たくろふのつぶやき

夏休みはそれを楽しみにしている間こそ至高。

2006年04月

デビュー。

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プロビデンス(ロードアイランド州都)のショッピングモール。
お買い物に行きました。


セメスターも終わったことですし、夏が近づいてますし、夏物を仕入れようと思いまして。Tシャツとかポロシャツとか、夏の準備に抜かりがあってはなりませぬ。

ところで僕が着るものはいつも似たようなメーカーのものでして、The North FaceとかAIGLEとかEddie BauerとかL.L.BeanとかUNIQLOとか、非常に分かりやすいコンセプトのものを愛用しています。今回も、そーゆー系列で夏物を揃えようと思っておりました。


ところで、アメリカ東海岸北部でちょっと大きいショッピングモールに行くと、だいたいどこにもある有名なお店に"Abercrombie & Fitch"というのがあります。日本では「アバクロ」って略されてるみたいです。フィギアスケートの安藤美姫選手が練習用のTシャツを着用して有名になりました。ウェブサイトのトップを見ると非常にアレな感じですが、そんなにエッチな服というわけではないです。

このお店の服、女の子がよく着るんですが、ここのお店でコーディネートを揃えると、非常にキャピキャピした、十分に男の子の目を意識したような格好が出来上がります。僕だけの偏見かもしれませんが、僕のなかでは「男を引っ掛ける用の服」という感じです。

いやいやいけません。
よく知りもしないのに偏見でモノの価値を決めてはなりません。
実際に見てみないことにはよく分かりますまい。

とゆーわけで、社会勉強のつもりでアバクロのお店行ってきましたよ。女の子用の服ばっかりだと思ったら、お店の中はふたつに分かれてて、ちゃんとメンズものも置いてあるんですね。こりゃ失礼しました。

そうして物色していましたら


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おやなかなかいいじゃない夏っぽくて。



生地もしっかりしておる。縫製もがっちり。こういう良いものというのは概して値段も良いんですが、僕は「安いもの4着」派よりも「しっかりしたもの1着」派です。よってひるまず購入。
余談ですが、僕の彼女は「しっかりしたもの4着」派です。


そんなわけでたくろふ、アメリカにてユニクロ改めアバクロデビューを果たしました。
やぁどうもどうも。
応援ありがとうございました。まる





<おまけ>
ショッピングモールのおひるごはん。
いろんなお店が集まってるフードコートにて。





チャーハンに焼きそば、チキンのテリヤキとスパイシーソース。
これを日本食として売ってます。どう味わっても中華なんですが。
全部食べると満腹になります。



ちょっとぴったりフィット感。

シズル感

今日でセメスターおわりー。
コロキアムの前に図書館のコーヒースタンドに行ってきたときの写真。






いや、アイスコーヒーのおいしい季節になったなぁと思って。

生き急ぎ

少し生き急ぎすぎたかな 保釈の堀江被告
(産経新聞)


証券取引法違反容疑で逮捕され、九十四日ぶりに保釈されたライブドア前社長の堀江貴文被告(33)は二十七日夜、東京都港区の六本木ヒルズのマンションへ。三畳半の独居房生活から約四十三畳のリビングに戻ると、「広いですねえ」と誰にいうともなくポツリとつぶやいた。


東大在学中にライブドアの前身「オン・ザ・エッヂ」を起業し、その後はプロ野球球団の買収劇やニッポン放送株の大量取得、総選挙出馬と猛スピードで突き進んできた堀江被告にとって、拘置所生活は「ゆっくりと人生を振り返る時間だった」。起訴事実については否認を貫いているが、保釈直前には自身の半生を振り返り「少し生き急ぎすぎたかな」と話したという。



身につまされる人も多いんじゃないかな



しょせん、立って半畳、寝て一畳。

準ひきこもり

「大学生における準ひきこもり行動に関する考察 ―キャンパスの孤立者について― 」

「かぐや姫症候群に関する考察 ―準ひきこもり行動との関連から― 」

(「富山国際大学・国際教養学部紀要2006第二巻」)


健康で、大学の成績も優秀であるし、車の免許も持っている。学校と家を往復するだけで夜遊びもしない真面目な子に育った。このままきっと社会人になって安定した人生を歩んでくれると、親は彼(彼女)の将来に希望を抱いてさえいる。しかし卒業を控えた時期になって初めて、親は自分の子のことをわかっていたようで、わかっていなかったことに気がつく。最終的に彼(彼女)は社会に適応することができないのである。一見適応しているかのように見え、期待を抱かせるだけに始末が悪いと言える。


ただ、真面目に大学に通い、単位もきちんと取れていることから、両親や、担当教員、そして本人も問題点に気づいていなかったのである。問題点とはすなわち、圧倒的な社会経験の不足の中で、人と関わることが苦手であるという欠点が矯正されたわけではないことである。就職活動、職場生活を送るに必要な社会的スキル等のレディネスが全く形成されておらず、その後の生活に適応できないということである。大学時代の彼は社会に参加しているようで参加していなかった。一応、家の外には出て行くものの、誰とも深い関わりを持つことはなくただ自分の世界の中で生きていただけである。


準ひきこもり大学生の特徴
(1)性格
1. 自分の力で自分の人生を切り拓いていくというたくましさに欠ける。
2. 社会経験の不足から、極めて自己中心的で視野の狭い考え方をする。
3. 精神病ではない。現実との接点はある程度残っているし、善悪の区別はつくので犯罪を犯すようなこともない。むしろ他の学生よりも大人しくて真面目な部類に入る。
5. 謙虚で常識をわきまえており、周囲を悩ませないこともある。一口に準ひきこもりと言っても、異常性には違いがある。

(2)知的側面(学習)
1. 真面目で大学での成績も良い。どの授業にも真面目に出席している。
2. レポートや卒論を書くというのは基本的に自分一人の世界での作業であるため、比較的得意である。

(3)社会的側面
1. 無気力で、実際には人恋しいものの他者との関わりを避けようとする傾向が強い。クラブ活動やアルバイトの類はしていないし、体育大会や大学祭など学校行事にも参加しない。また、お祭りなどの地域行事にも参加しない。それから下宿をしている場合には、家族とのコミュニケーションさえ少ないため、準ひきこもり傾向を加速度的に強めて行くことがある。
2. アルバイトに関しては、過去にやったことはあったとしても現在はしていないことが多い。結局自分にとって居心地の良い世界(社会と関わらない自分だけの世界)に落ち着くことになる。つまりアルバイトでさえもできないというのが実情である。アルバイトに精を出す大学生というと否定的に見られがちだが、準ひきこもり の大学生よりはましである。
3. 人間関係をうまく行うことが苦手である。例えば、質問をしたり会話を続ける努力が少ない。ある意味で、孤立するのは必然と言える。 4. 友人が極めて少なく、いつも一人でいることが多い
7. 若者らしい溌剌さ、元気の良さがなく、暗くよどんだ雰囲気を持つ。外見には自信のなさが滲み出ている。気軽に声をかけづらい独特の雰囲気を持っている。長年孤立していると、こうまでいびつになってしまうのかと驚嘆するほどである。
8. 全体的に見て、知的側面に比べて社会的側面が未熟である。



ズバズバ書き過ぎwww


でも、学部時代には確かにいたなぁこういう奴。授業は皆勤だし成績はいいけど、人付き合いが無い奴。いつも講堂の前半分のサイド沿いに個別で座ってるんだよね。

個人的には大学生にもなって講義しか行く所がないってのは、どうかと思う。だってどう考えても大学生が授業後、毎日夕方5時に家に帰るって異様だろう。

僕が学部生のときは、勉強:部活(ラグビー):バイト = 4 : 4 : 2くらいだったなぁ。確かに勉強は楽しかったけど、勉強だけしてたら、勉強を続ける気にはならなかっただろうな。



んー懐かしいなぁ。

動物愛護

氷に活ロブスター載せる展示は虐待、伊で飲食店に罰金処分


生きたロブスターを氷の上に載せて、客の前でディスプレーしていたイタリア北東部のビチェンツァにあるレストランに動物虐待禁止条例に違反しているとして、688ユーロ(約9万8500円)の罰金を科す判決が下された。

 裁判所はレストランのディスプレーはロブスターをゆっくり窒息させるもので、1つの虐待行為であると判断。通常ペットに対する飼い主の虐待行為が対象となる動物虐待禁止条例を食用のロブスターにも適用し、レストランに対し罰金支払いを命じた。

 レストランを経営する兄弟2人は「判決は氷の上におかれたロブスターが苦しんでいると、まるで猫や犬と同じように扱っている」とし控訴する構えを示した。

 この裁判は元環境活動家の男性が子供と一緒にレストランを訪問。このディスプレーに子供がショックを受けたことから、動物愛護団体に通報し、レストランが訴えられた。

 イタリアは世界の中でも最も厳しい動物愛護法が制定されている国で、昨年10月ローマ市では金魚鉢による魚の飼育は虐待にあたるとして金魚鉢禁止条例を施行。またトリノ市では1日3回以上の犬の散歩を怠った飼い主に対し、500ユーロ(約7万円)の罰金を科す条例を制定している。



とても偽善臭がプンプンする決定ですが、「子供がショックを受けるのでやめてほしい」という訴えはそれなりに納得できるものでもある。ロブスターがゆっくり窒息するのをディスプレーすることには、なんら必然性を感じないし。

ただ、この場合にも「動物がかわいそう」というよりは、「そういうものを見せられてショックを受ける人間がかわいそう」というロジックが隠れてる。シーフードレストランに食いに来る客が、本当に動物のことを考えていると言えるのか。

人間は他の生命体を犠牲にせずには生きられない。それは人間が持って生まれた業だからしょうがない。その本質から目を背けた動物愛護は偽善の典型だと思う。

動物愛護は人間の満足感の追求の一貫だと思う。「熊いじめ」のような典型的な動物虐待の禁止にしても「それを見た子供が生命に関して誤った認識と態度を身につけてはいけない」という教育的配慮がある。要するに根本は「人間のため」だ。

それが悪いと言っているのではない。そうと分かって動物愛護をすることが必要だと思う。実際、そういう認識の上での動物愛護でも必要な世の中だと思う。人間のための動物愛護で一向に構わない。そういう活動で人間の側に豊かな情緒が育まれるのであれば、それでよろしかろう。

絶滅に危機に瀕している動物のうち大半の理由は人間によるものだ。特定の動物が絶滅してはならない理由のひとつは、食物連鎖が巡り巡って、最終的には人間が困るからだ。自分の生命と動物の生命と、はかりにかけてもなお動物のほうを尊重する覚悟があれば、「動物のための」動物愛護への傾倒も良かろう。ただその場合、家畜が食い殺され農民が餓死することになってもオオカミの保護を主張できるか。パンダ、クジラ、マナティの絶滅に抗議活動をするのであれば、ゴキブリやダニや蚊が絶滅しそうになったら同様の行動をするのか。食物連鎖のどの環に対しても差別なく共通の愛護精神があるか。

ペットに関する動物愛護に関しては何ら興味がない。「金魚を金魚鉢で飼うのはダメで、水槽は良い」とする違いが分からない。僕はそもそも生命体に対する姿勢として「生き物を愛玩用に飼う」という行為そのものに非常に違和感がある。動物の幸福とか権利とかは人間が勝手に決めていいものではなかろう。

「自分が動物の生殺与奪の権利を握る隷属関係になってしまう」と認識しているのならペットを飼うのもいいと思う。猟犬などの場合「動物を道具として使うことになる」と覚悟しているのならそれもよろしかろう。盲導犬にしても、当の犬自身が生き方として盲導犬になることを選んだわけではない。誰だって、犬の存在のあり方よりも盲人の不自由のほうを重視する。たとえ動物と人間の関係を平等のものと考えたくても、しょせんみんな人間の側の勝手な都合に過ぎない。それでもなおかつ動物が必要だったら、動物の存在よりも人間の都合のほうを優先する覚悟をして、動物に接するべきだと思う。

やたらと動物の代理人を気取って動物に感情移入し「かわいそうじゃないの」などと煽る手合いが、最も根本的な部分で動物を見下げているように見える。

本当はこんな理屈や論理など、動物愛護の心とは関係ない。かわいそうなことは、してはいけない、それだけだ。しかし無責任な動物愛護を声高に叫ぶ手合いに限って、やたらと理屈を振り回す。そういう理屈の矛盾を考えることは、動物愛護の根底とは関係なく、必要だと思う。



神に認められた種族でも何でもない
ペンギン命
ここでもつぶやき
バックナンバー長いよ。
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