この夏、東京の街を歩いていて気づいたことがふたつある。
ひとつは、夏休み中に電車に乗っている小学生あたりの子供がやたらに多いこと。
まぁ、夏休みだから子供が電車に乗っておでかけするのは当たり前なのだろうが、僕が子供の頃は夏休み中にそんなに電車に乗る機会などなかった。お出かけするときには車が多かったし、都内に出かけるほどの用事は子供にはない。先立つ資金力もない。今時分の子供達は、夏休みに電車に乗っていったいどこにでかけているのだろうか。
電車の子供達をよく見てみると、どうやら鉄道各社が実施しているスタンプラリーをやっているらしい。みなさんお揃いでスタンプ帳などを持参のうえで「次は○○○駅だね!」なんてやっている。
付き添いで付き合うお父さんお母さんはご苦労なことだ。
この鉄道スタンプラリー、最近では毎年当たり前のように行われるようになった。JRだけでなく、私鉄各社も競合するかのごとく右に倣えでスタンプラリーを実施している。
よく考えると、僕が子供のころはこんなイベントはなかった。このスタンプラリーというイベントが隆盛になっていたのは、ここ10年くらいのことだと思う。
いったいどうして、鉄道各社は夏休みにスタンプラリーをこんなに実施するようになったのだろう。
この夏に気づいたもうひとつの点は、外国人観光客が多くなっていることだ。アジア圏だけでなく、欧米系の観光客も多い。増加している外国人観光客は、夏の東京にいったい何をしに来ているのだろうか。
僕に言わせれば、夏の東京なんて、世界で最も観光旅行に向かないところだと思う。なにせ暑い。暑いだけでなく、湿気があり風通しが悪いので、暑さの質が違う。夏休みに海外に避難したいと思うことはあっても、夏休みの東京を満喫しよう、という感覚は、当の日本人には薄い。
国土交通省の管轄内にある観光庁は、2020年の東京オリンピックまでに、外国人観光客4000万人を目標に『明日の日本を支える観光ビジョン構想会議』を策定した。同時に、文化庁も外国人観光客に向けての他言語情報発信の施策(「文化財の多言語解説等による国際発信力強化の方策に関する有識者会議」)を立ち上げた。日本政府は、外国人観光客を誘致する活動を活発化させる方針で一致している。
しかし、たとえば東京に限って観光客誘致のプロジェクトを組むとしたら、具体的には何をすればいいのだろうか。日本の都市開発や都市運営の目標として「外国人観光客誘致」を掲げるとしても、いったいどうすれば日本への観光客を増やすことができるのだろうか。
僕がこの夏気づいた点、
(1)スタンプラリー、増え過ぎじゃないか?
(2)外国人観光客、何しに来るんだ?
のふたつを、同時に説明できる「何か」が、いま東京で起こっていると思う。
外国人観光客はさておき、東京近郊に住む日本人は、夏休みにどこに遊びにいくのだろうか。国内旅行で各地に出かけるのはともかくとして、東京近郊の中でレジャー需要を満たすとしたら、どういう所に遊びに行くだろうか。
レジャー需要の高い高校生・大学生の目線で考えてみると、東京近郊で遊べるところといえば、としまえん、西武園、東京ディズニーランド&シーなどの「遊園地」、上野動物園、多摩動物園、東武動物公園などの「動物園」、サンシャイン水族館、葛西臨海水族館、しながわ水族館、八景島シーパラダイスなどの「水族館」などがあるだろう。
これが、もう少し経済力がついた社会人になると、お金を使った遊び方が増えてくる。ディズニーリゾートに隣接したイクスピアリ、お台場海浜公園、横浜みなとみらい21など、東京湾岸に相次いで建設されたリゾート施設で遊ぶことが多いだろう。
これらの「日本人向けレジャー施設」の共通点は、都心から一段離れた「周辺地」に建設されていることだ。都心にある新興施設としては東京スカイツリーがあるが、あれはもともと公共設備としての役割をもつ電波塔であって、レジャー機能は付加的なものに過ぎない。
東京のレジャー施設が都心からやや離れた近郊地帯にあるのは、そもそもの東京の都市構造に原因がある。
東京は世界でも珍しいほど一極集中型の都市なので、域内に居住空間が充分ではない。そこで都心で働く労働者は、都心からやや離れたところに住むしかない。行政が主導して、ベッドタウンとして住宅団地を相次いで建設した。東は千葉県柏市・松戸市・市川市、北は埼玉県戸田市・越谷市、西は練馬〜所沢、多摩川流域、横浜市港北区などが該当する。これらの町はすべて「都心で働く人のための住居」のために作られたものだ。
これらの地域から都心に通勤するためには、交通の足が必要だ。そのため、これらのニュータウン開発は、私鉄各社が主導して行った。千葉県西部では京成電鉄、東京都西部は西武鉄道、埼玉県越谷市〜草加市は東武鉄道、多摩川流域・横浜市東部地域は東急鉄道が、それぞれ地域開発を担った。日本の鉄道会社が不動産業務を兼業していることが多いのは、そのためだ。
これらの周辺地域にニュータウンを建設したら、移住してくる世代は若年層が中心になる。そのため、若年層や子供の需要を満たすため、レジャー施設が必要となる。これらを建設するためには、土地の制約上、都心側には作れないため、さらに「外側」に建設することになる。
つまり、東京近郊の都市構造は、「都心」ー「ニュータウン」ー「レジャー地域」のように、放射状に広がり、それらを鉄道がつなぐ構造となっている。
問題は、このように作られた「日本人向けレジャー施設」は、外国人に対する訴求力がないことだ。日本に訪れた外国人観光客は、別に水族館や遊園地で遊ぶために来るわけではあるまい。お台場のショッピングモールに行っても、そこに入っているのは自国にもあるショップばかりだ。
日本を訪れる外国人観光客は、「他の国では味わえない、日本だけにあるもの」を楽しみに来日する。その多くは歴史遺産だ。寺社仏閣、歴史的建造物、歌舞伎・相撲などの伝統的日本文化が目当てだ。
そして、そういう伝統的日本文化の表象は、多くが都心に存在する。多くが山手線の内側にある。夏休みに、都心の地下鉄をうろうろする外国人観光客が多いのは、そのためだ。日本人であれば「あることは知っているが、一度も行ったことがない」というところが目当てになる。
外国人向けに発行されている外国語の日本ガイドブックを見てみると、浅草寺、泉岳寺、明治神宮などの寺社仏閣や、迎賓館、浜離宮庭園、国会議事堂、築地市場などの施設が中心に紹介されている。最近では、秋葉原のアニメショップや、神田神保町の古書店街も人気がある。日本では物議を醸すことが多い靖国神社も、外国人観光客にとっては歴史遺産として紹介されていることが多い。
つまり、「日本人向けのレジャー施設」と、「外国人観光客向けの訪問先」は、相互に噛み合っていないのだ。休日の日本人と、外国人観光客は、動線が違う。大雑把に言って、山手線の内側の都心地域は外国人、周辺近郊は日本人、というように、遊ぶ場所の地域分けが明確になっている。
そして、政府は文化事業の方針として「外国人観光客の誘致」のほうを重視しているわけだ。日本人の内需拡大と消費増大を目指しているわけではない。外国人観光客の嗜好を理解したうえで、そこを強化して誘致をはかるためには、具体的にどのような施策を打てばいいのか。
外国人の目当てが歴史的建造物や伝統的文化だとしたら、インフラ整備や新規の建築事業で需要を拡大するのは現実的ではない。新しく何かハコモノを作ることによって誘致をはかるわけにはいかないのだ。方針としては「すでにあるものを有効利用する」しか方法がない。よって、誘致事業の軸は、建築などのインフラ整備ではなく、「内的要因」の充実しかない。
では、その「内的要因」とは何か。
顧客を増やすための鉄則は、「リピーターを増やすこと」だ。日本に何度も来たい、と外国人に思わせることが第一になる。
アジアの観光で日本とライバル関係にある韓国、中国、台湾、香港なども、近年になって外国人観光客が増加している。欧米のオリエンタル趣味を満たすための国としてこれらの国は魅力的らしいが、リピーター率を調べてみると、それらの国を抑えて、日本が最も多い。
日本交通公社が2016年に実施した「訪日外国人旅行者の意向調査」によると、「今後、旅行したい国はどこか」という問いに対して、日本は51%でトップを占めている。
これは、比較として韓国や中国を考えてみると分かりやすい。アジアからだけでなく、欧米からの観光客の意識調査を見てみると、旅行先として日本を希望している旅行者は30%代〜40%代を占めているのに対して、韓国を希望する旅行者は10%代、中国を希望する旅行者は20%代にとどまる。韓国では観光政策として日本をターゲットに定めており、「なぜソウルよりも東京のほうがリピーターが多いのか」という問題に国是として取り組んでいる。
東京が外国人観光客に人気なのは、大きく言えば治安とインフラ充実度が理由だ。東京では、財布を落としても交番に行けば返ってくる。携帯電話を紛失しても戻ってくる国は、世界で日本だけだそうだ。普通の店に入ればぼったくられる危険も少ない。犯罪に巻き込まれる可能性が少ないため、安心して夜遊びができる。ナイトライフが充実しており、深夜でも一人でコンビニまで買い物に行ける。
外国人観光客にとって都市のインフラとは「ホテルのベッドの寝心地」「移動の足が保証されていること」であることが多い。日本は高級ホテルからビジネスホテルまでランクの幅が多く、値段ごとに一定のサービスが保証されている。最近では「雑魚寝でもいいから安いほうがいい」という旅行者向けに、外国人向けのゲストハウスやホステルが多く作られている。「あしたのジョー」でお馴染みの東京都荒川区の泪橋周辺は、現在、ドヤ街用の安旅館が軒並み建て替えられ、外国人向けのゲストハウスが密集している。もともと家内制の零細宿泊業者が多かったことと、外国人向け観光地の目玉である築地市場まで近いことが背景にある。
このような東京の現状で、「さらなる招致誘因の充実を」と画策したときに、これ以上なにができるのか。
外国人向けの東京ガイドブックを読んでみると、かなりの長いページを割いて「交通機関の使い方」を説明している。
つまり、JR、私鉄、地下鉄と様々に分岐した鉄道網。外国人にとっては、悪夢のような地下迷宮に見えるらしい。目当ての場所に行くための一番の障害は、「どうやってそこまで行くのか」という鉄道路線の乗り継ぎだ。日本は世界の都市と比べてタクシー料金がダントツで高いため、外国人観光客は基本的に移動には電車を使う。
ガイドブックや地図だけを見て東京の複雑な路線を乗り継ぐのは、地方出身の日本人でも難しい。ましてや、日本は言語的に孤立した国で、基本的に日本語以外は通じない。職員に乗り換えを訊いたとしても、言葉が通じるとは限らない。東京が「旅行しやすい街」を目指すときには、外国人にとって電車の乗り換えがしやすい環境をつくらなくてはならない。端的に言うと、外国人に対する駅員の説明能力を上げる必要がある。
これは鉄道会社の側の立場にたってみると、改善の方法が見えてくる。外国人は日本に不慣れなので、土地勘がなく地名に疎い。だから駅員は、交通の理解度が低い相手に、丁寧に乗り継ぎを説明しなくてはならない。駅員はプロの専門家だから、乗り継ぎの方法を自分では理解しているが、それを「訳わかっていない聞き手に分かりやすく説明する」という説明の技術が必要になってくる。そのためには練習が必要だろうし、継続的で実習的な訓練も必要になる。
夏休みのスタンプラリーは、そのためのものではあるまいか。スタンプラリーに参加するのは、ほとんどが子供だ。ポケモンだの妖怪ウォッチだの、キャラクターのスタンプを使用しているのは、対象者を子供に絞って「地理的理解の低い乗客」を想定するためではあるまいか。子供は脳内に地図ができあがっていないので、たとえば池袋ー新宿ー渋谷の位置関係など理解できない。山手線のどっち側に東京駅があるのか、中央線と総武線の停車駅はどう違うのか、一切知らない。そういう「理解力の低い乗客」に丁寧に説明することで、土地勘がなく言葉が通じにくい外国人観光客に対する、駅員の説明力を高めようというのが、スタンプラリーの本当の目的ではあるまいか。 つまりスタンプラリーの本当の目的は「乗客・子供を引き込む利用者促進のため」ではなく、「駅員の訓練のため」と考えられる。
今年の夏、鉄道各社が実施しているスタンプラリーのなかで、ひとつだけ東京メトロのスタンプラリーだけが異色だ。他の鉄道各社がポケモンなどの子供向けキャラクターを使用しているのに対し、東京メトロのスタンプラリーだけは、1980年〜1990年代の「往年の少年ジャンプのキャラクター」を使用している。「ドラゴンボール」「魁!男塾」「シティーハンター」「スラムダンク」「ろくでなしBLUES」「北斗の拳」「キャプテン翼」「キン肉マン」などの作品は、いまの子供にとってリアルタイムの作品ではなく、それほどテンションが上がるものではあるまい。使用しているキャラクターを見る限り、東京メトロのスタンプラリーの対象は、30代〜40代の大人だと考えてよい。
なぜ、東京メトロだけ大人を対象としたスタンプラリーを実施したのか。
説明の難易度の違いだろう。路線図で説明しやすいJRや、直線路線が多い私鉄各社とは異なり、複雑に入り組んだ東京メトロの乗り換え説明は、段違いに難しい。小学生の子供にいきなり大手町駅の乗り換えを説明するのは、ハードルが高すぎる。だから駅員の側が、段階的に説明力を上げていくためには、まず「ある程度の地理的感覚のある大人に説明する」という段階から入ったほうが現実駅だろう。駅員の側が、大人に説明できるようになってから、順次子供を対象とするように移行していくのだと思う。だから予測として、近年中、少なくとも2020年までには、東京メトロのスタンプラリーも、子供を対象としたものに変化していくと考えられる。
東京メトロは、2016年の秋にもスタンプラリーを実施している。その時に使用したキャラクターは「魔法つかいプリキュア」。期間は2016年9月17日から10月30日までで、これは夏休みが終わり、小中学校がすでに始まっている時期だった。
キャラクターから考えて、対象となるのは、小学生の女の子か、大きなお友達の方々だろう。男の子であれば友達同士でスタンプラリーをやるかもしれないが、小学生の女の子にとっては子供同士でスタンプラリーをするのはハードルが高かろう。週末をつかって、お父さんと一緒にやるだろう。また大きなお友達の客層は、アニメ好きと鉄道好きの分布が重なっている層がスタンプラリーに参加すると予測できる。どちらにしても、乗り換えを駅員に訊いてくるのは大人になる。いずれにしても、「乗り換えを、とりあえず大人にわかりやすく説明する」という目的に沿っている。
最近の外国人観光客の中には、東京のダンジョン的な地下鉄そのものを目的とする観光客が増えているのだそうだ。「路線の全線を制覇する」という剛の者もいる。どの国にも「鉄ヲタ」はいると見えて、東京の鉄道網はその趣味の方々にはたまらないらしい。最近の外国人向けガイドブックでも、東京の地下鉄は「迷う可能性がある」という否定的なニュアンスではなく、「挑戦してみよう!」のようなアグレッシブな書き方に変化している。
道に迷ったとき、外国人を見るや「知るか、自分で探せ」という素っ気ない対応をするのではなく、地図を示して懇切丁寧に説明してくれる駅員が増えれば、東京という街の印象がよくなる。そういう人的サービスの充実が、リピーターの増加につながる。海外旅行をしたとき、街の印象というのは、建物の印象ではなく、人の印象であることが多い。そういう「人的能力の育成」が、インフラ整備とは別に、東京の観光客誘致の根幹にあるような気がする。
スタンプラリーと外国人観光客、どっちもこの夏の東京でよく見かける光景だが、ある変化が起こるとき、そこにはだいたい共通の背景がある。そういう流れをよく見てみると、「いま何が起きているのか」「これからどうなっていくのか」が把握できる。
ひとつは、夏休み中に電車に乗っている小学生あたりの子供がやたらに多いこと。
まぁ、夏休みだから子供が電車に乗っておでかけするのは当たり前なのだろうが、僕が子供の頃は夏休み中にそんなに電車に乗る機会などなかった。お出かけするときには車が多かったし、都内に出かけるほどの用事は子供にはない。先立つ資金力もない。今時分の子供達は、夏休みに電車に乗っていったいどこにでかけているのだろうか。
電車の子供達をよく見てみると、どうやら鉄道各社が実施しているスタンプラリーをやっているらしい。みなさんお揃いでスタンプ帳などを持参のうえで「次は○○○駅だね!」なんてやっている。
付き添いで付き合うお父さんお母さんはご苦労なことだ。
ちょっとやそっとの根性で済むイベントではない。
この鉄道スタンプラリー、最近では毎年当たり前のように行われるようになった。JRだけでなく、私鉄各社も競合するかのごとく右に倣えでスタンプラリーを実施している。
よく考えると、僕が子供のころはこんなイベントはなかった。このスタンプラリーというイベントが隆盛になっていたのは、ここ10年くらいのことだと思う。
いったいどうして、鉄道各社は夏休みにスタンプラリーをこんなに実施するようになったのだろう。
この夏に気づいたもうひとつの点は、外国人観光客が多くなっていることだ。アジア圏だけでなく、欧米系の観光客も多い。増加している外国人観光客は、夏の東京にいったい何をしに来ているのだろうか。
僕に言わせれば、夏の東京なんて、世界で最も観光旅行に向かないところだと思う。なにせ暑い。暑いだけでなく、湿気があり風通しが悪いので、暑さの質が違う。夏休みに海外に避難したいと思うことはあっても、夏休みの東京を満喫しよう、という感覚は、当の日本人には薄い。
国土交通省の管轄内にある観光庁は、2020年の東京オリンピックまでに、外国人観光客4000万人を目標に『明日の日本を支える観光ビジョン構想会議』を策定した。同時に、文化庁も外国人観光客に向けての他言語情報発信の施策(「文化財の多言語解説等による国際発信力強化の方策に関する有識者会議」)を立ち上げた。日本政府は、外国人観光客を誘致する活動を活発化させる方針で一致している。
しかし、たとえば東京に限って観光客誘致のプロジェクトを組むとしたら、具体的には何をすればいいのだろうか。日本の都市開発や都市運営の目標として「外国人観光客誘致」を掲げるとしても、いったいどうすれば日本への観光客を増やすことができるのだろうか。
僕がこの夏気づいた点、
(1)スタンプラリー、増え過ぎじゃないか?
(2)外国人観光客、何しに来るんだ?
のふたつを、同時に説明できる「何か」が、いま東京で起こっていると思う。
外国人観光客はさておき、東京近郊に住む日本人は、夏休みにどこに遊びにいくのだろうか。国内旅行で各地に出かけるのはともかくとして、東京近郊の中でレジャー需要を満たすとしたら、どういう所に遊びに行くだろうか。
レジャー需要の高い高校生・大学生の目線で考えてみると、東京近郊で遊べるところといえば、としまえん、西武園、東京ディズニーランド&シーなどの「遊園地」、上野動物園、多摩動物園、東武動物公園などの「動物園」、サンシャイン水族館、葛西臨海水族館、しながわ水族館、八景島シーパラダイスなどの「水族館」などがあるだろう。
これが、もう少し経済力がついた社会人になると、お金を使った遊び方が増えてくる。ディズニーリゾートに隣接したイクスピアリ、お台場海浜公園、横浜みなとみらい21など、東京湾岸に相次いで建設されたリゾート施設で遊ぶことが多いだろう。
これらの「日本人向けレジャー施設」の共通点は、都心から一段離れた「周辺地」に建設されていることだ。都心にある新興施設としては東京スカイツリーがあるが、あれはもともと公共設備としての役割をもつ電波塔であって、レジャー機能は付加的なものに過ぎない。
東京のレジャー施設が都心からやや離れた近郊地帯にあるのは、そもそもの東京の都市構造に原因がある。
東京は世界でも珍しいほど一極集中型の都市なので、域内に居住空間が充分ではない。そこで都心で働く労働者は、都心からやや離れたところに住むしかない。行政が主導して、ベッドタウンとして住宅団地を相次いで建設した。東は千葉県柏市・松戸市・市川市、北は埼玉県戸田市・越谷市、西は練馬〜所沢、多摩川流域、横浜市港北区などが該当する。これらの町はすべて「都心で働く人のための住居」のために作られたものだ。
これらの地域から都心に通勤するためには、交通の足が必要だ。そのため、これらのニュータウン開発は、私鉄各社が主導して行った。千葉県西部では京成電鉄、東京都西部は西武鉄道、埼玉県越谷市〜草加市は東武鉄道、多摩川流域・横浜市東部地域は東急鉄道が、それぞれ地域開発を担った。日本の鉄道会社が不動産業務を兼業していることが多いのは、そのためだ。
これらの周辺地域にニュータウンを建設したら、移住してくる世代は若年層が中心になる。そのため、若年層や子供の需要を満たすため、レジャー施設が必要となる。これらを建設するためには、土地の制約上、都心側には作れないため、さらに「外側」に建設することになる。
つまり、東京近郊の都市構造は、「都心」ー「ニュータウン」ー「レジャー地域」のように、放射状に広がり、それらを鉄道がつなぐ構造となっている。
問題は、このように作られた「日本人向けレジャー施設」は、外国人に対する訴求力がないことだ。日本に訪れた外国人観光客は、別に水族館や遊園地で遊ぶために来るわけではあるまい。お台場のショッピングモールに行っても、そこに入っているのは自国にもあるショップばかりだ。
日本を訪れる外国人観光客は、「他の国では味わえない、日本だけにあるもの」を楽しみに来日する。その多くは歴史遺産だ。寺社仏閣、歴史的建造物、歌舞伎・相撲などの伝統的日本文化が目当てだ。
そして、そういう伝統的日本文化の表象は、多くが都心に存在する。多くが山手線の内側にある。夏休みに、都心の地下鉄をうろうろする外国人観光客が多いのは、そのためだ。日本人であれば「あることは知っているが、一度も行ったことがない」というところが目当てになる。
外国人向けに発行されている外国語の日本ガイドブックを見てみると、浅草寺、泉岳寺、明治神宮などの寺社仏閣や、迎賓館、浜離宮庭園、国会議事堂、築地市場などの施設が中心に紹介されている。最近では、秋葉原のアニメショップや、神田神保町の古書店街も人気がある。日本では物議を醸すことが多い靖国神社も、外国人観光客にとっては歴史遺産として紹介されていることが多い。
つまり、「日本人向けのレジャー施設」と、「外国人観光客向けの訪問先」は、相互に噛み合っていないのだ。休日の日本人と、外国人観光客は、動線が違う。大雑把に言って、山手線の内側の都心地域は外国人、周辺近郊は日本人、というように、遊ぶ場所の地域分けが明確になっている。
そして、政府は文化事業の方針として「外国人観光客の誘致」のほうを重視しているわけだ。日本人の内需拡大と消費増大を目指しているわけではない。外国人観光客の嗜好を理解したうえで、そこを強化して誘致をはかるためには、具体的にどのような施策を打てばいいのか。
外国人の目当てが歴史的建造物や伝統的文化だとしたら、インフラ整備や新規の建築事業で需要を拡大するのは現実的ではない。新しく何かハコモノを作ることによって誘致をはかるわけにはいかないのだ。方針としては「すでにあるものを有効利用する」しか方法がない。よって、誘致事業の軸は、建築などのインフラ整備ではなく、「内的要因」の充実しかない。
では、その「内的要因」とは何か。
顧客を増やすための鉄則は、「リピーターを増やすこと」だ。日本に何度も来たい、と外国人に思わせることが第一になる。
アジアの観光で日本とライバル関係にある韓国、中国、台湾、香港なども、近年になって外国人観光客が増加している。欧米のオリエンタル趣味を満たすための国としてこれらの国は魅力的らしいが、リピーター率を調べてみると、それらの国を抑えて、日本が最も多い。
日本交通公社が2016年に実施した「訪日外国人旅行者の意向調査」によると、「今後、旅行したい国はどこか」という問いに対して、日本は51%でトップを占めている。
これは、比較として韓国や中国を考えてみると分かりやすい。アジアからだけでなく、欧米からの観光客の意識調査を見てみると、旅行先として日本を希望している旅行者は30%代〜40%代を占めているのに対して、韓国を希望する旅行者は10%代、中国を希望する旅行者は20%代にとどまる。韓国では観光政策として日本をターゲットに定めており、「なぜソウルよりも東京のほうがリピーターが多いのか」という問題に国是として取り組んでいる。
東京が外国人観光客に人気なのは、大きく言えば治安とインフラ充実度が理由だ。東京では、財布を落としても交番に行けば返ってくる。携帯電話を紛失しても戻ってくる国は、世界で日本だけだそうだ。普通の店に入ればぼったくられる危険も少ない。犯罪に巻き込まれる可能性が少ないため、安心して夜遊びができる。ナイトライフが充実しており、深夜でも一人でコンビニまで買い物に行ける。
外国人観光客にとって都市のインフラとは「ホテルのベッドの寝心地」「移動の足が保証されていること」であることが多い。日本は高級ホテルからビジネスホテルまでランクの幅が多く、値段ごとに一定のサービスが保証されている。最近では「雑魚寝でもいいから安いほうがいい」という旅行者向けに、外国人向けのゲストハウスやホステルが多く作られている。「あしたのジョー」でお馴染みの東京都荒川区の泪橋周辺は、現在、ドヤ街用の安旅館が軒並み建て替えられ、外国人向けのゲストハウスが密集している。もともと家内制の零細宿泊業者が多かったことと、外国人向け観光地の目玉である築地市場まで近いことが背景にある。
このような東京の現状で、「さらなる招致誘因の充実を」と画策したときに、これ以上なにができるのか。
外国人向けの東京ガイドブックを読んでみると、かなりの長いページを割いて「交通機関の使い方」を説明している。
つまり、JR、私鉄、地下鉄と様々に分岐した鉄道網。外国人にとっては、悪夢のような地下迷宮に見えるらしい。目当ての場所に行くための一番の障害は、「どうやってそこまで行くのか」という鉄道路線の乗り継ぎだ。日本は世界の都市と比べてタクシー料金がダントツで高いため、外国人観光客は基本的に移動には電車を使う。
ガイドブックや地図だけを見て東京の複雑な路線を乗り継ぐのは、地方出身の日本人でも難しい。ましてや、日本は言語的に孤立した国で、基本的に日本語以外は通じない。職員に乗り換えを訊いたとしても、言葉が通じるとは限らない。東京が「旅行しやすい街」を目指すときには、外国人にとって電車の乗り換えがしやすい環境をつくらなくてはならない。端的に言うと、外国人に対する駅員の説明能力を上げる必要がある。
これは鉄道会社の側の立場にたってみると、改善の方法が見えてくる。外国人は日本に不慣れなので、土地勘がなく地名に疎い。だから駅員は、交通の理解度が低い相手に、丁寧に乗り継ぎを説明しなくてはならない。駅員はプロの専門家だから、乗り継ぎの方法を自分では理解しているが、それを「訳わかっていない聞き手に分かりやすく説明する」という説明の技術が必要になってくる。そのためには練習が必要だろうし、継続的で実習的な訓練も必要になる。
夏休みのスタンプラリーは、そのためのものではあるまいか。スタンプラリーに参加するのは、ほとんどが子供だ。ポケモンだの妖怪ウォッチだの、キャラクターのスタンプを使用しているのは、対象者を子供に絞って「地理的理解の低い乗客」を想定するためではあるまいか。子供は脳内に地図ができあがっていないので、たとえば池袋ー新宿ー渋谷の位置関係など理解できない。山手線のどっち側に東京駅があるのか、中央線と総武線の停車駅はどう違うのか、一切知らない。そういう「理解力の低い乗客」に丁寧に説明することで、土地勘がなく言葉が通じにくい外国人観光客に対する、駅員の説明力を高めようというのが、スタンプラリーの本当の目的ではあるまいか。 つまりスタンプラリーの本当の目的は「乗客・子供を引き込む利用者促進のため」ではなく、「駅員の訓練のため」と考えられる。
今年の夏、鉄道各社が実施しているスタンプラリーのなかで、ひとつだけ東京メトロのスタンプラリーだけが異色だ。他の鉄道各社がポケモンなどの子供向けキャラクターを使用しているのに対し、東京メトロのスタンプラリーだけは、1980年〜1990年代の「往年の少年ジャンプのキャラクター」を使用している。「ドラゴンボール」「魁!男塾」「シティーハンター」「スラムダンク」「ろくでなしBLUES」「北斗の拳」「キャプテン翼」「キン肉マン」などの作品は、いまの子供にとってリアルタイムの作品ではなく、それほどテンションが上がるものではあるまい。使用しているキャラクターを見る限り、東京メトロのスタンプラリーの対象は、30代〜40代の大人だと考えてよい。
なぜ、東京メトロだけ大人を対象としたスタンプラリーを実施したのか。
説明の難易度の違いだろう。路線図で説明しやすいJRや、直線路線が多い私鉄各社とは異なり、複雑に入り組んだ東京メトロの乗り換え説明は、段違いに難しい。小学生の子供にいきなり大手町駅の乗り換えを説明するのは、ハードルが高すぎる。だから駅員の側が、段階的に説明力を上げていくためには、まず「ある程度の地理的感覚のある大人に説明する」という段階から入ったほうが現実駅だろう。駅員の側が、大人に説明できるようになってから、順次子供を対象とするように移行していくのだと思う。だから予測として、近年中、少なくとも2020年までには、東京メトロのスタンプラリーも、子供を対象としたものに変化していくと考えられる。
東京メトロは、2016年の秋にもスタンプラリーを実施している。その時に使用したキャラクターは「魔法つかいプリキュア」。期間は2016年9月17日から10月30日までで、これは夏休みが終わり、小中学校がすでに始まっている時期だった。
キャラクターから考えて、対象となるのは、小学生の女の子か、大きなお友達の方々だろう。男の子であれば友達同士でスタンプラリーをやるかもしれないが、小学生の女の子にとっては子供同士でスタンプラリーをするのはハードルが高かろう。週末をつかって、お父さんと一緒にやるだろう。また大きなお友達の客層は、アニメ好きと鉄道好きの分布が重なっている層がスタンプラリーに参加すると予測できる。どちらにしても、乗り換えを駅員に訊いてくるのは大人になる。いずれにしても、「乗り換えを、とりあえず大人にわかりやすく説明する」という目的に沿っている。
最近の外国人観光客の中には、東京のダンジョン的な地下鉄そのものを目的とする観光客が増えているのだそうだ。「路線の全線を制覇する」という剛の者もいる。どの国にも「鉄ヲタ」はいると見えて、東京の鉄道網はその趣味の方々にはたまらないらしい。最近の外国人向けガイドブックでも、東京の地下鉄は「迷う可能性がある」という否定的なニュアンスではなく、「挑戦してみよう!」のようなアグレッシブな書き方に変化している。
道に迷ったとき、外国人を見るや「知るか、自分で探せ」という素っ気ない対応をするのではなく、地図を示して懇切丁寧に説明してくれる駅員が増えれば、東京という街の印象がよくなる。そういう人的サービスの充実が、リピーターの増加につながる。海外旅行をしたとき、街の印象というのは、建物の印象ではなく、人の印象であることが多い。そういう「人的能力の育成」が、インフラ整備とは別に、東京の観光客誘致の根幹にあるような気がする。
スタンプラリーと外国人観光客、どっちもこの夏の東京でよく見かける光景だが、ある変化が起こるとき、そこにはだいたい共通の背景がある。そういう流れをよく見てみると、「いま何が起きているのか」「これからどうなっていくのか」が把握できる。
今年もやろうと思いつつもやらずに終わりました。