科学の授業で、「空はなぜ青いか」という問題を出した。
一番多かった答えは、「海の色を写しているから」。なかなかロマンがあってよい。女の子がこう答えた場合は特に好ましい。ぜひとも実地研修のために海に連れて行ってやりたい。
「宇宙が透けて見えるから」というのもあった。宇宙が透けるとなぜ青くなるのかわからないが、ちょうどこの問いを出したのが夏だったので、女の子の服でも眺めてたのではないかと思われる。
ひとつ秀逸だったのは、「俺が青く塗ったから」。迷うことなくこれを最優秀答案としたのは言うまでもない。

ただ、残念ながら科学の授業では、上の答案はすべてマルというわけにはいかない。
正解は、「青以外の波長はすべて大気に吸収されてしまうから」。
この問いと正解を正しく理解するためには、実は「色とは何か」という、より根源的な知識を必要とする。

赤いバラがあるとする。なぜそのバラは赤く見えるか。
「肥料をよくやって育てているから」という答えではなく、赤が赤と見える理由を問う。
赤いバラは、正確に言うとバラそのものが赤いのではなく、光を受けると赤以外のすべての波長をすべて吸収し、赤い波長だけを跳ね返している。光は、昔から単一で純粋なものと考えられていた。しかしニュートンはプリズムを使って白色光を七色に分散してみせ、スペクトル解析の端緒を開き、光に関する物理的考察を飛躍的に進歩させた。ちなみにこの発見はニュートンの「奇跡の23歳」の年に行わている。この年、ペストの流行のためケンブリッジを離れ実家でのんびり研究をしていたニュートンは、スペクトル解析、微分積分法、万有引力という3大発見を成し遂げる。すべて、従来の科学を飛躍的に進展させる契機となる画期的発見であった。不愉快な奴だ。

ニュートンが示したとおり、光の波長は雑多な色彩の束なので、そのいくつかが吸収されると残った波長が我々の眼に届く。空が青く見えるのは、青以外の波長は大気中で乱反射し、拡散してしまので、青い波長だけが我々の眼に届くからだ。

「赤いセロファンは何色か」という問いもある。大多数の生徒は問いの意味すら分からない。
赤いセロファンは、セロファン自身が赤いのではない。「赤以外の波長をすべて吸収し、赤い波長だけを通過させるセロファン」である。よって赤いセロファンを通してみると、すべてが赤く見える。この問いも、「色とは何か」という根源的な問いに答えて初めて回答可能な問いである。

素朴な疑問は、疑問が素朴であればあるほど、その前提条件を構成する問いにすべて答えて初めて回答可能となる。
子供はそういったステップを行儀よく踏まえて論理を構築するのが苦手なので、「ぶっちゃけた単純回答」を欲しがる傾向にある。科学の授業とは、単純な問いの裏に隠されている、必要な論理的考察のステップを自ら構築し、それを正しく踏む重要性を認識させることが最重要であろう。釘も打てない、材木も切れない者は、犬小屋ひとつ作れないのと同じことだ。答えだけを性急に欲しがる者は、考察の各ステップを軽視するため自分で思考を再構築できず、知識が定着しない。

現在の初等教育では、科学的思考法をどのように教えているのか興味深い。私は高校時代に、数学の行列の問題で、答案に「ケーリー・ハミルトンの定理により」という言葉を絶対に書くな、と教わった。定理というのは証明可能な言明なので、証明なしに使うことは許されない。答案に書く際には、そのステップを飛ばすことなくきっちり言及することが求められる。

「空はなぜ青いか」という問題は、こういった「問いに答えるために必要なことを自分で見抜く必要性」の具体例として出題した。
なぜかその日は曇りだった雲