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第96回箱根駅伝。


青山学院が2年ぶり5回めの優勝を飾った。一言でいうと、「挑戦者」になった青山学院は、本当に強い。実に7区間で区間新記録が破られ、往路記録は4校が新記録、復路も新記録、総合記録も2校が新記録という、記録尽くめの大会だった。

従来の常識が通用しない高速駅伝と化し、それに対処できたチームとできなかったチームで明暗がはっきりと分かれた。去年までの箱根駅伝とはまったく違う大会となった感があった。時代の移り変わりとともに箱根駅伝の戦術は変化するが、それが全く新しいステージに進化している。

時代の変化にうまく対応できたチームは、青山学院、國學院、東京国際大、創価の4チームだろう。どのチームも今回大会の大きな傾向にしっかり対処している。すなわち、「序盤重視」「エース投入のタイミング」「適正に合わせたピーキングの必要性」だ。

一般的に箱根駅伝の戦術上、欠かせないのは「エース」「クライマー」「ダウンヒラー」「ルーラー」の4種類の走者だ。区間の特性上、クライマーは5区、ダウンヒラーは6区だが、ふつうエースは2区、ルーラー(単独走が可能な走者)は復路の7、8、9、10区に置かれることが多い。

ところが今回大会の傾向として、「エースを何区に置けるか」によって明暗が分かれた。最も分かりやすいのは青山学院だ。前回大会で苦杯を舐めた4区に副将の吉田祐也を置き、区間新記録の爆走で往路の勝負を決めた。今年の青山学院には絶対的なエースがいない。そこで「2区は集団走になる」という予想をたて、「つなぎの区間」として敢えて1年生を投入した。集団走で様子を見ながら他校の選手からペース配分を盗み、ラストの競り合いで抜け出すことで、2区に集まる他校のエースを「無力化」した。

國學院も作戦が明確だった。藤木、土方、青木、浦野の主力4枚を惜しげもなく往路につぎ込み、往路優勝を狙った。去年までの箱根駅伝だったら成功していただろう。誤算は、青山学院が去年までの想定とは違う次元の高速レースを展開したことだった。その代償として往路で大砲を使い果たし、復路では苦戦した。9区では区間20位で失速している。しかし10区で区間4位と踏みとどまり、最後のスパート合戦を制して総合3位を勝ち取った。

東京国際大は上位チームで最もエース投入が功を奏したチームだろう。2区にエースの伊藤達彦が入ることによって、留学生のヴィンセントを2区以外の区間で使えるというアドバンテージがあった。しかも東京国際大はヴィンセントを補欠エントリーで隠し、他校の区間配置を揺さぶった。結果としてヴィンセントは3区で59分25秒という、ハーフマラソンの世界記録に匹敵する驚異的な記録でぶっち切り、往路での優位を確立した。

エース投入がユニークだったのは創価大学だ。1区と10区に両エースを置き、その両方で区間賞を取った。創価大学の区間賞は初めてのことで、目論みが100%当たった。目標がシード権獲得という現実を見据え、「序盤で出遅れず、上位で戦い続ける」「10区のラスト勝負で競り勝つ」という中堅チームの鉄則を愚直に実行した。その結果として、各校のエース格が集まり高速レースとなった1区を制して区間賞、10区では現存の最も古い区間記録を破る新記録というおまけつきで、見事に初のシード権を獲得した。特に10区最後の競り合いでは、シード権確保については鉄壁のノウハウを持つ中央学院大を下してのシード権獲得だ。創価大学がどのようなレースプランを組んでいたのかが明確に分かる10区だった。


毎年話題になる青山学院大学の「なんとか大作戦」だが、今回の青山学院の最も大きな作戦は「吉田圭太の1区投入」だろう。これを当日のオーダー変更で行なった。これで他の大学は、かなり動揺したと思う。

近年の1区は、様子見からのスローペースになることが多く、最後のラストスパートだけで勝負が決まることが多かった。だから1区の適正は、ここ数回の大会では「集団走に強く、我慢して終盤に備えることができ、ラストスパートがキレる走者」であることが多かった。1区がスローペースの展開になると、ここにエース格を投入しても差をつけることができず、主力が「ムダ駒」に終わってしまう。特に東洋大学は、2017年(第93回大会)で1区に服部弾馬を投入し、区間賞は取ったものの2位に1秒差という無駄撃ちをしてしまい、それ以後1区の戦力を出し控える傾向にある。

その傾向はここ数年、青山学院も同じだったが、青山学院が連覇を始めた頃は1区に久保田和真というエースを躊躇なく投入していた。全区間1位通過の完全優勝を達成した2016年(第92回大会)では、その1区久保田が区間賞を獲得し、金栗四三杯を獲得している。
今回、青山学院が1区にエース格の吉田圭太を投入したのは、その頃の青山学院の「挑戦者」としての姿勢を取り戻すべく、原監督がチーム全体を引き締めるために行なった賭けだろう。この区間配置で、チーム全体に「序盤で主導権を握る」という目的意識が明確な形で共有されたと思う。

つまり青山学院の作戦は、1区と2区が連動している。2区に1年生を配置した以上、1区で出遅れるわけにはいかない。そこで1区にエース級を配置する。その2区間で無理矢理にでも上位を確保し、有利に戦いを進める。「序盤で支配権を取る」という駅伝の鉄則を守る、基本に忠実な作戦と言える。

時代の変化に対応できなかった大学は、東洋大学、法政大学、中央学院大学だろう。特に東洋大学の失墜は、毎年箱根駅伝を見ている人にとっては信じられない出来事だっただろう。しかし、去年の箱根駅伝復路、今年のトラックシーズンで、すでに東洋大学の凋落の兆しは見えていた。

東洋大学の特徴は、上級生になるほど戦力数が激減することだ。4年生の数が極端に少なく、4年生までチームの主力を張り続ける選手が少ない。相澤晃の突出した実力が注目されることが多いが、言い方を変えれば「相澤晃しかいない」のだ。他に順調に成長した東洋大学の選手は、副将の今西駿介くらいだろう。
2年連続1区区間賞の実績をもつ西山和弥は区間14位、3区の吉川洋次は区間13位、4区の渡邉奏太に至っては区間20位に沈んだ。上級生が相次いでチームの足を引っ張った。 また今年に入ってからようやく主力に定着した定方駿も、コンディション不足でメンバー落ち。その結果、シード権を争う10区に駅伝未経験の1年生・及川瑠音を置くというちぐはぐな配置だった。当然ながら1年生には荷が重く、及川は10区で区間19位に沈んでいる。

東洋大学は全体的に、できる選手とできない選手の差がありすぎる。思うに東洋大学の練習というのは、「30人の大学生を30人全員伸ばす方法」なのではなく、「100人の部員の中で、世界に通用する3〜4人だけが伸び、残りは潰れていく方法」なのだと思う。将来オリンピックに出るほどの素質を持たない学生は、東洋大学の練習についていけず、次々と脱落していくのではあるまいか。「将来、世界で戦うことを見据える練習」にこだわり過ぎるあまり、「普通の大学生の選手」を片っ端から潰しているように見える。

それが如実に現れているのはピーキングだ。今回の東洋大学は特に故障明けの選手が多い。西山和弥は今シーズンの駅伝が軒並み不調で、走り込み不足が明らかだ。吉川洋次に至っては他のレースに出場すらできていない。各自の特質と調子に合わせて、それぞれに合うような調整をしているようには見えない。「相澤を見習え」「相澤について行け」と、やたらと相澤晃を基準にした、無茶な練習を繰り返していたのではないか。 出場選手を万全の状態にもっていけないのは、基本的には監督の手腕に問題がある。

結局、東洋大学の敗因は、1区西山の失速で「序盤で主導権を握る」に失敗し、2区エースの相澤晃の威力を十分に発揮できなかったことだろう。いくら相澤が区間新の快走でも、14位を7位に押し上げる位置取りでは優勝争いに絡めない。戦前、酒井監督は「相澤を活かすチーム戦術」を掲げていたが、1区でそれに失敗し、早くも打つ手がなくなった。

選手のピーキングに関しては法政大学も大失敗をしている。特にダブルエースの一角、佐藤敏也を欠いたのは痛かった。トラックシーズンの後、故障から長い不調に陥ったが、それを回復させ切れなかったのが痛い。半分本人、半分監督の責任だろう。手駒が足りなくなり、1区に1500mが専門の2年生を配置するという苦肉の策をとり、区間19位で完全に高速レースに取り残された。今回の法政大学の作戦は「5区青木」のみと言ってよく、まだ2区を走ってる選手に対して、監督が「青木が何とかしてくれる!」と声掛けする始末だ。

中央学院大学は、得意の「10位確保」が通用せず、よりによって例年勝負区間としている9、10区で逆転されて11位に沈んだ。去年、10位でぎりぎりシード権を確保したときの総合記録は11時間9分23秒、今年の記録は11時間1分10秒。実はチーム記録を8分以上も縮めている。例年であれば、今年の戦い方で十分にシード権は取れただろう。ちなみに今年の中央学院大の記録は、去年であれば6位に相当する好記録だ。
ところが今年は異様ともいえるほどペースが上がり、箱根駅伝全体が高速レースと化した。従来の9、10区の備えでは、シード権をめぐる最後の削り合いには勝てなかった。事実、10区に区間新を叩き出す選手を配置した創価大学の執念の前に屈する形となった。

中央学院と同様に、「出来が悪かったわけではないが、全体のレベルが上がったため、取り残された」というのが東海大学と駒沢大学だ。圧倒的な選手層を誇り、優勝候補の筆頭とされていた東海大学は、今回は勝てなかった。「黄金世代」と称された現4年生は、4年間が終わってみれば、3大駅伝をそれぞれ1勝ずつしかできなかった。一方、原監督に「ダメダメ世代」と呼ばれた青山学院大学の現4年は、4年間で出雲2勝、全日本2勝、箱根3勝の、合計7勝を重ねている。どちらが黄金世代だか分かったものではない。

両角監督が話していた通り、今回の東海大学は大きなミスがあったわけではない。区間賞を狙っていた5区山登りの西田壮志が体調不良による調整不足で7位に沈んだのは誤算だっただろうが、6区山下りで区間新の爆走をした主将・館澤亨次の走りで相殺できる程度のことだ。全体の記録でも、去年の10時間52分09秒に比べて、今年は10時間48分25秒。十分に優勝に資する結果と言える。

しかし、今回の東海大学が「これ以上強くならないベストのチーム」だったか、というと、決してそんなことはない。「黄金世代」の主力とされていた選手のうち、阪口竜平は出走できず、關颯人、中島怜利はエントリー入りさえできていない。8区区間記録保持者の小松陽平は、大差を詰めるはずの8区で青山学院の岩見秀哉に1秒ギリギリしか勝てず、この段階で事実上東海大学の逆転の可能性が静かに潰れた。去年よりも気候のコンディションが良かったことを考えると、小松の不調は直前の調整不足によるものだっただろう。TV放送では、区間賞のインタビューにも関わらず、小松は泣きながら悔いの言葉を並べていた。まるで勝負に負けたかのような応答だった。

つまり東海大学も、東洋大学と同様、「選手個々人の能力を伸ばす」という指導の仕方ではないのだと思う。あまりにも4年間で才能を潰し、大会を絶好調で迎えられない選手が多すぎる。個々の選手の特性に合わせた練習方法も考えていないだろうし、潰れた選手は潰れたまま埋もれていく環境なのだろう。


翻って青山学院の選手を見ていると、1年をかけて「区間適正に合わせた走り方」を練り上げていたことが分かる。
今回大会の大きな特徴は「高速シューズ」と呼ばれるナイキの厚底シューズ(ヴェイパーフライネクスト%)が席巻していたことだ。青山学院の公式スポンサーはアディダスだが、今年からナイキのシューズを解禁した。このシューズが高速化の理由になったことは間違いないが、これを履いたチームが全員速くなったわけではない。勝負に負けた東海大学も、大失墜した東洋大学も、みんなこのシューズを履いている。

このシューズの特性は、正確に言うと「速く走れること」ではない。「速く走っても、ダメージが少ない」ということだ。普通であれば足にダメージが溜まるような無茶な突っ込みをしても、足への負担が少なくて済む。だからこのシューズを効果的に使うためには、そもそも速く走るスピードと、それを維持するスタミナが大前提になる。
またこのシューズは、ソールに「カーボンプレート」が内蔵されている。反発性が従来の靴とは違うため、前傾姿勢を保って体重移動をスムースに行なう走り方が要求される。正確な接地技術と、フォームの維持が必要になる。誰が履いても速く走れる魔法の靴ではないのだ。

今回の青山学院の特徴は、全選手が区間前半から区間記録を更新する勢いのハイペースで突っ込んでいたことだ。集団走での駆け引きが必要な往路序盤だけでなく、前半から飛ばす必要がない復路の7、8、9、10区でも序盤から猛烈なペースで突っ込んでいた。また、後半から終盤になってフォームが崩れて上体が振れてしまっても、前傾姿勢と接地は崩れていなかった。

おそらく青山学院は、1年をかけて箱根駅伝だけにターゲットを定め、高速シューズの利点を活かす走り方を練習していたのだと思う。20キロ前後の距離走を延々と積み重ね、「前半から飛ばし、前傾姿勢を保ったまま、可能な限りペースを維持する」という練習を積みかさねていたのではないか。

復路の青山学院は、後続と大差がつき、それぞれが単独走になった。しかし、それでペースを乱すことなく、全員が「前半から突っ込み後半まで我慢する」という走り方ができていた。典型的なルーラーの走り方で、かなり時間と距離をかけて練習していないと身に付く走り方ではない。

今年の青山学院は、夏前のトラックシーズンと、3大駅伝の出雲、全日本では結果がまったく出ていない。おそらく箱根の長距離に対応する練習のため、捨てたのだと思う。青山学院にとって出雲と全日本の両駅伝は、「駅伝の未経験者に、経験を積ませるための『練習』」に過ぎなかったのだと思う。岸本大紀、湯原慶吾、飯田貴之、中村友哉、神林勇太など、駅伝経験が不足する選手を出雲・全日本にどんどん投入し、駅伝経験を積ませて箱根に備えた。


今回の箱根駅伝を見て、大学スポーツが目指すところに迷走が見られないか、という感じがしてならなかった。

今年はオリンピックイヤーということもあり、箱根駅伝の周辺ではオリンピックのマラソン代表に関する話題が頻繁に聞かれた。中村匠吾(駒沢大出身)、服部勇馬(東洋大出身)が「箱根ランナーが目指すべきお手本」のようにもてはやされ、やたらと「箱根から世界へ」が喧伝されていた。しかし実際には、駒沢大学も東洋大学も、優勝争いどころか、シード権ギリギリの下位に沈んでいる。

大学在籍時から世界を見据えた練習を積み重ねるのも結構だが、大学の選手全員が世界を目指す資質があるわけでもないし、その意思を持ち続けられるわけでもない。世界を目指す前に潰れてしまっては、身も蓋もない。特にここ数年の「東京オリンピックシンドローム」によって、学生スポーツ界全体が、「オリンピックを目指せ」という崇高かつ気高い理想に、気疲れしてしまっているのではないか。東洋大学で不調に陥る多くの選手や、前評判ほど実力を出し切れていない駒沢大学の選手を見ると、そのような「高すぎる意識の高さ」が、指導者の呪いとなっている気がする。

青山学院の4区で区間新記録を叩き出した吉田祐也は、卒業後に実業団に進まず、一般企業に就職する。区間賞のインタビューでそのことを訊かれても、晴れやかな顔で「悔いはありません」と笑顔で答えている。いい大学生活を送り、今後の社会人生活にも資するところ大だろう。大学スポーツを「大学教育の一環」として捉える場合、一握りのオリンピック選手の育成のために多くの「犠牲者」を出すあり方と、すべての学生にそれぞれのやり方で取り組ませるのと、どちらが健全なあり方なのだろうか。

現状では、オリンピックや世界陸上を見据えて現時点の練習を「割り算」で考える大学と、とりあえず目先の目標を一歩ずつ積ませる「足し算」で考える大学が、はっきり分かれているように見える。大学での競技を考えている高校生は、そういう所を見極めて大学を選ぶべきだろう。今回の箱根駅伝を見て、そんなことを思った。

去年の青山学院は、出雲と全日本の駅伝に勝ち、箱根に負けた。今年は出雲と全日本に負けたが、箱根に勝った。ちょうど結果が表裏の関係になったが、どちらが年度締めの総括として「成功」と捉えているか、というと、すべてを捨てて箱根駅伝の勝利に賭けた今年度のほうだろう。関東インカレや日本インカレで勝っても、出雲や全日本駅伝に勝っても、箱根に負けたら意味がないのだ。それだけ大学長距離界における価値の比重が箱根駅伝に偏っている、ということだろう。最終的に何を目指し、何のために練習をしているのか、その辺を見失った大学は、わけの分からない迷走をすることになるだろう。



ピコンピコン鳴り過ぎ。