たくろふのつぶやき

春は揚げ物。

2012年02月

ワタミ渡邉美樹社長の論理は、連合赤軍の森・永田と同じ

連合赤軍40年、ワタミ問題にも通じる「敗北死の肯定」という踏み入ってはいけない暗黒


森は永田に煽られつつ「反抗的」「日和見」「脱落」等の理由で、次々と仲間を「総括」の名の下に殺害していきます。自身や永田が気に入らない者は、一方的に考え方を押し付けつつ「自己批判」をもとめ「総括せよ!」という抽象的な要求で批判を繰り返し、挙句に直接・間接を含めた暴力的な行為をも「総括」手段として肯定し死に至らしめる。結果、力尽きた仲間たちを「敗北死」として自らの行為を正当化するという、著しく正気を逸脱した行動に入り込むのです。周囲は、自己の防衛本能から誰もこれを止めることができず泥沼にはまり込む。リーダーの資質のない者がリーダーになり、強権的独裁体制を確立した悲劇がそこに見て取れます。

連合赤軍40年を機に、資料を読み返しその問題点をひも解く中で再会したこの「敗北死」という言葉。あらゆる組織運営にとって、絶対に肯定してはいけない言葉であると改めて連合赤軍の事件は教えてくれています。企業において仮に“脱落者”がいたとしても、組織内外に新たな道を用意し活路を開く支援をするのがリーダーのあるべきであり、いかなる理由があろうと敗者復活を認めず「敗北死」に追い込むリーダーはそもそも資質面で失格であるはずなのです

この「敗北死」という言葉を聞いて、失礼ながら私は今物議を醸しているワタミの渡邉美樹さんの顔を思い浮かべてしまいました。従業員の死を残念であるとしながらも、自己の至らなさを省みることができない姿は、まさしく「敗北死」を肯定するリーダーのそれであると思えてしまったのです。

「ヒト」「モノ」「カネ」という三大経営資源の中でも、もっともかけがえのない存在であるはずの「ヒト」。企業経営者と言うリーダーはたちは、どんな状況下にあろうとも従業員を「敗北死」に決して追い込まない経営、従業員の「敗北死」を決し容認しない経営を忘れないことこそ大切であるはずです。リーダーが「敗北死」に追い込まない、「敗北死」を容認しない勇気を持ち組織内にその風土の浸透をはかることこそ、企業という組織運営においてもパワハラや過労死や不幸な自殺を未然に防止する重要なカギを握っているのではないかと思えます。連合赤軍事件から40年を経た今なお、この事件は組織運営の教訓として十分な有効性を持っており、これをしっかりと語り継ぐ必要性を強く感じる次第です。




ビルの8, 9階で「ここから飛び降りろ」って、総括でしょ?

東海大学付属第四高等学校(札幌)では熱が40度でも欠席が許されないそうです

「熱が40度近くあっても登校」やりすぎ 私立高1年間クラス全員無欠席に批判


危機は度々訪れた。6月17日には女子生徒の親から体調が悪く、大会も控えているので休ませるという連絡が入った。クラスの生徒たちは怒り心頭の様子だった。すると1時間目が終わった頃にその女子生徒が登校してきた。そして、

「うちには関係ないし!こんなんで無理して学校来て体壊したら誰が責任取るのさ!」

と吼えた。クラスの何人かが「休むなよ!」という電話やメールをしていたことが後にわかった。

この日をきっかけにクラスは一つになり「担任も休めなくなってしまった」。40度近い熱があっても点滴をしてまで登校する生徒がいたり、インフルエンザの疑いがあった生徒は病院と高校を行ったり来たりした。




453 :名無しさん@12周年:2012/02/27(月)
担任「『無理』というのはですね、嘘吐きの言葉なんです。休むから無理になるんですよ」
村上龍「?」
担任「休むから無理になるんです。休まなければ無理じゃ無くなります」
村上「いやいやいや、順序としては『無理だから→休んでしまう』んですよね?」
担任「いえ、休んでしまうから無理になるんです」
村上「?」
担任「休ませないんです。鼻血を出そうがブッ倒れようが、とにかく一年間登校させる」
村上「一年間」
担任「そうすればその人はもう無理とは口が裂けても言えないでしょう」
村上「・・・んん??」
担任「無理じゃなかったって事です。実際に一年間も登校したのだから。『無理』という言葉は嘘だった」
村上「いや、一年間登校したんじゃなく登校させたって事でしょ。鼻血が出ても倒れても」
担任「しかし現実として登校したのですから無理じゃなかった。その後はもう『無理』なんて言葉は言わせません」
村上「それこそ僕には無理だなあ」



参考



3年5組担任 河上清孝先生はさぞ鼻高々でしょうね
この学校からまた来年も100%出席が出るんでしょうかね。
生徒が骨折しようが鬱になろうが42度の熱が出ようが盲腸になろうが、絶対に欠席を認めない方針ですね、わかります。

この100%出席達成に対して擁護意見の方は、「自分の子供をこういうクラスに入れたい」という方なんでしょうね。




学内報で讃えられるってことはそういう基本方針の学校ってことですね

ほこ×たて

嫁さんとの夕ごはんは、録りためてあるテレビ番組を見ながら食べるんですが。


最近よく見るのは、フジテレビ系列の「ほこ×たて」という番組。
本来的に矛盾するような商品や能力を、真っ向からぶつけて結果を予想する番組です。
深夜番組の頃から見ております。最近はゴールデンに時間枠が変更されて、ゲストが豪華になりましたな。

僕はこういう「深夜にひっそりやってる番組が人気高騰」→「ゴールデン枠に移行」というパターンの番組を見ることが多いんですが、なんかイヤな予感がしますね。
そのあとの展開としては「番組の名前だけで視聴率が取れるブランド化」→「制作予算の縮小」→「内容が雑になる」→「視聴率低下」→「焦ったTV局が挽回を狙いお笑い芸人を大量投入」→「ただのトーク番組化」というのがパターンです。だいたいゴールデンに進出した人気深夜番組というのは、腐ります。
願わくは、この番組がその轍を踏まないことを。

で、こないだ見た番組は「絶対見抜かれない水着用ヌーブラ」と「どんな豊胸手術も見破れる整形外科医」という対決でして。
セパレーツの水着を着た女の子が5人。そのうち4人は生胸で、1人だけヌーブラで胸を盛っています。
その一人を見破れるか、という対決です。





hokotate1


すばらしい企画ですね。





「どっち勝つと思う?」もぐもぐ

んー、整形外科医が勝つんじゃないかなぁ

「どして?」もぐもぐ

んー、だって3万人のおっぱいを見てるんでしょ、この人。

「そうだってねー」もぐもぐ

で、どうなの実際のところ。これってバレるもんなの?

「・・・わたし胸盛ってないもん」

はいはいw

「でも不思議ねぇ、この企画。」

ん?

「だって、整形外科医のひとは胸しか見ないんでしょ?」

そだね。

「じゃあ、どうして下も水着になる必要があるの?」




hokotate2


嫁は全然分かってない。





逆に問う。なぜ「水着は上だけでよい」という発想になるのか。
水着というのは上下ではじめて水着になるものではないのか。
上(おっぱい)に注がれる視線と下(おしり)に注がれる視線が絡み合い彷徨う一瞬の躊躇こそ、我々に永遠を感じさせてくれる刹那の煌めきではないのか。
それを「上だけでよくない?」などとは言語道断。
日本人でありながら、そのような「もののあはれ」を解さない嫁だとは思わなんだ。

そんなわけで、しばらく下の水着の必要性と嫁の心得違いを諭していたわけですが。
嫁は「はいはい」と生暖かく苦笑しておりました。


番組のほうは、整形外科医がひとりずつヌーブラを見破っていきまして。
ひとり指摘するたびに、「わたしの胸は・・・本物です」と答え合わせをしていきます。



水着をめくって。



hokotate3


こっち向けーっ!!




この番組のベストバウトと断じてよかろう

京都大学のジョークが凄まじい件について

京都知恵袋






(参考)
京都大学 2次試験始まる カンニング防止策は

25日から全国の国公立大学で二次試験の前期日程が行われています。去年、受験生の不正なカンニングが問題となった京都大学は神経を尖らせています。  

25日から始まる国公立大学二次試験の前期日程。京都大学では去年、受験生が試験中に隠れて携帯電話を操作し、インターネットの「ヤフー知恵袋」を使ったカンニングをして問題となりました。  

これを踏まえ、大学側は新たに、募集要項にも不正行為の扱いについて追加し、紛らわしい行為を列挙して受験生に警告しています。  

また、会場では座席の配置を一部、見直したほか試験監督を増やすなど対策を行ういっぽう「受験生の通信機器についてすべてに対応することは難しい」として、大学では基本的に「受験者の良心・倫理観に期待する」としています。




おい京大。

折田先生像2012

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地デジカ、受験生を出迎え 京大「折田先生像」
(京都新聞)


2次試験が始まった京都大の吉田南キャンパス(京都市左京区)に25日、恒例の「折田先生像」が登場した。今年は、テレビの地上デジタル放送(地デジ)化のマスコットキャラクラー「地デジカ」が受験生たちを出迎えた。  

張りぼての「折田先生像」は、以前この場所にあった旧制三高の初代校長・折田彦市の銅像にちなんで毎年現れる。折田は京大に「自由の学風」を築いた人物として知られているが、銅像はペンキで塗られたり、コスプレをされるいたずらが相次ぎ、近くの三高記念館設置準備室に避難している。  

久々の登場の地デジカで、注意書きには「お酒の飲み過ぎにはご注意下さい」と新入生へのアドバイスともとれる一文や自虐的な表現もあり、試験を控えた受験生を和ませた。



チョナンカン




(参考:「折田先生を讃える会」)



伝統と化しておる。
ペンギン命

takutsubu

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バックナンバー長いよ。
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