大学で後期授業が始まった。


僕は担当している授業の初回に、学生にアンケートをとる。授業の内容には関係ない。僕が最近の学生の様子をつかむためのアンケートだ。「なぜこの授業を履修しようと思いましたか」「大学で身につけるべき資質は何だと思いますか」「あなたの将来の夢はなんですか。また、その実現のために毎日何を行なっていますか」などのような、他愛のないアンケートだ。語学の授業でも言語学の授業でも関係なく行なっている。

その中に、「中学・高校で習った教科のうち、不要だと思う科目は何ですか」という質問項目を設けている。
おおむね不人気な科目は、数学、古典、世界史、化学、物理など。理由はすべて異口同音で、「今の自分の生活で使わないから」というものだ。

大学の三年生は、ちょうど今くらいの時期から就職活動が本格化する。大学でも就活セミナーや講演会などをてんこ盛りに開催し、学生は大学に勉強しに来てるんだか就活の準備をしに来ているんだか分からないような毎日になる。
そのセミナーで学生が当惑することとして、「時流に対応し世相に明るくなるため、ニュースや新聞をよく読むこと」という内容がある。それまで新聞などまったく読んでいない学生が、いきなり「新聞を読め」と言われても困るのだろう。真剣な顔をして「先生、新聞ってどうやって読めばいいんですか」と質問されることがよくある。笑い話ではない。
そう訊かれるたびに、「寝っ転がって読めばいいんじゃないの」「電車の中で読めばいいんじゃない」などと冗談で受け流す。義務教育9年を経て、高等学校の教育まで受けて、その質問が出てくる時点で、すでにかなり勉強が足りない。というよりも、「勉強」というものが何なのか、学んでいない。

学生はどうも「勉強量が足りない」と言うと、勝手に「知識量が足りない」という意味だと解釈するらしい。自分が新聞をうまく読めないのは、知識量が足りないからだ。だからまずいろんなことを知る必要がある。そういう思考に突っ走る学生は、まず本屋に走って「ニュースを読むための用語集」「すぐわかる現代ニュース」などのような知識本を買ってくる。それを猛烈に暗記しようとする。池上彰さんの著作がバカ売れする所以だ。
まぁ、おそらく続いたとしても3日くらいだろう。そういう本は、そのうち「いつかちゃんと読まなきゃいけない本」として、本棚の肥やしに成り下がる。

僕が学生をずっと見ていて気付いたのは、授業初回のアンケートの「中学・高校で習った教科のうち、不要だと思う科目は何ですか」の記述欄にたくさん教科を書く学生ほど、新聞の読み方を知らない、という相関関係だ。
そういう学生は、「自分には関係ない」という理由で学校の教科を「不要」と切って捨てる。一方、そもそも新聞に出てくるニュースというのは、ほぼすべて「学生の日常生活には全く関係のない事柄」なのだ。世界情勢がどうなっていようが、日本経済がどうなっていようが、学生の毎日の生活がなにか変わるわけではない。

「自分の生活に関係ない」という視点で物事を見る限り、中・高での勉強科目も、新聞のニュースも、同様に無価値だろう。そういう学生は「情報を覚えること」「暗記すること」を、勉強だと思っている。
「知識を暗記すること」は、勉強のために必要な準備に過ぎない。そういう情報を自分の中で咀嚼し、自分をとりまく世界観の大きな地図に埋め込む思考作業を行なって、はじめて知識は活きる道具になる。学生が足りないのは、知識の量ではなく、知識を使って「思考すること」なのだ。頭を使わずに単純に暗記することが「勉強」だと思っているうちは、勉強はさぞ苦痛だろう。

料理に例えると、「知識を覚える」というのは、料理に必要な食材を揃えることに相当する。野菜や魚や肉や調味料の名前をいくら覚えても、それが「料理」というわけではない。それらをどうやって組み合わせて、どうやって調理するか、が「料理」なのだ。「やたらめったら知識を覚える」というのは、例えて言えば「何を作るかに関係なく、食材をやたらめったら覚えようとする」ようなものだ。
だから学生が「知識を暗記することが苦痛」に言っているのは、「スーパーに行って買いものをするのが面倒くさい」と言っているのと同じようなものだ。まず「何を作るために、何が必要なのか」を見極めることなく乱雑に食材を詰め込もうとするため、飽和状態に陥る。 本当に料理の上手な人は、限られた少数の食材だけをうまく使って、おいしい料理を作れる。

「何かを知っていること」と、「それを使って思考・分析ができる」ということの間には、相当な隔たりがある。中学・高校の学校教育は、要するにスーパーの棚をざっと見て歩くツアーに過ぎないため、「それらの食材を使って何を作りたいのか」がはっきりしない学生にとっては、何の意味もない。卒業論文のテーマを選ぶ際に「何をテーマにしたらいいか分かりません」という学生がよくいるが、作りたい料理がなにもないままスーパーに迷い込んでしまった買い物客なのだろう。作りたい料理がなければ、「必要な食材」など何もないだろう。

新聞を読む際にも、それと同じ姿勢が反映される。新聞の読み方が分からない学生というのは、知識を増やすことだけを目的としている。作りたい料理もないのに、スーパーに並んでいる商品名をすべて暗記しようとしているようなものだ。覚えるだけで、考えようとしない。そういう見方で世界を見ている限り、新聞など意味のない紙くずに過ぎないだろう。


そういう学生の勉強姿勢を問うのに、適した練習問題があった。
アフガニスタンで国内政府が樹立したことを報じる記事だ。


『アフガン新体制 イラクの二の舞い避けよ』
(2014年09月23日 産経新聞社説)
『アフガン新政権の責務は重い』
(2014年09月23日 日本経済新聞社説)
『アフガン新政権 名実ともに挙国一致で』
(2014年09月23日 毎日新聞社説)
『アフガン新政権 挙国一致で治安を確保せよ』
(2014年09月24日 読売新聞社説)


これらの新聞社説を学生に読ませて、「どう思う?」とだけ振ってみる。


アフガニスタンの政治状況など、日本の大学生にとっては「日常生活にまったく関係のないこと」だろう。日常感覚に引き下ろすことができないため、どこか他の国のなんかの事件、という程度にしか見えないだろう。そういうトピックに対して、記事にどうアプローチするか。それぞれの社説の特徴を捉えた上で、優れた記事と駄目な記事の見分けがつくだろうか。

今回のアフガン新政権の社説は、珍しいことだが、日経の社説の出来がいちばん良くない。ものすごく雑だ。新聞社としての見解を世に問う社説というよりも、単なる事実の報道に近い。この社説からは、なぜこの件が日本にとって注目すべき事例なのか、なぜこの件が重要なのか、一向に見えない。

一方、産経、毎日、読売の社説は、視点こそ違うが、それぞれ明確な焦点を定めて社説を書いている。
産経新聞は上掲社説の中で、今回のアフガニスタンの民主選挙を批判する姿勢で書かれている。今回の選挙は一応「民主的選挙」ということになっているが、実情はかなりぐたぐたになっている。4月に初選挙が行なわれ、本来であれば6月には暫定政府が樹立するはずだったが、不正疑惑が発生した。開票結果も公表されていない。その選挙結果に落選者が異議を唱え、選挙結果が無効になる事態になった。
アフガニスタンは後述の理由でとにかく早く暫定政府を樹立する必要があったため、アメリカが仲介する形で、当選者のアシュラフ・ガニ元財務相と落選者のアブドラ・アブドラを「説得」する形で、妥協することになった。決して公明正大、透明無実な選挙結果ではない。妥協の副作用として、落選者のアブドラを「行政長官」なる新設ポストに採用し、今後そのポストを首相格とする、という迷走ぶりを呈している。

他紙がこの新政府樹立を好意的に報じているのは、「とにもかくにもアフガンに新政府が樹立した」という事実そのものを評価してのものだ。選挙に多少怪しいところがあっても、国のトップが事実上2つに権力分裂する可能性を孕んでいても、すべて後回し。「政府ができてバンザイ」という論調だ。完全に健全だとは言い難いが、新政府樹立という大きな目標のためには、多少の妥協はやむを得ない、という姿勢だ。
産経新聞だけは、この選挙のあり方を「残念だ」と一刀両断にしている。政府の樹立には意義を認めていながらも、その過程については手厳しい。

アフガン大統領選ではタリバンによるテロの恐怖をはね返し、多数の有権者が一票を投じた。だが、不正疑惑や候補対立で開票が混乱し、4月の初回投票から結果発表まで半年近くを要した。得票数も示されず民意が明確にならなかったのは残念だ。政治空白の長期化はタリバンの思うつぼだ。ケリー米国務長官らが仲介し、2人でナンバー1、2のポストを分け合う妥協に導いたのは評価できる。国内最多のパシュトゥン人ガニ氏と、2番目のタジク人アブドラ氏が手を握る意味は小さくない。民族融和を実現してほしい。
(産経社説)


アフガニスタン新政府がとにかく早く必要だったのは、中東のテロ活動が活発化しているからだ。いまやアフガニスタンを含む中東地域は「テロリスト養成所」のような無法状態と化している。国際テロ組織アルカーイダ、タリバン、イスラム国などが続々と暴力的にテロ行為を世界中で展開している。アフガニスタンは事実上無政府状態だったため、それらを取り締まる行政的な基盤が存在しなかった。現在のアフガニスタンの安全保障は、アフガニスタンが行なっているのではなく、アメリカを中心とするNATO軍が行なっている。

これと同じ状況は、湾岸戦争後のイラクでも発生している。サダム・フセインが失脚し、アメリカを中心とする国際連合軍による分割安全保障が行なわれた。そこまではよく知られた事実だが、本当の問題は国際世論の反発を受けてアメリカ軍が撤退した後に生じたことは、あまり知られていない。

イラク駐留米軍は、米兵の刑事免責措置の延長を時のマリキ同国政権が拒否し、オバマ米大統領も兵士の帰還を急いだ結果、11年に全面撤退を余儀なくされた。それが今の危機の要因の一つになったと批判されている。オバマ政権には、撤退計画を状況に応じて柔軟に履行し、イラクの轍を踏まないよう望みたい。

日本政府は01年以降、世界第2位の50億ドル超をアフガンに投じ、インフラ支援、人材育成に当たってきた。そうした支援をアフガン安定につなげていきたい。
(産経社説)


イラクの時は、新政府が樹立する前にアメリカ軍が撤退したため、文字通りイラクが無法地帯と化した。ひとつにはブッシュ大統領が採った、海外派兵による支持率上昇策があまりにも露骨すぎ、国際世論の袋叩きにあったことがある。結果としてイラクが無政府状態のまま放置され、その後のテロ組織の温床となり、「報復」としての9.11につながった。
今回のアフガニスタンも、アメリカ軍は早期の撤退をすでに決定している。残りは少数の部隊が駐留し、現地のアフガニスタン軍に軍事教練を施すことになっている。しかし即席のアフガニスタン軍が、イスラム国などの新興テロ組織に対抗する力は、まだないだろう。イラクの事例を踏み台として、今後どうやってアフガニスタンの安全保障を確立させるかは、「過去の事例から未来の指針を導く」例として、注目に値するだろう。産経は日本からの資金援助を是としているが、その理由としてこうした背景を敷衍している点で、説得力がある。主張内容そのものよりも、主張の根拠によって論説の是非を決めるのは、議論の鉄則だ。


毎日新聞は、今回の選挙が不透明だったことを、新政府の権力闘争の危険性として捉えている。大統領に就任したガニは最大多数派民族のパシュトゥン人だが、選挙に破れ行政長官に就任したアブドラは少数派のタジク人の支持を受けている。こうした民族模様を、たとえば日経社説は好意的に捉えている。

決選投票でガニ氏と争ったアブドラ元外相は将来の首相職となる新設の「行政長官」に就任する見通しで、ともに挙国一致政権を樹立することで合意した。アブドラ氏はこれまで決選投票での不正を訴え、独自の政権樹立の可能性すら示唆していた。結局は米国が調停し、投票を再集計するとともに、両陣営に和解と協力を求めた。4月の第1回投票から約5カ月を要したとはいえ、国家分裂の危機は防げた。9月末にも正式に大統領に就任するガニ氏は最大民族のパシュトゥン人出身で、世界銀行での勤務経験を持つ。一方のアブドラ氏は少数派のタジク系で、ともに協力できれば対立する民族間の融和にも寄与するだろう。
(日経社説) 


一方、毎日社説は、この選挙が不透明な経緯を辿ったことを政府の2トップの民族背景につなげて、今後の危険性に警鐘を鳴らしている。

新大統領は、本来なら4月初旬の第1回投票から6月の決選投票を経て7月中にも誕生するはずだった。暫定の開票結果ではガニ氏がリードしていたが、国連監視下で決選投票の不正票を調べたところ数十万もの票が無効と判断された。このため選挙での決着は無理と見たケリー米国務長官が、ガニ陣営とアブドラ陣営の歩み寄りを求めていた。いわば米国を仲介とした政治決着であり、大統領選出の過程が透明で民主的とは言いがたいのは残念である。選管が票数を発表せずにガニ氏の勝利を認定したのも異例だ。

ガニ氏とアブドラ氏の二重権力状態が生じることも心配だ。ガニ氏が最大民族のパシュトゥン人であるのに対し、父がパシュトゥン人で母がタジク人のアブドラ氏は、人口の3割前後を占めるタジク人の支持が厚い。大統領と行政長官の権限配分は必ずしも明確ではないだけに、国政運営に関して対立が再燃すれば、新政権は反政府勢力の攻勢に加え、民族的な分裂の危機にも直面しよう
(毎日社説)


「政府が樹立すりゃ選挙時の多少のいざこざは水に流す」のではなく、そのいざこざが火種となって新政府に燻り続けるだろう、という指摘だ。日経社説の楽観論に比べると、はるかにこちらのほうが新政府の実情を見抜いている。中東のテロ活動はそもそも民族問題に端を発しているのだから、新政府でも民族問題は避けて通れない。今の状況では、選挙に負けたアブドラ側が「政府の正当性」に異議を挟む余地を残してしまっているのだ。日経が言うように「国の2トップが異民族基盤 → きっと仲良くなるはず」というのは、あまりにも安直に過ぎる。毎日社説の言うとおり「選挙に不正あり → 国の2トップが異民族基盤 → このままではヤバい」のほうが、実情に近いだろう。


読売社説は、日本からの経済援助について「なぜ必要なのか」ではなく「どのように必要なのか」を論じている。これは海外援助や支援の際に、常につきまとう盲点だろう。日本では、海外援助の必要性についてはやかましく議論するが、いざ支援をすることが決定したら、そのやり方が妥当であるかどうかを問う追跡議論がまったく行なわれない。アフガニスタンに日本が資金援助するとしたら、どのような面に資金を提供する必要があるのか。

経済と社会の基盤作りも急務である。世界銀行で勤務した経験もある国際派エコノミストのガニ氏の手腕が試されよう。国家予算の約6割を外国の援助に依存する恒常的な財政難が、政府職員の汚職や、兵士や警官の離職・士気低下を生んでいる。生計手段を欠く農民が、ケシを栽培し、麻薬を製造、販売する。これがタリバンの資金源となっている問題も深刻である。国際社会は、財政支援に加え、警官などの人材育成、農業振興、教育・医療の充実などに重点的に取り組むことが大切である。

米国に次ぐ世界2位の支援国である日本の役割は大きい。政府は2012年から、約5年で最大約30億ドル(約3300億円)の支援を実施している。元タリバン兵に職業訓練を行い、社会復帰を促す事業は、高い評価を受けてきた。今後も欧米諸国と連携し、日本独自のノウハウを生かして国造りを支えたい。
(読売社説)


「日本も援助する必要があろう」などと結論だけを言うのは簡単だ。現状がどのようで、何が必要で、どのように援助するのか、を丁寧に論じなければ、社説としては失格だ。アフガニスタン新政府の状況が決して対岸の火事ではなく、日本がどうやって関わっていくかを検討するに値する事例であることを説明するのが、社説の果たすべき役割だろう。

産経、毎日、読売の各社説は、それぞれが独自の視点でアフガニスタン新政府樹立を捉えている。新聞は決して1紙だけを読めばいいというものではなく、比べて読むことが重要、といういい例だろう。どの記事も、「今後どうすべきか」という明確な指針につながる主張をしており、その根拠と背景を説明している。通り一遍の「評価」だけを行なっている日経記事は、その点で大きく点数を下げている。


新聞を読むときに、単なる「情報の蓄積」としか考えず、頭を使わない暗記作業だけをイメージしている限り、何の効用もないだろう。現時点の情報という「点」を、過去と現在と将来をつなげる「線」にする思考力があってはじめて、新聞記事は意味をもつ。記事を批判する厳しい目で新聞を読まない限り、単なる作業となって3日坊主に終わるのが落ちだろう。情報はそれ自体に価値があるのではなく、それに価値を見出す側の人の資質が問われるものであることを忘れてはいけない。学校の勉強でも新聞でも、「それをどうやって使うか」に至らない限り、「学ぶ」という行為にはほど遠い。



「役に立たない」のではなく、それを使わない狭い世界で生きているだけ






『アフガン新体制 イラクの二の舞い避けよ』
(2014年09月23日 産経新聞社説)
 アフガニスタン次期大統領にガニ元財務相が就き、対立候補だったアブドラ元外相が新設の首相格ポスト、行政長官に回る新体制が発足する。米軍撤退が進む中、かつての実効支配組織でイスラム原理主義のタリバンが再び勢力を急拡大させている。新体制にとって、それへの対応が最大かつ緊急の課題となる。イラクは米軍撤退後、民族、宗派融和の崩壊が進み、イスラム教スンニ派過激組織「イスラム国」が一気に台頭し危機的状況だ。その二の舞いを避けるため、ガニ新政権は挙国一致で治安回復に全力を挙げてもらいたい。

アフガン大統領選ではタリバンによるテロの恐怖をはね返し、多数の有権者が一票を投じた。だが、不正疑惑や候補対立で開票が混乱し、4月の初回投票から結果発表まで半年近くを要した。得票数も示されず民意が明確にならなかったのは残念だ。政治空白の長期化はタリバンの思うつぼだ。ケリー米国務長官らが仲介し、2人でナンバー1、2のポストを分け合う妥協に導いたのは評価できる。国内最多のパシュトゥン人ガニ氏と、2番目のタジク人アブドラ氏が手を握る意味は小さくない。民族融和を実現してほしい。

米国は2001年米中枢同時テロを受け、実行した国際テロ組織アルカーイダと庇護者のタリバン体制を攻撃し崩壊に追い込んだ。これに伴いカルザイ氏が指導者になってから初の政権交代だ。米軍は今年末、戦闘部隊を撤退させるものの、対テロ特殊部隊と現地軍訓練チームは引き続き駐留させる計画だ。カルザイ氏は、米兵の地位などを定めた安全保障協定の締結を棚上げしてきたが、ガニ氏は公言通り協定の調印を急がなければならない。

イラク駐留米軍は、米兵の刑事免責措置の延長を時のマリキ同国政権が拒否し、オバマ米大統領も兵士の帰還を急いだ結果、11年に全面撤退を余儀なくされた。それが今の危機の要因の一つになったと批判されている。オバマ政権には、撤退計画を状況に応じて柔軟に履行し、イラクの轍を踏まないよう望みたい。

日本政府は01年以降、世界第2位の50億ドル超をアフガンに投じ、インフラ支援、人材育成に当たってきた。そうした支援をアフガン安定につなげていきたい。



『アフガン新政権の責務は重い』
(2014年09月23日 日本経済新聞社説)
混迷が続いたアフガニスタン大統領選挙でようやく、国内きっての国際派とされるガニ元財務相の当選が決まった。新政権の発足が国内の復興や治安維持への一歩となるよう期待したい。  

決選投票でガニ氏と争ったアブドラ元外相は将来の首相職となる新設の「行政長官」に就任する見通しで、ともに挙国一致政権を樹立することで合意した。アブドラ氏はこれまで決選投票での不正を訴え、独自の政権樹立の可能性すら示唆していた。結局は米国が調停し、投票を再集計するとともに、両陣営に和解と協力を求めた。4月の第1回投票から約5カ月を要したとはいえ、国家分裂の危機は防げた。9月末にも正式に大統領に就任するガニ氏は最大民族のパシュトゥン人出身で、世界銀行での勤務経験を持つ。一方のアブドラ氏は少数派のタジク系で、ともに協力できれば対立する民族間の融和にも寄与するだろう。  

難題はただでさえ山積する。特に同国では、アフガン戦争後の治安維持のために展開してきた米欧主体の国際治安支援部隊(ISAF)が今年末で戦闘任務を終える。米国はその後は小規模の部隊だけを残し、アフガニスタン治安部隊の訓練に重点を置く計画だ。新政権はこうした難しい局面で国造りを担わなければならない。国内では反政府武装勢力のタリバンが再び台頭し、テロも頻発している。国軍や治安部隊の育成を早急に進め、テロ対策を強める必要がある。国民の支持を得るには貧困対策や、カルザイ政権下で横行した汚職対策にも全力を挙げなければならない。長期的にはタリバンの穏健派勢力との和平協議も大きな課題だ。新政権に課せられた責務は重い。

アフガニスタンの安定には国際社会の支援が欠かせない。これまで民生支援を主導的に進めてきた日本の役割も大きい。アフガニスタンを米軍の撤退後に過激派「イスラム国」の台頭を招いたイラクの二の舞いにしてはならない。



『アフガン新政権 名実ともに挙国一致で』
(2014年09月23日 毎日新聞社説)

大統領選の第1回投票から5カ月余り。やっとアフガニスタンの新たな「顔」が決まった。同国を13年間率いたカルザイ大統領に代わってアシュラフ・ガニ元財務相が新大統領に就任し、同氏と決選投票を戦ったアブドラ・アブドラ元外相が新設の行政長官(首相に相当)になる。国家分裂を防ぐため権力を分け合う苦肉の策だが、双頭政治の悪弊に陥らぬよう、名実ともに挙国一致の体制を作ってほしい。  

新大統領は、本来なら4月初旬の第1回投票から6月の決選投票を経て7月中にも誕生するはずだった。暫定の開票結果ではガニ氏がリードしていたが、国連監視下で決選投票の不正票を調べたところ数十万もの票が無効と判断された。このため選挙での決着は無理と見たケリー米国務長官が、ガニ陣営とアブドラ陣営の歩み寄りを求めていた。いわば米国を仲介とした政治決着であり、大統領選出の過程が透明で民主的とは言いがたいのは残念である。選管が票数を発表せずにガニ氏の勝利を認定したのも異例だ。しかし、両陣営の対立が長引いて亀裂が深まれば、反政府武装勢力タリバンを利するだけだ。半年近い政治的混乱の中、タリバンが各地で攻勢を強めていることを思えば、ガニ氏とアブドラ氏の妥協は早晩、不可欠だったともいえよう。  

新政権の最大の課題は、もちろんアフガンの治安対策だ。米軍主導の国際治安支援部隊(ISAF)の任期は今年末で切れる。米軍はその後も1万人規模の部隊を残してアフガン政府軍を訓練したい考えだが、そのためにはアフガン政府との協定締結が必要だ。カルザイ政権下で進まなかった協定締結に、ガニ新政権は前向きに取り組む必要があろう。現時点で米軍が撤退すれば、アフガン政府がタリバンの猛攻をしのげるとは思えないからである。

ガニ氏とアブドラ氏の二重権力状態が生じることも心配だ。ガニ氏が最大民族のパシュトゥン人であるのに対し、父がパシュトゥン人で母がタジク人のアブドラ氏は、人口の3割前後を占めるタジク人の支持が厚い。大統領と行政長官の権限配分は必ずしも明確ではないだけに、国政運営に関して対立が再燃すれば、新政権は反政府勢力の攻勢に加え、民族的な分裂の危機にも直面しよう。

アフガン安定に向けて国際社会の支援継続は欠かせないが、アフガン自身の自立への努力が大切だ。イスラム過激派「イスラム国」がタリバンなどと手を組む可能性も取りざたされる。「イスラム国」がイラクで台頭したのは米軍撤退後だ。これを貴重な教訓として、新政権は周到に対策を練る必要があるだろう。



『アフガン新政権 挙国一致で治安を確保せよ』
(2014年09月24日 読売新聞社説)
この国がテロの温床に逆戻りしないよう、国際社会が粘り強く支援を続けることが重要だ。

アフガニスタン大統領選で、アシュラフ・ガニ元財務相の当選が決まった。来週にも就任する。6月の決選投票では、ガニ氏がアブドラ・アブドラ元外相に大差をつけた。しかし、アブドラ氏が「不正投票」を主張し、選挙結果の確定がずれ込んでいた。米国の外交圧力により、タジク系のアブドラ氏陣営が、2年以内に首相に格上げされる行政長官ポストを得る代わりに、パシュトゥン人のガニ氏の当選を認めた。

民族対立を避ける「挙国一致政権」の誕生を歓迎したい。投開票手続きに多くの問題があったにせよ、民主的な選挙で権力の移譲が達成されたことは意義深い。ガニ氏の喫緊の課題は治安維持だ。旧支配勢力タリバンが南部などで勢力を維持し、首都カブールでもテロが後を絶たない。イラクとシリアで伸長する過激派組織「イスラム国」がタリバンなどに共闘を呼びかけ、一部の武装勢力は呼応している。米軍や北大西洋条約機構(NATO)主体の治安維持部隊計約4万人は、年内で撤収する。その後は、米軍の軍事支援要員約1万人が、約35万人のアフガン治安部隊の訓練に従事する見通しだ。ガニ氏は、米軍の駐留継続に必要な協定を早急に締結し、治安部隊の能力向上を急ぐ必要がある。長期的な安定には、タリバンとの共存の道も探らねばなるまい。

経済と社会の基盤作りも急務である。世界銀行で勤務した経験もある国際派エコノミストのガニ氏の手腕が試されよう。国家予算の約6割を外国の援助に依存する恒常的な財政難が、政府職員の汚職や、兵士や警官の離職・士気低下を生んでいる。生計手段を欠く農民が、ケシを栽培し、麻薬を製造、販売する。これがタリバンの資金源となっている問題も深刻である。国際社会は、財政支援に加え、警官などの人材育成、農業振興、教育・医療の充実などに重点的に取り組むことが大切である。

米国に次ぐ世界2位の支援国である日本の役割は大きい。政府は2012年から、約5年で最大約30億ドル(約3300億円)の支援を実施している。元タリバン兵に職業訓練を行い、社会復帰を促す事業は、高い評価を受けてきた。今後も欧米諸国と連携し、日本独自のノウハウを生かして国造りを支えたい。