たくろふのつぶやき

食欲の秋の季節がやってまいりました!o(^▽^)o

2015年03月

マスコミの取材態度

結城さんが手記 朝日記者の怒声に「ショック…」 国際報道部長が謝罪「重く受け止めおわびします」
(産経新聞 2015年3月23日)

チュニジアの博物館襲撃テロで負傷し、首都チュニスのシャルル・ニコル病院に入院中で陸上自衛隊3等陸佐の結城法子さん(35)=東京都豊島区=は20日、共同通信など一部メディアに手記を寄せ、「現実のこととは思えませんでした」と事件当時の恐怖を振り返った。  

また、結城さんは手記で、朝日新聞記者と日本大使館員の取材をめぐるやりとりについて「『取材をさせてください。あなたに断る権利はない』と日本語で怒鳴っている声が聞こえ、ショックでした」と記した。  

これを受け、朝日新聞の石合力・国際報道部長は朝日新聞デジタルのホームページ(HP)に「取材の経緯、説明します」と題した見解を掲載し、「記者には大声を出したつもりはありませんでしたが、手記で記されていることを重く受け止め、結城さんにおわびします」と謝罪した。  

HPによると、朝日新聞記者は取材のため、発生翌日の19日午後(日本時間同日夜)、チュニス市内の病院を訪問。救急部門の責任者の医師に取材したところ、結城さんについて「軽傷なので病室に行くといい。インタビューできると思う」との説明を受けたという。


「第三者委員会」とやらは全く仕事をしてないことが明白ですな。



被害の女性が手記 「生きた心地しなかった」 チュニジア襲撃
(朝日新聞 2015年3月23日)

病室へ帰ると、大使館の方と日本人の現地のコーディネーター、という方がいました。私は1日中泣いていたせいで目が腫れあがってあけることができず、その方の顔は見ていません。大使館の方は母に電話をかけて下さり、母の声を聞いて安心しました。コーディネーターの方は電話をして、日本テレビのインタビューを受けるように言いました。言われるがまま質問に答えましたが、ボーッとしていてはずかしかったので、インタビューをそのままテレビで流していいですか、と言われ断りました。すると、すでにNHKのインタビューがテレビで流れていて、名前も顔もでているからいいでしょう、と言われました。その時初めてそのことを知り、ショックを受けました。

翌日の朝にはパスポートなどが入ったバッグが戻り、大使館の方を通じて日本の家族と話すことができました。母も、私のいる病院に転院してきて、一緒の病室に入ることができました。  
部屋をうつった後、部屋の前で「取材をさせて下さい。あなたに断る権利はない」と日本語でどなっている声が聞こえ、ショックでしたが、それは私にではなく、大使館の方に言っているようでした。大使館の方は、「朝日新聞の記者の方がインタビューをさせて欲しいと言っているが、受ける必要はない。体調も良くないし、インタビューがどう使われるかわからないし、あなたには断る権利があります」と言われました。今まで、義務だと思いインタビューを受けていたので、涙がでるほどうれしかったです。


本人の了解なしにインタビューを放送するNHK、被害者の症状など一切無視して強引に取材をしようとする朝日新聞や日テレ、「あなたに断る権利はない」という言葉を被害者自身に向けた言葉のように誘導する記事に仕立て上げる産経新聞、どいつもこいつも報道倫理がどうかしてる。


どちらの姿勢も同じようなもの。
ここまで露骨に「他人の悲劇は飯の種」という姿勢を貫かれると、いいかげんうんざりする。



新聞社の体質がそんな簡単に変わるもんか

なんか朝日新聞が焦ってるぞ

補助教材通知 先生を萎縮させるな
(2015年3月8日 朝日新聞社説)


先生が自由に教えにくくならないか。
学校の授業で、教科書とは別に使われる「補助教材」について、内容が適切かどうかに留意を求める通知を、文部科学省が教育委員会などに出した。副読本や学習帳、資料集のほか、プリント、新聞などが対象だ。気をつけるべき点として、教育基本法の趣旨に従っていること、子どもの発達の段階に合っていることのほか、授業で扱う際、偏った扱いにならないようにすることを挙げた。

ただ、何が「適切」な教材で、何が「適正」な取り扱いかという答えは一つではない。どんな教材がふさわしいかは、まずは子どもと向き合っている先生が考えることだ。地域の実態をふまえ、学校で判断すべきだ。国がわざわざ通知を出すようなことではないだろう。日本の学校はただでさえ、「偏向している」との批判を恐れ、意見の分かれる政治や社会のテーマを扱うのを避けてきた。通知は、先生をさらに萎縮させることになりかねない。各教委は、教材の届け出や承認を求める規定を設けることになっている。副読本や資料集が対象の場合が多い。教委が慎重になりすぎ、先生自作のプリントや新聞、雑誌まで届け出を求めるようでは、ニュースなど生きのいい話題を扱いにくくなる。




お前らのせいじゃないのかなぁ。




あからさまに事実を歪曲した報道をしたり、政治的に偏向した記事を書いたり、はては誤報をバンバン出して国益を損なったりする新聞だったら、「教育現場には不適切」と判断されるだろうからそりゃ困るだろうな。



いいじゃん教科書使って授業すれば。
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旅に出るのだ。


旅屋



東京・中野の文房具店「旅屋」に行ってきました。


東急ハンズやLOFTのような文房具屋さんもいいんですが、最近はこじんまりと個人経営をしているコンセプト文具屋さんが増えてますね。 他の文具店とはひと味違うオリジナルで勝負している名店が増えています。
「旅屋」は店名の如く、「旅と人」をコンセプトにした文具店です。置いてある商品はすべて旅を感じさせるグッズばかり。しかも量販店では見たことがない希少モデルやデッドストック品が、しれっと無造作に並べられています。

旅をコンセプトとした文具店といえば、中目黒の「Traveler’s Factory」が有名ですが、あちらとはちょっとコンセプトが違います。 Traveler’s Factoryの商品は自社製のオリジナルモデルですが、「旅屋」はより軸足を海外寄りに置いているといいますか、海外メーカーの文具を輸入販売しているようです。主にヨーロッパを中心とした文房具の定番が並んでおり、僕も日本ではあまり見たことがない商品が結構ありました。 そういう海外の文房具を見ていると、なんか旅に出たくなっちゃいますね。

今回はお目当ての品がありまして。
僕は、普段持ち歩くメモ帳がわりのノートをいくつか持っていますが、最も耐久力が高くて重宝しているのが、コクヨの「測量野帳」です。


観測野帳


本来は測量士や化学研究者などのプロが使う手帳です。
とにかく頑丈。耐水紙を使用しており雨や酸に強く、紙面が濡れても筆記が可能です。紙の質もよく、容易なことでは記面が劣化しません。 カバーには非常に固い表紙を使っており、立ったまま記すことを前提として作られています。製本も頑丈で、野外で雑に扱われてもバラけない堅牢さを誇っています。360度開いて折り返しても、背止めが破れません。すべてにわたってプロユーザーを想定して作られており、かなり戦闘力の高いノートです。また1冊180円と非常に安価で、まとめ買いしてストックができます。
僕は野外で筆記が必要な時には、観測野帳のスケッチブックにFisherのスペースペンを組み合わせて使っています。無敵の組み合わせと言えましょう。

で、「旅屋」は、この観測野帳のオリジナルカバーを制作してまして。本革の重厚なノートカバーです。値段も手頃で、持ち歩きに非常によろしい。このお店オリジナルの商品ですので、ここでしか買えません。
どうも観測野帳を裸で持ち歩いていると「実験中」のような感じになってしまうので、今度からこのカバーをつけて持ち歩こうかと思っている所存です。 

最近は旅日記用のおしゃれなノートがたくさん売り出されていますが、その中でも「観測野帳」にフォーカスするあたり、「旅屋」さんの性能主義が垣間見えるような気がします。なかなかチョイスが渋い。観測野帳以外にも、置いている商品はどれも「使い勝手」と「デザイン」のバランスが非常によいものを選んで置いてありました。ただデザインだけに奇を衒ってすごく使いづらい、というネタ的な文具は皆無。選別眼が高く、なかなか良い雰囲気の文具店です。



旅を感じる文具雑貨店 旅屋
〒165-0026 東京都中野区新井1-37-2
TEL 03-5318-9177
OPEN 11:00-20:00
定休日 水曜日



嫁は学生時代に学校指定で使っていたそうな。

意味の分からない言葉

僕は一応、言語学者ですので、日常使われている言葉で分からないものがあったら積極的に調べるようにしています。
そんな僕ですが、どうしても意味が分からなかった言葉がありまして。


「ポップでキッチュ」って、どういう意味?


昨日や今日の話じゃありません。僕が中高生の頃から使われている言葉なので、もうかれこれ20年ほど言葉の意味を追っていることになりますか。
僕が中高生の頃っていえばバブル景気の真っ最中ですので、その頃から使われている言葉ということになります。

この言葉を聞くのは、若年層の女の子の会話の中が多かったんですが、雑誌なんかでもよく見かける言葉です。
僕はこの言葉を耳にするたびに「それ、どういう意味?」と語義を訊いてみるのですが、誰一人としてその言葉を正確に定義できる女の子がいない、という謎の言葉です。「意味が分からないのに使う」という、言語的にとても不思議なことが起きています。
最近ではあまり口語でこの言葉を聞くことは少なくなりましたが、それでも雑誌媒体や週刊誌の広告などでたまに見かけます。

以来、女性諸氏(主に嫁)に聞き取り調査を継続し、自分なりになんとなく「こういう意味かな」という感じが掴めてきたような気がします。
合ってるか間違っているか分かりませんが。

まず「ポップ」ですが、これはどうやら「やたらに原色に近いカラフルさに溢れている」というくらいの意味らしいです。だから範疇としては「視覚に基づく色彩感覚の言葉」ということになります。
この言葉が難しいのは、どうやら単に「色が多けりゃいい」というわけではなさそうだ、という所です。色数の多さだけでなく、「かわいい色」である必要があるようなのです。イメージとしてはパステルカラーですかね。

次に「キッチュ」ですが、これはどうやら「親しみやすさ」「手に入りやすさ」「喪失感の薄さ」などを足して割ったような意味の言葉のようです。そう言うとなんとなく分かりにくいですが、ずばり言ってしまうと「安物っぽさ」を表しているようなのです。
だから、すごい高級感があって値段も高く、慎重に扱わなければならないような貴重品は「キッチュ」ではないようです。小銭程度で買えて、壊れたり無くしたりしたところで別に精神的なダメージを受けない、簡単に買い替えが効く、という程度の「日常品」的な感覚が、「キッチュ」の語義のようです。だから、「キッチュ」というのは視覚の用語ではなく、経済概念の用語に分類されると僕は見ています。まぁ、女の子は「服の色に合わせてカバンを変える」ということを頻繁になさるようなので、数が必要なのでしょう。そうなると必然的に、ひとつのものに高い金はかけられない、ということになるのだと思います。



僕は文房具が趣味なので、ペンを例にこれらの用語を分類してみます。
超高級筆記用具、たとえばモンブランの万年筆のようなやつは、色彩も単一ですし、高級感が全開です。こういうのは「どっちでもない」に分類できそうです。


モンブラン

ポップでもキッチュでもない 


一方、たとえばLAMYのサファリシリーズのような筆記用具は、カラフルなバリエーションで商品の躍動感を演出しています。しかし値段は4000円〜6000円くらいで、学生にとっては「買いやすい」とはとても言いがたい商品でしょう。
こういうのは、「ポップ」ではあるが「キッチュ」ではない、と分類できそうです。


ラミーサファリ

ポップではあるがキッチュではない 



お求めやすい文房具として地位を確立した無印良品はどうでしょう。これらは、ゲルインキボールペンなどはかなり色数のバリエーションが揃っています。しかし、女子中高生が熱中して集めるような「かわいい色」ではありますまい。値段は安いし、まとめ買いもできますが、色的にちょっと落ち着いた感じがあります。
こういうのは、「キッチュ」ではあるが「ポップ」ではない、と分類できそうです。


101

キッチュではあるがポップではない 


大手の文房具屋で女子中高生が群がっているのは、やはり売れ筋商品の「安いボールペン」です。まぁ、お金がないからしょうがないですね。文房具メーカーでもその辺の層をターゲットに定めた薄利多売商品にも力を入れていて、「全色そろえよう!」のようなシリーズ展開を繰り広げています。
僕はこの手の文房具をあまり使わないんですが、最近ちょっとZEBRAの「Prefill」というシリーズを購入しました。ポイントごとに色を分ける筆記をする必要があるときは、やはり多色ボールペンは便利です。そのため、女子中高生に混じって文房具屋さんで「かわいい文房具」を買い求めました。最近の多色ボールペンは、自分で色を選んで組み合わせを作れるようになってるんですね。しかもペン軸が300円程度、リフィルの替芯が100円程度と、女子中高生の皆様にもお求めやすい価格になっています。


プレフィール


ポップであり、かつキッチュでもある 



僕の趣味は、基本的に基本色のモノトーンで、しかも「多少高くても良いもの」をひとつ持つ高級指向ですので、ポップでもキッチュでもないことになります。
コンピューターでも、Windowsマシンはカラーバリエーションが豊かで、たまにキッチュなものがありますが、Macは頑にポップでもキッチュでもない路線のような気がします。iPodなどの消耗機器でも、一応カラーバリエーションを揃えてはいますが、女子中高生がキャーキャー騒ぐような感じの軽い色彩ではなく、ポップさを抑えているカラーデザインになっているような気がします。

僕が日常的に接している大学生世代だと、この好みがはっきり分かれるのは、カバンですかね。
おシャレで「その年の流行」的なカバンは、おおむねキッチュです。はっきり言って安物感が全開です。一方、一生もので使えるような本革の鞄を使っている女の子もたまにいますが、僕としてはこちらのほうが趣味がよろしいと感じてしまいます。

まぁ、語義の掴みが合っているか間違っているかは分かりませんが、こう定義しておくと、とりあえず何を言っているのか分かるような感じです。



あ、これはどう?これって「キッチュ」?

「うーん、キッチュではないわね。ポップではあるけど。」

あ、じゃあこれは?これも「ポップ」でしょ

「あら、これはポップじゃないわよ。どっちかというとキッチュね。」

あの、思うんですけどね

「なあに?」

話をまとめますと、ポップでキッチュなものというのは、子供の使うものではないかと

「は?」

もうワレワレはいい大人ですから、ポップでもキッチュでもない、落ち着いたものを持つべきではありませんか

ハー「あのね、何を言っているの」

はぁ。

「『大人だから落ち着いたものを持つべき』ってのは、一面的な価値観なのよ」

はぁ。

「それぞれのカテゴリーを、場合と状況によって使い分けてこそのオトナなのよ」

はぁ。

「だから、大人だからってポップさやキッチュさを否定するべきではないのよ」

はぁ。

「だから、私が今年のカバンを買うのも、大人として当然のことなのよ」



ちょっと待て。
ペンギン命
ここでもつぶやき
バックナンバー長いよ。
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