僕がTAをしている学部生の授業に、聴覚障害の学生がひとりいる。

その学生が授業を聴講できるように、手話通訳の女性が毎時間きている。アメリカはこういうことに非常に敏感で、ハンディキャップという理由で不便を感じることのないように至る所に配慮が行き届いている。手話通訳者は大学が雇っている場合もあるし、州から派遣されてくる場合もある。とくに大学の授業となると、そのへんの「手話できます」のようなボランティアでは間に合わないことが多いので、専門の訓練を受けたプロの通訳者が派遣されてくる。

僕の授業に来ている手話通訳のおばちゃんは、いつも授業5分前にきっちり現れる。どこかの筋に提出するんだろう、毎時間、書類にZeljkoのサインをもらっている。非常にきびきびした人で、手話がわからない僕にも、見ててわかりやすいんだろうなー、という手話を操る。変な話だけど、手話通訳者の技量は、手話が分からなくても何となく分かる。大学の講義レベルの手話通訳でも少しのよどみも迷いもなく、はきはきと訳す。

明らかに有能な人なんだけど、ついている学生がどうもそれにそぐわないみたい。その聴覚障害の学生は、明らかにだらしない。着てるものはシャツをパンツに入れずにでれっとしてるし、いつも靴のかかとを踏んで歩いてる。授業にノートもペンも持ってこない。くちゃくちゃガムをかみながら教室に現れ、授業中にグビグビ音を立ててコーラを飲む。
最近は、授業にほとんど来なくなった。学生がサボっても、手話通訳のおばちゃんは仕事だから学生がくるのを待ってる。大講堂で学生の方を向いて、教壇の脇の椅子に座っているので、非常に目立つ。授業が始まって20分すると学生は欠席扱いになるので、20分を確認して後ろのドアからしずかに出て行くことが多くなった。

これって、どうなの。

サボる学生なんぞ掃いて捨てるほどいる。その聴覚障害の学生に関しては、手話通訳の女性がいるからサボってることが誰の目にもわかりやすいに過ぎない。他の学生との差がそういうところで出るのは仕方がないとして、仕事とはいえ自分の為に働きにくる人を放っておいて授業に出てこないというのはいかがなものか。

手話通訳は給料をもらってやっている仕事であって、ボランティアではない。言ってみれば、その学生がサボることで通訳のおばちゃんは一時間タダ稼ぎができるわけだ。しかし彼女にとって、20分待った挙げ句に退室してタダ稼ぎをするのと、学生が必死に勉強するのを助けてフルタイムで手話を通訳し続けるのと、どちらがいい一日なんだろう。

給料に影響がない以上、その学生がサボったところで、通訳のおばちゃんに迷惑をかけているわけではない。しかし、彼がそうやって授業をサボりつづけている以上、授業で身につけるべき知識が身に付かないというだけではない。障害のあるなしに関係なく、社会人となるに必要な、人としてなにか大切なものに気づかないのではないだろうか。