ドイツ
W杯準決勝
ブラジル1―7ドイツ


準決勝で、開催国vs前回大会3位というビッグカード。決勝トーナメントの組み合わせが決定した時には「事実上の決勝戦」の呼び声も高い試合だった。こんな大差がつくとは誰も予想できなかっただろう。
しかし、今回のブラジルは本当に世間の評判ほど強かったのだろうか。

今回のブラジル代表は、ちょっと精神的に異常だ。試合前に国歌を歌いながら泣き、PK戦で泣き、試合に勝つと泣く。いくらなんでも泣き過ぎだ。キャプテンのチアゴ・シルバは決勝トーナメント1回戦のチリ戦とのPK戦のあとに号泣し、メディアの冷ややかな批判を浴びた。地元ブラジルの熱狂的なサポーターとの心情的な一体感というより、単に精神的に未熟な印象がある。

今回のブラジル代表は、地元開催というプレッシャーを背負えるだけの、精神的な成熟が足りないのではないかと思う。それは代表試合の経験値の少なさによるものだろう。チアゴ・シルバ(45)、ダビド・ルイス(34)、オスカル(29)、ネイマール(47)、フッキ(31)など、代表試合数が50に満たない選手が多い。経験豊富と言えるのは、ジュリオ・セーザル(78)、マイコン(70)くらいのものだろう。本当にチームがパニックに陥ったとき、肝を据えて試合を落ち着かせられる人材がいない。

それに比べると、ドイツ代表は比較にならないほど経験が豊富だ。ブラジルの主力メンバーの経験値は、ドイツなら「若手」と称される程度のものでしかない。クロース(42)、ミューラー(47)、シュールレ(31)、ゲッツェ(27)、ケディラ(44)など、今回はじめてW杯デビューを飾った主力も含め、20代前半の選手に、すでにブラジル代表の主力と同程度の経験値がある。
それに加え、ドイツには代表試合数が100に届くレベルのベテランがゴロゴロいる。ラーム(105)、メルテザッカー(96)、シュバインシュタイガー(101)、ポドルスキ(112)、クローゼ(131)など、他の国には一人いるかいないかというレベルの経験値をもつ選手が複数いる。彼らにとって、完全アウェーの環境で一斉にブーイングを浴びることなど、何でもない。百戦錬磨の経験を誇るドイツ代表は、試合の中で自分達を精神的にコントロールする方法を完全に身につけている。

いまのドイツ代表は、レーヴ監督が8年かけて練り上げてきたチームだ。長期政権にありがちな世代交代の失敗もなく、積極的に若手を登用し、早い時期からじっくり経験を積ませている。こうした「精神力」「経験」の面で、ブラジル代表はドイツに大きく差をつけられていたと言ってよい。


今回の試合で、ブラジルはネイマールというエース、チアゴ・シルバというキャプテンを失っていた。この原因となった準々決勝のコロンビア戦で、すでにブラジルの大惨敗の伏線が張られていた。

今回のブラジル代表に特徴的なことがふたつある。「反則が多い」「攻撃時によくプレーが止まる」ということだ。
「反則が多い」というのは、対人ディフェンスの方法に原因がある。一般的に南米諸国のディフェンスは、前に進むオフェンス側の勢いを止めるため、ボールを奪うのではなく、人を止める。だから対人ディフェンスは、相手選手を「削りにいく」のが基本だ。

それは今大会のファウル数に顕著に現れている。今大会中、いままで警告を受けた数が多い国は、コスタリカ(黄10、赤1)、ブラジル(黄10)、ウルグアイ(黄色8、赤1)、メキシコ(黄8)と、すべて中南米の国だ。これは、これらの国のディフェンスが、ボールよりも人を狙っていることに原因がある。
それが最も顕著に現れたのが、ネイマール負傷の原因となったブラジルvsコロンビア戦だ。
この試合で笛が吹かれたファウル数は今大会中、最も多い。合計54のファウルで笛が吹かれ、そのうち31がブラジルのファウルだ。

南米同士の戦いでは、お互いに相手の削り方の程度を知っている。だから攻撃側は、あまりディフェンスに削られないように、身を守る方法を無意識のうちに身につけている。それがマリーシア、いわゆるシミュレーションだ。本当は接触していないのに、接触されたふりをして痛そうにゴロゴロ転がる。南米の国に猿芝居をする選手が多いのは、ディフェンスが肉弾戦になることが多いため、それから我が身を守るために自然に身についた習性だからだ。

ブラジルvsコロンビアの試合では、当然、ネイマールに対するマンマークがきつくなる。そういう削り合いが激しくなる試合では、シミュレーションによって倒れ込むことが多くなるため、必然的にファウルが増え、セットプレーが多くなる。
僕がブラジルvsコロンビアの試合を見た時、ブラジルもコロンビアも、敵陣深くまで攻め込んだら、なんとか相手のファウルを誘ってプレーを止め、そこからセットプレーをするのが「規定戦術」のように見えた。局面ごとに、1対1になることが非常に多い。その際のオフェンス側の動きは、ほとんどパスを選択しない。強引に1対1の勝負を仕掛け、「ファウルをもらう」ことに一生懸命だった。

ネイマールもこの試合、執拗なマークにあっていたため、よくまぁゴロゴロと転がっていた。ほとんどの倒れ込みが芝居だったと思う。そのネイマールの振舞いが、試合終了直前のあの悲劇の伏線になっていたことは否めないだろう。コロンビアDFスニガの反則行為は決して許されるものではないが、ネイマールのほうが純真潔白かというと、そうでもないと思う。ああいう「削り合い」の度が過ぎる展開になったら、コロンビアにせよブラジルにせよ、いずれどちらかのチームに「犠牲者」が出ることは避けられなかっただろう。
他にもブラジルは、しなくてもいい反則で試合のリズムを自ら崩すことが多かった。チアゴ・シルバの警告も、試合の趨勢にまったく影響がないGKに対する不要なファウルに対するものだ。その愚行が原因で、ブラジルは対ドイツ戦にキャプテンなしで戦う羽目になってしまった。ネイマールにせよチアゴ・シルバにせよ、ブラジルがここまで貫いてきた基本姿勢が、我が身にはね返ってきただけのように見える。

一方のドイツは、2002年準優勝、2006年3位、2010年3位と、あと一歩のところでタイトルを逃した経験を、しっかり分析し対策を練ってきている。2002年の日韓大会の決勝戦でドイツがブラジルに負けたのは、準決勝で累積警告を受けたバラックを出場停止で欠き、攻守のバランスが崩れたことが大きい。前回の2010年南ア大会の準決勝でも、絶好調だったミューラーを累積警告で欠き、スペインに足下を掬われた。
そういった過去の反省を踏まえ、今回のドイツ代表は、徹底して「ファウル・トラブル」を回避する方針で戦術を構築している。今回のドイツ代表の5試合のファウル数は57。ベスト8に残ったチームの中で圧倒的に少ない。ブラジルの96に比べると、その少なさが突出している。受けたイエローカードの数は6。しかも同じ選手が累積で受けたことはない。今回のドイツ代表は明らかに、「主力の出場停止」を何よりも回避することを最重要事項にしている。

ファウルを犯さないためにドイツが取った戦術は、ゾーンディフェンスとマンマークディフェンスの、素早い切り替えだ。ベスト8に残ったチームはほとんど、中盤ではゾーンディフェンスを敷き、攻め込まれたときのボックス内ではマンマークを敷いている。ところがドイツは逆で、中盤ではマンマークを敷き、ボックス内でゾーンディフェンスを敷いている。

今回のドイツ代表のディフェンスの顕著な特徴は、とにかくディフェンスラインが高いことだ。これはドイツの伝統的な戦術とは異なる。歴代のドイツ代表は、リベロを真ん中においた3バックを深い位置に保ち、自陣深くに相手を引き入れて「囲み込む」ことによりディフェンスを行なっていた。2006年の自国開催時には、高いディフェンスに上げる戦術を取っていたものの、開幕戦のコスタリカ戦でディフェンスラインの裏をつかれ2失点を喫し、修正を余儀なくされている。
今回大会では、8年前に失敗した「高いDFライン」を、完成の域に高めている。ディフェンスラインの4人が全員センターバック、GKノイアーの広い守備範囲、ボランチのライン参加など、8年前にはなかったオプションが加わり、DFラインを押し上げることを可能にしている。

攻め込まれたときのボックス内では、ドイツはボールを奪いにいくのではなく、わざと隙間を空けてシュートを打たせている。ノイアーの守備位置が必ずDFラインの穴に構えていることから、DF陣とノイアーの間で、「打たせて、取る」という意思統一ができていることが分かる。あれだけの大差がついた試合にも関わらず、シュート数はブラジルが18、ドイツが14。実はブラジルのほうが多くのシュートを打っている。これはドイツDFを崩してのシュートというよりは、ドイツの戦術によって「打たされたシュート」だ。
つまりドイツは、自陣ボックス内でファウルを犯す危険性を最小限に押さえるために、相手との接触プレイを避けるようなディフェンスの仕方をしている。このことがファウル数とイエローカード数の激減につながり、「主力を出場停止で欠く」といういままでの敗退理由を打ち消している。

またドイツDF陣の対人ディフェンスは、南米勢とは異なり、正確にボールを狙うタックルをしている。人を止めるのではなく、ボールをはじき出すイメージでタックルをしている。ラームやフンメルスの守備は、どんなにギリギリの状況でも、必ずボールを狙っている。南米勢の「雑なタックル」とは違って、ドイツDF陣は、ファウルをとられにくい、技術の高いタックルを身につけている。

今回大会では、スアレスの噛みつきの件、ネイマールの負傷の件など、審判のレフェリングが後日になって物議を醸すケースが多い。当然、FIFAからは審判団に「シミュレーションには厳正に対処すること」という特別な通達が渡っているだろう。またドイツもその重要性をしっかり認識しており、レーヴ監督やシュバインシュタイガーが、試合前の記者会見で、レフェリーの正確なジャッジを求めて釘を刺している。ブラジル戦の審判が、イタリアvsウルグアイ戦の主審を務めてスアレスの噛みつきを適切に裁けずFIFAから厳重注意を受けたマルコ・ロドリゲスだったことも、当然計算のうちに入っていただろう。

ここまで周到にファウル対策とシミュレーション対策を行なっていたドイツを相手に、ブラジルは相変わらずゴロゴロ転がる猿芝居を続けた。いままで通用してきたシミュレーションがすべてドイツによって封じられていることに気付かず、空気が読めていなかった。特に前線のふたり、左のフッキと右のベルナールは、何度審判に無視されても変わることなく、無意味にゴロゴロ転がり続けファウルをアピールする、という情けない体たらくだった。主審のロドリゲスはメキシコ人だが、ウルグアイ戦の過ちを二度と犯すまいと、ブラジルの幾度とないシミュレーションを厳正に流し続けた。その結果、ブラジルの攻撃のリズムは幾度となく止まり、連動性を失うことになる。前半の段階で、フッキは度重なる芝居によって明らかに主審に睨まれており、しかもフッキはそれに気付かず延々と猿芝居をしてファールを懇願し続けた。さすがに事態に気付いたブラジルのスコラーリ監督は、前半終了の段階でフッキを交代させている。

今回のブラジルの惨敗の理由は、ドイツの攻撃力に原因を求める論調が多いが、僕はもっと深い部分でドイツとブラジルは大きな違いが生じていたような気がする。精神力、経験値、試合に向うにあたって行なう周到な準備、過去の失敗と、相手の傾向に対する詳細な分析、どれをとってもブラジルはドイツに及ばなかった。ファウルを狙って小賢しく攻めるブラジルと、点を取るために最小手数で効率的な攻めを繰り広げるドイツでは、相手にならないのも当然だろう。


攻撃についても同様に、ドイツは「南米開催の今大会では、激しく削りにくるフィジカル・コンタクトが多くなる」ということを十分に想定している。今回のドイツ代表はパスワークによってポゼッションを保つスタイル扱いされているが、あれは削られて怪我をする危険性を最小限に止める方策をとった末の結果論にすぎない。

ドイツとブラジルのパス交換を見てみると、明らかにパスの仕方が異なる。ブラジルのバスの回遊率は70%前後で、1人につき平均して7人からのパスを受けている。それに対しドイツのパス回遊率は85%を越えており、それだけ1人の選手が多くのプレーヤーからパスを受けている。ドイツのほうが、パスコースやパス相手の選択肢が多い。
またパスの本数にも両チームには大きな差があった。ブラジルの攻撃陣のなかで20本以上のパスを受けていたのはオスカル(22本)、グスタボ(24本)の二人だけ。一方ドイツは、クローゼ(13本)以外の全員が20本以上のパスを受けている。ミューラーは32本、クロースに至っては34本のパスを受けている。
パスの本数だけでなく、パスの地域にも大きな差がある。ブラジルの前半のパス総数は210本、そのうち前線で回したパスは95本。これは全体の45%にすぎない。つまりブラジルは、攻撃に関係ないDFラインの間で横に回すパスが多い。
一方ドイツは、前半のパス総数249本のうち、前線のパスが150本。実に全体の60%を前線で回している。

こうしたパスの質の違いは、そのまま両チームの攻撃の流動性に反映されている。決まった選手が立ち止まったままパスを受けるブラジルとは異なり、ドイツの選手は前線でポジションチェンジを繰り返しながら、流動的に走りながらパスを受ける。
ブラジルは自陣深くではマンマークで対処するので、ポジションチェンジを頻繁に繰り返されると、マークがずれる。特に中盤の底からの飛び出しに弱く、幾度となくケディラの攻撃参加で守備のギャップを突かれた。
またブラジルの突破は「個人技でドリブルで持ち込む突破」が多かったが、ドイツの突破は「中盤からのパスを受けるための、スペースに走り込む突破」が多かった。右のミューラー、左のエジル、中央のクローゼが幾度となく空いたスペースに走り込み、そこへクロースが縦の鋭いパスを送り込む。運動量の多いドイツ前線のポジションチェンジにマークが追い付かず、空いたスペースにことごとく走り込まれ、あの8分間の4失点につながった。

ドイツがこのようにパス回しを徹底させた理由は、南米特有の「削りにくるタックル」を受けないようにするためだろう。ドイツの選手は、いつまでもじっと一人がボールをじっとキープするようなことをせず、どんどん回す。ボールの動きが目まぐるしいため、タックルの狙いがつけられない。削りたくても削れないのだ。
こうしたパスワーク基調の戦術は、いわゆるスペインのような「ポゼッション・サッカー」とは、ちょっと意味あいが違うと思う。スペインの場合、ボールを回してボゼッションを保つこと自体が戦術だった。パスワークによって相手のギャップをつき、組織で相手DFを崩す。しかし今回のドイツの場合、パス回しやポゼッションは、必要なことを盛り込んだらそうなったというだけの単なる結果であり、それ自体が目的ではない。実際、ブラジル戦での多くの得点は、空いたスペースに向って長い距離を走り込み、ピンポイントでパスを送り、スピードで点を取る、ドイツの伝統的な攻め方となんら変わりはない。速攻やカウンターは、いつの時代でもドイツの得意技だ。


そうした攻守にわたる周到な準備が、8年という年月をかけて完成に近づいたドイツ代表の強さにつながったと思う。しかもドイツは、まだ準決勝ですべての手の内を見せていない。いくつか、決勝戦を見据えて隠しているカードがあった。

1. シュバインシュタイガー
今回のブラジル戦では、不気味なほどにシュバインシュタイガーが目立っていない。ドイツ代表の好調をいつも攻撃面で支える副キャプテンは、今回どういう仕事をしていたのか。
実は今回のブラジル戦で、ドイツはフォーメーションを3回変えている。スタート時の4-5-1、後半開始時に攻め込まれたときの5-4-1、シュールレ投入でカウンター主体に切り替えたときの変則3-5-2だ。それぞれのフォーメーションで、DFラインを統括していたのがシュバインシュタイガーだった。4-5-1の時には守備的MF、5-4-1のときには4バックの中央に入り込み、3-5-2のときには両SBを上げて2人のCBの中央にリベロとして留まった。つまり今回の試合の後半で、シュバインシュタイガーはDFとして最終ラインの統率をしていたのだ。

なぜレーヴ監督は、このような仕事をシュバインシュタイガーにさせたのか。
そのヒントは、後半開始早々にCBのフンメルスをメルテザッカーに替えたことにある。メルテザッカーは2M近い長身で空中戦に強い一方、スピードに難がある。ブラジル戦の後半では、メルテザッカーの対処が遅れたDFの穴を、シュバインシュタイガーが埋めるシーンが数多く見られた。

つまり、後半のシュバインシュタイガーの起用法は、決勝戦でギリギリの点の取り合いになり、相手がパワープレーを仕掛けてきた時の「練習」だったのだろう。ブラジル戦の勝負は事実上、前半で決着がついた。だったら決勝戦の相手を想定して、その対策をしておいたほうがいい。
オランダもアルゼンチンも、サイドからの崩しでクロスを上げる攻撃には定評がある。パワープレーを仕掛けてきた時の空中戦を制するには、メルテザッカーの高さは必須だろう。その一方で、オランダにはロッペン、アルゼンチンにはメッシという、スピードで単独突破できる点取屋がいる。メルテザッカーに高さを制圧させる代償として、彼らを止めるための、スピードのある「マンマーカー」が別に必要になる。おそらくレーヴ監督は、その役割をシュバインシュタイガーにやらせるつもりなのではなかろうか。シュバインシュタイガーが「最後の防波堤」としてロッペンやメッシを止める役割を担うとなれば、それは当然リベロということになる。シュバインシュタイガーは攻撃力もあり、ロングパスの精度も高い。上がって攻撃参加することも可能だ。たぶんドイツは「隠しリベロ」としてのシュバインシュタイガーの起用法を温存し、決勝戦の大事な場面でその戦術をとるつもりではないか。今回のブラジル戦の後半でDFラインに吸収されたシュバインシュタイガーを見る限り、そんな気がしてならない。


2. ポドルスキ
代表112キャップを誇り、過去2大会でドイツに勝利をもたらす決勝弾を幾度となく叩き込んできたポドルスキが、今大会でまったく使われていない。しかしブラジル戦のハーフタイムでクローゼを出迎えた時のポドルスキは、表情が明るく、自分の役割をしっかり認識しているように見えた。いったい今回のチームの中で、ポドルスキの役割は何なのか。

決勝トーナメント1回戦のアルジェリア戦で、右SBのムスタフィが負傷離脱し、ボランチの位置に入っていたラームが急遽「本職」の右SBに戻った。これまでドイツのDFラインは、暑さ対策として対人守備に強い4人のCBを並べる布陣だったため、どうしてもサイド攻撃に難があった。そこへラームが右SBに戻ることで、ドイツのサイド攻撃に流動性が生まれた。今回のドイツ代表は、ケディラ、クロース、シュバインシュタイガーという優れたボランチが多いため、別にラームがボランチをする必要がない。その結果、「ラーム論争」に終止符が打たれた。

ラームのSB復帰によって、ドイツの右サイドの攻撃力は凄まじくなった。SBのラームとMFのミューラーは、ともにバイエルン・ミュンヘンでも組んでおり、コンビネーションの完成度が高い。ブラジル戦でも、右のラームとミューラーの突破によって幾度となくブラジル守備陣が破られ、失点を重ねた。
一方、左サイドはエジルの調子がよくない。前回大会に比べてエジルの存在感が薄れており、ドイツの左サイドがあまり効果的に機能していない。
エジルの不調の原因は、左スペースに走り込むパスの受け手がいないからだ。ラームのSB復帰で右サイドが活性化したため、ブラジル戦のドイツの崩しは右サイドが基本になっていた。左サイドはたまにシュールレが走り込むくらいで、あまり使っていない。

おそらく、決勝戦に備えて隠しているのだと思う。左サイドを活性化させるには、左利きのポドルスキを投入すればいい。エジルとポドルスキのコンビは、前回大会でも数々の得点をもたらした。準々決勝のアルゼンチン戦でも、このふたりが起点となるカウンターでアルゼンチンを襲い、4-0で大勝している。
いまドイツはラームの右サイドが脅威になっているので、相手は守備を左に偏重せざるを得ない。もしその構図で膠着状態に陥った場合、ポドルスキの投入によっていきなり左サイドからの攻撃が可能になる。今回大会ではその形を見せていないが、112キャップの経験値を誇るポドルスキには、試合での「練習」は不要だろう。また今回大会には同じ役割を果たすオプションとして、ゲッツェもいる。ブラジル戦で一切ゲッツェを使う素振りを見せなかったことを考えると、レーヴ監督は対戦相手に「右サイドからの攻撃」を強く意識させ、決勝戦で左からの攻撃の切り札となるポドルスキとゲッツェを温存したのではあるまいか。


3. パワープレー
ドイツの攻撃の最大の武器は「高さ」にある。もともとクローゼは利き足が「頭」だし、セットプレーの際には高さを使ったパワープレーを仕掛けてくる。しかしブラジル戦の後半では、高いクロスをほとんど放っていない。空中戦は皆無で、シュールレが入れた6点目のように、サイドの脇を鋭く抉ったサイドアタッカーが、低いクロスを入れるパターンに終止していた。
ドイツの空中戦の強さは、正確なクロスを上げるパサーの精度に依るところが多い。エジル、クロース、ラームなどの放るクロスは、ピンポイントでFWを狙える精度だ。それをブラジル戦では一度も見せていない。

ブラジル戦でマンオブザマッチに選ばれたクロースは、中盤の底から空いたスペースに向って効果的なパスを配給し、ブラジルの守備網を分断した。おそらく決勝戦でも激しくマークされるだろう。しかし、マークのされ方はあくまでもブラジル戦を参考にしたもので、中央の位置からのロングパスを潰すようにマークしてくるだろう。決勝の相手に決まったアルゼンチンでは、マスチェラーノがその役割を果たすと思う。

しかし、もしクロースが決勝戦で、中央からの縦パスではなく、サイドからのクロスパサーとして空中戦を指揮したらどうなるか。想定していた攻撃法と違うので、マークがずれるだろう。ブラジル戦でドイツが高いクロスを放って空中戦を仕掛けるという「得意技」を封印したのは、決勝戦に備えて、クロスの供給源となるパスの位置とタイミングを、隠しておきたかったからではないか。


決勝戦の相手はアルゼンチンに決まった。お互い、最後の優勝のときの決勝戦の相手にあたる。2006年大会ではPKで勝利、2010年の前回大会では4-0で大勝している相手だ。毎回毎回アルゼンチンとあたるのはなんか因縁めいているが、ドイツはチームマネジメントが成功してベストメンバーを組める。一方アルゼンチンはディ・マリアを欠き、運動量で劣るオランダ相手に大苦戦を強いられた。前回大会でメッシの完封に成功したドイツが、今回どういう戦いを見せるか、今から楽しみだ。



むしろ、よく7失点で済んだと言えよう。