忙しいときや、締め切り間際の仕事をかかえている時に限って、妙な気分転換や遊びに没頭してしまうのは、いかがしたものなのでしょうね。


えー、僕もいま早急に片付けなければならない案件がたまっていまして、こないだの週末はその仕事に追われてました。
よく晴れたいいお天気だったので、部屋にこもってるのも何だし、と思って、図書館に行って仕事をすることにしました。

図書館にいく途中、大学のスタジアムを通ったら、なんか試合をしているようです。
覗いてみたら、大学の女子バレーボールチームの、公式戦の試合が始まるようでした。


仕事?締め切り?



そんなの関係ねぇ!



迷い無し。


プログラムを見てみたら、今回の相手は、チームが数年以上の長きにわたって全く勝てていない、宿敵の大学だそうです。
試合前の練習を見ただけでも、アタックが強い。
何というか、打つ音が違う。
バックアタックはおろか、ジャンプサーブもまるでスパイクのような凄いのを打ってきます。
なんか見てて怖いよ。あれ本当に女の子かよ。
こりゃ勝てるわけ無ぇわ。


ところでバレーボールには、「リベロ」という、守備専門のプレーヤーがいます。
ひとりだけ色の違うユニフォームを着ており、審判に申告すること無くいつでも自由に交替することができます。そのため、コーチの指示を伝える役割を果たすこともあります。
守備専門のプレーヤーのため、アタックやセッターなどの、攻撃的プレーをすることはできません。
リベロ制度の導入は、アタッカーに向かない身長の低い選手にも活躍の場を拡げる目的で、1998年に国際ルールとして採用されました。

僕の大学のチームのリベロの女の子は、まだ2年生。公式戦の試合経験もそれほど多いわけではなさそうです。この試合では、案の定、相手チームのエースアタッカーに集中的に狙われてました。全くもって容赦無い。高い位置からのスパイクをビシバシ打ち込まれます。まったく拾うことができず、試合開始早々、1点も取れることなく、立て続けに5点を奪われ、タイムアウトを取らざるを得ない始末です。
あちゃー。こりゃ今日も負けるんじゃないか。

ところが、そこから先がびっくりしました。タイムアウトにコーチに何を言われたのか知りませんが、第1セットの中盤あたりから、リベロの選手のプレーが、見る見る安定していったんです。試合開始早々は全く歯が立たなかった相手のスパイクを拾いまくるようになります。相手チームも「何かおかしいぞ」と思ったんでしょうね、攻撃のリズムが悪くなります。そこにつけ込み、みるみるうちに差を縮め、あっというまに逆転しました。あらら。

そうこうしているうちに、第1セットを先取してしまいました。
選手たちのまぁ嬉しそうなこと。
攻撃よりも、守備を安定させて相手のリズムを崩す、という典型的な展開でした。

そこから先のセットも、1点を争うシーソーゲームになりました。凄ぇ凄ぇ。もう細かい技術とか作戦とかを越えた、意地と根性のぶつかりあいのようなゲームです。もはや気迫勝負です。
相手チームは相変わらず強烈なアタックを打ち込んできますが、リベロの選手の守備が、セットを追うごとにどんどんレベルアップしてます。第4セットになると、相手チームのエースを完封する勢いで、余裕のレシーブをするようになってました。もはや見てて安心できる守備です。

結果、それまでずっと勝てなかった相手に、念願の勝利を収めることができました。
試合終了後の選手たちの喜びようを見てると、飛び跳ね輪になり踊りだし、この試合がどれだけ大きかったのかが分かります。

相手チームのアタッカーの凄さには驚きましたが、それ以上にうちの大学のリベロにはもっと驚きました。明らかに、試合中にぐんぐん上手くなっていました。そういうことってあるんですね。試合前の戦力比較では、明らかに相手チームのほうが勝っていたと思います。プラン通りの試合ができれば、おそらく相手の勝ちだったでしょう。しかし、リベロの選手が思いがけなくとんでもない能力を発揮したのが、相手にとっての誤算だったと思います。

アメリカの大学でチームに所属する学生は、まず間違いなく大学から奨学金をもらい、学費免除で入学しています。つまり高校以前の段階で、州選抜や全国大会経験くらいのレベルにはなっている選手がほとんどです。競技経験もかなり長い選手が多いでしょう。

しかし、大学に入ってなお、たった1試合の間に、ここまで急激に成長することができる、というのが驚きです。絶対に落とせない一戦で、最強の敵を相手に、追い込まれた状況で、はじめて目覚める何かがあるんでしょうね。最初は集中的に狙われて打ち込まれていたリベロの選手が、次第に球を拾えるようになり、しまいには来た球すべてを跳ね返すようになるのを見て、「もしかして今、とんでもないものを見てるのではあるまいか」と思いました。

こういう選手の急激な成長は、プロスポーツの試合や、ワールドカップなどの国際試合では、まず見ることができません。そういうトップレベルの試合では、選手はほとんど完成されています。そういう完成された一流選手のプレーは、確かに見応えがありますが、仰天するような大化けはしません。

ところが大学や高校などの試合では、そういうことがたまに起こります。シーズンを通して、あるいはたった1試合だけを通して、見違えるようなレベルアップを見せる選手がいます。本当に、別人のようなプレーヤーに豹変します。完成されていない選手たちの試合を観るときは、それなりの面白さがあるもんです。


翌日の学内新聞には、「どうした○○○○○!(←リベロの選手の名前)、何があった!」という見出しで、記念すべき1勝を称える記事が載っていました。記事でも最高殊勲選手として、相手の攻撃をことごとく封じたリベロの名を挙げ、「相手チームにとっては大きな誤算だっただろうが、無理もない。我々だって驚いたくらいだ」と書いていました。



きっとタイムアウト中にはぐれメタルでも倒したに違いない