たくろふのつぶやき

夏休みはそれを楽しみにしている間こそ至高。

2006年03月

Wスタンダード

朝日新聞・秋山耿太郎社長(61)の長男が大麻所持で逮捕
朝日「ウチには関係ない」
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各方面からボコボコ  の図


薬物事件で秋山耿太郎社長(61)の長男が起訴された朝日新聞社広報部は28日、共同通信の取材に対し、秋山社長が事件を知った時期などについて「家族のプライベートな問題にかかわる」などとして回答しなかった。一方で「この件は社長の進退と関係ありません」との見解を示した。  広報部の回答は文書で、事件を知った時期のほか、秋山社長が会社に相談したかどうかなどについても答えなかった。  事件が進退に影響しない理由について「長男とはいえ、35歳の独立した人格の社会人が起こした事件であることを理解してほしい」と述べている。




これに関して各方面からは冷ややかな反応。
産経は当然のようにチクリ。


2006年3月31日 産経抄

▼子供が成長しても親の心配のタネはつきない。大麻を所持して逮捕された三十五歳の男が社長の息子だったというので、朝日新聞社内は大騒ぎになったという。テレビCMなどで「ジャーナリスト宣言。」をしている割には、“事件”を隠したかったようにも見えるが、夜討ち朝駆け、休日もろくにない記者稼業の家庭事情は同じだけに身につまされる。




ZAKZAKに至っては渾身のダブルスタンダード指摘。


薬物汚染、朝日皮肉な社説…昨年9月30日に言及

秋山耿太郎(こうたろう)社長(61)の長男(35)が、大麻取締法違反で現行犯逮捕されたことが発覚した朝日新聞。長男は薬物の常習犯とみられるが、反社長派によるクーデターとの憶測も出ている。そんななか、不祥事に端を発した今回の一連の騒動を叱りつけるような、朝日の社説を発見した。筆致は見事なのだが、「天に向かってつばする」とは、こんなことなのかも。

 朝日新聞は「長男は一個人」との姿勢を貫き、逮捕から起訴までをベタ記事での報道にとどまっている。謝罪コメントを発表したものの、秋山社長の責任問題にはいまだ言及していない。

 社説は昨年9月30日に掲載された「薬物汚染こそ脅威だ」。自衛隊の薬物汚染について取り上げたものだ。
 社説はこう諭す。

 〈自衛隊は事態の深刻さをきちんと見つめて、薬物汚染を根絶やしするよう全力で取り組むべきだ〉

 〈気がかりなのは、自浄能力である

 NHKの政治圧力問題や、長野総局記者による知事の架空会談問題などで、朝日は社内にコンプライアンス室を設け、社員教育など抜本的な改革を進めてきた。

 そんな中での不祥事発覚。長男は一個人で私人とはいえ、秋山社長は日本を代表する言論機関のトップ。一般よりもはるかに高い倫理性が求められている。
 社説は自衛隊の強制力のない「特別調査」にも触れている。

 〈海上自衛隊の調査は甘かったと言わざるをえない〉

 〈集団の規律を重んじる組織ほど、不祥事を隠そうとしがちだ

 長男の愚行を「一個人の犯罪」ととらえる朝日が、今回の不祥事で社内調査を行ったかは不明だ。ただ、長男は別の薬物事件で有罪となり、執行猶予中だった今月10日に逮捕されており、18日間にわたって、朝日内部で問題が隠されていた可能性はある。

 元読売新聞記者でジャーナリストの大谷昭宏氏は、今回の問題点をこう指摘する。
 「初めの逮捕の時は家族のことなので公にするかどうかは議論の分かれるところ。だが、問題は、今回のことも含めて社内が知っていたかどうか。警視庁担当者が当局に圧力をかけて公表させないというケースもあるからだ。仮にある程度、社内で情報が共有され、隠蔽しようとしたならば、報道機関としてあるべきではない」

 大谷氏は続けて、「われわれジャーナリストは、公人に近い子息のことを書く。(秋山社長が)指弾されるのはやむをえない」と語る。

 元NHK記者のジャーナリスト、渡部亮次郎氏は「事件を報道しなかったといっても、そういう体質がある会社だからしようがない。自分のことは書きたくないんでしょ」とあきれる。

 だが、秋山社長の責任については、「やめる必要はない。これで社長が辞めたら何人いても足りないよ」と否定的。大谷氏も「紙面とは関係ないから辞める必要はない。だが、社長の座に長くとどまるのは難しいのでは」と指摘する。

 だが、メディアとは逆の立場にある政治家からはこんな声も。「新聞社には高い倫理観が求められる。(秋山社長が)辞めなければ、これから政治家や企業幹部に対して、辞めろとはいえなくなる」。

 社説にはこうもある。

 〈薬物汚染を根絶やしにするには、一線の幹部に組織のウミを出し切る覚悟が求められる

 反秋山派のクーデターや社内リークなど諸説が飛び交う今回の不祥事。朝日も秋山社長も厳しい立場に立たされている。




過去記事の内容がことごとく自らに跳ね返っていると思うわけです。



他人に強制するモラルと自分達のモラルが違うからなぁ

98時間講義

世界最長、98時間講義 インドの大学教授


インドの大学で、世界最長となる98時間の講義が行われたと、ヒンドスタンタイムズ紙が報じた(Hindustan Times 2006年3月26日)。

 98時間講義したのは、カルナータカ州マンガロールにあるマンガロール大学の教授(応用植物学)。22日の午前9時から26日の午前11時30分まで、98時間30分にわたり講義を行った。この間にとった休憩は、8時間ごとの12回のみだという。

 もともとは101時間を目標としていたものの、98時間でさすがに限界を感じ、講義を終わらせたとのこと。とはいえ、今回の講義時間は南アフリカで行われた88時間4秒の記録を抜き、世界最長。講義のもようを撮影したビデオを添え、ギネスブックへの登録を申請したという。



真面目に講義をするつもりが全くないものと思われます



教育・研究に名を借りたただの売名行為

放置自転車

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Abandoned Bicycles of New York



ニューヨークの街角の放置自転車の写真が延々と続くサイト。
っていうかこれらの塊を自転車と呼ぶのもどうかと思われるが。



リサイクルして地球にやさしくね

日本語テスト結果

70万人が挑んだATOK日本語テスト、最も難しかった問題は……


ジャストシステムは、2月末まで公開していたWebテスト「全国一斉!日本語テスト」の結果をこのほど発表した。総受験者数は70万969人で、平均点は61.25点だった。

 漢字の読みや送り仮名、敬語の使い方、手紙文の頭語と結語の組み合わせなどを問う全30問のテスト。ATOKのマーケティングなどを目的として1月からネット公開したところブログなどで話題となり、多くのユーザーが受験した。

 最も正答率が低かった問題は「“かつ”を入れる」の正しい漢字(活)を選ぶもので、正答率23.26%。最も正答率が高かった問題は「御中」の読み方(おんちゅう)を問うもので、97.05%が正解だった。

 年代別平均点は、高い順に60代(62.93点)、40代(62.51点)、50代(62.49点)、30代(61.67点)、20代、(61.38点)、6位が10代(58.85点)で、年齢が上がるほど得点が上がる傾向だった。

 得意分野は年代別で特徴があった。10?20代の若年層は、送り仮名や現代仮名遣い、漢字表記の問題が得意で、50代以上は、手紙の問題や慣用句の知識を問う問題が得意だった。



あ、このときの問題だ。
彼女と一緒に解きっこして負けたんだよな。

ネットでこうやって国語力を調査する方法があったのだのう。
なかなか便利である。



日本語ブームってのは本当なのかな

小学校からの英語教育

小学校での英語「必修化」まとめる 中教審部会
(産経新聞)
小5からの英語の必修化、2010年度にも導入へ
(読売新聞)


2006年3月29日 産経新聞『産経抄』

中学、高校、大学と長年英語を勉強してきたのに、使いこなせる人が少ないのはなぜか。昭和四十九年、元外交官で参院議員の平泉渉氏が業を煮やして改革試案を発表した。受験のための英語を全員に強制するのはやめ、熱意のある学生だけに集中的に訓練をほどこすべきだ、と大胆なものだった。

 ▼これに対して、上智大学教授の渡部昇一氏は、英文和訳、和文英訳、文法の勉強はむしろ日本語との格闘であり、英語をマスターするための潜在能力を養うことができると反論した。いわゆる「英語教育大論争」を繰り広げたお二人も、三十数年後に小学校で英語の授業が始まるとは、予想もしなかっただろう。

 ▼すでに全国で九割以上の小学校が、歌やゲームなどで英語に親しむ活動を取り入れている。さらに中央教育審議会の外国語専門部会は、小学五年から英語を必修化すべきだとの報告書までまとめた。

 ▼確かに英語は国際語としての地位をますます固めているというのに、日本は、国際試験のTOEFLの成績では、アジア三十カ国で北朝鮮に次ぎ下から二番目という体たらくである。すでに、韓国、中国など各国で小学校の英語教育が定着していることも後押ししたのだろう。

 ▼それでも、小欄は首をかしげざるを得ない。平泉、渡部論争も、英語教育は、日本語の基礎ができてから始めるとの前提があり、しかも話す、聞く、読む、書くのバランスが大事という点では一致していた。

 ▼小学校では、話す、聞くが中心になるだろうが、外国人指導者は数に限りがある。日本人の教員の発音指導で果たして学習効果があるのか。もちろん、国語力の低下も心配だ。今こそ平成の英語教育大論争が必要ではないか。必修化はそれからでも遅くない。



小学校の英語必修 まず国語の基盤形成から
(2006年6月29日 産経新聞社説)
[小学校の英語]「必修化して『国語力』は大丈夫か」
(2006年6月29日 読売新聞社説)


二十三日付本紙(東京版)インタビュー記事で、大津由紀雄慶応大学言語文化研究所教授が、本当に学ぶべき科目の時間を減らしてまで、小学生から英語を学ぶ必然性はなく、「この時期は母語(日本語)の基盤形成に時間を割くことの方が大切」と指摘しているのは耳を傾けるべき発言といえる。

 幼児期から小学校にかけては言語吸収能力が高く、国語の基礎が形成される時期である。この時期にしっかりとした国語力を身につけなくては、知を開き、情緒を涵養(かんよう)する人間力の形成が危うくなる。

 グローバル化の進展で英語の必要性は増しているが、その基本ができた後からでも遅くはあるまい。
(産経社説)

「なぜ小学校から英語が必要なのか」。専門部会の報告書は、そうした疑問の声に十分応えているだろうか。
(読売社説)



しーらない。


日本の教育は何を焦っているのだろう。
英語ができなかったら何だというのか。できたら何なのか。

「英語がペラペラに話せたら夢のような国際化社会が待っている」というのは幻想だ。僕がアメリカで生活して感じたことは、「アメリカで活躍している日本人が評価されるのは、英語が上手いからではない」ということだ。バリバリに働いている人達は、日本で日本語を使って仕事してもきっちり成果を出す。僕の知っている人のなかでも、英語はさほど上手ではないが、とても優秀でアメリカでも一目置かれる人はたくさんいる。

逆に、ネイティブと間違うほど流暢に英語を話す人でも、先行分野において全く役に立たない人も多い。英語の上手下手よりも、世界で通用するには語学以前に自前の実力をつけないことには話にならない。

学校教育の英語教育はもともと英語を使って思考し学問し、自分の考えを表現するのが目的だった。決して日常の挨拶や海外旅行のためではない。週一時間の英語で思考の武器となり得るほどの語学力が身に付くものか。そんな語学だったら全くやらずに母国語の習熟、基礎学力や思考訓練に徹したほうがずっと世界に通用する人材を育成できる。

「日本はTOEFLのスコアがアジア最低」というのは本当だ。平均点をとると、アジアのなかでも日本は最低ランクに属する。しかし、平均点の分母となる国別受験者数が顧みられることは少ない。日本は例年、15万人ほどがTOEFLを受験する。これはアジアのみならず世界的にもトップランクの受験者数だ。一方、アジアで平均点のトップを誇るフィリピン、シンガポール、ブルネイなどは受験者数が異様に少ない。100人を切っている国すらある。

こうした、アジアでTOEFLの平均点でハイスコアを叩きだす国は、貧富の差が激しい国なのだ。そういう国のエリート階級は幼少の頃から英語のネイティブスピーカーの家庭教師をつけ、英語で生活する環境をつくっている。そういう一握りの剛の者たちが受験しているいのだから、平均点が高くて当たり前だ。こういう環境の国と平均点だけを比較して、日本の英語教育云々を議論するのは無意味だ。もしこういう国で全人口に占める受験者の比率が日本と等くなるくらいの人数が受験したら、平均点は惨澹たるものになるはずだ。

TOEFLは英語圏の留学に目的を特化した試験だ。つまり受験者は何らかの形で海外留学を視野に入れている。TOEFLの受験料は140ドル(USドル)。日本円で1万6千円ほど。決して安くない。これだけの受験料を誰でも払えるほどの経済力があり、誰でも高校までの教育を十分に受けられ、誰でも留学を希望しTOEFLに挑戦できるような豊かな国は、アジアでは日本くらいのものだ。平均点云々で安易に日本人の英語力を論じる前に、圧倒的な量の受験者数を勘案しないと本当の教育の質を論じることはできない。 

英語ができなければ何だというのだ。少なくとも、小学校の頃からそんなに焦って英語をやらせて何になる。日本語も英語もできない半端な生徒ばかりになると思う。

ま、そのうち結果は明らかになるだろう。



第一、小学校の教師は英語が話せるのか
ペンギン命
ここでもつぶやき
バックナンバー長いよ。
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