自分のいる大学の恥を晒すようですが


学内新聞を見ていましたら、大学バスケットボールチームのうち主力2人が警察に拘束されたそうです。
公共の場での飲酒とアルコール携帯、それに麻薬使用の疑いもあるんだとか。
裁判所から出頭命令も出ており、正式に薬物検査が行われるそうです。

大学側は即座に2人の公式戦出場を無期限で停止。
今週はちょうどアウェーの週になりまして、チームは各地を転戦してるんですが、その遠征の帯同が許されていないそうです。

捕まった選手は、ふたりとも大学2年生。なかなかいいプレーヤーなので試合を見に行ったときには僕も結構楽しく見てた選手たちです。
なんでそういうことするかなぁ。

僕も大学時代は体育会でしたが、公式戦のシーズン中は酒なんて飲みませんでした。
チームで禁止されていたわけではなく、自分の体調を真剣に管理するつもりになれば、真っ先に排除するのは酒とタバコでしょう。
僕はもともとあまり酒飲みではありませんし、ふだんからタバコも吸わないので別に苦ではありませんでしたが、飲んだり吸ったりしててちゃんと動けるんだろうか。

日本でも関東学院大学のラグビー部が集団で大麻をやらかして、部の活動が無期限停止状態になっているようですね。
大学生というのは人生が楽しい盛りですから、酒だの薬だの、快楽をもたらすものについつい手を染めてしまうのは、まぁ分からないではありません。

しかし僕は個人的に、スポーツ選手がそういうものに手を出す気が知れません。
「運動部は他の生徒の範となるべし」とかいう問題ではなく、そもそもそういうものが欲しくなるもんなんでしょうか。

人間には楽しみや嬉しさを感じられるものがたくさんあると思いますが、人が得られる最も本質的な快楽は、苦労や努力を乗り越えた向こう側にある喜びだと思います。
僕は基本的な人生哲学として、乗り越えた苦労の大きさと、得られる快楽の間には、正の相関関係があると思っています。

日々努力し、コツコツと実力を磨き、切磋琢磨して、時には歯を食いしばり、懸命に懸命に頑張り続け、その報償として得られる成果ほど、人にとって本質的な喜びはないと思います。
これは別に勝負や競争の世界だけでなく、どんな生き方にとってもあてはまることでしょう。毎日、子育てや家事を際限なく繰り返しているお母さんが、母の日に子供からの手紙やプレゼントをもらってつい涙が出てしまうのも、そういう原理が働いているのだと思います。

そして、スポーツというのは、そういう喜びを最もわかりやすく体現してくれるものだと思うのです。勝ち負けという形ではっきりと結果が出るので、努力が報われる形が頻繁に得られます。人の努力というのはそうそう簡単に報われるものではないと思います。ところがスポーツに関しては、「勝負に勝つ」という、きわめて分かりやすい形で喜びが得られるものです。

だから、スポーツの世界に身を置く人は、金で買って容易に得られる快楽と、努力を乗り越えた先にある快楽の、どちらがより本質的な喜びにつながるか、何度となく身を以て体験しているはずです。
そんな人達が、酒や薬ですべてを棒に振ってしまうというのは、どういうことなんでしょう。

確かに金を出せば酒は買えます。法を犯す覚悟があれば金で麻薬も買えるでしょう。
しかし、金で買える快楽というのは、その金額分の快楽を味わったら、すぐに消えてしまうものです。しかも厄介なことに依存性があります。どう考えても、そういう手段で得られる喜びというのは、その場限り、一夜限りのものでしょう。

人生の喜びを味わえる方法は人それぞれでしょうが、どういうものに重きを置いているかで、その人の人生経験と人柄の深さが分かる部分があると思います。
個人的には、お金で買えるものだけが人生の楽しみの大部分を占める生活など、あまり楽しくはないような気がするのです。

件の選手たちは、どうやら補導されるのが初めてではないようです。
バスケが全米レベルの実力なのはどうでもいいんですが、バスケの前にもっと学ぶべき何かをすっとばしたまま、ここまで来てしまったのだと思います。



一杯やりながらのNintendo DSが楽しいんだこれが