腹に、マスクの品薄が解消されないことも、不安な心理を増幅させている。米やパスタ、缶詰など保存食品が売り切れる店もある。政府の一斉休校要請によって、家庭が急な対応に追われている面もあるのだろう。身近な場所で生活必需品を容易に入手できない事態は、人々の暮らしを脅かす。特に、1人暮らしの高齢者ら生活弱者への影響は深刻だ。繰り返されると、社会的なパニックを誘発しやすくなる。

新型コロナウイルスに関する政府の対応は、後手に回ってきた。今回の現象は、国民の間に募っている不信感と無縁ではないだろう。政府は商品の生産態勢や在庫について数値を示しながら、消費者に落ち着いた行動を呼びかける必要がある。品薄が起きないように、監視を強めることが求められる。

とりわけ、ネットを通じた高値での転売や、そのための買い占めは問題が大きい。経済産業省は大手ネット通販業者に、今月14日からマスクなどの出品を自粛するように要請したが、もっと早めるべきだ。業界団体や企業がメディアなどを通じ、在庫状況を紹介することも有効ではないか。広く小売店に並ぶように流通段階で工夫をしてほしい。

消費者の自覚も大切だ。軽い気持ちで必要以上に買い増すことが品不足につながる。品薄で高値になった商品を大量に購入すれば結局、損をすることになる。情報を見極めて、冷静な行動を取りたい。



「新型肺炎とマスク 製造と配分の努力不足だ」
(2020年3月4日 産経新聞社説)
中国・武漢発の新型コロナウイルスの感染の拡大により、さまざまな物資の供給がうまくいかなくなっている。デマの拡散に端を発して、各地の小売店でトイレットペーパーやティッシュペーパー、生理用ナプキンなどの紙製品が買い占められた。政府や自治体、関係業界は、生産や在庫の正確な情報を繰り返し国民に伝え、供給にも力を入れることで混乱を回避してほしい。国民の側もデマに踊らされない冷静な行動が求められる。

インターネットのSNS(会員制交流サイト)で、「トイレットペーパーやその原材料を中国に依存している」などの誤った情報が出回り、買いだめが始まった。生活必需品の急な品薄を知った消費者は不安を募らせ、買いだめに走る連鎖が起こった。だが、日本家庭紙工業会や政府が説明するように、生産量も在庫も十分だ。ほとんどが国内で生産され、原材料も中国に依存していない。最初に誰がどのような意図でデマを流したのか、経緯(いきさつ)を解明しなければならない。

消費者がデマに乗せられたのは、マスクを容易に入手できない状況も影響している。3月中にマスクの国内製造は月産6億枚になるという。政府はメーカーの製造ライン増設の補助金を設けたが、先週の段階で3件の決定では到底足りない。増設のインセンティブを強める思い切った手を打つべきだ。マスクは感染症流行時の必需品だが、中国からの輸入に7割も依存する状況を放置し備蓄も十分でなかった。平和ぼけであり政府は反省すべきだ。

政府は国民生活安定緊急措置法に基づき、メーカーに政府へのマスクの一部売り渡しを命じ、北海道自治体の住民へ優先供給することを決めた。緊急時に政府は、国民のために権限をふるうことをためらってはいけない。医療機関や介護施設などでのマスク不足は医療の機能不全や肺炎拡大を招く。政府と自治体は医療機関への優先供給を始めている。全力を尽くすべきだ。

マスクなどを高額転売することは絶対に許されない。政府は、インターネットオークションの事業者に14日からの出品自粛を要請したが遅すぎる。要請にとどまらず、買い占め等防止法、物価統制令などを用いて断固取り締まってもらいたい。



「パニック消費をあおる高額転売を許すな」
(2020年3月3日 日本経済新聞社説)
新型コロナウイルスの感染拡大で、マスクに続いてトイレットペーパーも店頭からほぼ姿を消した。「不足する」とのデマ情報が流れたのをきっかけに、消費者が店に殺到するパニックが起きた。デマにあおられてはならないと頭では理解していても、店頭から商品が消えていく光景を見れば不安にかられるのが消費者の心理である。事実ではない情報を流す行為は許されないのはもちろんだが、パニック消費に拍車をかける転売業者にも大きな問題がある。

自分で購入した商品を他者に売り渡す行為は基本的に違法ではない。しかし、消費者の不安心理やネットの匿名性を利用して「高くても買わざるを得ない」という人に不当な高値で売るのは悪徳商法と呼ぶべき行為だ。メーカーが在庫をあまり持たなくなったことで、ただでさえ店頭は品薄になりやすい面がある。一部の業者が買い占めれば、多くの消費者に商品が行き渡らない状態が続く。

ネット通販や売買サイトの運営企業は、マスクや消毒液の入手経路を確認し、不当に利益を得る目的で出品された商品の削除に取り組んでいるという。だが、いまだに度を超えた価格でマスクが売られ、オークションでは千枚以上の単位で出品されている。トイレットペーパーも、デマ情報が流れた後に高値で売り出されていた。対策が徹底されているとは言い難い。

経済産業省はようやくネット企業に対し、当分の間マスクと消毒液の出品の自粛や適正な価格で少量ずつ販売するよう要請した。本当に必要としている人が買えるように、企業は高額での出品や出店を禁止するなどもっと踏み込んで不正行為を排除してほしい。

消費者が必要以上に買い急がないためには、政府の情報公開が大切だ。安倍晋三首相はトイレットペーパーについて「十分な供給量、在庫が確保されている」と述べたが、この発言を聞いてどれだけの国民が安心しただろうか。生産状況や供給枚数など、より具体的な状況説明が求められる。

ネットの普及で、誰もが簡単に商品を出品し、お金を稼げるようになった。法的には問題がないからといって、売買の市場を運営するネット企業が高額転売を見逃していれば、消費者の信用を失いかねない。危機の時にこそ企業の誠実さがあらわになる。