野党は「希望の党」結集で何を目指すのか
(2017年9月29日 日本経済新聞社説)
日本の岐路 希望と民進の協議 「反安倍」の中身が重要だ
(2017年9月30日 毎日新聞社説)


今回の解散総選挙を見据えての騒動については各紙が社説を並べているが、その中でも比較の対象として2紙だけを選んでみた。
通常であれば、日経と毎日の社説は比較にならない。しかし今回は珍しく、毎日の圧勝。日経相手に金星を挙げたと言ってよい。

今回の解散総選挙に関する報道では、まず小池百合子の新党結成を批判的に見る社説が多い。「都民ファースト」なる地域政党を作って都議会議員選を勝ち抜いておきながら、選挙が終わるとあっさり党首を投げ出す。これでは「選挙のための政党」と批判されても仕方がない。都民ファーストどころか、都政を踏み台にしている。

そんな「政党の使い捨て」をした小池都知事が、「希望の党」なる新政党を発足させた。選挙が終わったあとで新党がどうなるか、すでに目に見えているだろう。しかも都知事でありながら国政選挙の党首となる矛盾、しかも本人は出馬しない意向、となれば「いったい何をしたい政党なのか」と問われるのも当然だろう。

しかもややこしいことに、その「希望の党」の尻馬に民進党が乗っかった。要するに世評が激落ちして離党者が続出し、選挙を戦えるほどの体制が整えられない民進党が、窮余の策として小池人気にあやかろうという魂胆だろう。

各紙の社説はこの流れを批判的に報じているが、視点が少しずつ違う。小池都知事のふらついている方針、新党結成の目的と意義、民進党の選挙戦術など、それぞれ批判の対象にずれがある。その中でも多い書き方が、「野党が新党に結合すること」に対する批判だ。

日経の社説が悪いわけではない。まぁ、平均点はとれるくらいの社説だろう。日経は野党連合について、正論で批判している。

長く野党第1党として国政に臨み、旧民主党時代に政権運営を経験した党が突然、方針を変えたことに驚く有権者が多いのではないか。しかも希望の党への参加の条件はこれから詰めるのだという。新党に移った方が選挙で有利という打算が透けて見える

初陣でいきなり野党の中核を担う方向となった希望の党の選挙準備はこれからだ。「政治をリセットする」「しがらみのない政治」というキャッチフレーズだけでなく、具体性のある総合的な政策を早くまとめてもらいたい
(日経社説)

衆院選で政権交代をめざす以上は、成長と財政健全化の両立や社会保障制度の将来像、安全保障や憲法問題などでの説得力のある具体策を示す責任がある。小池氏が国政の活動と都政をどう両立していくつもりなのかも現状ではよく分からない。

エネルギー政策では「2030年までの原発ゼロに向けた工程表づくり」を柱に据えた。代替電力の見通しやコスト増など経済への悪影響をどう抑えていくのかという戦略を詳しく聞きたい。
(日経社説)


要するに日経の書き方は、よく分からない不明瞭なことに対して、そのまんま「よく分からない」と疑問を呈する書き方になっている。上で引用した日経の問題提起は確かに新党結成から野党連合までの根本的な疑問であり、それをごまかそうとして選挙戦術を組立てる野党の姿勢は批判の対象になる。

しかし日経の社説は、なんと言うかこう、「正直に打ち返し過ぎ」なのだ。棒球をフルスイングで打ち返すような、そのまんまの書き方だ。日経の指摘が間違っているわけではない。正しい。正しいが、「正しいだけ」という印象が否めない。

具体的に言うと、日経の社説は、批判される側が「身構えている箇所」なのだ。民進党だって小池百合子だって、「野党連合の方針が不明瞭」と批判されることくらい、百も承知だろう。選挙を通じて、そのへんの辻褄を合わせるため、実態のないキャッチフレーズをふわふわとまき散らすことくらい、用意に想像できる。
日経の社説は、批判された側が「やはりそう来たか」と予測可能な範疇の批判に過ぎない。防御を固めているところをいくら強く殴っても、それほどダメージにはつながらない。


一方、毎日の社説は、「そもそも民進党はいつもそんなことばかり繰り返している」という、過去の事例から今回の事態を捉えている。現在起きていることだけでなく、時制軸をずらし温故知新の姿勢で批判を展開している。

忘れてならないのは1996年の旧民主党結成以来、保守勢力を取り込んで政権交代を果たしながら失敗に終わった約20年間の経験だ。さきがけ(当時)を離党して旧民主党を主導し、後に首相となった鳩山由紀夫氏は、さきがけと社民党による既成政党同士の丸ごと合併を否定して個々が判断する形を取った。

だが結果的には社民党から多くが参加し、当初から憲法や安全保障の考え方の違いが懸念されていたのは事実だ。結局、その後も「政権交代」が唯一の一致した目標だったと言っていいだろう。理念・政策の違いによる内紛は最後まで続いた。
(毎日社説)

今回も「反安倍政権」だけが結集軸になっている印象は否めない。民進党の失敗を繰り返さないためには、それだけでは済まない。公認はやはり無原則ではいけない。

「反安倍」と言っても、首相の強権的手法に反対なのか、理念や政策に反対なのか。「寛容な改革保守」をアピールする希望の党も必ずしも整理はついていない。
(毎日社説)


民進党は、旧民主党の時にも今と同じようなことをしている。民主党、さきがけ、社民党という全く政策意見の違う党がよせ集まって、「政権交代」だけが唯一の軸となる野合となった。実際に政権交代を実現した後は、中心となる軸がなくなり、民主党政権は散り散りとなった。

現在でも、野党の合い言葉は「アベ政治を許さない」だ。アベ政治を終わらせることだけが目的で、アベ政治が終わってしまえば何も残らない。そのあと、どのように国を運営していくかの話が全くない。旧体制の破壊だけを目的とする革命勢力が政治的に無能なのは、世界史上の法則だ。

毎日の社説が日経よりも優れている点は、さらに一段掘り下げた問いの答えになっているからだ。日経は新党の野合について「これはどうなの?」「これについてはどうするの?」と疑義を呈する形で問題提起をしているが、それについて新党は明確な答えを持ってはいまい。答えがないからごまかすしかない状況だ。

一方、毎日の社説は、そこから一段切り込んで「なぜ答えがない状況になってるの?」という問いにつながっており、かつそれに実例を踏まえて答えている。民進党は選挙のたびに政党の看板を掛け替え、政策が一致しない野党とでも節操なく連合を組んできた。それは民進党の基本方針が「妥当な政策を施策する」ことではなく、「与党を倒す」ことだけだからだ。選挙に勝つことだけが目的だから、政策が一致していなくても平気で連合を組む。選挙が終わった後のことは知らん。その基本姿勢は、過去の事例が示している。

民進党は旧民主党の時代から、朝鮮総連の支持を受けており、中国との関係も深い。2009年には小沢一郎民主党幹事長を名誉団長として、民主党議員143名を含む合計483名で訪中団を組織し、中国を訪問している。当時の様子を香港の衛星放送(鳳凰衛視)は「朝貢団か?」と報じている。

安倍首相は、テロ対策特別措置法や集団的自衛権に関する法案を立て続けに通し、憲法九条を含む憲法改正を目論んでいる。中国・朝鮮半島の利権を反映している民進党にとっては、そりゃ「なんとしても倒さねばならない相手」だろう。「アベ政治を許せない」という左派系市民団体の叫びは、日本に対する武力的恫喝が効かなくなることを危惧する中韓の悲痛な叫びと見てよい。

そもそも民進党は「アベ政治を終わらせさえすれば、後はどうでもいい」という方針なので、党の政策も運営方針もあったものではない。はっきりとは言ってはいないが、「そんなものありませんが、何か?」という姿勢なのだろう。民進党の基本原理がそのようなものである以上、民進党の言動に整合性を求めるのはお門違いだろう。


社説では、表層に見える問題点を丁寧に明らかにすることも必要だが、そもそも答えの出ない問題を考えるときには、「なぜ答えが出ない状況になっているのか」というメタ問題を提起しなくてはならない。世の中には、正論で考えても答えが出ない問題のほうが多い。そういう問題を考えるときには、一段掘り進んだ視点で問題を捉え直す思考が必要だろう。



やればできる子。



野党は「希望の党」結集で何を目指すのか
(2017年9月29日 日本経済新聞社説)
衆院が28日召集の臨時国会冒頭で解散された。民進党は小池百合子東京都知事が率いる「希望の党」への事実上の合流を決め、非自民勢力の結集に動く。だが降ってわいた野党再編の動きは、国民のために何を目指すのかという根本的な論議がかすんだままだ。

民進党は28日に両院議員総会を開き、次の衆院選には独自候補を擁立せず希望の党の公認候補として臨む方針を了承した。前原誠司代表は「もう一度、二大政党をつくるために名を捨てて実を取る」と強調した。

長く野党第1党として国政に臨み、旧民主党時代に政権運営を経験した党が突然、方針を変えたことに驚く有権者が多いのではないか。しかも希望の党への参加の条件はこれから詰めるのだという。新党に移った方が選挙で有利という打算が透けて見える。

初陣でいきなり野党の中核を担う方向となった希望の党の選挙準備はこれからだ。「政治をリセットする」「しがらみのない政治」というキャッチフレーズだけでなく、具体性のある総合的な政策を早くまとめてもらいたい。

小池氏は新党旗揚げに際して「実感が伴う景気回復まで消費増税は立ち止まる」「議員の定数や報酬を縮減」「原発ゼロを目指す」との基本的な考えを明らかにした。女性活躍、多様な教育制度を重視する姿勢も打ち出した。

衆院選で政権交代をめざす以上は、成長と財政健全化の両立や社会保障制度の将来像、安全保障や憲法問題などでの説得力のある具体策を示す責任がある。小池氏が国政の活動と都政をどう両立していくつもりなのかも現状ではよく分からない。

エネルギー政策では「2030年までの原発ゼロに向けた工程表づくり」を柱に据えた。代替電力の見通しやコスト増など経済への悪影響をどう抑えていくのかという戦略を詳しく聞きたい。

4年半を超えた安倍政権の現状に対する不満が7月の東京都議選での「都民ファーストの会」の躍進と自民党惨敗につながった。有権者に新たな選択肢を示す野党の存在は重要である。

歴史を振り返ると多くの新党が一時的なブームの後に消えていった。既存政党を批判するだけなら簡単だ。将来に希望がある日本をつくり出すとの目標を掲げる以上、人気取りの政策にとどまらない選挙公約を作り上げてほしい。



日本の岐路 希望と民進の協議 「反安倍」の中身が重要だ
(2017年9月30日 毎日新聞社説)
「安倍晋三首相対小池百合子東京都知事」の対決構図に一変した衆院選が実質スタートした。

だが情勢は依然、混沌(こんとん)としている。きのう、希望の党代表の小池氏と民進党の前原誠司代表が会談し、連携していくことは確認したが、その連携の仕方について、いっそう溝が深まっているよう見えるからだ。

前原氏が望む党丸ごとの合流を、小池氏は「全員はない」と拒否し、民進党の候補者を厳しく選別する考えを示している。当面、この公認基準をどうするかが焦点となる。

小池氏は安保法制への賛否を基準の一つにする考えをにじませている。安保法制に民進党は反対してきただけに極めて高いハードルだ。

一方で多数の候補者を擁立するためには、民進党との一定の連携は必要だと小池氏は考えているようだ。候補者数の確保と政策の一致の双方を両立させるのは簡単ではない。

忘れてならないのは1996年の旧民主党結成以来、保守勢力を取り込んで政権交代を果たしながら失敗に終わった約20年間の経験だ。

さきがけ(当時)を離党して旧民主党を主導し、後に首相となった鳩山由紀夫氏は、さきがけと社民党による既成政党同士の丸ごと合併を否定して個々が判断する形を取った。

だが結果的には社民党から多くが参加し、当初から憲法や安全保障の考え方の違いが懸念されていたのは事実だ。結局、その後も「政権交代」が唯一の一致した目標だったと言っていいだろう。理念・政策の違いによる内紛は最後まで続いた。

今回も「反安倍政権」だけが結集軸になっている印象は否めない。民進党の失敗を繰り返さないためには、それだけでは済まない。公認はやはり無原則ではいけない。

「反安倍」と言っても、首相の強権的手法に反対なのか、理念や政策に反対なのか。「寛容な改革保守」をアピールする希望の党も必ずしも整理はついていない。

憲法改正も前向きなのは確かだが、何を改正するか明確ではない。それを具体的に詰める中で公認基準も明らかになってくるはずだ。

小池氏は自身の出馬は否定している。そうであるなら、政権選択選挙と言う以上、誰を首相候補にするかも、選挙前に決める必要がある。