ラグビーW杯 プールA
ウェールズ 28ー25 イングランド
今大会の予選ラウンドで最も注目のカード、開催国イングランドと準ホームのウェールズの対決。
シックスネイションズでも毎回激闘を繰り広げる両国が、「死のブループ」勝ち残りを賭けて激突した。
報道では「イングランドまさかの敗戦」「開催国が敗れる波乱」という論調が多いが、ここまでの両国の力関係と今回の試合展開を見ると、波乱でも番狂わせでもなんでもない。互角の両チームが力勝負で挑み合い、僅差で勝敗がついた、という試合でしかない。報道が揃いも揃ってイングランド寄りなのは、開催国ということもあり、イングランドが決勝トーナメントに進めないと観客動員数に影響する、などの「大人の事情」だろう。この結果を「波乱」と言うには、ウェールズは強すぎる。
そういう「イングランド推し」は、スタジアムの中にも影響していたように見える。観客が大いにイングランド贔屓で、ウェールズに対してブーイングを浴びせていたのは、イングランドサポーターの民度の無さとして無視しよう。ラグビー観戦というのは、基本的に良いプレーに対しては敵味方の別なく賞賛を送るのが「礼儀」であって、国同士のライバル意識をスタジアム内部に持ち込むのは、サッカーを見る時くらいにしてほしい。
また、審判のレフェリングもイングランドに寄っているように見受けられた。前半だけで、ノックオンに関わる明らかな誤審が2つあった。ウェールズが落としていないのにノックオンをとり、イングランドが明らかに落としたのにノックオンをとらない。ビデオで確認すら取らない。それほど露骨な笛ではなかったのであまり問題になっていないが、何らかの圧力が働いているように見えた。
イングランドは、勝てた試合だったと思う。特にスクラムの差は歴然としており、完全にイングランドが制圧していた。ウェールズはスクラムのたびに押し込まれるため、サイドアタックとBKの展開を見極める余裕がなく、一次攻撃では簡単に捕まっていた。
スクラム以外の密集戦でも、概してFWはイングランドのほうが優勢だった。モールは確実に確保し、ラックは球出しが早い。前半終了時点では16-9とイングランドのリードで折り返したが、その差はFW戦で押し込まれたウェールズが反則を繰り返し、そのたびにPGで失点を重ねたからだ。FWの差が、そのまま点差に表れていた。
この試合が好ゲームになった要素はふたつある。両チームの、ディフェンスとキックだ。
イングランドもウェールズも、ディフェンスが強かった。特にセットプレーからのラインディフェンスは、両チームともイメージ通りのディフェンスができていただろう。簡単なタックルミスがほとんどなく、個々がトイメンを止める、という最低限の基礎をしっかり踏まえていた。これは南アに勝利した日本代表や、NZを追いつめたアルゼンチンと同じ要因だ。しっかりしたディフェンスが勝負を締め、緊張感のある展開になった。
イングランドもウェールズも、ディフェンスは出足の鋭い詰めの守り方だった。詰めのディフェンスは前がかりになる分、バックスリーの守備に負担がかかる。それはさすがにお互いに手の内を知っている両チームだけあって、バックスリーの戻りを突くような展開が多くなった。後半になってハイパントがやたらに増えたのは、背後を狙う展開に持ち込む必然の結果だろう。
両チームとも、SOのキックが素晴らしかった。イングランドSOのオーウェン・ファレル、ウェールズSOのガレス・デイビスは、正確なキックで攻撃陣を指揮した。また両者はPGの精度も高く、お互いに一歩も譲らずPGを完璧に決めた。両SOのキックの精度によって、試合に「自陣で反則すると即3点を失う」という緊張感をもたらした。
しかし後半になって、展開の仕方の幅において、ウェールズのほうに分があった。
イングランドのディフェンスは詰めだが、最後まで詰め切るのではなく、ゲインラインまで一気に出たあとは待ち構える感じのディフェンスだった。人を潰すというよりは、スペースを潰すようなディフェンスの仕方だ。ウェールズのBK陣は外展開が多いため、詰めのディフェンスで外を余らせてしまうリスクを避けたのだろう。
ウェールズは、そのイングランドの守備の仕方に付け入る方法に攻撃の仕方を変えた。後半に入ってからのウェールズのBKは、ラインを深めにとり、ブラインドウイングやFBを積極的に攻撃参加させた。外展開を意識させ相手ディフェンスを引きつけ、キックで裏を狙う。アタックのラインが深いと、それだけキックに余裕が出る。ウェールズは深いラインとキックを有効に織り交ぜることで、うまく攻撃のリズムをつくった。
試合終盤、ウェールズはトライとコンバージョンを取り、とうとう同点に追いつく。このトライは、外展開からのキックパスによって、空いた背後のスペースに走り込んで取ったものだ。キックを使い、後半かけてじっくりイングランドのバックスリーを操り、最後の勝負でトライを取りきった。あのトライは単発の好プレーというよりも、それまでに周到に伏線を張り巡らせたウェールズの作戦によって、必然的に取ったトライだろう。
残り10分で試合をひっくり返されたイングランドは、土壇場で判断ミスを犯す。3点差を追うイングランドは、最後にペナルティーを得る。ここでイングランドはPGを狙わずラインアウトを選択し、トライで逆転勝ちを狙うほうを採った。ちょうど南アに逆転勝ちした日本代表と同じ状況だ。
ここでイングランドは、ラインアウトをノックオンするという痛恨のミスを犯す。時間切れになり、スクラムからボールを蹴り出され、ノーサイド。
これをイングランドの「判断ミス」と呼ぶのは酷だろう。現に日本代表はこれと同じ状況でトライを取ることに成功し、勝ったのだ。では賭けに成功した日本代表と、失敗したイングランドは、何が違かったのか。
一言で言うと、「焦り」だろう。日本代表は試合の主導権を南アにずっと握られ、最後の最後にチャンスを得た。そういう状況でも外展開ができるように周到にフィットネスを上げる訓練をし、あの一撃必殺のために4年の歳月をかけて備えていた。
一方のイングランドは、ずっとリードしていた試合を最後にひっくり返され、焦った状態で最後のラインアウトに臨んだ。フィットネスもウェールズに勝っていながら、なぜかリードされる、という展開だった。心情的には日本代表ではなく、相手の南アに近い心理状態だっただろう。
土壇場で勝負を分けるのは、迷いのない信念と、「その状況を事前に想定していたか」という準備の差だ。イングランドは後半途中までは自分たちのプラン通りに試合を進めていただろう。しかし、ウェールズの作戦によってゲームプランを徐々に崩され、最後は術中に嵌る形でミスをさせられた。
こうしたウェールズの試合運びは、例えば初戦でNZに善戦しながら最後に負けたアルゼンチンにはなかったポイントだろう。スクラムやFW戦を完全に取られながらも、BKまで含めたトータルな試合運びで、最後には勝つ、という戦い方だ。
イングランドもウェールズも、後に大一番となるオーストラリア戦を残している。状況はかなりウェールズに有利だが、怪我人が続出しているという弱点がある。このままウェールズが順当に勝ち進むのか、イングランドが踏みとどまるのか、まったく予想できない。両チームが必死になれば、オーストラリアが両国に連敗して予選落ち、という可能性も大いにあり得る。「死のグループ」にふさわしいもつれ方になってきた。
トライは両方とも外展開から。ワイドな球廻しは見てて楽しい。