たくろふのつぶやき

お出かけの時には保冷剤を持つのだ

2004年05月

恋と愛の違い

きょうはちょっと珍しい話題を。


えー、恋愛。


この「たくろふのつぶやき」では恋愛ネタや色恋ネタが少ないが、それはたくろふが恋愛に興味がないからというわけではない。たくろふも人並みには恋愛に興味があるし、清く正しい女好きだ。

ところが、恋愛というのは強度に情緒的な概念であり、言葉で表現するには不適当な情だと思う。言葉で切り取れる程度の恋愛などたいした恋愛ではないと思う。Blogという媒体で僕が好んでネタにするのは、思索をもとに言葉で論理を整合させることがフィットする素材が多いわけだ。僕自身、どちらかというと「恋に焦がれてなく蝉よりも、鳴かぬ蛍が身を焦がす」を信条にしている。

国分町でお姉ちゃんを口説いてる僕を目撃したことがある者は目の錯覚だから速やかに忘れなさい。


で、恋愛。

よく「恋と愛はどう違うの?」という質問がある。僕もそれぞれの時期にそれぞれの答え方というか、消化のしかたがあった。


中学生のときは「『心』が真ん中にあるのが愛。下心が恋。」
生意気なガキだ。

高校の頃は「恋は打ち上げ花火のように華々しく、そして儚いもの。愛は気がつけばそこにあるもの。」
ミスチルは半年ほど聴いてた。

大学生の頃は「恋は晴れ、愛は褻。」
これは一番思ってた時期が長かった。今でもちょっとそう思う。

大学院に入ってからは「相手のために死ねるのが恋、相手のために生き抜くのが愛。」
死ぬことによって他人に与えられるものなど何もないと思い始める。


で、現在僕がよく恋と愛の境界として考えるのが、「セルフコントロール」。
思うに、愛とはセルフコントロールを保った上での情動で、恋とはこの制御を失うことではあるまいか。己を忘れるほど相手にのめり込むのが恋で、自分をしっかりと保ったまま自分と相手でココロを通わすのが愛ではなかろうか。相手に会いたくなったら、理由などない、すべてを投げ出して相手のもとへ一目散に走るのが恋だと思う。メリット、デメリットを比較した上で判断した結果、自分のトクが多いと判断して相手のもとへ行くのは恋とは言うまい。

「結婚は人生の墓場」ではなく、結婚は「恋の墓場」ではあるまいか。結婚して一緒に生きていくようになると、きれいごとばかり言っていられまい。生活上の様々な問題に対処するためには、相手に我を失うほどのめりこんでいては生活に支障があるだろう。夢見てないで目を覚まし、地に足をつけて、自分をしっかりと保ったまま、相手と自分の将来を考えられる必要がある。

須く、相手を想うあまり自分のすべきことも手につかず、恋する人のことが一日中自分を支配する状態が、「恋」だろう。

僕は精神疾患を、「情緒的振幅の幅が大きく揺れ過ぎ、日常生活や仕事に支障をきたす状態」と定義している。鬱病をはじめ、精神的に不調を被っている人はよく泣く。「泣く」というのは自分のコントロールできる限界を越えて情が揺れ動いたときの症状だ。

情緒の振幅をグラフで表すとする。プラスマイナスがゼロの状態が安定。プラスが躁状態、マイナスが鬱状態。この振幅が自分でコントロールできないほど大きくうねりすぎるのが、いわゆる精神疾患だと思う。景気と同じで、己の本分を全うするには、すべからくこの情緒的振幅の差は少ないに越したことはない。

鬱病のようなマイナス振幅だけでなく、プラスにおおきくうねりすぎる落ち着きを欠く気分も、ひとつの疾患だと思う。それが恋だと思うのだ。恋に我を忘れて勉強が手につかない生徒など中学校、高校に山のようにいるだろう。それは日常生活に対する支障であり、疾患と言っていいと思う。昔から言われるように、恋につける薬はないらしいので、我を取り戻すのを待つしかないのだろう。

そう考えると、「愛」というのは「恋」があってはじめて、その対比概念としてのみ意味を持つような気がする。つまり精神的振幅の差が少なく、自分をコントロールし人間関係を円滑に保つ精神状態。普通じゃん。「愛」とは「恋」があってはじめて意味をもつものであり、恋なしに「愛」だけの意味を問うても、その実体は空虚な日常に過ぎないと思う。

というわけで今のたくろふの定義。


「恋は精神疾患。愛などない。」





ああほらほら、引かない引かない。

エイトボール勝負!

週末なので飲む。
先輩とパブに飲みに行った。まあ飲みにいったっていうか玉を突きにいったっていうか。

日本っていくらくらいだっけ。ショバ代は1時間1000円くらいだっけか。
アメリカのパブでビリヤード台がおいてあるところは、だいたいひとゲーム1ドル。クォーター(25セント硬貨)を台に4枚入れると、ガコンという音がして球が出てくる。ゲームが進んでポケットに入れた球は次にお金を入れるときまで出てこないが、なぜかスクラッチした手球だけはちゃんと出てくる。どういうしくみになってるんだろう。手球って的球よりもちょっと小さいのか。

ナインボールだと簡単に勝負がついて面白くないのでエイトボール。プレイヤーのひとりは1から7までの球、もうひとりは9から15までの球を落とす。自分の球をすべて落としたら8番を狙える。最終的に8番を落とした方の勝ち。ただし、自分の的球をすべて落とす前に間違って8番を落としてしまったら、その時点で負けになる。

日本では9-15をハイボール、1-7をローボールと読んでた気がするが、英語ではそれぞれをストライプ、ソリッドと呼ぶ。8ボールのコツは、ゲームの緒盤からポケット狙いに走らないこと。最初のうちは、自分の的球をコーナー近くに集めることに集中する。全部の的球をコーナーに集めておけば、相手が勢いで自分の的球を落としてくれることもあるし、ゲーム終盤に怒濤の連続攻撃で一気にケリをつけられる。台のど真ん中や辺の真ん中あたりに残る球が一番やっかい。

カウンターでビールを1パイントもらう。いつもパブではチップを出し忘れちゃう。
最初の1ゲームだけ50セントずつ出し、あとは負けた方が出す。まぁ勝ったり負けたり。だいたいイーブンだったかな。僕は的球からポケットまでの距離がある足の長いショットが苦手だなぁ。引き球や巻き込みはだいぶうまくなったんだけど。

周りの台を見て気づいたんだけど、アメリカのゴツい体格してる兄ちゃんども、だいたいビリヤードはヘタ。手球を突くのをよくミスってる。「カチッ」とか情けない音がよく聞こえる。ホントにうまい人は突いたときの音が違う。

パブを出ると結構寒い。昼は暑くてうだるくらいなのにまだ夜になると長袖が必要な寒さ。まだ夏になりきってないんだな。

チョームカつく。

アメリカの窓口業務は非常にいいかげん。

手続き上のミスなんて日常茶飯事。基本的にしっかりしとらん。
だからしょっちゅう入力ミスだの手違いだのがあってトサカにくる。

今日もそんなブチ切れの一幕。

夏休み明けの秋セメスターの授業登録を済ませたため、在学証明書を発行してもらった。日本に帰ってからも学生である証明が必要な手続きがいくつかあるため、ちょっとまとめて発行してもらった。

どうやら実家のほうで僕の在学証明書が必要な手続きがあるらしく、証明書が発行され次第送ってくれと言われていたのを思い出した。まぁ速達じゃなくていいだろう。エアメールの速達だと14ドル(1500円ちょい)だが、普通郵便だと80セント。100円もしない。

そんなわけで、おととい大学Coop内の郵便局に封筒を持っていって、窓口で郵送代を支払った。
はーやれやれ、ひとつ手続き終了。


そして今日。

出先から家に帰ってきたら、おととい投函したはずの封筒が家に戻ってきてる。


...?


「AIR MAIL」のハンコが押してあるから、窓口を通ったのは間違いない。
でもよく見ると、


スタンプ(切手)が貼ってねぇぞ、コレ。



僕の封筒を受け取った窓口のおっちゃんがドジったらしい。切手貼り忘れだと?



怒怒ふざけるなコラ怒怒



たくろふさんを怒らすと怖いんだぞ。



これ、オレの在学証明書だぞ。重要書類も重要書類。行方不明になったらどうすんだ。
しかももし差出人住所が書いてなかったらオレの実家から徴収したのかコラ。詐欺罪だぞ。

たとえ80セントといえども、こーゆーミスは絶対に許さん。
しっかりレシートをとってあるので、週明けに怒鳴りこんでくれる。

アメリカの窓口業務や事務ってどうしてこう揃いも揃って無能なんだろう。大雑把にもほどがある。
日本と違って、出したら安心、じゃない。こんどは「すぐに切手を貼れ。今すぐココでだ。オレの目の前でさっさとやれ」といちいち確認してくれよう。

いいかげんに適当な仕事をするなめた姿勢がハラ立つ。
ったく、それでもプロか、このボケが。

似顔絵

107b4388.GIF
似顔絵イラストレーターで遊んでみました。


ま、たくろふかな。


ええーいうるさい黙らっしゃい。
苦情は一切受け付けんぞ。
アメリカに来てからたくろふは感じがかわったのだよ!
環境が変われば人も変わるのだよ!
偉い人にはそれがわからんのですよ!


やべ、オレもうすぐ日本に帰るじゃん。

すいませんおヒヤください

日本が懐かしくなったきっかけがこーゆーページという僕はいかがなもんでしょう。

っていうかほとんど行ったことあるぞ。
ペンギン命
ここでもつぶやき
バックナンバー長いよ。
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