すこぶる下品な表現がありますので食前食後はお避け下さい




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映画『男はつらいよ』で、寅さんが口上で威勢よく地口を並べる。


「いやー結構結構けっこう毛だらけ猫灰だらけ、お尻の周りはクソだらけ、大したもんだよカエルのションベン、見上げたもんだよ屋根屋のふんどしって、ねぇ! お、 また来た。 はい、どうです? お安く負けちゃうよ。」


カエルは田んぼにいる。そのカエルが小便をするときにはもちろん田んぼにする。だから「田へしたもんだよ、カエルのションベン」。

こういう言語遊戯は外国人には分かりづらい。日本語の達者な外国人でも、こういう、意味に重きをおかず音のつながりだけで作られる謎掛けのような表現は、かなり難解だろう。

地口の下敷きとなる表現のように、ひとつの言葉が他の意味を表すものを歇後語(けつごご)という。「えーい便所の火事だ」といえば「ヤケクソ」のことだし、「猿のションベン」といえば「木にかかる = 気にかかる」の意だ。どうも本邦では歇後語には下品なものが多い。どうりで「ケツ後語」というわけだ。

中国語にも歇後語は豊富にある。かつて、文献にある歇後語を真剣に字面だけ訳し、とんでもない誤訳に至ったことがあった。


中国の共産党は、隆盛を極める以前は単なる小政党のひとつに過ぎなかった。その共産党に目をつけ、世界に中国共産党を知らしめたのはアメリカのエドガー・スノーというジャーナリストだ。1928年に中国に渡り、以後中国に関する数多くのレポートを書いた。1937年には代表作の『中国の赤い星』を出版する。スノーの報告書はのちに「竹のカーテン」といわれ内情が不明となった中国の実態を知るための、欧米側の重要な資料となった。

スノーは民主主義側から批判的に共産党を捉えていたわけではなく、多いに共産党びいきだった。毛沢東とも何度も会談している。中国の内情を暴くというよりは、欧米における中国共産党のPR活動に一役買っていたようだ。

文化大革命のとき、スノーは毛沢東と接触し会見を行った数少ない欧米のジャーナリストのひとりだった。中国で何が起きているのかが世界の謎だった時代に、毛沢東もスノーには打ち解けて気軽に話をしたという。

その会見での毛沢東の発言のなかに、「まぁ俺なんぞは『坊主が傘をさしている(和尚打傘)』ようなもんだからね」というのがあった。

「ムチャクチャに自分勝手し放題」という意味だ。坊主だから無髪。傘をさしているから無天。中国語の「髪」と「法」はともに「ファ」という同音だ。だから「無髪無天」は、「無法無天」と同じ発音になる。法も天理(道徳)も無視し放題、自分勝手のやり放題、という意味だ。

ところがスノーはこの歇後語を知らなかった。「和尚打傘」を文字通りに受け取り、勝手に文学色豊かに尾ひれをつけて英訳し、「私は傘を手に歩む孤独な行脚僧だ」と、いかにも孤高の政治家であるかのように世界に発表した。これを読んだ世界中の読者は「へぇ、毛沢東ってのは勝手なことばかりしてる権力者のように見えるけど、実際はひとりとぼとぼと荒野を歩く修行僧みたいに孤独な人なのか」と勘違いした。

日本ではこれに朝日新聞が飛びついた。1971年4月27日の紙面に掲載されているスノーと毛沢東の会見記には、こうある。


「主席は丁重に私を送り出しながら、自分は複雑な人間ではなく、実はとても単純な人間なのだと語った。いわば、破れカサを片手に歩む孤独な修道僧にすぎないのだと・・・。」



新聞史上まれにみる大誤訳だ。実際には毛沢東は「オレは和尚打傘、無法無天、好き勝手にやりたい放題やってきた男だよ」と言ったにすぎない。それを朝日新聞がちょうちん持ちとなり変に太鼓をたたいたせいで、毛沢東の晩年には「孤独な行脚僧」というイメージが定着してしまった。

ご苦労なことに朝日新聞は毛沢東が死去した1976年9月11日にも、この誤訳を喧伝する「天声人語」を発表し、節操なくヨイショやドッコイショをくり返す失態を演じている。


(毛主席は)肉体労働を重んずる行動主義者であると同時に、詩人であり、「愚行山を移す」という農民的なしぶとさをもつ革命家であると同時に、孤高の思索家でもあったらしい。晩年の主席がスノー氏に「自分は破れがさを片手に歩む孤独な修道僧にすぎない」ともらした言葉は、この不世出の革命家の内面を知る上で実に印象的だ




そんなこと言ってないし。



スノーの罪は論外だ。歇後語を知らなかっただけでなく、自分で勝手に脚色して発表し、毛沢東について誤ったイメージをバラ撒いた。もともとスノーのレポートには伝聞を鵜呑みにして書かれたものや事実誤認が多く、その報道内容は現在ではあまり評価されていない。

朝日新聞の方は毛沢東の発言の一次資料を検討することなく、スノーのレポートを盲信し、平気で孫引きのまま掲載した。この罪は重い。ジャーナリストの姿勢として大失格だ。風説やデマは、こういうマスコミの無責任な態度から生じる。

ちなみにスノーのこの勘違いレポートは、1971年4月30日にアメリカの『ライフ』誌に掲載され、キッシンジャー外相やニクソン大統領もこれを読んだ。両者はこの記事によって毛沢東に関する間違ったイメージをもった。このことが中米の国交回復につながった背景になった観が否めない。

「結果として国交回復につながったのなら、スノーの勘違いには価値がある」という結果オーライの考えは間違いだ。国交を回復するなら、お互いの実情をちゃんと理解した上で回復する必要がある。この両国の勘違いが発端となり、現在でも相互の理解に至っていないのは昨今の中米外交を見れば明かだ。

当時、アメリカはベトナム戦争からのスムースな撤退を可能にするために、中国に働きかける必要があった。キッシンジャーの北京への電撃訪問は、「ベトナム撤退」「停滞した中米関係」を同時に解決する、スーパーE難度の外交手段だった。そういう焦りが、中国について好意的な印象を安易に受け入れた背景にもなっていただろう。

世界史の事件として見ると、文化大革命ほど異様な事件は他にない。国を全土にわたり荒廃させ、教育と文化を破壊し、多くの人を殺した。戦争で他国人に殺されたのならともかく、内乱でもなく、宗教的な粛正を掲げ、こともあろうに政府によって多くの人命が失われた。しかもその後、政府はまともな補償もせず責任もとらず、基本的な体質が変わらないまま現存している。四人組を逮捕した後は知らん顔をしている始末だ。なにせ一番の原因をつくった者がいまだに国父として崇められ、天安門広場に肖像が掲げられている。これがつい最近、20世紀の後半に起きた事件だから驚く。

こんな事件は世界史をみても例がない。その張本人がいまだに責任を問われることなく弾劾されてもいないのは、ジャーナリズムが間違ったイメージを植え付け、人の意識を煽動したから、という面があるのではあるまいか。ジャーナリズムの有り様によっては、文化大革命は今とは全く違う収束のしかたをしていたと思う。

親中派である朝日新聞であれば、かなり高度な中国語でも解する人がいるはずだ。「和尚打傘」の正しい意味が全く分からなかったとは思えない。毛沢東の言葉に関する朝日新聞の記事は、文化大革命で打撃を受けた中国の対外イメージを少しでも回復させようとする政治的意図が見える。「正しい報道」よりも「政治信条」を優先した確信犯ではないか。

もしそうだとしたら、「ジャーナリスト宣言」が笑わせる。



言った本人が一番驚いているんじゃないか