インザーギ

フィリッポ・インザーギ (ACミラン/イタリア代表)



「彼はオフサイドポジションで生まれた男だ」
アレックス・ファーガソン監督

「彼がしていることの全ては、ゴールを決めることだけだ」
ゲルト・ミュラー

「ミランには5、6人のFWがいる。私が望むのは、インザーギが出場しないことだけだ。」
ジョゼ・モウリーニョ

「最強のFWだと思ったのはロナウドで間違いないが、最も嫌だったとなるとインザーギだな。知っての通り、やつはスーパーFWってわけじゃない。だが、大事な試合のたびに、やつは俺からゴールを奪ってきた。いつもだ!あいつは何てイラつくやつなんだ!」
オリバー・カーン



ピアチェンツァを皮切りに、パルマ、アタランタ、ユベントス、ミランと強豪クラブを渡り歩き、セリエA通算288ゴールを記録。セリエAでスクデットを2回獲得、チャンピオンズリーグも制している。
イタリア代表としては57試合で25得点を挙げている。ワールドカップは1998年フランス大会、2002年日韓大会、2006年ドイツ大会の3大会に出場。

日常から絶えずガールフレンドが変わるプレイボーイとしても有名な一方、食生活は子供の頃から素パスタとブレザオラ(低脂肪高タンパクの牛肉の塩漬け)しか食べず、ライフスタイルのギャップが大きい。イタリア代表の同僚ガットゥーゾに「同じものばかり30年も食べ続けているなんて、あいつはどうかしている」と驚かれている。

クラブチームやイタリア代表での戦績のわりに、インザーギの身体能力はそれほど高くない。メッシのようなスーパーテクニックを持っているわけでもなく、ロナウドのようなスピードもなく、ビアホフのような高さもヘディングもない。
それでいて大試合に強く、「なぜかいつのまにか点を取っている」という珍しいタイプのストライカーだった。セリエAの実況を担当していたジョン・カビラ氏の「なぜそこにいるんだ~っ!!」という言葉は、インザーギのプレースタイルを如実に表している。
インザーギが活躍した当時のイタリア代表には、デル・ピエロとトッティというファンタジスタがおり、普通その2トップで攻撃陣は十分に機能していた。しかしインザーギはそのふたりにはない「決定力」を持ち合わせており、才能ひしめくイタリア代表で10年にわたりレギュラーの座に君臨し続けた。

インザーギは、普通のFWのセオリーと反するポジショニングをとっていたことで有名だ。
普通のセンターFWは、相手DFのオフサイドトラップにかからないように、DFラインのやや内側で待機する。しかしインザーギはいつも、DFラインの外側、明らかなオフサイドポジションでボールを待ち構えていた。初めてイタリア代表と対戦するチームのDFは、なぜインザーギが最初からオフサイドの位置にいるのか不思議だったそうだ。

味方MFからのパスを受けるFWには、注意しなければならないことが3つある。相手DFのオフサイドラインの位置、味方MFが放るパスのタイミング、そして相手GKとの距離だ。その3つの位置とタイミングをうまく調整し、なるべくフリーでボールを受けるように動く。
しかしインザーギは、その3つのうち「相手GKとの距離」しか見ていなかった。相手DFの位置は、もともとオフサイドの位置にいるから関係ない。味方MFすら見ていない。

インザーギは運動量が少なく、あまり精力的に走るタイプではない。動きだしのタイミングも、通常のFWよりもかなり遅い。
味方MFがボールを持ち、前を向いてラストパスを出そうと構えるとき、相手DFはパスに備えて後ろに下がる動きをする。そのときに、オフサイドの位置にいるインザーギを「追い抜いて」、インザーギをオンサイドの位置に吸収してしまう。
インザーギが動き出すのは、そのタイミングだった。相手DFが下がって自分をオンサイドの位置にした瞬間、ゴールに向かって走り出して相手DFを再び抜き返し、GKと1対1の状況を作り出す。味方MFも、そのインザーギのタイミングを熟知しており、インザーギが走り出し相手DFを抜き去る一瞬前に、ラストパスを供給していた。

つまりインザーギは、味方MFのパス出しのタイミングを、相手DFが下がる動きに「教えてもらっていた」のだ。自分が走り出すタイミングも、相手DFが自分の位置まで下がってきたときに狙いを定めており、自分で流れを読む必要がない。
インザーギは、普通のFWなら注意しなければいけない3つのタイミングを1つに絞ることで、試合終盤まで高い集中力を維持した。チャンピオンズリーグのような消耗戦で、後半の試合終了直前に幾度も決定的なゴールを決めてきた背景には、このような「省エネ」による集中力の持続がある。W杯総合得点記録を更新したクローゼは、若い頃、相手DFのオフサイドラインを破る方法を身につけるために、インザーギの動きを研究していた。

そのプレースタイルだと当然、試合序盤にはオフサイドにかかることが多くなる。しかしインザーギは試合のはじめに幾度かオフサイドにかかることで、相手DFの下がるスピードとタイミングを覚えてしまった。「3回オフサイドになればタイミングは覚えられる。5回かかればもう完璧」だそうだ。オフサイドにかかるたびにパス出し役のMFとタイミングを相談し、微調整を施し、必殺の一撃に備えた。


身体能力に恵まれているわけでもない、驚異的なドリブル力を誇るわけでもない、そういう能力の不足を、「オフサイドトラップを破る」という1点に集中することにより、スペシャリティを発揮する。かなり賢いプレーヤーだと思う。自分の限られた能力を最大限に発揮できるように、体力と集中力を温存し、「点を取る」ということだけに傾注する。「得点感覚」という曖昧な能力を、自分の武器にまで高めたプレーヤーと言えるだろう。
イタリア代表キャプテンのファビオ・カンナヴァーロは「インザーギが何もしていない?点を決めたじゃないか。FWに必要なことが他にあるかい?」と、インザーギのプレースタイルがイタリア代表の総意として受け入れられていることを明らかにしている。

2014年、インザーギは自身が11年在籍したACミランの監督に就任した。ミラン公式サイトで発表されている公式練習試合で、インザーギは監督自らFWとしてプレーし、現役DF相手に2得点を決めている。運動量や技術ではなく、「ポジショニング」や「タイミング」という要素で点を取りまくった現役時代を彷彿とさせる。



ボックス内での集中力が異様な選手だった