たくろふのつぶやき

あ、袋いいです。

2006年11月

せいほうけい?

824 水先案名無い人 2006/11/22(水) 00:03:52
>>821
これは長方形って言わねえか?


826 水先案名無い人 2006/11/22(水) 00:06:28
>>824
これくらいなら正方形って言っちゃうかも


827 水先案名無い人 2006/11/22(水) 00:08:42
微妙なので仮正方形で



Improper fractionをなぜ「仮分数」と訳すのか分からん

山頭火

199 おさかなくわえた名無しさん 2006/11/27(月)
姉と話していたら、「山頭火」という名前のラーメン屋の話題になった。

私「『山頭火』って、寂し?い雰囲気の俳句ばっかり作ってた人だよね?
  なんでそんな名前をわざわざ店名にしたんだろう」
姉「ああ、『種田山頭火』だっけ?教科書にも載ってたよね。
  確か・・・『腐っても腐っても鯛の骨』・・・」

「分け入っても分け入っても深い山」だっ!!!



仙台にいたときよく食べに行きました

9年目の復活

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山口素弘


Jリーグ開幕期から横浜フリューゲルスのボランチとして活躍。当時まだ日本では珍しく、高い持久力と徹底した戦術浸透が要求される「ゾーンプレス」を指揮。その戦術眼とスペースを消すクレバーな守備が高く評価され、日本代表にも選ばれた。1998年W杯フランス大会に3試合出場。日本代表国際Aマッチ59試合出場、4得点。そのうちフランスW杯アジア最終予選第3戦、国立競技場で行われた韓国戦でのループシュートは、伝説と称されている。

Jリーグでは、フリューゲルス消滅時、最後のキャプテンを務めていた。その後、名古屋グランパスエイトに移籍。2002年に戦力外通告を受けてアルビレックス新潟に在籍し、2005年には横浜FCに正式移籍した。2006年シーズンは44試合に先発出場。現在も中盤の底からゲームをつくる司令塔としてチームに貢献している。

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横浜フリューゲルスは1998年、出資会社の佐藤工業と全日空が経営悪化によりチーム運営からの撤退を表明。横浜マリノスに吸収合併されることになり、チームは事実上消滅することになった。プロスポーツのトップリーグに属するチームが消滅するのは、世界中でもきわめて異例のことだ。

ちょうど世の中はバブルがはじけて不景気になり、Jリーグでは初期の熱狂的ブームが一段落して観客動員数が減り始めた時代だ。横浜フリューゲルスの消滅は、Jリーグのバブル崩壊を象徴するような出来事だった。

佐藤工業と全日空は、その不誠実な撤退方法が多くのサポーターの反感を買った。事前に何の説明もなく一方的に決定し、チームや選手には何の事前連絡もしない。記者会見では一方的に「決定事項」として通達し、質問にも答えずに言い逃げの連続だった。これを契機に合併反対署名運動等が全国で起こり50万を超える署名が集まったが、合併は覆らなかった。

チームの消滅が決まった最後のシーズン、1998年の天皇杯で、横浜フリューゲルスは「一試合でも多くこのチームで戦いたい」と気迫のこもったプレーを見せた。準々決勝でジュビロ磐田、準決勝で鹿島アントラーズを下し、決勝では清水エスパルスに逆転勝利。有終の美を飾った。横浜フリューゲルスは合併発表後、リーグ戦・カップ戦を通じて1度も負けていない。


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「フリューゲルス」の名称を含む諸権利は横浜F・マリノスの運営会社が保有することになった。「F」は「フリューゲルス」のFだ。ところが吸収合併とは別に、フリューゲルス存続を願うサポーターの熱意により、横浜FCが設立された。

月日は流れて2006年11月26日、Jリーグ2部(J2)第51節で、首位の横浜FCが鳥栖を1?0で退け、勝ち点90で初優勝を決定、1試合を残して1部(J1)初昇格を決めた。チーム発足から6年がかりの悲願だ。来シーズンから横浜FCはJ1で戦うことになる。


チーム消滅から9年、横浜フリューゲルスの分身として出発した横浜FCで、また山口選手はJ1に戻ってくる。


山口はフィジカルに強いタイプではなく、それほど運動能力も高くない。一対一の勝負はむしろ弱いほうだろう。僕もテレビで試合を見ていたときは、なんで山口が日本代表に選ばれるのか不思議だった。

僕は1997年の韓国戦(国立競技場)で、初めて山口選手のプレーを実際にスタジアムで見た。この試合は中田英寿選手が初めてA代表にデビューした試合として知られている。

韓国チームがボールをキープして日本陣内に攻めるとき、縦にボールを送れずに横に展開するだけになることがよくあった。どんなに速攻をかけても攻撃が途中で止まる。ボランチの山口がパスコースをすべて消し、中盤の選手を動かして守備陣形を指揮していたからだった。

それに気づいてから、僕は守備のときの山口選手の動きと指示に注目して試合を見ていた。攻守の切り替えが異様に速い。攻撃参加したあとでも一瞬のうちに守備に戻ってる。カウンターをかけられたときでも、山口と井原だけはちゃんと定位置で待ち構えていた。

こういう、ボールから離れた位置の動きは、テレビでは写りにくい。テレビはボールをキープしている選手を中心に映すので、ボールをもたない側の位置取りまでは見えない。この試合は比較的凡戦だったが、危なげない守備で凡戦に持ち込むボランチの仕事というのを、はじめて見た気がした。マンマークに秀でるストッパー的なボランチではないが、戦術的な守備を徹底させるには不可欠な選手だろう。それ以来、僕は本当にスポーツを見るには実際にスタジアムに足を運ばないといかんと思うようになった。

そういう頭をつかったプレーヤーだから、消耗が激しく怪我の多いボランチでありながら、38歳の今も現役生活を続けられるのだろう。消滅したフリューゲルスを率いていた山口にとって、その後進となるチームの一員として再びトップリーグでプレーできるのは、いかほどの感慨だろう。現役生活はもうそれほど長くは続けられないだろうが、Jリーグ創成期を知るプレーヤーとして、少しでも多く若手世代にプレーの範を見せてほしい。


僕が観た韓国戦は、三浦知がPKを決めて日本が得点した。チームが歓喜の輪を作り、その中心で三浦知が腰を振りながら踊っているなか、山口と、その日デビューしたばかりの中田英寿の2人だけは、すばやく自陣に戻ってディフェンスに備えた。「この選手がいるかぎり日本は大崩れすることはないだろう」という気がした。



現役生活が長い選手は有無を言わさず偉い

ぺの広告

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ヨン様がCMに出ても日本で「ソナタ」が売れないワケ(上)



現代自動車は昨年、米国、欧州で80万台以上を販売するなど輸出が大幅に増加した。しかし、日本では販売不調で、最近トヨタ、ホンダ、日産など日本車の国内販売が急増しているのとは対照的だ。現代自動車が法人設立から7年たとうとしている日本市場に定着できない理由は何か。専門家らは、日本車に比べて現代自動車のブランドイメージが低いせいもあるが、マーケティング戦略にも問題があると指摘する。

◆ペ・ヨンジュンがCMに出ても売れない理由 

 現代自動車日本販売法人の現代モータージャパンは、2005年9月から中型セダン・ソナタ(排気量2,400cc)の販売を開始した。『CAR GRAPHIC』のような日本の自動車専門誌もかなり好意的な評価を下した。

 現代自動車は、ソナタの車名が日本の主婦に人気のペ・ヨンジュン主演のテレビドラマ『冬のソナタ』と同じという点に着目し、今年夏までペ・ヨンジュンをモデルに起用、新聞、テレビなどで大々的に広告してきた。当時の現代モータージャパン社長は「ソナタは日本市場開拓のためのカード」と強い意欲を示した。しかし、今年の日本の月間平均ソナタ販売台数は20台程度。国内で1カ月に1万台売れているのと比較すると、散々な結果だ。

ペ・ヨンジュンを広告に登場させて、「ヨン様」ファンの30?50代の主婦にソナタを売ろうとした戦略自体、間違っていたという指摘が多い。

 「日本の主婦は、ソナタのような大型セダンには乗りません。主婦は買い物に便利な小さくてカワイイ多目的小型車を好みます」。在日韓国人のホン・ヒョンスさん(37)=医師/大阪市阿倍野区=は「中大型セダンは40?50代の男性が主として乗るほかには、韓国とは異なり市場も大きくない」とし、「むしろ、TB (クリックの日本名)のようなハッチバック(後背部ドアが上に開く小型車)をペ・ヨンジュンが広告していれば、主婦にアピールできただろう」と話した。



いや、単に日本車のほうがいいからだと思うけど。


本気でそう思ってるのなら、クルマの性能もさることながら、マーケティングにおいても日本は当分韓国に追いつかれることはないと思います。



主婦だって大型セダンに乗るでしょう

Tattoo

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ボストン・バックベイで見かけた刺青屋さん



「台所」とか「市場」とかわけわからん漢字を彫られそうだ
ペンギン命

takutsubu

ここでもつぶやき
バックナンバー長いよ。
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