夏といえば浴衣。
僕は浴衣を着た女性に弱い。そもそも女性はそれぞれに艶やかさを感じさせるポイントをお持ちでいらっしゃいますが、こと浴衣に関しては、すべての女性がもれなく美人になりますね。少なくとも僕にはそう見えます。
ちなみに女の子諸氏におかれましては、浴衣を着るときに洗い髪を下ろしたりしてはいけません。浴衣といえば髪はアップです。かんざしか何か使って髪を結い上げ、首筋をすっきりさせるのがよろしい。いや別にたくろふがうなじフェチというわけでは断じて無く、それが一番浴衣が映える髪型だと思うのであります。
なお、浴衣を着た女の子を見ると、男性諸氏はもれなく
「うひひ、うい奴じゃ。もっとこれ、近う寄れ」
「あらお代官様、いけませんわ」
「いいではないかいいではないか、ほれ帯などこうしてくれる」 クルクルクル
「あーれー」
てなことをやりたくなると思われます。
俺だけじゃないはずだ。
帯クルクルは男子たるもの一生に一度は嗜むべき大人への通過儀礼でありましょう。
ところで、帯クルクルよりももっと(*´Д`)ハァハァな浴衣の楽しみ方をご存知でしょうか。
そもそもなんで「浴衣」を「ゆかた」と読むか。すごい当て字だ。どう読んでもこれは「よくい」だろう。今でも浴衣はおフロあがりに着るもの、という向きもあるだろうが、もともと浴衣を着るのはおフロあがりでもおフロ前でもない。おフロで着るものだった。
いや、「おフロで着る」というのは語弊がある。平安の昔、貴族の入浴は、今のような浴槽にドボンと入るようなかたちではなかった。肌が透けるような薄衣を着て、それにお湯をかける。さめてきたら、薄衣を何枚も取り替えて、そのたびお湯をかける。こうして垢を浮かせ、ごしごしと体を清めた。
この薄衣のことを「湯帷子(ゆかたびら)」という。湯帷子は入浴後に汗を引かせるためにも使っていた。この「ゆかたびら」が転じて「ゆかた」となった。「浴衣」という字は、後世になって意味からあてはめたものだ。ちなみに今のように全裸で入浴するようになったのは江戸時代になってからのことだ。
つまり、浴衣というものは、お湯をかけて肌を透かせて着るのが、本来の着方だったのだ。
ぜひこの着方を復権させようではないか。
つまりですね、オニャノコに浴衣を着せて、お湯をかけるわけです。
そして、透けて見える肌を存分に楽s <殴
だってこれが本当の着方じゃんよ