「形而上学」って何のことじゃい。


大学で科学や哲学を教えると、学生が分かった振りして分からないまま先に進もうとすることがある。
特に基本的な用語に関しては、勉強が進んだ段階で質問することが憚られるのか、質問しようとしない。

その代表的な用語として「形而上学」という言葉がある。哲学用語だが、科学論文にも出てくる。ひどい学生になると、「文字では見たことあるけど、何と読むのか知らない」というのもいる。
まぁ、「けいじじょうがく」なんて代物、健康で文化的な生活を送っている範囲では一切関わりのないものだろう。

科学論文でこの用語が出てくる時には、おおむね否定的な文脈で出てくる。「なぜ○○○というものがあるのか、という問いは、もっともな問いではあるのだが、この件に関しては形而上学的な議論になってしまうので、ここでは扱わない」のような言い方が多い。
つまり、科学の立場からでは、形而上学というものは否定するのが一般的だ。その印象から、科学を勉強している学生は、形而上学を「なんか得体が知れないけど、とりあえずダメっぽいもの」という漠然とした理解のままでいることが多い。

学生から「先生、形而上学って何のことですか」と聞かれたとき、僕は「うーん、真面目に覚える必要はないよ。科学が説明できない一切合切を、適当に説明しようとしたもの、と思っておけばいいよ」と答えることが多い。合ってはいないが間違ってもいない。
僕は科学を教える立場だから、形而上学はいずれにせよ否定する立場にある。むろんその存在意義まで否定するつもりはないし、その立場を取ろうとする人は勝手にすればいいと思うが、少なくとも僕の教える教室は形而上学を実践する場ではない。


個人的には、「形而上学」は誤訳だと思う。しかし、一般的な意味での誤訳とはちょっと異なる。
一般的に、用語の翻訳というのは難しい。特に、科学・哲学の用語は、明治期に西洋思想が一気になだれ込んできた時に急を要して翻訳されたものが多い。西周や福沢諭吉などは、そういう西洋の学問用語を翻訳するのに苦心し、造語や借用語などを駆使してなんとか日本名をつけた。

翻訳というのは、訳した言語で理解できなくては意味がない。意味を正確に訳すことに苦心するあまり、母語話者が聞いたこともなく理解もできない用語になってしまうのでは、翻訳した意味がない。
現在でも、「形而上学」という用語を初見で聞いて、一発で理解できる日本人はいないだろう。その時点でこの用語は誤訳、少なくとも悪訳と断じて良い。翻訳としての要件を満たしていない。

形而上学は、英語ではmetaphysics。physicsは「物理」、metaは「超」なので、字面だけ訳すと「超物理学」となる。要するに、物理などの科学的方法論で捉えられない世の道理を探るのがmetaphysicsだ。metaphysicsという英語のほうが、「形而上学」という訳語よりも、どういうものかよっぽど分かりやすい。
もともと「形而上学」が生まれたギリシアでは、physicsは物理だけを表すものではない。もともと形而上学の源流は、古代ギリシア時代、アリストテレスが開設した学校「リュケイオン」の講義ノートに由来する。

リュケイオンでは、初年度に一般教養(動物学、植物学、心理学、論理学など)を勉強する。これは大学の一般教養科目のようなものだろう。高学年になると、一般教養に基づいた「自然学」(ta physica)を学ぶ。これは自然の振る舞いについての学問で、要するに物理学のことだ。いまではこの学問だけ独立してphysicsを名乗っているが、化学や天文学が未発達だった時代にあって、自然を学ぶことは要するに物理学を学ぶことだった。
ちなみにアリストテレスの「自然学」は、今の物理学で答え合わせをすれば間違いだらけで、これが後に2000年以上に及ぶキリスト教の暗黒時代の引き金になる。

リュケイオンの最高学年では、イデア論の批判と検証を交えた存在論について議論をする。カリキュラム上は「第一哲学」という講義名だった。これはアリストテレスの師匠だったプラトンの学説で、実際には眼に見えない現象や道理に対してその原理を問う学問だ。

プラトンのイデア論というのは、かいつまんで言うと、「世の中で目に見えるものはすべて単なるダミーで、それぞれの本質は『イデア』として天界に存在する」という考え方のことだ。
例えば、「たくろふという個体」と「福山雅治という個体」は、見かけや人気や収入に相当の差がある。しかし両者はともに、理想世界にある「男」というイデアが、たまたま現世に写像されたダミーに過ぎない。だから現世で人の眼に見える両者の姿や存在は、実際には「たいした違いはない」ということになる。イデアはidea(アイデア)の語源となっている概念だが、その本当の意味は「発想」ではなく「理想」といったほうが近い。もとはideinという動詞で、これは「見る」という意味だ。

アリストテレスは、プラトンのイデア論を批判するが、結局は師匠越えをすることは叶わず、結局はイデア論を継承することになる。イデア論に関する議論は、科学のように公理や観察を出発点とするものではなく、とても抽象的だ。だからリュケイオンでは、初年度に「一般教養」、高学年で「自然学」を段階的に学習させ、それらをクリアした者だけが「イデア論」に関する議論をすることが許された。

アリストテレスはリュケイオンの講義ノートを書き残しているが、イデア論を論じた「第一哲学」の講義ノートはそのままずばりのタイトルをつけず、なぜか「自然学の後のノート」(ta meta ta physika)という名前をつけている。確かに「第一哲学」は「自然学」を履修してから受講する科目だったが、それをそのまま講義ノートの名前にしている。「自然学(ta physika)の後(ta meta)」という意味だ。つまりここでのmetaは「超」などという大それた意味はなく、文字通り「〜の後の」という意味に過ぎない。
これがラテン語に翻訳されたときに、冠詞のtaが取れる。ラテン語には冠詞がないから、ただ単にmeta physica、つまり「自然学の後」というだけの用語になる。リュケイオンのカリキュラムを知らなければ、なぜ「自然学の後」なんて名前になっているのか分からなかっただろう。

のちにキリスト教が、この用語を勝手にねじ曲げる。
中東の一小宗教だったキリスト教は、徐々に勢力を拡大し、ローマ帝国に布教範囲を広げる。それに伴い、単なる信仰だけではなく、理論武装が必要になった。教義体系が脆弱な宗教は、理詰めでローマ市民を丸め込みにくい。世界がどのようにできているのか、世界はどのような原理で動いているのか、学問的なアプローチで「世界の解」を説かなくてはならなくなった。単なる宗教には酷な要求だろう。

そのためにキリスト教は、約800年前のアリストテレス哲学を利用することを思いついた。リュケイオンの講義録をひっくり返し、いかにも世の中を理解したように書いてある「自然学の後のノート」(=「第一哲学」)を、キリスト教の教義に勝手に組み込んだ。いわゆるスコラ哲学だ。
プラトンのイデア論では、世の中すべての「本質」としてのイデアの正体は、明らかにされていない。それをキリスト教は、勝手に「神の恩寵」にすり変えた。超自然的な現象や奇蹟をすべて「イデアの表出」として捉え直し、世の中の現象はすべて神の意思である、という教義をこね挙げた。講義ノートの内容を勝手に使われたアリストテレスは、墓の下で憤懣やる方なかっただろう。

しかもキリスト教は、アリストテレスの叡智を無断借用しただけでなく、名称の意味までも勝手に置き換えた。metaphysicsという用語は、単に「自然学を履修したに学ぶ分野のノート」に由来する。「自然学の後」というだけの意味だ。しかしキリスト教は、meta(=「後」)の意味を、勝手に「超」という意味に読み替えた。つまり、metaphysicsという名称に「自然学をはるかに超えたもの」という権威付けを行なった。このハッタリによって、キリスト教の教義、なかんずくスコラ哲学は「自然学とはレベルの違うもの」「一般の下々の頭脳では到底及ばないもの」という、ありがたくもうやうやしい学問に昇格した。

しかしスコラ哲学が論じるmetaphysicsの実体は、「神の意思だからそうなっているのだ」という、要するに反論封じだ。自分なりの方法で世の中の真理を掴もうと試みたアリストテレスと違い、キリスト教の目的は最初から「真実の理解」などではない。単に布教と権威付けが目的だ。 ここに至り、metaphysicsは原理的に発展し得ないものに堕ちる。キリスト教の倫理観という枠内に押し込められたアリストテレス哲学は、権威が許す教義の中をぐるぐると廻るだけのものとなり、利用されるだけのものとなった。蓋し、キリスト教の権威と、その教義理念の中心を占めたスコラ哲学が席巻した中世という時代は、学問にとっての暗黒時代と言ってよい。

つまり現代的な眼で見ると、metaphysics、「形而上学」というのは、最初から科学が扱える範囲のものではない。存在に関する議論(「なぜ人間は存在するのか」)、道義に関する議論(「人はどう生きるべきなのか」)など、科学が対象としない問いで、かつキリスト教が権威をもって偉そうに教義を垂れ流していた学問、それが「形而上学」の正体だ。
僕が「真面目に覚えようとする必要はないよ」と説明する所以だ。

元祖のアリストテレスには気の毒だが、中世1000年の間に、metaphysicsという用語の意味が変わり過ぎた。近世以後の哲学史は、スコラ哲学の解体と新たな理論体系の再構築に追われることになる。宗教的世界観と現代科学の橋渡しとして、唯物論が思想的潮流の中心を占めていた時期にも、哲学者はイデア論の亡霊に取り憑かれ続ける。「世の中には何らかの『理想』があり、それを明らかにするのが哲学の仕事、実現するのが政治の仕事」という理念は、近世全体にわたる西洋思想史の傾向だ。のちにニーチェによって虚無主義が提唱され「キリスト教の理念は自壊しもはや思想の中心には成り得ない」という宣言(「神は死んだ」)によってスコラ哲学が終焉するまで、延々とその理念は継承され続けた。

これだけの歴史的背景をもつmetaphysicsを、明治時代の学徒が正確に理解し得たとは思えない。少なくとも、一発で理解できる翻訳をすることは無理だっただろう。元祖のアリストテレスに沿うならば「自然学の後の分野」「第一哲学」「超自然学」などの訳語でも良いだろうが、その思想内容を蹂躙したキリスト教の時代を踏まえると「神の理屈」くらいの日本名が手頃だと思う。「形而上学」よりは1000万倍マシだろう。

「形而上学」という用語は、『易経』繫辞伝にある。


形而上者、謂之道、形而下者、謂之器
(形より上なる者、これを道といい、形より下なるもの、これを器という)


ここでいう「形」というのは、「世の中に実際に存在しており、眼に見えるもの」くらいの意味だ。たくろふとか福山雅治に相当する「実在物」だ。これより「下」にあるもの、つまり「現世」にあるものは、外側だけを示す単なる「器」に過ぎない。その「道」、つまり「本質」は、形を超えた「上」の世界に存在する。

まぁ、プラトンのイデア論と、それほど言っていることは違っていない。しかも、それの「上」に存在する「道」(=イデア)を解明するmetaphysicsの意味として「形而上」の箇所を使っていることも、違ってはいない。
つまり、易経の「形而上」という言葉は、metaphysicsを表す言葉として、それほど間違ってはいない語と言える。

しかし、わざわざ易経から言葉を引っ張ってくる必要はあるまい。metapysicsの訳語として「形而上学」というのは、もともとの易経を知っている人であれば「なるほど」と膝を叩くものかもしれないが、世の中の誰もが易経に通じているわけではないのだ。易経の一説だって、この文だけぽいっと渡されたら、何の事やらさっぱり分からない。説明してもらわにゃ意味が分からん。

metaphysicsという説明が必要な言葉を、易経の説明が必要な言葉に置き換えているだけであれば、翻訳はなにも仕事をしていない。外国語が全然分からない人にドイツ語を訳してくれと頼まれたら、それをフランス語に訳したところで仕事をしたことにならないだろう。翻訳というのは、必ず一方の言語が「その語を使用する人が確実に分かる言語」でなければ意味がない。分からない言葉を分からない言語に訳すことを、翻訳とは言わない。僕がこの語を「誤訳だと思う」というのは、そういう意味だ。

形而上学という用語は、明治期に翻訳された学術用語のなかでも悪名高い。おおむねこの用語を批判する際には、当時の日本人が抱いていた西洋文化に対する劣等感と、教養のない庶民に対する優越感が一体となって、「貴様ら下々には簡単に分かる概念ではないのだ」という驕り高ぶった翻訳、という悪評が多い。すぐには分かりにくい、重々しい用語で訳したほうが、学術用語として権威が感じられる。なんか重要そうな感じに見える。そういった見方でこの用語を捉える人が多い。

しかし僕は、そこまで明治期の学徒に対して否定的な見方をしていない。metaphysicsを「形而上学」と訳したのは、誤訳ではあろうが、それは意図的なものだったのではないか。あくまでも便宜上の措置だったのではないか、というのが僕の印象だ。
明治期に日本が西洋の文化を吸収する必要に迫られたのは、富国強兵のためだ。そのために必要なのは、端的に言って自然科学と法学だ。哲学なんてものは、不必要な学問リストの最上位に位置する。つまりmetaphysicsという用語自体が、当時の日本にとって「それほど必要ではなかったもの」なのだ。

明治期の学徒が、metaphysicsという用語の変遷と歴史を正しく理解していなかったのは確かだと思う。資料、時間ともに足りなさすぎる。キリスト教に基づく世界観の理解の仕方、というあたりまでは見当がついただろうが、ギリシア時代に遡ってアリストテレスやプラトンの思想に由来する言葉であることは知らなかっただろう。ましてや、この語がもともとは単に「自然学の後のノート」というだけの意味だったことは知らなかったに違いない。

この用語が易経なんぞを引用した「形而上学」という名称に訳されたのは、「よく分からない」ということを名称に準えて、その内容の究明を後世に委ねる意図があったのではないか。敢えてよく分からない語に訳したのは、「今は急いで学ぶ必要がない」という、一種の防波堤の意図があったのではあるまいか。手持ちの語彙で簡単に訳せる語ではない。されば「易経」からの当該する箇所を引用して、とりあえず便宜的に訳しておく。「易経」の該当箇所が、metaphysicsの目指す内容とそれほど乖離していないことから、この用語をわざと分かりにくい語に訳したところに何らかの作為を感じる。おそらくそのほうが穿った見方だろう。


究極的には、学問というのは原著を読まないと意味がない。しかし日本は、世界でも例外的に翻訳によって母国語でほぼ世界中の叡智に触れることができる、珍しい国だ。大学教育を自国語で行なえる国は、世界でそれほど多くはない。 そして、その翻訳というのは、明治以降の学術研究の徒がそれぞれの時代ごとに信念をもって行なってきた「知の集積」だ。
その中でも特に、哲学の本は翻訳が読みにくい。翻訳用語が恣意的で、何を言っているのか分からない。原著を読んだほうが早いこともある。そういう珍訳語を見るたびに、後回しにされた学問の悲哀を感じ、そんな分野をのんびり勉強できる平和な世相に感謝せざるを得ない。



最近では全部カタカナ語で読み下すそうです。