年内解散検討 透ける疑惑隠しの思惑
(2017年9月18日 朝日新聞社説)
早期解散、危機克服への民意を問え 憲法9条などの改正めぐる議論も必要だ。
(2017年9月18日 産経新聞社説)


「トムとジェリー」のように、ことあるごとに正反対の意見でケンカしている朝日と産経の社説。
今回のケンカのネタは、「解散総選挙」。朝日が反対、産経が賛成、という分かりやすい構図。

それぞれの主張の意図は簡単だ。いまのタイミングで解散総選挙をされると、左派には都合が悪く、右派・保守には都合が良い。朝日と産経は、ちょうどそれぞれの立場の意見を代表したものだろう。

まず喫緊の課題として、北朝鮮問題がある。北朝鮮がミサイルを日本に向けてバンバン撃ち込んでいるのは厳然たる事実だし、日本としてはそれを排除する防衛力を行使したい。ところが、憲法9条を盾に「自衛のための戦力」でさえ否定する左派勢力がある。

朝日新聞や民進党に代表される極左組織が憲法9条に固執する理由は簡単だ。彼らの主義主張が、中国、韓国、北朝鮮の立場だからだ。それらの国が武力行使で強引に日本の主権を蹂躙したときに、「日本には憲法9条があるからやり返せない」という状態にしておくためだ。反撃力を封じておかないと、東アジア三国は安心して日本に武力行使ができない。

ところが朝日新聞は開き直って、北朝鮮問題を解散反対の根拠として使っている。

 だが北朝鮮がミサイル発射や核実験をやめないなか、衆院議員を不在にする解散に大義があるとは到底、思えない。
(朝日社説)


「解散総選挙、勘弁してくれよー」という断末魔の悲鳴。北朝鮮問題に対処するための解散総選挙なのに、北朝鮮問題の最中に解散とはけしからん、という本末転倒の理屈だ。
解散総選挙で民進党が議席を減らすと、北朝鮮の核行動に対して自衛隊を緊急出動できる法律を通すことができる。朝日新聞がそれを何としても阻止したいのは分かるが、主張の仕方に無理がありすぎる。

国会は立法機関であって、行政機関ではない。北朝鮮が核開発に懸命になっている最中、機能を保持しておかなければならないのは、内閣であって国会ではない。衆議院に議員が多数つめかけていたところで、危機管理を迅速に行なえるようになるわけではない。

この朝日の悪あがきを見ても分かる通り、いまのタイミングで解散総選挙を行なわれたら、野党第一党の民進党に勝ち目はない。政策云々の問題ではない。いまの民進党が総崩れになっているのは、不祥事による自業自得だ。二重国籍問題に知らん顔をし続けた蓮舫代表が、逃げ切れずに代表辞任。自民党議員の不倫を糾弾し続けた山尾志桜里が、自身の不倫が発覚して離党。いまの民進党は、沈みかけた船からネズミが一斉に逃げ出すかの如く、離党騒ぎが相次いでいる。前原新代表の就任後も、その傾向が収まる気配は一向にない。

第1野党がこんな時であれば、そりゃ誰だって総選挙をするだろう。この時期の総選挙を非難するのであれば、「自民党の横暴」と糾弾するのではなく、そんな自民党の好き勝手を許す状況をつくりあげた民進党を責めるべきだ。今回、もし解散から総選挙の流れになったら、民進党の自滅と言ってよい。

朝日新聞の主張の仕方は一貫して、「こういう時に攻撃してくるなんて、ずるいぞ」ということだ。「こういう時」に追い込まれた自身の責任については知らん顔だ。
しかも朝日新聞は、「自分になにかやましいことがあるから、攻撃してくるんだろ」という口喧嘩レベルの根拠を振りかざしている。

小学校の名誉校長に首相の妻昭恵氏が就いていた森友学園の問題。首相の友人が理事長を務める加計学園の問題……。
臨時国会で野党は、これらの疑惑を引き続きただす構えだ。冒頭解散に踏み切れば首相としては当面、野党の追及を逃れることができるが、国民が求める真相究明はさらに遠のく。そうなれば「森友・加計隠し解散」と言われても仕方がない。
(朝日社説)

北朝鮮情勢が緊迫化するなかで、政治空白を招く解散には明確な大義がいる。その十分な説明がないまま、疑惑隠しや党利党略を優先するようなら、解散権の乱用というほかない。
(朝日社説)


これに反論するのは簡単だ。「森友・加計隠しって、何?」と訊けばよい。
最近、お昼のワイドショーやらニュースショーで「森友・加計疑惑」とくり返しくり返し連呼しているので、視聴者はなにか自民党や安倍首相が不祥事を犯したというイメージをもっている人が多いだろう。しかし実際には、森友・加計問題というのは、明確な違法性も、具体的な証拠も、一切ない。だから必ず「疑惑」という言葉がつく。

マスコミが森友・加計問題をやたらに取り上げるようになったのは、二重国籍やら架空予算の計上やら不倫やら、民進党議員の問題行為が次々と発覚しつつあった頃だ。これらの事例は森友・加計と違い、はっきりとした証拠があり、明確な犯罪行為だ。だからこれを覆い隠すべく、マスコミはやたらに「自民党にはこういう疑惑がある」と騒ぎ立て、証拠も違法性もない「疑惑」をイメージでつくりあげた。

マスコミが森友・加計問題を騒ぎ始めて数ヶ月が経つが、民進党をはじめ野党は、この間に森友・加計問題を根拠として自民党議員の首ひとつ穫れていない。安倍首相が疑惑に関与しているというのなら、きちんとした証拠を揃えて不信任案を突きつけるべきなのに、それすらできていない。もし森友・加計問題が民進党やマスコミが主張するように「大問題の不祥事」であるならば、それを今まで具体的な処罰につなげるように糾弾できていない野党の責任問題だ。

朝日新聞がこの社説で「森友・加計隠し解散」などと怪気炎を上げ、民進党やマスコミがこぞって森友・加計問題を流布したがるのは、いまの左派にとって、政権を攻撃できる弾がこれしか無いからだ。だからこれを撃ちまくるしかない。
しかも実際には、違法性もなく、証拠もない「ハリボテの弾」だ。火の気が一切ないから、しかたなく自分たちで火をつけて「煙だ、煙だ」と騒いでいる。


面白いのは、こうしてケンカしあっている朝日も産経も、ともに「憲法9条」を今回の解散総選挙の向こう側に見据えている、という点だ。

自民党内で首相が唱える9条改正案に異論が噴出し、公明党は改憲論議に慎重姿勢を強めている。一方、民進党からの離党組や小池氏周辺には改憲に前向きな議員もいる。
(朝日社説)

この機会に、防衛の根幹を左右してきた憲法9条などの改正をめぐる議論も必要だ。安倍首相が提起した9条1、2項を残したまま自衛隊の存在を明記する「加憲」案を、逃げずに論じるべきだ。
(産経社説)


おそらく朝日新聞は、北朝鮮のミサイル発射や核実験を、苦々しい思いで見ているだろう。このように近隣諸国で軍事的危機が発生すると、日本で憲法9条改訂の機運が高まってしまう。北朝鮮の核実験を擁護しつつ、日本は憲法9条を守るべきだ、という無茶なことを主張しなくてはならない立場に追い込まれている。最近の朝日の社説には、論理の破綻や強引な我田引水がいつにも増して多くなっているが、そりゃそうだろう。 偉い人の意向を反映して無茶な文章を書かされる記者も気の毒だ。
その不安が常にあるから、解散総選挙という具体的な案件に対しても、つい本音として憲法9条のことがぽろっと口をついて出てしまう。言わなくてもいいことを、つい言ってしまうようになる。

朝日社説のこの箇所だけ、朝日新聞の社説のなかで妙に浮いている。全体の文章のなかで、この部分が果たす役割や、論理的な流れがまったく見えない。
こういう支離滅裂で非論理的な文章こそ、大学入試の現代文の問題にふさわしい。この箇所に傍線を引いて、「この箇所が意図するところを説明せよ」なんて、かなり良い問題になると思う。 大学入試レベルの読解問題になるような悪文なので、一般の読者にとってはその意図などまったく見えないだろう。隠すように書いているので、当然といえば当然だ。

自民党内で9条改正案を抑止する勢力は、アメリカとの意見調整を必要とする立場だ。東アジア3国に気を使ってのことではない。憲法9条は日米安保条約とセットなので、その具体的な進め方をめぐっての議論にすぎない。
また、連立与党を組む公明党が改憲に慎重なのは、先の東京都議会選で都民ファーストと連携する立場をとったために、そのへんの口裏を合わせているだけだ。しかし公明党は選挙のたびに「勝てそうなところと連携する」というコウモリ政党なので、解散総選挙ということになったらまた自民党にすり寄ってくるだろう。

一方、民進党のなかで改憲に前向きな議員がいるのは本当だ。これは離党者が続出しているということから、客観的に判断できる。
つまり朝日社説の、このわけのわからない箇所は、「国会議員全体がゆっくりと改憲に向けて傾いている」という不安を表したものだろう。安倍首相は集団的自衛権を行使する法案を成立させた。いわば「日本の防衛力行使」を禁止する憲法9条の壁が切り崩されたわけであり、これに対する朝日新聞の危機感は相当なものだろう。このままでは朝日新聞は、中国様、北朝鮮様に申し訳が立たない。 

しかし「与党、野党ともに改憲を是とする」と書いてしまったら身も蓋もなく自社の主張につながらないので、話の流れをねじ曲げる必要がある。だから、一応、与党側にも「9条改憲に反するように見える動きがある」という、上っ面の現象だけをとりあげてバランスをとったのだろう。書かなくてもいい余計なことを書いてしまったせいで、より朝日の混迷と不安が浮き出てしまった文章になっている。


朝日新聞の自社ブランドにかける自負心は凄まじく、世の書店には「天声人語」を書き写すためのノートまで売っている。そういう、平常な常識があれば恥ずかしくてできないようなことを臆面もなくやっている割に、その文章はお粗末そのものだ。無茶な主張を強引に成り立たせるため、論理や根拠など無視する、最初から結論ありきの文章なのだから、文章がひどいものになるのは必然と言える。
この社説だって、「文章がうまくなりたい」と眼をキラキラさせた中高生が懸命に書き写す「お手本」にされるのかと思うと、中高生が気の毒になる。



朝日新聞をやたらに勧める先生、よくいましたね。



年内解散検討 透ける疑惑隠しの思惑
(2017年9月18日 朝日新聞社説)
安倍首相が年内に衆院を解散する検討に入った。28日召集予定の臨時国会冒頭に踏み切ることも視野に入れているという。 衆院議員の任期は来年12月半ばまで。1年2カ月以上の任期を残すなかで、解散を検討する首相の意図は明らかだ。

小学校の名誉校長に首相の妻昭恵氏が就いていた森友学園の問題。首相の友人が理事長を務める加計学園の問題……。
臨時国会で野党は、これらの疑惑を引き続きただす構えだ。冒頭解散に踏み切れば首相としては当面、野党の追及を逃れることができるが、国民が求める真相究明はさらに遠のく。そうなれば「森友・加計隠し解散」と言われても仕方がない。  

野党は憲法53条に基づく正当な手順を踏んで、首相に早期の臨時国会召集を要求してきた。冒頭解散となれば、これを約3カ月もたなざらしにしたあげく葬り去ることになる。憲法の規定に背く行為である。

そもそも解散・総選挙で国民に何を問うのか。
首相は8月の内閣改造で「仕事人内閣で政治を前に進める」と強調したが、目に見える成果は何も出ていない。首相側近の萩生田光一・自民党幹事長代行は衆院選の争点を問われ、「目の前で安全保障上の危機が迫っている中で、安保法制が実際にどう機能するかも含めて国民に理解をいただくことが必要だ」と語った。

だが北朝鮮がミサイル発射や核実験をやめないなか、衆院議員を不在にする解散に大義があるとは到底、思えない。むしろ首相の狙いは、混迷する野党の隙を突くことだろう。野党第1党の民進党は、前原誠司新代表の就任後も離党騒ぎに歯止めがかからず、ほかの野党とどう共闘するのか方針が定まらない。7月の東京都議選で政権批判の受け皿になった小池百合子知事が事実上率いる都民ファーストの会は、小池氏の側近らが新党結成の動きを見せるが、先行きは不透明だ。都議選での自民党大敗後、雲行きが怪しくなっている憲法改正で、主導権を取り戻したい狙いもありそうだ。

自民党内で首相が唱える9条改正案に異論が噴出し、公明党は改憲論議に慎重姿勢を強めている。一方、民進党からの離党組や小池氏周辺には改憲に前向きな議員もいる。北朝鮮情勢が緊迫化するなかで、政治空白を招く解散には明確な大義がいる。その十分な説明がないまま、疑惑隠しや党利党略を優先するようなら、解散権の乱用というほかない。



早期解散、危機克服への民意を問え 憲法9条などの改正めぐる議論も必要だ。
(2017年9月18日 産経新聞社説)
安倍晋三首相が早期の衆院解散・総選挙へ調整に入った。トランプ米大統領の来日が11月に予定されているため、10月下旬の投開票が有力だ。いうまでもなく、北朝鮮の核兵器・弾道ミサイルにより、日本が戦後最大の危機を迎えている中での選挙となる。いかに難局を克服するかが問われるべきだ。

どの政党、どのリーダーに、日本の命運や国民の生命と安全を託すべきか。目の前の脅威に対処しつつ、民意を問う意義は大きい。各党はその答えを国民に示し、論じ合う好機としてほしい。自民党と公明党が支える安倍政権は、集団的自衛権の限定行使の容認を柱とする安全保障関連法を整備し、それに基づいて自衛隊を運用している。同盟国である米国も歓迎している


核・ミサイル戦力を放棄しない北朝鮮に対し、圧力を強める方針も堅持してきた。これに対し、野党第一党の民進党は安保関連法は違憲だとし、廃止を唱えている。共産党は日米安保条約の廃棄も求めている。これらが具体的な解決策の提示にあたるといえるだろうか。外交努力の重要性を強調するのも、北朝鮮との対話が困難な状態では、抽象論の域を越えない。自衛隊が自信を持ち、その能力を発揮するうえで、国民の理解と支持は極めて重要だ。政権を担当する者は、国民を守り抜く政策を示し、それに理解を得ることに努めなければならない。

この機会に、防衛の根幹を左右してきた憲法9条などの改正をめぐる議論も必要だ。安倍首相が提起した9条1、2項を残したまま自衛隊の存在を明記する「加憲」案を、逃げずに論じるべきだ。 危機の時期の解散は、政治空白を招くため望ましくないとの意見がある。

気を抜けない情勢であるのは確かだが、根本的解決に一定の時間を要する問題でもある。北朝鮮情勢を理由に総選挙を躊躇(ちゅうちょ)すれば相手の脅しに屈し、日本の民主主義がゆがめられる。そういう側面があることも認識すべきである。第二次大戦時でさえ日本と英国は総選挙を各1回、米国は大統領選を2回行っている。

もとより、選挙活動に力を入れるあまり、政府の対応がおろそかになることは許されない。関係閣僚らの遊説が、ある程度制約を受けるのはやむを得まい。