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DVDでテレビドラマ『のだめカンタービレ』を、全話まとめて観た。


このドラマは二ノ宮知子原作の漫画をドラマ化したもの。音楽大学を舞台に、クラシック音楽を学ぶ大学生活を描いている。ドラマ化をきっかけにオーケストラのコンサートの観客動員数が急増するなど、社会現象にもなった。月刊TVnaviが行ったドラマ・オブ・ザ・イヤー2006では最優秀作品賞を受賞している。

僕はもともとクラシック音楽が好きなこともあり、このドラマはつねづね見てみたいと思っていた。音楽大学という自分のまったく知らない世界で、学生がどんなことを考え、どんな奮闘をしているのか、興味があった。

主人公の千秋真一は、著名なピアニストを父にもち、ヨーロッパで育った優等生。容姿端麗、ピアノとヴァイオリンを弾きこなし、学内では「千秋さま」と呼ばれる王子様的存在。ところが幼少時に旅客機の胴体着陸を経験し、恐怖感から飛行機に乗れなくなってしまう。そのため優秀でありながら留学ができず、日本の音大で悶々とした生活をする羽目になる。

学生生活に目標を見出せず鬱屈した生活を送っていた千秋は、ある日、ハチャメチャな性格、破天荒な行動のピアノ科の問題児・野田恵(のだめ)に出会う。のだめのピアノは、楽譜を無視し、自分勝手な解釈で好き勝手に弾いていながら、超人的な技巧でのびやかな朗らかさがあった。千秋は文句を言いながらも、のだめに付き合っているうちに、音楽に対する姿勢が徐々に変わっていく。


ドラマ版を見通して、ふたつほど感じたことがあった。


ひとつは、留学に対する憧憬。
主人公の千秋は、留学に対してとてもコンプレックスを持っている。飛行機恐怖症の自分は留学をあきらめざるを得ない。そのため、自分よりも技能の劣る同期生がヨーロッパに留学を決めると、あからさまに動揺し、羨望と妬みを露わにする。

僕は音楽大学の実情をよく知らないが、音楽においては、それほど「留学」が優秀さの証左になるのだろうか。本場のヨーロッパで音楽を学びたいという希望は、それほど音大ではポピュラーなものなのだろうか。

僕自身、学部時代から留学を強く希望しており、いま実際にその夢を叶えて留学している身なので、気持ちはよく分かる。確かに留学をすると、今まで知らなかった世界がいきなり広がる。優秀な学生、教授陣にもまれて奮闘すると、徹底的に鍛えられる。「日本にいるよりも、世界に出てみたい」というのは、国文学や考古学など特殊な分野を除いて、大学で本気で学んでいる学生だったら誰もが一度は感じることではあるまいか。

僕も留学して数年たち、そうした初期の「留学に対する憧れ」のような気持ちを忘れかけている。留学をめぐって葛藤し奮闘する主人公を見てると、「留学への憧れはどの分野でも変わらないんだな」という気になって、ちょっと初心を思い出す。


ふたつめは、学ぶことに対する姿勢。
千秋は物語当初、留学できないことへの苛立ちから、自分よりも能力の劣る学生に対して高圧的な態度をとっていた。学生連中の演奏を心の中で「ヘタクソ」と毒づき、譜面に弱いのだめにも容赦ない。

千秋は、ハリセンを片手にスパルタ式に徹底的にしごくエリート専任の指導教官と言い争いになり、指導から外されてしまう。次に千秋の指導教官になったのは、「落ちこぼれ専門」と陰口を叩かれる無気力な教師、谷岡だった。谷岡はのだめの担当でもある。

谷岡は千秋とのだめを抱き合わせで教えることにし、二人にモーツァルト唯一の連弾曲「2台のピアノのためのソナタ ニ長調 K.448(375a) 第1楽章」を課題曲として課す。千秋は最初、のだめの指導を押し付けられたと思って、のだめとの連弾を嫌がる。しかしメチャクチャながらものびのびと弾くのだめに合わせて弾いているうちに、音を出すことの楽しさを感じていく。

課題曲を弾ききった二人に、谷岡教授は「千秋くん、壁を越えたね」とコメントする。谷岡が千秋とのだめを合わさせたのは、のだめのためではなく、千秋のためだった。

落ちこぼれ学生で構成された「Sオーケストラ」の指揮を任されたときも、千秋ははじめ演奏の下手な学生に苛つき、怒鳴り、容赦ない批判を浴びせる。しかし、そのうち「自分のイメージする音まで演奏者を引っ張り上げる」のではなく「演奏者それぞれ独自のいい音を引き出す」ことがオーケストラ指揮者の仕事であることに気付き、のびやかな音をまとめあげることに成功する。

変な話だが、まわりを見下し孤高を貫こうとする偏狭な姿勢は、音楽に限らず、どの分野を学ぶときでも、自分を狭める枷になると思う。

アメリカの大学院に関するよくある風評に「学生同士の競争が厳しく、分からないことを友達に効いても無視される。ノートも見せてくれず、学生同士が潰し合う」というのがある。僕自身の経験に基づくかぎり、そんなのは大嘘だ。少なくともそういう態度の学生は、プレッシャーに負けて勝手に自滅していく。僕だって留学1年目のときなどは、友達に得意な意味論を教えてあげて、苦手な音韻論を教えてもらったりしていた。

どんな優秀であっても、まわりを無能と見下し、オレ様中心主義でいる限り、自分の限界を破るのは難しいと思う。大学や大学院で潰れる学生は、例外なく、勉強を楽しめなくなっている。まわりの学生を睥睨しているときの千秋も、音楽を楽しんでいないと思う。

勉強を楽しみ、人生を楽しむには、人の長所を汲み取り、人を尊敬する姿勢が必要だと思う。まわりがバカばっかりに見えたり、無能者ばかりに見えたり、敵ばかりに見えたりする生活が、楽しいわけがない。成長をめざして勉強する人は、絶対にいずれ壁にあたる。そのときに自分の殻に閉じこもってしまい、疑心暗鬼になってしまうと、「オレはなんでこんなことをしなければいけないのだろう」に陥る。

人を認め、人を尊敬できる人は、朗らかだ。負けず嫌いは勝負に勝つために必要な資質だが、人を認めることは勝負に挑み続ける柔軟な心を保ち続けるために必要だと思う。『のだめカンタービレ』というドラマは、のだめという強烈な個性を通して、人とつながることによって人が成長していく過程を描いている。僕はそう解釈している。


音楽のことはよく分からないが、本気で一流を目指すのであれば、どんな分野でも必要とされる資質は似通っているものだろう。上を目指して奮闘する学園ものは、見ていて面白いし、わが身を振り返ることもある。



ラストコンサートはさすがにすごい演奏ですね