たくろふのつぶやき

BBQ強化月間。

わーいわーい

ふっふっふ。
買ってしまった。

Powerbook G4 15inch superdrive.

とうとうMacユーザーになってしまった。
まぁ、これも一生懸命勉強している自分にご褒美ということにしよう。(ホントか?)

Macをとりあえず使って思ったこと。

1. 静か。Windows XPを使ってたときのあの「ヴイーン」という大音響がない。
2. フリーズしない。Windowsは複数のアプリケーションを使ったりするとすーぐゴネるけど、Macはけっこう淡々と仕事をこなしてくれる。WindowsのマシンでDVDなんぞ見ようもんならものすごく熱をもって、しばらく電源を切らないといけなかったりしたんだけど、Macはそんなことないみたい。
3. 操作簡単。基本的にずるずるマウスで引っ張ってパッてはなすだけでだいたいの操作ができる。ありがたかったのはPDFにドキュメントを変換するのにナーンの設定もいらないことかな。
4. 数式に強い。コレがMac転向の決断の決定的な理由だったんだけど、もともとWindowsはムカつくほど数式処理に弱い。Wordにはいってる「数式エディタ」ってのはなんじゃありゃ。ズレるし縮むし、PDFにしたら文字化けするし、ハラたつ。その点、Macの数式処理のなんと鮮やかなこと。困っても、Windowsとは比較にならんくらいいっぱい数式処理ソフトが出てる。
5. インターナショナル。Macは全世界の言語に対応しているから、他言語のデータを使う論文でも文字化けしないという利点あり。OSの表示も、日本語と英語で瞬時に切り替え可能だからやりやすい。

それに、なんといってもMac最大の魅力。

美しい。

究極にシンプル。フォルムのデザインからしてPCの追随を許さない。インターフェイスのシンプルさも非常に特記に値する。アプリケーションをあけても、ごてごてと目にうるさいツールバーがなく、必要最低限の表層に押さえる徹底ぶり。当然、マウスは純製のワイヤレス。
友達のことよ嬢がパソコンへのこだわりを熱く語ってるのを読んで「『かわいさ』でパソコンを選ぶだぁ!?」と、ことよ姉さんもとうとうヤキが廻ったかと思ってたんですが、

やっぱりかわいさって重要っすよね。

仙台からなにかアメリカに向けて何か呪いが飛んできそうで怖い。

歴史を学ぶ

2004年1月29日 産経新聞・産経抄

あなたがテロリストで、武装集団を率いてヨーロッパ全域に戦争を仕掛け、欧州の覇権を手に入れ皇帝の座を名乗ろうと試みるとしよう。全ヨーロッパを制圧すべく軍事行動を起こす際、戦略的に必ず守るべき2つの注意点がある。それは何か。

歴史上、全ヨーロッパの覇権を手にしかけた者が二人いた。ところがその二人とも、その「ふたつの重要な注意点」を守らなかったために没落し、敗退したという。

その「ふたつの注意点」とは、

1. イギリスを速攻で潰すこと
2. ロシアを攻めないこと

だそうだ。

ナポレオンはフランスを拠点にヨーロッパを制圧、イギリスの命綱であるインド貿易路を経つため中継地点のエジプトを攻め、ほぼ地中海世界を手中に収めた。しかし、制海権を握られたイギリスを徹底的に叩く機会が得られないまま反撃を許し、ネルソン率いるイギリス艦隊にトラファルガーの海戦で壊滅的打撃を受けた。拡張を東に転換せんと試みた1812年のロシア遠征では、ロシア軍以前に「冬にロシアを攻める」という愚がたたり、ロシア軍の反撃を受け、アウステルリッツの恨みを晴らされるハメになった。以降は連戦連敗。

ヒトラーは電撃戦を展開し、パリを筆頭にワルシャワ、プラハ、ブタペスト、ウィーンなどヨーロッパの主要都市を電光石火で陥落させた。短時間での広域制圧を見るにつけ、この時点でのナチスドイツ軍は史上最強だったと思う。ところがUボートで海上封鎖に成功するものの、イギリス本国を制圧する機会を先延ばしにしたことで、イギリスの反撃準備を見過ごした。東部戦線では1943年2月のスターリングラード攻防戦でロシア軍に完敗。「冬のロシアを甘く見る」というナポレオンの轍を踏み東部戦線が崩壊。挙句の果ては1944年6月にアイゼンハワー率いる連合軍にノルマンディー上陸を許し、翌45年にはソ連軍にベルリンを包囲されることになる。

…という話を、高校のときに世界史の授業で聞いた。おもしろい先生で、「結局、人間っていうのはいつの時代も似たようなことばっかりやってるんだね」ということを、具体的な歴史的事件を例にとり面白く話してくれた。教科書は一切使わない。歴史の時間軸など無視。「今日は人間の嫉妬について話しましょう」「今日は食べ物がなくなると人はどういう行動にでるかという話です」などという切り出し方をする先生だった。「今日はヨーロッパ征服の方法を教えます」で授業が始まった時には本当に仰天した。この先生の授業のおかげで、私は提示された歴史的事実を、自分の実感として整理し消化する方法を学んだ。私は世界史の試験では、センター試験のような知識を問う客観問題は最後まで苦手だったが、国立大学の2次試験の論述問題はけっこう得意だった。今でも僕は、フランス革命からナポレオン戦争終結までの流れと、ヴェルサイユ体制から第二次世界大戦終結までの流れはほぼ完璧に頭の中で押さえてる。授業でおもしろい話を聞いて、詳しい事を知りたくなり、自分で本を読んだのだ。

歴史を学ぶ意義は、「人間の基本的な性質」と「世界の未来に対する指針」を過去の具体的事例から読み取ることだと思う。温故知新という言葉の例えもある。たとえば、人間は平等を正しいと謳いながらもそれを実践はできない。中国の文化大革命や、マルクスの『共産党宣言』執筆からソ連崩壊に至る流れなどを土台に、共産主義の思想と実践のギャップを一般的に昇華させて考えればそれがよく分かる。

戦争も、歴史の中では無数の事例がある。そのすべての事例について、戦争の原因から決着について現象を一般化し、「人はどういうときに争うのか」と考えるのは面白い思考遊戯だと思う。僕の学んだところ、戦争の原因、経過、意義を鑑みるに、そのどれもが当事者にとって「正しい戦争」だったのではないか。間違っていると分かっている、大義のない戦争を仕掛けたという例は歴史上皆無といっていいと思う。戦争が起これば、少なくともその当事者にとってはその戦争は大義にもとるものであり、如何ようにも正当性の屁理屈をつけられるものだ。戦争と関係ない立場から「あの戦争には意味がない」という論調は、その現象ひとつしか見えず、戦争というものはそもそもどういう行為なのかという複眼的視野に欠ける物言いではないか。歴史を紐解けば、すべての当事者にとって戦争は「大義」のあるものだ。そしてそのすべてを客観できる現在の我々にとっては、逆に、あまねく戦争というものに大義など無い。判断者のレベルが違うので、大義とは何かという位置づけが違うのだ。

産経新聞は、野党側の「イラク戦争に大義はあったのか」という問いを「愚論」と一刀両断にしている。野党の問いが愚かである原因は、上述のような視点の欠落にあると思う。イラク戦争に直接関わる当事者としての局地的な視点では、大義などいくらでも並べられよう。逆に、すべての歴史を超越した客観的な視点では、大義のある戦争どない。野党は、どういう視野から問いを発しているのか。仮に、イラク戦争に直接関与する当事者としての局地的な視点だとしたら、大義があって当たり前だし、逆にすべてを超越した客観的な視点だとしたら、戦争に大義などなくて当たり前なのだ。野党側の質問は、「戦争に直接関わる局地的な立場」から問いを発し、「客観的な視点に基づく大義」を求める矛盾した行為だと思う。愚問極まりない。今の日本に必要な行動は、戦争の意義などという幻想をつつきまわし机上の空論に終始することではなく、混迷している世界の現状を地に足をつけて考え、その収束のために成し得ることを具体的に考え行動することだと思う。

国会で国を代表する者の歴史的素養がこの程度である。「高校生の学力が落ち、歴史についての認識能力が落ちたのは危機だ」などと騒いでる場合じゃない。歴史を学ぶことによって得られる思考能力が皆無に等しく、視点を混在させる愚問を発する者が代表者になり得る国の行く末こそが、まったくもって危機だと思う。

うまかった?

赤ちゃん、おしゃぶり代わりにヘビをかむ

 アラバマ州Schillinger Roadで24日、生後11カ月の乳児がジャガイモの袋の中にいたヘビを過ってかんだと、27日付の地元紙が報じた。

 母親がスーパーでテキサス産のジャガイモを購入。袋の中から現れたヘビを乳児がつかみ、口に入れたという。発見した母親が赤ちゃんの手からヘビを取り上げた。赤ちゃんにけがはなかった。

*****************************


お母さん普通だったら悲鳴をあげてヘビを触るどころの騒ぎじゃないと思う。母は赤ちゃんのためならヘビ何するものぞ。強いね。

なにげに普通に書いてあるけど、ヘビの入ったジャガイモ売ってるスーパーってどうよ。
ちゃんと買い物のたびに中身を確認しよっと。

一面真っ白

授業しやがった
大雪なのに。ちっ。

休講を見越して徹夜した身にはちょっとキツかった。学生は、夜はちゃんと寝ましょうねという教訓。学部生どもは結構、思ったよりも来てたな。4分の3くらい。しかし他のTAで来てなかったヤツがいるってどういうことよ。

世界のいろんな国から集まってるだけあって、同僚にはいろんな人がいる。日本人の目から見て、仕事がすごくルーズな人が多い。。会議にも授業にも平気な顔してズル休みする。悪いことだと思ってないみたい。休んでおいて、自分は正等だってことをやたらと主張する。遅刻もものすごく多い。朝一番の授業では間に合う方が少ないって人もいる。30分以上、堂々と遅刻してくる。土日でも研究室に出てくるのは日本人と韓国人だけ。なんかやっぱり出身国の特徴ってのはあるみたい。

Acquisitionの授業が眠かった…。今日は早く寝ようっと…。

一応、祖国なんだからさぁ…。

中3虐待――悲劇を防ぐ仕組みを
古賀議員――これは通らない

(2004年1月28日 朝日新聞社説)

【主張】子供虐待 連係プレーで早期対応を
(2004年1月27日 産経新聞社説)
【主張】古賀氏離党 恥を恥とせぬ風潮を憂う
(2004年1月28日 産経新聞社説)

[中3虐待]「子供を守る法改正が必要だ」
(2004年1月27日 読売新聞社説)
[古賀議員離党]「『政権公約』の内実が問われる」
(2004年1月29日 読売新聞社説)

日本は一体どうなっちゃったんでしょうか。

しっかりしろと言いたい。
日本の根幹を成す立場の人間や、子供の手本となるべき立場の人間がこのザマでは、次の世代に何を期待できようか。人として当たり前のモラルが身につかないような国に、いつから日本は墜ち果てたのだろう。

幼い子供は残酷だ。平気で虫や小動物を殺す。昆虫の首を捻って捻り切るなど、普通の大人の目から見るとぞっとするような行為を平気でする。生命体に対する情と、他者の痛みを感じる能力が身についていないからだ。そういう能力は人間が本能で持っている感情ではなく、後天的に獲得し社会生活の中で培う感情なので、子供の残虐行為を目にした大人は体罰も辞さない真剣な対応が必要になる。人と交わり、さまざまな試練を経て自分自身でつらいことや苦しいことを乗り越える経験を積むと、他者の痛みがわかるようになる。他人の痛みが分かるためには、まず自分が痛んだ経験があることが前提になるのだ。
今、人の親となっている世代は、本当にそういう経験をくぐり抜けているのだろうか。人の痛みはおろか、自分の子供を傷つけるなどという行為をし得るのは、人が通るべき何かから逃げてきているからではないか。

僕は大学に長いこと在籍しているが、自分が在籍していた大学名を間違えることなどありえない。ましてや、卒業しているかどうかが定かではないなどとんでもない。仮にそういうことがあり得るとすれば、それはすなわち、「私はロクに大学に行ってませんでした」と白状しているに他ならない。そんな手合いが卒業できるほどアメリカの大学は甘くない。
国民の代表として政治を司る立場のくせしやがって、世の中をなめるなと言いたい。

日本を支える壮年世代の方々。
日々の生活でお疲れだとは思いますが。

せめて人として恥ずかしくない生き様を示してくれませんか。

今日もまた

You might think do today's some fish.


言うまいと思えど今日の寒さかな

おい天使。

イギリスのヴォーカリスト、Charlotte Churchがゴシップを賑わせているそうな。

ちょっとどうしたのシャルロット。ビキニなんて着てる場合じゃないぞ。うれしいけど。
なになに相手はオックスフォードのラグビー選手?
そうでしょうそうでしょう。ラグビー選手はモテるんです。おかしいななんで俺は。

デビューアルバムの「天使の歌声」を出したときはまだまだ女の子(←12歳)だったけど、人間ってやっぱり大きくなるんですね。なんか本屋で安達祐実の写真集を見かけたときのような、なんかヤバイものを見てしまった気になるのは僕だけでしょうか。

「天使の歌声」を買った理由は確か、Giulio CacciniのAve Mariaが収録されてたからなんですね。僕はこの曲が猛烈に好きです。集めてます。この曲が一曲入っているだけでアルバム買っちゃいます。心が洗われます(ヨゴレが落ちてないよとか言うな)。Ave MariaはVerdi, Bach, Schubert, Liszt, Brucknerなど、それこそ星の数ほど作曲されていますが、僕はCacciniのAve Mariaが最高だと思います。
CacciniのAve Mariaについては、簡単に入手できるものとしては


Charlotte Church
「Voice of an Angel」

Ensemble Planeta
MAIDEN’S LAMENT/乙女の嘆き

SLAVA (Vyatcheslav Kagan-Paley).
ave maria

本田美奈子
AVE MARIA


などがあります。

うーん、CharlotteのAve Mariaも悪くはなかったけど、ちょっとテンポが早いんですよね。それに、途中で音が切れる。Ave Mariaを歌い切るには猛烈な肺活量が必要ですから、12歳の女の子にはちょっと厳しい曲だったと思います。ソプラノで、肺活量が必要、という条件を満たすとしたら、ソロのAve Mariaの歌い手としてはやはりSLAVAに敵う者はいないと思います。女性歌手がいくらがんばっても、男性の肺活量にはちょっと勝てないでしょう。SLAVAのAve Mariaは音がぜんぜん切れません。どこで息してるのかな、という感じ。

個人的にはEnsemble PlanetaのAve Mariaが一番好きです。アカペラだし。お姉さん達きれいだし。

降れ、降るんだー!!

会議室の前を通ったら、教官が集まってなんかやってた。Faculty meetingだろう。
目を引くのは、テーブルに積み上げられた封筒の山。
あれは…

Applicants(来年度入学希望者)の選考書類じゃないのか?

僕も経験があるから出願者のドキドキ加減はよく分かる。出願し終わってから結果が来るまでの2ヶ月のなんと長かったこと。合格通知と奨学金許可のお知らせがメールで送られてきた時にはこの世に怖いもの無し、最強の無敵だった。封筒の数だけ、いまドキドキの学生が世界中にいるわけだ。ぜひとも大学の明日を担う優秀な人材が終結してもらいたいものだ。できれば当方、女の子を希望。

しかし、ちらっと封筒の量を見て思ったが、よくオレ受かったな
あれ全部が出願者だとしたら、ハンパじゃない量。一人につき2, 3本論文を送って来るとすると、相当の量の論文を読まなきゃいけないことになる。Facultyで手分けして読むんだろうけど、それにしたってしんどそう。

明日未明から明日にかけて集中豪雪らしい。昼間から、明日休講になった場合の連絡の仕方について、大学の広報からメールがガンガン入ってくる。休講になったらローカルのテレビ番組でもその旨を流すそうな。すげぇな。明日は仕事も授業もあるから休講になったら結構うれしいかも。とりあえず今日の授業が終わった後、みんなで休講祈願の降れ降れボウズをつくっておいた。

まったく最近の大人は。

給食費「払いたくない」 身勝手な親、滞納が急増 仙台
(2004年1月27日 河北新報)

子供のモラルが低くなる原因は、明らかだと思う。

古えよりの狩人と呼んでくれ

友達こんなモノを紹介。なんじゃ男脳・女脳って。

ったく女ってヤツはこーゆー心理系が好きなんだから。一種の占いなのか?
どれどれ…。(やるんだったらおとなしく黙ってやれよ)

えーと。

「ポイントは、-100?100ポイントで計算され、マイナスが大きいほど男性脳で、それに対し、プラスが大きいほど女性脳となります」
ふむふむ。

「あなたのポイントは -65ポイントです。
(男脳度数:82.5%/女脳度数:17.5%) 」

…。

「男性脳が中心 あなたは、強い男性脳の持ち主です。あなたは、論理的で分析力に優れ、言葉を厳密に捉え、几帳面で物事を整然と処理します。また一方では強引に話を進めてしまい反感を買うことも。そして、同時にひとつの事しか集中できず、女性との会話の中では、ついよそ事を考えて曖昧な返事をしてしまいがちです。あなたの努力と同時に、相手の方にも理解を求めましょう。 」




てめえどこに隠れて俺を毎日監視してやがるんだぁぁぁぁぁぁ!!!!!

世界の一流

いよいよSyntax 2の授業初日。Zeljko見参。

一応、先セメの授業で研究するに基本となる事項を押さえる基礎の授業を受けて、1986年の研究まで終わった。今セメの最初に、おさらいとして1986年の研究の復習から入るとか。
奴の板書は早い早い。そんでもって、えっと…。

字が読めないんですけど。

字が汚すぎるぞZeljko。これほどまでの乱筆とは思わなんだ。「彼の板書は目で取るな、耳で取れ」という先輩の忠告が身にしみる。一度聞き逃すと、なんて書いてあるのかを字から判別するのはまず不可能。
授業そのものはさすがに一級品。というか、

Barriersを20分で説明し切るって。

思えばオレが学部生のとき、厳かな題名に惹かれて手に取ったBarriers。開いては見たものの、わけのわからない定義の羅列、込み入った説明にネを上げ、挫折を噛み締めた苦い思い出…。オレの前進を阻む壁として聳え立っていた苦難の書、Barriers。思えば、オレのSyntaxに対する恐怖感と畏怖の念は、あれがトラウマだったのかもしれない。
なのに。ああなのに。

Barriersってこんなに簡単だったの(泣)。

定義は速攻で流し、データを見たときに「要するにどういうときにどういう移動がダメなのか」をミもフタもない簡潔さで言い切る超実践派。大丈夫なのかそんなんで?ちゃんとデータ見たときに何が理由でダメなのかわからないようjぬおおおおおBarrierになるカテゴリーが見える見える!!。なんだこりゃ理解を超えて直感判断のレベルに辿り着いたかオレ!?
やるじゃねぇかZeljko字が汚いのは大目に見てやろう!ウソやっぱりちゃんと書けって。

ふつう、授業で読む論文のコピーを用意するのはRA (Research Assistant)の仕事ということになってるが、今年はZeljkoにRAはついていない。それじゃあ誰かにボランティアでRAの仕事をやってもらおう、ということに何でオレなんだよ。確かにZeljkoのTAやってるけど、あれ学部生の授業じゃん(泣)。「Zeljkoに気に入られると睡眠時間が2時間減る」という噂がデマとは思えない今日この頃…。

プレステやってる場合じゃねえか…。三国志ももうすぐ洛陽を制圧できそうなのに…。

幻想の偉人

2004年に発行される新千円札に野口英世の肖像が使われるそうだ。

野口英世の生涯は、数々の伝記シリーズに採用されることによって小学生でも知っている日本の常識と言える。幼少の頃に負った不具にくじけず、医学に感動し、猛烈な勉強を続けることによって米ロックフェラー研究所の客員研究員となり、世界の学会で発表すること多数。身を粉にして自分を育ててくれた恩を忘れない母親孝行。
特に「貧困・不具の克服」「猛勉強」「親孝行」という三本柱は、日本人の心として伝記シリーズに採用される大きな理由だろう。小学生に「ほら、こうやって障害にも負けないで一生懸命に勉強して偉くなったひとがいるんですよ。頑張りましょうね」と励ます例として野口は適例かもしれない。

しかし、野口の伝記がもたらす真の教訓は、実は他のところにあるのではないか。

詳細に野口英世の生涯を調べると、教育上、非常に有害な特徴が見出せる。
業績をひけらかし、地位を嵩にかかる権威主義。渡米費用として支援者が用意してくれた大金を一晩で飲み潰す大酒飲み。経済観念が全くなく、無心の手紙を頼りの筋にバラまくような自己管理のできない浪費家。とても小学生に「見習いなさい」とは言えない。

中でも最も問題なのは、「科学に関係ない要因を思考に持ち込みすぎる性癖」である。科学は、純然たる事実を追及する学問だ。そこには一切の感情を持ち込んではいけない。自分と仲の悪い研究者による研究でも、正しいと思ったらちゃんと正しいと認める曇りのない眼が必要なのだ。
野口は若いころ東大をはじめとする学閥のもつ権威主義を極端に嫌ってたにも関わらず、渡米後有名になると、自分の研究成果に反する主張をことごとく権威的に排斥した。黄熱病ワクチンの開発に携わったときも、学会でドイツの若手研究者に「あなたが黄熱病菌と称する菌は、実はただの雑菌ではないか」と詰め寄られたときも、「若造のくせに」「たいした研究歴もないくせに」という理由で弾圧した。黄熱病はウイルスによる病気であり、電子顕微鏡でないと発見できない。光学顕微鏡が唯一の手段であった野口の時代では、そもそも発見が不可能だったのだ。しかし野口は黄熱病発見の功績のためならデータ改竄も辞さず、自分の発見した菌こそが黄熱病菌と信じて疑わなかった。挙句の果てには予断をもって顕微鏡を覗くに至り、自分自身が黄熱病に感染して命を落とした。その死に様には、日本人が従来抱く「偉人・野口英世」が幻想にすぎないことを突きつける冷徹な事実が存在する。小説家の渡辺淳一氏は医学生時代、細菌学の教科書に「日本が生んだ大医学者・野口英世」の名が載っていないことに興味を持ち、『遠い落日』を世に問うた。そこで描かれる野口像は、もはや偉人でも何でもない。先入観と偏見の泥沼にはまり、理性を失った一山師に過ぎない。

現在、科学を志す者にとっては、こういう野口の負の側面こそ真に教訓となるものではないだろうか。
極貧の家庭に生まれ、恵まれた環境でぬくぬくと生活する階級を異様に敵視する。それを見返すために執念だけで勉強し、「偉くなる」ために努力する。確かに人間が真に成長するためには燃えるような野心とギラついた執念が必要だ。しかし、それに憑りつかれすぎると、人間の芯となる感性が奇妙に歪んで眼が曇り、人として大切な何かを失うのではあるまいか。自分を客観視し、冷静に真実を求める謙虚な姿勢を奪うほどの執念は、無駄に燃えて己を焼き殺すだけの危険な炎だと思う。執念という猛烈な炎を持つことは確かに大事だが、それ以上にその炎をコントロールする器となる、広く深い心をもつ事も同じように重要ではないか。鋭利な刀は、剥き出しで持ち歩くと時に己を傷つける。名刀には、それに見合う鞘が必要なのだ。

戦中戦後の時勢ならいざ知らず、21世紀になった現在は、猛勉を無条件で奨励し、立身出世こそ唯一の誉れとする一面的な価値観が絶対であるご時世でもあるまい。過労死が問題化し、高齢化社会に伴う生きる力が叫ばれる昨今では、むしろその裏に潜む、精神的な余裕や真の意味での「ゆとり」のもつ必要性も同じように大事だろう。教育内容を減せばいい、という安直なゆとりではなく、猛烈な勉強をした上ではじめて必要となるゆとりがある。反面教師、負の教訓として紙幣の肖像に選ばれるとは思えない。どういう理由で野口を紙幣に選んだのかの意図を問いたい。

さすがにそれはマズいっしょ

11-Year-Old Girl Gives Birth in Ukraine
(11歳の少女が出産、ウクライナ)
January 23, 2004 Associated Press

そりゃ逮捕だろうよ26歳男性。

最近、アメリカ、ヨーロッパでは幼児姦通はマジで社会的に抹殺されるほどタブー。なんだかなぁ。少なくとも健康な精神じゃあるまい。

「ロリコン」は「ロリータ・コンプレックス」の略だが、その語源となったナボコフの『ロリータ』を読んで初めて「ロリータ」が主人公の少女の名前であることを知った。もはやどんな親でもつけない名前だろうな。
物語自体はあんまり面白くなかった。むしろ中年男性と少女の二人旅、というコンセプトでは、映画『ペーパー・ムーン』のほうが印象に残った気がする。こんな話。少女役のティータム・オニールがこまっしゃくれたガキで、なかなかかわいかったような。Short Change (釣銭サギ)の手口を知ったのもこの映画だし。

一発勝負の速攻回復

ゆうべはマイナス21度。
そりゃクルマも凍るわ。

夜に先輩とクルマで出かける予定だったが、あまりの寒さにクルマが動かない。エンジンがかからない。
しかも今日もいい天気。放射冷却現象で、晴れているほうが気温は寒い。こりゃ今日もムリかな。

カゼをひきかきた。微熱。あわててNyquilをイッキ飲みして寝る。
さすが強力。一晩で回復。ベホマをかけた気分。
僕はあまりカゼ薬を飲んでも眠くならないタチだが、この薬の睡眠作用はハンパじゃない。あっというまに陥落。
まぁいいや。日曜日いっぱいで原稿をあげてしまおう。

そんなこんなで週末にも関わらずせっせと論文の執筆。
わき目も振らず打つべし打つべし打つべし!

なんだかんだいって見切り発車になりそうな気配。まあいいや。ボツになったらまた他の学会に出そう。
アムステルダムの学会が論文募集してたな。オランダ行ってみたいから出しちゃおっかな…

礼儀知らず

オレオレ詐欺:手口巧妙化、「孫からと言わないで」と先手
(2004年1月24日 毎日新聞)

なぜ引っかかるのかが分からない。

そもそも、家族や親類に対する常日頃からの理解と信頼が欠けてるのだろう。しかもこれだけニュースになってる手口だ。毎日何をして過ごしているのだろう。

電話をかけるという行為がありふれたものになった反動なのかどうか知らないが、最近、電話のマナーが悪くなってる気がする。
電話というのは、相手の時間に楔を打ち込む行為だ。相手の時間を奪っておいて、「オレだよオレ」などという無礼千万な名乗り方をするのは、たとえ身内であっても、いや、身内であればこそ厳禁すべき無作法だろう。家族であればこそちゃんと名乗れ、と言いたい。僕はたとえ家族や友人であったとしても、こういう名乗り方をする輩の電話は問答無用で切ることにしている。常日頃から、「電話をかけたらしっかり名乗る」というあたりまえすぎる習慣が家族全員に身についていれば、そもそもこんな詐欺にひっかかるはずないと思う。

「孫からといわないで」と先手を打つように巧妙化、と記事には書いてある。

どこが巧妙か。
ペンギン命

takutsubu

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