たくろふのつぶやき

あ、袋いいです。

2003年12月

「奥の手」の効用

学部生のときに勉強していて、「誰々の研究」と、名前だけしか知らない論文が結構あった。
名前は知っているが、読んだことはない。そういうエラそうな学者さまの研究は、学部生にはとてつもなく高尚ですばらしいものに思えたものだ。

長く勉強しているうちに、名前を知ってるだけでは済まなくなり、実際にそういう論文を読むハメになってきた。
ところがどうだろう。実際に細かく論文を読んでみると、「なーんだ」という程度のアイデアであることが結構あるではないか。中にはつまらないと感じるものすらある。
「勉強」と違い、「研究」は、今までに誰も言っていないことを自ら言う必要がある。先行研究を積み上げてきたエラい研究者さま方にビビっていては、問題点の指摘も反論もへったくれもない。

相手の手の内が見えると、なんとなく相手になりそうな気がするものだ。
逆に相手が何者かが分からないと、不気味な感じがする。
孫子によると「敵を知り己を知れば、百戦危うからず」だそうだが、これは実質的な可能性を言ってるものではなく、多分に精神的な効用が含まれてないだろうか。
一晩、楽しく飲むことを目的とする合コンでも、気に入った相手の経歴、学歴、家族構成などを聞きたくなるのも同じ理由なんだろう。これらは本来、知る必要のない情報だが、知ると知らないのとでは親近感がまったく違うのだろう。

世阿弥は『風姿花伝』の中で、「秘すれば花なり、秘さずば花なるべからずとなり」と言っている。奥義とは、隠すこと自体に価値があるのであり、人に知られてはならない。
昔、武道の世界では、一門の奥義は門外不出の最高機密だったのではあるまいか。大事なのは、そういう奥義が「存在する」ということは人に知られる必要がある、ということだ。他流試合のとき、相手が「正体はまったく分からんが、相手には一撃必殺の奥義があるらしい」という状態で臨んでくれれば勝ったも同然だ。相手が分からない、というのは、かように不安のもとになるものだ。

「秘することの重要性」という大事なことを、全く秘していない世阿弥はずいぶんユーモアのある奴だ。
600年後の現在に至るまで広く知られて、何が「秘すれば花」か

研究とおカネ

国立大予算――角を矯めて牛を殺す愚
(12月30日 朝日新聞社説)

厳しいなぁ、国立大学。

今まで日本では国立大学、アメリカでは州立大学に在籍しているので、税金のお世話になりっぱなしだ。
「予算削減」の字にはやはり反応してしまう。

朝日の論調はおおむね予算削減について批判的だが、批判の仕方がちょっと面白い。
大学という機関を独立して見るのではなく、各種特殊法人と比較して「一緒にするべきではない」という国会決議を持ち出してる。
その根拠は「すぐに成果が出ない」という基礎研究独自の特殊性だ。
言ってることは同じだろうが、大学がすでに特殊法人として見られている視点には気づかなかった。

「まずは大学側のお手並み拝見といこう」には参るね。
税金を投入してもらって研究する側にとって、成果を世間に還元するのは当然の義務だけど、還元の効果的な方法を考えるのは、研究そのものと同じくらいのウェイトを占めることになるんだろうな。
日本の研究者は研究成果を見せびらかす能力と意欲に無頓着だしなぁ。

年末、年末、と。

なんかし忘れたことがあるような気がして、郵便の束を整理した。
やっぱり。
定期購読している雑誌の、来年分の更新手続きをしてなかった。

きようび、雑誌掲載の論文はダウンロードできるんだけど、やっぱり紙の雑誌は持っておかないとね。

日本の年末とはずいぶん感じが違う。
門松もダルマもないし、酉の市も初詣の広告もない。
思うに、欧米の祝日というのは「感謝の日」だから、ひっそりと過ごすのが通なのかな。お店も全部休むし。日本の祝日の方がダイナミックなお祭り騒ぎをしているような気がする。

なんか年末っぽくないのはそのせいかなぁ、と思ってたら、もっと簡単な理由があった。
忘年会がないからだ困った

自由の手に入れ方

アメリカに来てから、妙に自由な気分を感じることがあった。
別に日本が窮屈な国で、アメリカが自由な国とは思えないんだけど。
この正体不明な開放感はなんだろう…。

最近、その原因が判明した。
携帯を持ってないからだ。

思えば日本で携帯を持っていたときは、携帯を持ってるが故にかかる制約がいかに多かったことか。
充電しなきゃいけない、メールを頻繁にチェック、出先でも電話がかかってくる、毎月の請求書…。

よく、「せっかくXXXしたんだからXXXしなきゃ」という言い方を聞く。
「せっかく新しいお皿買ったんだから、たまには使う料理でも作んないと」
「せっかくあの本買ったんだから、すこしは読まなくちゃ」など。

それって一種の呪いでは。

もしPCなんて持ってなければ、1日24時間、ものすごく自由になれるような気がする。
blogにこんなネタ書くこともなくなるし。

自由になりたい、と潜在的に思ってる方は多いはず。
自由ってのは、手に入れるものではなく、手にしてるものを全て捨てることで勝手に得られるものなのかもね。

テレビ

いい天気でいい気分。

家主おじいちゃんのクルマがピンチ。とうとうイカれたらしい。パークウェイを走ってたときにいきなりのエンジントラブル。
しょーがねーよな。あのクルマ、オレより歳くってるから。
「たくろふはクルマ探してたよね、あれ、いる?」だって。いるか。

アメリカのTVガイドは見方がよくわからん。
日本みたいに、時間と放送局順に表になってない。各時間帯ごとにだらだらと横書きに記述してあるだけ。インターネットの番組表もよく見方が分からん。
一番確実なのは、「TVガイド専用チャンネル」というチャンネルで、その時間にどんな番組をやってるのかをチェックすること。2時間先までしかわからんけど。

テレビで日本のアニメをよく見かける。一番多いのはポケモン。英語で見てもストーリーがよく分からん。
ドラゴンポールはよくDVDが売ってるが、なんと14歳以下制限付き。お子様向けではないらしい。人を爆死させたり、腕ちぎったり、挙句の果ては街を破壊したりしてるからなぁ。
ペンギン命

takutsubu

ここでもつぶやき
バックナンバー長いよ。
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