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先週末、大学サッカーの試合を観に行ったんですけどね


カンファレンストーナメントの決勝戦でした。
優勝するとCo-opで記念Tシャツが出るくらいのやつです。
これに優勝すると、無条件でNCAAトーナメントの参加資格が認められ、しかもシード権が得られます。

相手はインディアナ州の大学です。
まぁ、結果は首尾よくウチの大学が優勝しまして。
試合後に、表彰式およびベストイレブンの発表、再優勝殊勲選手などの発表がありました。

カンファレンスのベストイレブンには、うちの大学から3人、相手の大学からは2人が選ばれました。たしかに相手チームの2人は上手かった。
その表彰式の最中、相手チームから選ばれたベストイレブンのひとりが表彰されるとき、予期せず観客から歓声があがりました。

なんでだろう、と思ったら、その相手チームの選手は、うちの大学の地元コネチカット州の出身とのことでした。
しかも、彼の実家は大学のすぐそば、歩いていける距離だそうです。
きっと、コネチカットからはるばるインディアナ州の大学を選び、今回試合のために自分の地元の大学と対戦する巡り合わせになったのでしょう。両親は試合を見にきてるのかな。
ウチの大学にくればよかったのに。セレクションに落ちたのかな

アメリカは高校の部活だけでなく、地元のクラブチームに属してプレイしている生徒がたくさんいます。きっと彼も子供の頃から、この辺のチームで試合をしてたのでしょう。きっと観客の中には個人的に彼を知っている人もいるのかもしれません。


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それとは別に
先日、大学バスケの試合を観に行ったときのこと。

だいたいアウェーの相手チームの選手紹介のときにはブーイングが乱れ飛びます。
その最中、僕の隣に座ってたカップルのうち女の子のほうが、相手チームの選手を紹介してる最中に、歓声をあげました。

何事かと思ってびっくりしてたら、男の子のほうが
「彼女ね、ミネソタ州の出身なんだ。だから同じ地元出身の選手がいると、つい応援しちゃうんだってさ。あ、でも、あくまでもウチの大学の応援をしてるからね」


地元への帰属意識とか愛郷心とか、ホームタウンという概念に関して、日本とアメリカの大学ではえらく違いがある。
どっちがいいか悪いかの問題ではなく、違いがあるのは確かだ。

アメリカの高校生の場合、優秀な生徒はだいたい地元の州で一番いい州立大学に進学する。いわゆる有名私立大学に進学するのは、たまたま地理的に条件が一致していたか、よほど上昇志向が高く経済的に恵まれた家庭の生徒か、どっちかの場合が多い。ほとんどの大学において、学費は「州内出身」「州外出身」でかなりの差がある。

日本の場合、人気のある大学は、東京および大都市近郊に集中している場合が多い。
高校で成績のいい生徒は、地元の大学よりも東大や京大を目指すことが多いだろう。
私立大学になるとその傾向がより顕著になる。

たとえば大学ラグビーの試合で、早稲田と同志社が戦ったとする。早稲田に関西出身の選手がいても、同志社に東京出身の選手がいても、おたがいの大学サポーターから歓声が湧くということは、まぁあるまい。それぞれの地元において、「ウチの地域にはこの大学がある」という地元意識に昇華している大学というのは、日本では少ないのではないか。

アメリカのように地元単位で分権している大学の在り方と、日本のように全国的に生徒が均一的な機会にもとづいて分散する大学の在り方と、どちらがいいのかは一概には言えない。特にアメリカの場合、州や地域ごとに治安や経済力に、日本では考えられないような格差がある。その場合、全国的な大学選択の機会が狭められるのは好ましくない。

しかし、ことスポーツと、地元に対する帰属意識に関しては、アメリカのような様態のほうがいい結果に結びつくようだ。

スポーツにしろ企業経営にしろ、21世紀のキーワードは「地元密着」だろう。一見、ネットワーク発達や交通網整備の方向性とは逆行するような気がするが、実際のところ確かなホームタウンシップに根付いたプロスポーツのチームは、それなりの結果を残しているところが多い。札幌移転後の北海道日本ハムファイターズ、千葉のロッテマリーンズなど、企業に依存し切っていた頃とは雲泥の差がある。その流れに遅れたヤクルトが、古田元監督の強い要望で「東京ヤクルトスワローズ」と改名したのは、自然な流れだろう。西武ライオンズも従来の企業依存の方針から転向しつつある。

MLBで今シーズンのワールドシリーズを制したのは、「ボストン」・レッドソックスだ。松坂・岡島両選手の活躍で日本でも一躍ファンが増えたレッドソックスだが、あの球団に投資しているスポンサーの企業をひとつでも知っているだろうか。レッドソックスは地元ボストンで熱狂的な支持を受けている。クインシーマーケットのど真ん中で「ヤンキース万歳」なんて演説したら、もれなく5秒でヌッ頃される。東京在住でも「アンチ巨人」というカテゴリーがある日本の状況とは、かなり違う。

日本でプロサッカーのリーグが始まったとき、Jリーグは、既存の日本の主要なプロスポーツ(つまりプロ野球)の在り方と、海外のプロスポーツの在り方を詳細に調査した。その結果としてJリーグはプロ野球のようなスポンサーシップを前面に押し出すチームづくりではなく、海外を範として「ホームタウンシップ」を基盤としたチームづくりを理念とした。その方針を無視したかつての名門、読売ヴェルディのその後の凋落は見ての通りだ。現在のJリーグで上位にいるチームは、発足当初から地元との関係を密に保ってきたチームがほとんどだ。

実態のない情報の流通とは異なり、ビジネスやスポーツやサービス業では、結局のところ「人が動かす」という根本原理があるのだろう。地元に密着するということは、ミクロな視点で、人ひとりひとりを見るということだ。マクロな成功は、あくまでもミクロな視点での成功の積み重ねであって、その土台を無視した成功はあり得ない、ということだろう。

産業、スポーツ、大学、文化、すべての面で東京の真似事ばかりではつまらない。日本では大学が全入時代という信じられない事態になり、大学は生き残りに必死なのだそうだ。その中で特色のある大学づくりをするにはどうすればいいのか、答えはそのへんにあるような気がする。



バスケの試合も爆勝しました。よっしゃ。