アメフト問題 選手の悲鳴受けとめよ
(2018年5月25日 朝日新聞社説)
日大アメフト部 選手を追い詰めた責任は重い
(2018年5月25日 読売新聞社説)
選手説明翌日の日大会見 責任逃れだけが目立った
(2018年5月25日 毎日新聞社説)
日大選手会見 スポーツ界最大の悲劇だ
(2018年5月23日 産経新聞社説)
スポーツ史上まれな不祥事だ
(2018年5月24日 日本経済新聞社説)
悪質タックル 監督が真相を説明せよ
(2018年5月18日 東京新聞社説)


連日報道されてているお馴染みの日大反則タックル問題に関する各紙の社説。
日経の圧勝。一人勝ち。他紙をぜんぶ足しても日経1紙の社説に及ばない。
というより、日経以外の社説には価値がない

理由は簡単。
日経だけが「なぜ日大はこんな対応のしかたをしているのか」の原因まで踏み込んでいるからだ。


内田前監督が大学経営の中枢である常務理事の要職にあることと無関係であるまい。日大は年80億円を超す私学助成を受けている。理事の不祥事や法令違反が確認された場合、補助金が不交付、または減額される。これを回避するため、前監督の反則行為への指示などを否定しているのだとすれば、理事会の責任は重大だ。文部科学省は、適切な指導をする必要がある。



80億円が懸かっていれば、必死になって否定もするだろう。



以上です。



アメフト問題 選手の悲鳴受けとめよ
(2018年5月25日 朝日新聞社説)
将来を嘱望された選手が、なぜ悪質なプレーに走ったのか。どんな経緯があったのか。  
日大アメリカンフットボール部の選手が関西学院大学との定期戦で危険なタックルをして、相手選手にけがを負わせた問題は、収束・和解に向かうどころか混迷の色を深めている。

最大の責任は、事態を甘く見て不誠実、非常識な対応をくり返してきた日大にある。22日に記者会見した選手は、監督やコーチの指示を受けて、故意の違反行為に及んだと打ち明けた。その内容や自らの精神状態を具体的に語り、関学側への謝罪の言葉を連ねた。これに対し、1日遅れて会見した前監督とコーチは、けがをさせることを目的とした指示はしておらず、誤解した選手に問題があるとの説明に終始した。

主張がこうも食い違う以上、客観的な立場からの解明が必要だ。日大は遅まきながら第三者による調査委員会を設けるという。中立公正なメンバーを選任し、事情を知り得る他の部員からも丁寧に聞き取りをして、速やかに社会に報告すべきだ。危険プレーに対する見解を求めた関学に対し、日大は当の本人に話を聞くことすらせずに回答していたことも、選手が会見してわかった。こんな無責任な姿勢が許されるはずがない。

二つの会見を通じてはっきりしたこともある。日大アメフト部がとってきた、いかにも時代遅れで閉鎖的な指導法だ。 選手と監督が話をすることはめったになく、指示はコーチが伝える。問題の選手は突然、日本代表チームへの参加を辞退するよう命じられたが、理由は説明されない。選手の発奮を促すためと称して、練習に参加することも許さず、追い込む。こうした一方通行の手法がまかり通っているとは驚きだ。

近年は、国内外に留学して、最先端の練習方法やコーチ術、医学知識を習得し、科学的な指導に取り組む例が少なくない。体づくりや技術だけでなく、ストレスをどう制御するかなど、心理面でも専門家と協力して選手を導く動きが広がる。これに比べると日大アメフト部の異様さが際立つ。ゆがんだコーチングは選手を、そしてチームを不幸にするだけだ。

「もう大人なのだから自分で善悪を判断すべきだった」と選手に苦言を呈する声もある。だが学生にとって指導者の存在は極めて大きく、だからこそ、その責任は重い。これからの学生スポーツのあり方を考えるうえでも、背景までしっかり掘りさげた調査を求める。



日大アメフト部 選手を追い詰めた責任は重い
(2018年5月25日 読売新聞社説)
選手は、危険な反則タックルをするしかない、と思い詰め、突進した。そこまで追い込んだ監督とコーチに、指導者としての資格はない。
日本大アメリカンフットボール部の選手が危険なタックルをした問題で、内田正人前監督は「私からの指示ではない」と、自らの指示について否定した。井上奨コーチは、関西学院大の選手を「潰してこい」と言った点は認めたが、「闘志を出してやれという思いだった」と釈明した。相手選手を負傷させろ、との意味ではなかったとも強調した。

危険なタックルをした宮川泰介選手は前日の記者会見で、前監督とコーチの指示があったことを認めている。大学アメフト界の名門で、信頼関係で結ばれるべき選手と指導者の見解が真っ向から対立しているのは、残念な事態だ。今月になって、宮川選手は、日本代表を辞退するよう内田前監督から言い渡されたという。実戦練習からも外されていた。20歳の若者が精神的に追い詰められたのは、想像に難くない。コーチから、「潰せ」と言われれば、「けがをさせろ」と捉えるのも、無理はない。関学大との試合当日には、「ここでやらなければ、後がない」とまで思った。

無論、反則タックルは、許される行為ではないが、宮川選手の心情を推し量れなかった前監督やコーチの責任こそ重い。状況をきちんと説明せず、宮川選手の記者会見の後に、それを否定する内容の記者会見を開いた。後手の対応は、危機管理能力を著しく欠いている。保身が目的だと批判されても仕方がない。

内田前監督と選手の間のコミュニケーションは、ほとんどなかったという。監督が絶対的権限を持ち、その意向をコーチを介して選手に伝える。旧態依然とした上意下達の組織だと言えよう。

内田前監督は日大の常務理事の職を一時停止し、謹慎するという。井上コーチは辞任した。選手を守れない指導者は、現場に戻るべきではあるまい。組織の体質を根本から変えない限り、日大アメフト部の復活はあり得ないだろう。

日本レスリング協会の強化本部長だった栄和人氏による伊調馨選手へのパワーハラスメントが認定されたばかりだ。実績を積んだ指導者ほど、驕おごりが生じて、選手の立場を軽んじる危険性が高まることはないのだろうか。各競技の指導者は、我が身を正してもらいたい。



選手説明翌日の日大会見 責任逃れだけが目立った
(2018年5月25日 毎日新聞社説)
日本大に対する不信感が強まっていることを大学当局者はわかっているのだろうか。アメリカンフットボールの悪質なタックルを巡って日大前監督の内田正人氏と、コーチだった井上奨(つとむ)氏が記者会見を開いた。タックルした日大の宮川泰介選手が指導者の指示だったと認めた会見の翌日だった。

宮川選手は、自身の会見では名前や顔を公表し、関学大に謝罪した。指導者の発言内容やプレーに至る経緯の説明は具体的だった。だが、内田、井上両氏はあらためて指示を否定した。井上氏は「つぶせ」とは伝えたが、けがをさせることが目的ではなかったと強調した。内田氏はボールを見ていたため、悪質なタックルには気づかなかったと語った。

だが、それではつじつまが合わない。試合直後、悪質な反則を問われ「(自らの指示で)やれと言ったでいい」と、プレーを承知したような内田氏の発言が報じられている。また、内田氏は「(宮川選手は)よくやったと思う」と話したという。反則は試合開始早々にあり、宮川選手はわずか数分間のプレーで退場した。短い出場時間のどんなプレーを評価したのか問いたい。

被害選手側からは警察に傷害容疑で被害届が出されており、内田氏や井上氏は共謀や教唆の有無を問われる可能性がある。その責任を逃れるため、「けが」という言葉に敏感に反応した印象は拭えない。日大の公式見解では、指導と選手の受け取り方に乖離(かいり)があったことを問題の本質と捉えている。もし乖離があったなら、語るべきは、それを引き起こした指導者のアプローチの拙さのはずだ。

会見からは、強圧的な態度や言葉の圧迫による古い体育会気質の指導の構図も浮かび上がった。本来、学生を守る立場にある大学が、選手の会見翌日に、組織防衛の形で急きょ反論会見を設定した姿勢が常識から外れている。

約2時間に及んだ会見を強制的に打ち切ろうとした司会の大学職員にも批判が集まっている。日大は第三者委員会で真相究明にあたるという。しかし、一連の対応を見ていると、中立性や信頼性を保てるかどうか疑わしい。



日大選手会見 スポーツ界最大の悲劇だ
(2018年5月23日 産経新聞社説)
日本スポーツ界最大級の悲劇である。行き過ぎた勝利至上主義や上意下達など、大学運動部の悪(あ)しき部分が凝縮し、噴出したものだ。到底、看過できるものではない。
アメリカンフットボールの定期戦で関西学院大の選手を負傷させた日大の宮川泰介選手が会見を開き、関学選手側に謝罪するとともに、悪質なプレーが監督やコーチの指示によるものであったことを明確に説明した。

これほど悲痛な会見を見たことがない。「顔を出さない謝罪はない」と自ら語ってカメラの放列の前に立ち、深々と頭を下げた。質問者の目を真っすぐに見ながら、必死に言葉を選び続けた。何より許せないのは、アメフットを愛し、日本代表にも選ばれた選手に「アメフットが好きではなくなった」「この先、競技を続ける権利はない」といわせたことである。監督、コーチらが寄ってたかって1人の選手を追い詰め、危険なタックルを強要し、選手生命を奪おうとしている。

宮川選手は、関学選手を負傷させた加害者であるとして何度も謝罪の言葉を重ねたが、一方で彼は日大アメフット部の被害者でもある。その罪は、首脳陣の方がはるかに大きい。反則による退場後、事の重大さに泣く宮川選手に、内田正人前監督は「相手のことは考えなくていい。周りに聞かれたら『おれがやらせたんだ』といえ」といい放ったのだという。

ところが社会問題化後は指示の有無について明言せず、「いろいろな臆測に対応し切れない。心外だ」とまで述べていた。内田氏は監督を辞任したが、大学の実質ナンバー2である常務理事の職は続行する。教育に携わる資格があるのか。日大は相当の決意をもって大学や部のあり方を見直さなければ、社会的存在意義さえ問われる。

関東学生アメリカンフットボール連盟の15大学は21日、この問題を受けて共同宣言を発表し、「日本のフットボールが将来も存続し得るか、極めて強い危機感を持っている」と懸念を示した。日大は「判断できない」として名前を連ねていない。日大こそ、極限の危機感を持つべきである。宮川選手は、十分に反省している。痛いほど、それは伝わった。なんとか彼が、競技を続ける方策はないだろうか。



スポーツ史上まれな不祥事だ
(2018年5月24日 日本経済新聞社説)
故意による傷害事件の疑いが強まった。スポーツ史上、前代未聞の不祥事である。
アメリカンフットボールの日本大学と関西学院大学の定期戦で、日大の選手がプレー中断後、無防備な関学大の選手に背後からタックルして負傷させた問題だ。

自責の念にさいなまれた日大選手が、反則行為は「相手を潰せ」という同大アメフト部の内田正人前監督とコーチの指示だったと告白した。「相手がケガをして試合に出られなかったら得」との発言もあり、「潰せ」は負傷させる意味と受け止めたという。選手の父が真実の公表を求めたが、監督に拒まれた経緯も明かした。

これに対し内田前監督とコーチは「ケガをさせる目的で(タックルを)指示していない」などと釈明。「相手を潰すくらいの気持ちでプレーしてほしいとの趣旨だった」と繰り返した。危険なタックルの責任は、意図を誤解した選手にある、と言わんばかりだ。被害者側は警察に被害届を提出し受理された。このままでは選手が責めを負わされかねない。選手の発言は、前監督やコーチのパワハラに近い理不尽な指導への悲痛な叫びに聞こえた。

醜悪な事態である。日本最大規模の有力大学が、教育サービスの受け手、つまり顧客で将来ある若者に、組織防衛のため責任転嫁しているようにみえるからだ。内田前監督が大学経営の中枢である常務理事の要職にあることと無関係であるまい。日大は年80億円を超す私学助成を受けている。理事の不祥事や法令違反が確認された場合、補助金が不交付、または減額される。これを回避するため、前監督の反則行為への指示などを否定しているのだとすれば、理事会の責任は重大だ。文部科学省は、適切な指導をする必要がある。

日大は第三者委員会で真相を究明するという。他の選手からも詳しく事情を聞く必要がある。これ以上、教育とスポーツをおとしめぬよう自浄作用を発揮すべきだ。



悪質タックル 監督が真相を説明せよ
(2018年5月18日 東京新聞社説)
アメリカンフットボールの日本大の選手が、関西学院大との定期戦で危険で悪質な反則行為をした。ルール順守が最優先されるスポーツで何が起こったのか。指導者には真相を語る責任がある。  

謎だらけである。アメフットは東京大や京都大がかつて強豪だったように、知力も重要な要素となるスポーツだ。プレーブックと呼ばれる作戦指示書はチームによっては二百ページに及ぶものもあり、選手はこれらを頭に入れることが求められる。日大のアメフット部員は百人を超えるという。無防備な相手クオーターバックに背後からタックルして負傷させるなどラフプレーを繰り返した選手は、その中でレギュラーに近い位置にいた。選手は「『(反則を)やるなら(試合に)出してやる』と監督に言われた」と関係者に話しているというが、たとえそのような指示があったとしても、実行に移すことがどのような結果を招くか、十分に理解できたはずである。

一方の内田正人監督は日大広報部の調査に対し「必死で頑張ってこい。戦え。厳しくやれ」などとは言ったが、違反しろという指示はしていないとし、両者の言い分は食い違っている。ヘルメットなどの防具を身に着けるアメフットは肉体と肉体が激しくぶつかり合う。そのためルールが細部にわたって決められ、選手を重大な事故から守っている。それでも本場の米国では脳に受けたダメージで競技経験者が若くして死に至る例が多いことが近年の調査で分かり、社会問題となっている。

日大の同部OBで、二〇〇三年から一五、一六年を除いて指揮を執り続ける同監督が、これらの事例を知らないわけがなく、たとえ勝利の重圧があったとしても、悪質な反則行為を選手に指示したとは普通なら考えがたい。監督の厳しい表現に選手が過剰に反応した可能性もあり、日大側も「指導者の指導と選手の受け取り方に乖離(かいり)が起きていたことが問題の本質」と説明している。

ただ、この問題が波紋を広げているのは、内田監督が公の場に姿を現さないことも一因としてある。監督の指示を選手が誤って解釈したとしても、その監督がルールを順守して対戦相手に敬意を抱く指導を徹底できず、チーム内に反則許容の空気をつくったことは事実だ。その責任を背負って真相を語る覚悟が、指導者も大学側も問われている。