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ambiguousは「あいまいな」と辞書に載ってるが、正確には「多義的な」という意味である。ひとつの表現に複数の意味があることを言う。「あいまいな」というのは「ぼやけていてよくわからない」という意味なので、英語ではvagueと言う。

モーニング娘。の初期の作品に、「Memory―青春の光―」というのがある。この歌詞の中で、非常にambiguousな歌詞がある。
「私のように愛さないで」という一節である。

Memory/去って行くけど/新しい彼女の事/私の様に愛さないで/Good Bye…

可能な解釈は
(1)「私があなたを愛したようには、あなたはあの人を愛さないでちょうだい」
  要するに、「私のマネをするな」
(2)「あなたが私を愛したようには、あなたはあの人を愛さないでちょうだい」
  要するに、「今までとパターンを変えろ」
(3)「私が新しい彼女のことを愛するようには、あなたはあの人を愛さないでちょうだい」
  要するに、「新しい彼女は実はわたしのものだったのよ」
(4) 「新しい彼女を私だと思って愛するのはやめてちょうだい」
  要するに、「勝手に死んだことにするな」

このような様々な解釈ができる原因は、「愛さないで」という動詞句の主語が、「わたし」なのか「あなた」なのかが不明確なことだ。

ちょっと言語学的に考えると、
日本語は、ヨーロッパの言語とは違い、格は名詞句が変化するのではなく、助詞をくっつけて表す。
たとえば英語では、誰でも中学校のときに唱えた呪文、I(主格)-my(所有格)-me(対格)-mine(独立所有格)というように、名詞句そのものが変化する。ラテン語や、その名残をとどめるロシア語などは、固有名詞であろうとも格変化を起こす。ところが同じことを日本語でやると、「わたしは」-「わたしの」-「わたしに」-「わたしのもの」というように、名詞「わたし」は変化しないまま、助詞「は、の、に」などをくっつけることによって格を表す。このことを言語学では、「日本語は名詞句に形態的変化による格表示が具現しない」などと言う。

しかも面倒なことに、日本語の喋り言葉では、よくこの助詞が欠落する。しかし各言語には基本語順というものがあって、それで何を言ってるのかが分かる。「俺、おまえ、好き」といったら、それは「俺はおまえが好きだ」という意味であって、「おまえは俺が好きだ」という意味ではない。これは日本語の基本語順が「主語、目的語、動詞」となっているからである。

件の表現「私のように愛さないで」の「私(のように)」は、基底構造では
・動詞句「(あなたを)愛する」の主語(解釈1)
・動詞句「(新しい彼女を)愛する」の主語(解釈3)
・動詞句「(あなたが)愛する」の目的語(解釈2)
・目的語「新しい彼女」にかかる形容詞(解釈4)
の4通りの可能性がある。
日本語は格についての制限が緩いから、動詞の主語に何を入れるのかによって可能な解釈は分かれる。日本語の特徴によって、たとえば解釈3が可能になるとすれば、この曲は「女の子が、彼との別れを悲しむ曲」ではなく、「女の子が、彼女を奪われたことを悲しむ曲」ということになってしまう。

私が高校の時、体育教官が生徒を整列させるとき、よく「日本語が分からん奴がいるな」と言っていた。そのとおり、私はまったく分からない。日本語は主語と目的語を明確にすることなくコミュニケーションがある程度可能になってしまうという、なんとも変な言語と言える。

ナポレオンは「余の辞書に不可能の文字はない」とは言っていない。正確には「明確でないものはフランス語ではない」と言ったとされている。人の口から口に伝わるたびに、英雄伝にふさわしいように言葉が脚色され、原形をとどめない表現に作り変えられてしまった。蓋し、フランス語などは格の関係が明確に表示され、主語の省略などという現象も原則的には生じない。ナポレオンが胸を張って「明確」とする所以である。フランス語では「私のように愛さないで」のような類の混乱は生じないのだろう。

それにしても、この歌詞の「愛する」という動詞は、具体的にどのような行為を指しているんだろう。
低年齢化が進む最近のモーニング娘。にあって、12、3歳がこの歌を歌っても、どうもピンとこない。