たくろふのつぶやき

毎日がエブリデイ。

2006年11月

字を書く

仕事します。


アメリカの大学院生は、大学からお給料をもらって働きます。そのお給料が生活費になります。もちろんそんなに裕福な暮らしはできませんが、まぁ、おなかいっぱいごはん食べて、必要な本が買えるくらいのお給料はちゃんともらえます。

いま僕に割り当てられてる仕事は、学部生向けの授業のTA(Teaching Assistant)。宿題や試験の採点をしたり、宿題を作ったり、学生からの質問を受け付けたり、教材を作ったり、まぁいろんな雑用です。

ときには教授が学会や出張で授業に来れないときがあります。そういうときは休講にしないで、TAが代講します。僕も今セメだけで4回代講しました。授業するってのもなかなか楽しいもんです。たまになら

で、今日も今日とて教授からメール。


「たくろふ、来週にちょっと出張なのでまた代講を頼む。講義ノートのコピーをたくろふのメールボックスに置いておくから、それを参考にして授業してくれたまへ」


またかい。
しかもSociolinguisticsの章って。そんなの俺も知らんぞ。


で、その講義ノートのコピー。


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あの読めないんすけど



アメリカに来てよく分かったことだが、ヨーロッパや南北アメリカなど、母国語でアルファベットを使っている国の方々は、ほぼ例外なく字が下手だ。「字はきれいに書くもの」という概念がないみたい。翻って、中国、韓国、日本などアジアからの留学生の書くアルファベットの字はとてもきれい。欧米連中の字に比べると、まるで印刷したみたい。少なくとも解読不能な字というのは無い。

日本には書道というものがある。日本にいるとあまりピンとこないかもしれないが、文字そのものが芸術にまで昇華する文化の土台というのは、実は物凄いものだと思う。

僕はアメリカに来てから何回か、欧米圏の友達に「日本には国語の教科に『書道』という時間がある」という話をしたことがあるが、彼らには「書道」がどういうものなのか理解できないらしい。字そのものが美の対象となる感覚がわからないようだ。

アルファベット文化圏には「カリグラフィー」というのがあるが、あれは字そのものを美的対象としているのではないと思う。まず「伝達される情報ありき」で、カリグラフィーは単なるデコレーションだと思う。それが証拠に、1文字だけ、1単語だけのカリグラフィー作品というものは無い。また、どんなに美しいカリグラフィーを見ても、書道の力作を見た時に感じる「気迫」というものが感じられない。技術は高いのかもしれないが、そこに何ら書き手の魂を見いだせない。僕は「書道」を「calligraphy」と訳すことに、強い抵抗を感じる。

僕だけの個人的な基準だが、僕は、芸術作品の善し悪しは「作者の魂が伝わってくるか否か」で決まると思う。僕はモダンアートや抽象画の審査眼を持ち合わせていないが、そんな僕でも「これは凄い」と、言いようの無い迫力が伝わってくる作品というものがある。理屈では説明できない。ただ凄い。頭を通過して、心に直接響いてくる。

僕はゴッホの絵は、絵自体は大した技術ではないと思う。もっと技巧的な画家はたくさんいる。しかし、彼の絵から感じられる、迸るまでの気迫は相当なものだと思う。血走った目で絵筆を叩き付ける息遣いまでが感じられるような気がしてならない。その迫力は紛れもなく圧巻だ。世界中の画家があそこまで気迫を平面上に表現できるとは思わない。

芸術一般に言えることだが、芸術を見る目を養うには、自分でそれをやってみるのが一番だと思う。絵心がある人は、絵画を鑑賞するときに一般人よりも深いものを見いだせる。ピアノが弾ける人は、コンサートでふつうの人には聴けないものが聴ける。スポーツにも同じことが言えるかもしれない。

同様に、文字に対する美的感覚を養うには、自分でそれを実践することが必要だ。学校で書道を習うのは、別に字が上手く書けるようになることが目的なのではないと思う。「字をきれいに書く」という美的感覚を、ひとつのかたちとして経験することこそが真の目的ではないのか。

ゆとり教育の影響で国語の授業数が削減されたときに、書道の時間を真っ先に削った学校が多かったそうだ。書道を学んだ世代と、学ばなかった世代では、字の上手・下手にそれほど差はないかもしれない。しかし、字を書くこと、字を読むこと、その行為自体における美的感覚には、雲泥の差が生じると思う。汚い字に対して、なんの後ろめたさもない世代が育つのではあるまいか。

俳優の緒形拳さんは、子供への教育方針を尋ねられたときに、「僕が子供に教えたことといえば、『字が書いてあるものは、踏んだり粗末に扱ったりしてはいけない』くらいのことしかなかったと思います」と語っている。字を単なる情報の媒体、道具として見るか、それ自体をひとつの存在物として価値を見出すか、それは個人の好みの問題だろう。どちらが正しいとか、間違ってるとか、そういう問題ではない。

しかし、今の日本の教育が、これまで日本が古来から受け継いできた文字に対する畏敬の念を、軽んじる方向に転化していることだけは確かだろう。いま失いつつあるものがどれだけのものなのか、分かったときには手遅れになってると思う。



「書」を軽んじる姿勢で、日本の古の書物が読めるはずがないと思う

バスケを観るのだ

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サンクスギビング休暇中のたくろふですこんにちは。


せっかくの休暇ですので、たまにはスポーツの試合でも見てこようと思いまして、ハートフォードのシビックセンターで大学バスケの試合を見てきました。

このシビックセンターは、こないだの10月28日、フィギアスケートのGPシリーズ第一戦が行われ、日本の安藤美姫が優勝、浅田真央が3位になった会場です。

僕もその試合を見に行きたかったのですが、「論文の提出期限が迫ってた」という理由で、家で仕事しながらテレビ観戦をするという大失敗を犯しました。ちくしょぉぉぉぉぉ論文なんてどうでもいいから見に行けばよかった怒 美姫ちゃん真央ちゃん観たかったよー 怒る

とまぁ、そんな軽い因縁のあるシビックセンターで、僕のいる大学の男子バスケの試合を観てきたわけです。
チアリーディングのお姉さんたちが眼福であります。


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写真が大きめに見えるのは気のせいです



それにしてもアレですな、僕もたまにジムでバスケして遊びますが、僕がやってるのとは別のスポーツのようですな。パスひとつとっても速ぇ速ぇ。当たり前にアリウープとかアリだし。スチール→カウンター速攻→ダンクでガンガン叩き込むし。高い打点のジャンプシュートをさらに上から平気でブロックするし。こいつら本当に人間なんでしょうか。


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人間じゃない方々



テレビだとCMが入ってしまいますが、会場で試合を観ているとタイムアウトの最中にいろんなイベントが入ります。さすがエンターテイメントの国。


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くり返しますが写真が大きめに見えるのは気のせいです



試合のほうは、僕の大学のチームがあわや100点ゲームかという勢いで爆勝しました。強ぇ。やっぱ応援してるほうが勝つと気分いいですね。



当日券って結構あるもんだなぁ

帰国したくない

「帰るのいや」と逃げた留学生、関空内の線路でご用


25日午前8時半ごろ、大阪府泉佐野市の関西空港内にある南海空港線で、男が線路上を走って来るのを南海電鉄の難波発関西空港行き急行電車の運転士が発見。電車を急停車させて運転席から線路に降り、男を取り押さえた。間もなく駆けつけた関西空港署員が鉄道営業法違反容疑で現行犯逮捕。JR、南海両社で運休や遅れが出て、計約4300人に影響した。

 調べでは、男は中国籍で大阪大医学部の研究留学生(26)。この日、中国に帰国する予定で、調べに対し、「中国に帰るのがいやだった」と供述しているという。

 昨年5月に大阪大に留学したが、学費を滞納し、授業や試験もほとんど受けていなかったことから、帰国させることになり、大学職員ら3人と関空に来ていた。搭乗手続き直前に逃げ出し、線路内に侵入。約1キロ走ったところで取り押さえられたという。



帰れよ。


一体日本に何しにきたんだ。


それにしても、ここまでして帰りたくない国ってどんなんでしょう。
僕は日本に帰国するときウキウキしてしょうがありませんが。



真剣に学んでる他の中国人留学生に申し訳ないとは思わないのか

あかちゃんパンダ

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もこもこ子パンダの日なたぼっこ―四川省臥龍市



  2006年11月23日、四川(しせん)省臥龍(がりゅう)市のパンダ研究センターで、かわいらしい子パンダたちの日なたぼっこが見られた。この日は今の時期としては珍しく、さわやかな晴天。以前レコードチャイナでは、眠くて地面にへばってしまった今年生まれのパンダを紹介したが、朝に弱い彼らも、この日はすがすがしい陽気に誘われて元気にお散歩に出かけた。暖かい日差しの中、子パンダたちはゴキゲンだ。

パンダたちは途中のアスファルトの上にくたりと横になり、動かなくなってしまった。センターのスタッフにやさしく毛づくろいをしてもらい、気持ちよさそうにコロコロと転がる子パンダもいれば、じっとしていつの間にかすやすや寝入っている子もいる。日差しで温まったアスファルトが、ホットカーペットのように暖かく気持ちいいのだろう。大の字になり寝そべっている

臥龍パンダ研究センターのスタッフも、久しぶりに野外で楽しむ子パンダたちの無邪気な様子に、心癒されている様子だった。




(*´Д`)ハァハァ

徹夜ちう

今日も自宅に仕事を持ち込んで徹夜仕事の彼女におつきあいします。


・・・カタカタ   ← 太陽

「・・・」カリカリ   ← 月


実は僕、こういう褻の雰囲気が嫌いではありません。
くだらないこと話しながらお互いの仕事をするっていう時間の過ごし方は結構好きです。
仕事がたまってる彼女にとってはそれどころじゃないでしょうが。


おなかすいたねー

「そうねー、おやつたべる?」



うーん、なんか、いい。笑顔




こういう時間というのはいいですねぇ。

「よかったわねー、聡明な彼女をもって」

聡明っていうのかなぁ

「ちがうでしょ、『そうねー』でしょ」



徹夜仕事でほどよくラリってるようです 星



おつかれさまー。週末はゆっくり寝るのだ。
ペンギン命

takutsubu

ここでもつぶやき
バックナンバー長いよ。
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